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武の切り札

「キュ、キュキュン(なら、交換条件を出そう)」

「おお? 交換条件を出すそうですよ!」


 それを聞いたおっさんが露骨に顔をしかめる。


「交換条件だぁ? お前みたいなただの犬っころが俺に何を差し出すってんだ。貧乏人だからって舐めてんじゃねえぞ」


 右前足をおっさんの前に差し出した。


「これだ」

「あん?」

「キュキュウン、キュンキュン、キュウンキュン。キュ? (川の浅い場所を教えてくれれば、好きなだけプニプニ、つまり肉球を触らせてやる。どうだ?)」

「淀川の浅い場所を教えるのと引き換えに、好きなだけプニプニさせてくださるそうですよ! とってもお得ですね!」

「はぁ? 何言ってんだお前。お前の肉球にそんな価値があるわけねえだろうが」


 お、おおう。随分とまともな反応をしてくれるなあ。織田家や浅井家の家臣たちなら絶対に「その話、のった!」ってなるところなのに。

 この世界に来てからというもの、異常な家臣たちのせいで感覚が麻痺してきてるってことだろうな。


「何を言っているのですか! こんなお得な話、早々ありませんよ? 先っちょだけでもいいので、是非一度お試しください!」


 怪しいセールスマンにすらなれていない、ソフィアのよくわからん援護が飛んできた。でも、ここはとりあえずのっておこう。


「キュウンキュン(一回だけなら無料だぞ)」

「何と! 今なら初回は無料ですって!」


 ムンクの叫びみたいに、両手を頬に当ててわざとらしく驚く女神様。

 お試し、のくだりですでに初回は無料と言ったようなものだけど、それでものってくれるあたり、深夜にテレビでやっているような通信販売の番組を意識しているのだと思われる。


「初回は無料ねえ……ま、そこまで言うなら触るだけ触ってみるか」


 効き目あるんかい。この人が現代日本に生まれていればさぞ、至るところで優良な顧客になっていたことだろう。


「どれどれ」


 おっさんは俺の右前足をとり、しばし無言で肉球を堪能する。するとその顔が、みるみるうちに驚愕の色に染まっていった。


「こ、こりゃあ……」


 そこですっと足を引くと、見計らったようにソフィアが、俺とおっさんの間に割り込んで両手を合わせた。


「ごめんなさ~い! 今ので一回分の時間なんです! これ以上は浅瀬の場所を教えていただくのと引き換えになります!」

「な、何だと!? ケチくせえ、もう少しくらい触らせろよ!」

「私もそう思います、でもこれも決まりなんです!」

「決まりか。ならしょうがねえなちくしょう!」


 ものわかりいいな。こいつ結構いいやつなのかも。


「さあ、どうしますか? こんな素晴らしい肉球を触れる機会なんて、今後はないかもしれませんよ?」

「くそ、足元を見てきやがるなぁ……」


 ソフィアのなんちゃってセールストークに唸り声をあげている。もう一押しって感じだな……よし。


「キュウ~ン」


 俺が想像出来うる限りの尊い表情を形作るように意識して、それでもっておっさんを直視する。

 ふっふっふ、このつぶらな瞳に見つめられれば、話を断ることなど出来まい。


「何だその目は!? わかったわかった、教えてやるからやめろ!」


 おっさんはこちらの視線を遮るように、ぶんぶんと手を振りながら言った。


「ありがとうございます! 交渉成立ですね!」

「キュン(やったぜ)」

「へへ、じゃあ早速……」


 信用できないのはお互い様だろうし、プニプニしながら話してもらおうと、俺の右前足に没頭しているおっさんに尋ねる。


「キュ、キュンキュウン? (で、浅瀬はどの辺にあるんだ?)」

「浅瀬の場所を聞いておられます!」

「さっきも言ったが浅瀬ってほどじゃねえぞ。人間の大人が歩いてようやく渡れるくらいの場所だ」

「キュウン(充分だ)」

「充分です!」


 というか、犬でも渡れる浅瀬ならさすがに誰かしらが見つけてるだろ。


「あっちだ」


 おっさんはプニプニする手を止めて、俺たちの斜め後方をすっと指差した。


「あそこに浅いところがある。どうしても渡らないといけねえって時の為に、目印代わりに犬の糞が置いてあるからわかりやすいと思うぜ」

「いい目印ですね!」

「あらかじめ言っとくが嘘はついてねえ。極楽浄土に行きてえからな」


 この世界の人たちは極楽浄土が大好きだ。詳しくは知らないけど、嘘をついたら行けないだとかそういうのがあるんだと思う。

 じゃあ船を隠して織田家に意地悪するのはいいのかよ、とか、顕如の言いなりになって戦争に加担するのはいいのかよ、とかツッコミどころは多々あるけど、情報に関しては信用出来そうだ。


「キュン。キュウンキュウン(約束だ。後は好きなだけプニプニしてくれ)」

「好きなだけ肉球に触っていいとのことです!」

「言われなくたって堪能させてもらうぜ」


 おっさんは高級食材に触れるような、あるいは見たことのない宝石の表面を撫でるような感じで肉球を楽しんでいる。

 そうすることしばし、俺がいないことに気付いた織田家の面々が、川辺を離れてあちらこちらをうろうろし始めた。


「プニ長様、プニ長様~! どこにおられるのですか~!」


 背後から六助の声が響くと、おっさんはびくっと肩を震わせる。


「やべえな。織田家のやつら、急にうろちょろし始めやがった」


 そして名残惜しそうに俺の前足を離す。


「ここらが潮時だな。見付かっちまったら俺がやべえだけじゃなくて顕如様にも迷惑がかかっちまうかもしれねえ」


 それから伏せた体勢のまま方向転換をしてこちらを振り向き、


「じゃあな。中々いい取引だったぜ」


 そう言ってずるずると去っていった。その背中を見送る……ことは背の高い草花に遮られて出来なかったので、さっさと踵を返す。

 ソフィアが我慢しきれない、という風な笑みをこぼしながら話しかけてきた。


「ふふっ。中々いい取引だったそうですよ、武さん」

「キュウンキュキュン(この世界のやつらってプニプニ大好きすぎるよな)」

「プニプニが大好きなんじゃなくて、武さんの肉球がすごいだけだと思いますよ? 正に天下無双! このままプニプニで日本を獲っちゃいましょう!」


 おー! と元気に拳を突き上げる。


「キュンキュンキュキュ(そんなもんで獲れたら誰も苦労しねえよ))」

「いえいえ、決して不可能ではないはずです!」

「キュン(そうかい)」


 ため息をついて呆れを表現したいところだけど、この身体ではうまく出来ない。そんなやり取りをしているうちに六助のいる場所まで戻ってきた。


「キュン(ただいま)」

「おお、プニ長様! 心配致しましたぞ! どこに行っておられたのですか」

「キュキュ。キュウン(悪い悪い。それより朗報だ)」

「朗報があるそうですよ!」

「朗報?」


 きょとんとする六助に、鮮度抜群の情報を差し出してやる。


「キュン、キュウンキュキュンキュン(あっちの方に、人間なら歩いて渡れるくらいの浅いところがある)」

「あっちに歩いて渡れる箇所があるそうです!」

「おお、それは本当ですか!?」

「キュン(本当だよ)」

「本当だワオーン!」

「いやあ、さすがはプニ長様ですなぁ! はっはっは! では早速参りましょう!」


 こうして俺たちは淀川を渡り、その日のうちに京都へと辿り着くことが出来たのであった。

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