プニ長包囲網
数日が経っても、延暦寺側からの返事はこなかった。六助たちは「何故だ」と首を捻っていたけど、俺は当然だと思う。
とはいえ、延暦寺は実質的に浅井朝倉軍の味方をする形になる。浅井朝倉軍はさながら籠城の様を呈し、織田家は比叡山を包囲したまま身動きが取れなくなってしまった。
こうしている間にも、摂津では三好三人衆の活動が続いている。包囲が長引いて動けない時間が続くだけ俺たちには不利だ。
焦りから我慢が限界に達し、ボルテージのあがった光秀の「こんなところでじっとしてちゃだめだ! さあ、前に進もうよ!」という助言を受け、六助が朝倉義景に対して「怖いの? 比叡山から出られなくなっちゃった?」という安い挑発を乗せた書状を送ったところ、これも無視されてしまった。
この、よく考えてみれば全て六助によって引き起こされた事態は、想定していたものよりも更に大きな危機を招くことになる。
張り詰めた空気の中、天幕の中でごろごろしていると。
「プニ長様、プニ長様!」
「どうした!」
という足軽と六助のいつものやり取りに続いて凶報がもたらされる。
「各地でなんかもう、敵が一気に挙兵しました!」
「敵とはどれとどれだ! ちゃんと説明せい!」
「それがもう、やばすぎて何がなにやらで!」
「ええい、落ち着けい!」
怒りの形相で声を荒げる六助も、身体は盆踊りを踊ってしまっている。つられて足軽まで拙いステップを踏み始めてしまった。
比叡山周辺から動けない織田軍を見て、今が好機と考えた各地の反織田勢力が一気に動き出したのだ。
やがて踊り疲れたことで逆に落ち着いた足軽が、挙兵した勢力を一つずつ説明してくれた。
「まず、六角義賢殿です」
「そう言えば柴田殿と以前喧嘩しておったが、その関係か?」
「いえ。今回はどさくさに紛れて京都に侵入し、プニ長様を強引にプニプニモフモフしようとしているとのことです」
何やってんだあのおっさん。
「そして、六角氏の動きを反織田と勘違いした南近江の一向門徒も挙兵しました。義賢殿は責任を感じて、これを説得しようと道端で宴会を開いた結果、美濃と近江間の交通を遮断してしまっています」
「義賢殿~!」
頭を抱えて絶望する六助を余所に、報告は続いていく。
「続いて、伊勢長島では顕如の檄を受けて、願証寺の門徒が一向一揆を起こしている模様です。更に三好三人衆も、野田、福島城から打って出て京都に近付いているとのこと」
「むむ。何ということだ、これぞ正にプニ長包囲網ではないか……」
どこか緊張感のないネーミングだな。
腕を組み、陣営の中を右往左往しながら思索を巡らせる六助だけど、俺たち織田本隊が出来ることは残念ながらない、と思う。
元々野田、福島城攻めを諦めて移動したのは、京都を奪われた際の政治的影響を考えてのことだ。比叡山の包囲をといて各地に援軍を送れば、ただちに浅井朝倉軍は京都に攻め込むに違いない。
それに、大事な仲間をやられたという家臣たちの心情もある。ここで何としても浅井朝倉軍を攻め滅ぼしておきたいところだろう。
「未だ比叡山や朝倉側からの返事はないしな……。摂津には未だ和田殿が陣を張っているし、近江の横山城には秀吉殿、その近くには丹羽殿もいる。憂いがあるとすれば長島から近い、尾張小木江城にいる信興様だがどうしようもない。様子を見るしかないと皆には伝えてくれ」
「かしこまりました」
それからさらに数日が経過した。数週間かもしれない。未だ比叡山を包囲するしかないという歯がゆい状況に、家臣たちの苛立ちは募るばかり。
いい加減に帰蝶に会いたいし、こっそりと一人で帰ろうかな、と思っていたらまた一人の足軽が俺と六助の元にやってきた。
「プニ長様ー!」
「どうした!」
またも慌てた様子で天幕に入ってきた足軽は、呼吸を落ち着かせると、一旦視線を地面に落としてから口を開いた。
「良い報告と悪い報告があります」
「だったら良い報告からにしてくれ。私は食事の際、好きなものは最後の方まで取っておく類だからな」
「そんなことは誰も聞いておりませんが、かしこまりました」
ちなみに俺の親父は「いつ食べられなくなるかわからないから」と言って、好きなものは最初に食べてしまう派だった。彼は何と戦っていたのだろうか。
姿勢を正した足軽が「良い報告」を始める。
「まず摂津ですが、三好三人衆の進行は和田様の隊が食い止めてくださいました」
「よし、さすがは和田殿だな」
ぐぐっ、と握りこぶしを作って喜ぶ六助。
「次に美濃と近江の交通を遮断していた六角氏と一向門徒ですが、これは木下隊と丹羽隊、更には三河から徳川様も駆けつけてくださり、鎮圧しました」
「家康殿……! やはり持つべきものは友達ということか!」
めちゃめちゃ感動してる……。こいつ、以前友達だと言ってもらったことをいいことに、家康の話題になるとことごとく友達アピールをしてきてうざい。
「後は悪い報告になりますが」
「よし。今日は気分がいいから、それは明日にしてくれ」
曇り一つない晴れ晴れとした表情で六助がそう言うと、足軽は目に見えて動揺し始めた。
「えっ、よ、よろしいのですか?」
「うむ。お前も疲れているだろうしな。何なら今晩はここに寝泊まりして、私と共に宴を開こうではないか」
「いや、しかしそれは……プニ長様の御前ですし」
「構わん構わん。ですよね、プニ長様?」
「キュンキュキュン(うるさそうだから嫌だ)」
「ほら、プニ長様もこう仰っているだろう」
「か、かしこまりました。ではお言葉に甘えて……?」
「よ~し、宴じゃ宴じゃ! 酒を持って来~い!」
まだ夕方にも関わらず、プニ長陣営には続々と酒が運び込まれ、どんちゃん騒ぎがすっかり夜の帳が下りた今も続いている。
松明に照らされ、酒によってだらしない顔をさせられている失態を露わにした六助が、一本の木を指差しながら叫ぶように言った。
「おい、そこのお前! これを浅井朝倉だとしたら、どうする!」
一人の足軽が刀を抜き、木を全力で斬りつける。
「こうです!」
「ようし、その意気だ! 次はそこのお前!」
「こうです!」
真っすぐに伸びていく長槍は、木の幹へと深く突き刺さった。
「そうだそうだ! がっはっは!」
「キュウンキュン……(うるせえなまじで……)」
結局、酒宴は明け方近くまで終わることがなかった。
日が昇ってしばらくすると、二日酔いの六助が足軽を起こし、苦しそうに頭を抱えながら問いただした。ちなみに俺はこいつらのせいで寝不足だ。
「……して、悪い報告とは何だ?」
「は、はい。伊勢長島で挙兵した一向門徒の攻撃を受けて小木江城が落城し、信興様が討ち死になされました」
「何だと!?」
酔いが覚めたというやつだろう。さっきまでの気怠さはどこへやら、六助は目を大きく見開き、足軽の両肩を掴んだ。
「何故それをもっと早く言わなかった!?」
「それはその、六助様が明日でいいからと」
「確かにその通りだ! 私という人間の、何と大うつけなことか!」
六助は天を仰ぎながら叫んだ後、こちらに振り向いた。
「プニ長様、こんな私をお叱りください!」
「キュン(やだ)」
「お怒りになられない……? はっ、もしや逆に励ましてくださっている!?」
「キュウン(違います)」
「大変かたじけなく思います。ですが、お気遣いは無用! どうか、どうかこのうつけ者をお叱りくださいますよう! お願いします! このままでは私は!」
「キャンキャンキャン!(酒くさえから近寄んな!)」
「ありがとうございます!」
もういいや。外に出て、どこか適当に木陰でも探して寝よっと。




