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織田家の危機

 六助の言っていた通り、それから浦江城周辺の海水が引くまで、大規模な戦闘が行われることはなかった。

 柴田がここぞとばかりに川遊びを堪能し、他の家臣は摂津観光や釣りなどをして時間を潰す。とはいえ、近くに敵がいるという状況では、さすがに遊んでばかりいる気分にもなれなかったらしく、すぐに誰もが自分の陣営でそわそわしながら過ごすこととなった。

 そんなある日、悪い知らせが本陣に届く。

 バーコードを想起させる薄毛の足軽の報告によれば、本願寺顕如の挙兵を見て、浅井朝倉軍が遂に動き出したらしい。


 懸念されていた通り、浅井朝倉軍は琵琶湖の西側から回り込んで京都へ進軍することで、俺たちの背後を突こうとしていると思われる。

 いよいよ宇佐山城へ援軍を送るかどうかの選択を迫られた織田軍。だけど、六助や柴田ら重臣は、派遣をしなかった。この緊迫した状況下で摂津から戦力を寄越すことは出来ないという判断だ。

 宇佐山城主、森可成は古くから織田家に仕える重臣の一人。そのような決断を下すのは断腸の思いだっただろう。反対意見ももちろん出たけど、最終的には皆苦虫を噛み潰したような顔をしながらも納得した。

 戦闘もないということで、家臣の何名かは六助と一緒に、足軽からの報告を俺の天幕の中で待つ。そわそわはらはらとした空気が、不安をより一層かき立てている気がした。


 可成はまず、街道を封鎖する為に坂本を占領した。

 宇佐山城は琵琶湖の左下、京都の中心部から北東へすぐのところにあって、坂本というのはそこから北東へ少し行ったところにあるらしい。ここを抑えてしまえば連合軍の南下を阻止出来るというわけだ。


 森隊一千、浅井朝倉連合軍推定三万という兵力差にも関わらず、可成は緒戦で勝利を収める奮闘ぶりを見せてくれた。

 胸を撫でおろす一部の家臣たち。でも、楽観視が出来るはずもない。何度も攻めて来られれば森隊がジリ貧になるからだ。何度も攻めて来るかは状況によるだろうけど……。

 しかし、更なる危機は思わぬところからやって来た。


 何と、顕如からの援軍要請に応じて、延暦寺の僧兵たちが浅井朝倉連合軍と合流してしまったのだ。

 本願寺と延暦寺は、現在は和解しているとはいえ本来は敵同士なのに、どうして……と六助が驚いていた。

 これにより浅井朝倉連合軍は一気に勢いづいてしまう。


 翌日、戦闘が再開されて人気のなくなった俺の本陣に一人の足軽がやって来た。


「プニ長様、プニ長様ぁー!」

「どうした!」


 当然のように六助が応じる。そういえばこいつ、ずっとここにいるな。


「も、森可成様、織田信治様、青地茂綱様、討ち死にに!」

「何だと!?」


 本陣の時が止まる。その場に居合わせたわずかな人々は、足軽の発した言葉を理解出来ない様子で目を見開いたまま固まっている。

 最初に動き出したのは六助だった。足軽の肩を揺さぶりながら、感情に任せて叫ぶように問い掛ける。


「それは本当か!?」

「本当です!」

「本当に本当か!?」

「本当に本当です!」

「本当に本当に本当」

「しつこいです!」


 足軽にきつく言われたにも関わらず、その言葉が届いていないかのように、六助は茫然自失としたままつぶやいた。


「可成殿が……討ち死に……信治様に青地殿まで……」


 しかし、すぐに我を取り戻して尋ねる。


「ということは、宇佐山城は陥落したのか!?」

「いえ、落城は現在まで免れております。坂本にて森隊を破った連合軍は、そのまま宇佐山城を攻略しようとしましたが、森様の意志を受け継いだ城兵が、各務元正様が中心となって抵抗を続けているとのことです」

「そうか……」


 事実関係を確認すると勢いを失い、肩を落とした六助。


「可成殿はどのようにして討ち取られたのだ?」

「敵方の増援後の戦闘でも先鋒を押し返すなどして奮闘なさっておられましたが、数の利を生かした側面攻撃などによって遂に崩れたとのこと」

「最後に、何か仰っておられたか……?」

「六助殿に『織田家で天下を取って、あのプニプニとモフモフを、後世にきっと伝えてくれ』とのことでした」

「可成殿ぉっ……!」


 涙混じりの声をあげると、六助は膝から崩れ落ちてしまった。


「私が、私が援軍を送る決断を下していれば!」


 それは違う。誰だって援軍は送りたかった。でも、こちらも迂闊に動くことが出来なかった。情勢がそうはさせなかったんだ。

 恐らくそれは六助も理解しているはず、けど、感情の昂りが理性の抑えを打ち破ってしまって、後悔せずにはいられないのだろう。


「私のせいで大切な友をまた一人、失ってしまった!」


 それは違う。恐らく可成の方は六助を友達とは思っていなかったはずだ。

 信じたくないだけで、六助も薄々は感づいていたはず。けど、感情の昂りが理性の抑えを打ち破ってしまい、どさくさに紛れて叫んでみただけなのだろう。


「うおおおおっっっっ!!!!」


 悲しみに暮れた六助は周囲の目など気にせず、顔を汗と鼻水と涙まみれにして、幼子のようにわんわんと泣きわめいている。

 最近知ったことだけど、可成は随分と古くから織田家に仕えていた最古参の家臣のうちの一人らしい。六助もそうらしいから、悲しみもひとしおに違いなく、大切な友と言うのもあながち嘘じゃないのかもしれない。


「六助様」


 部下の一人が六助の側に座り込み、背中に手を添える。何かを言いかけて、口が開いては閉じるのを繰り返していた。

 かけるべき言葉が見つからず、ただそうする以外に何も出来ない彼の心中が、その沈痛な面持ちからも伝わってくる。


 一方で、訃報を伝えにきた足軽は、「いや、そんな目の前で大泣きされてもな……俺、どうしたらええねん……」みたいな顔で固まっていた。

 それを察したのか、六助の部下が顔をあげて足軽に指令を出す。


「これを、柴田様の陣営にも伝えて来てくれ」

「かしこまりました」


 あ~気まずかった、みたいな安堵の表情で去っていく足軽の背中を見守ることもなく、六助はその後もしばらく声をあげて泣き続けていた。


 ようやくおっさんが泣き止んだ頃、さっきの足軽と共に、今度はいかついおっさんが天幕に乗り込んできた。

 六助と向かい合うように腰を下ろしてすぐに口を開く。


「六助殿、話は聞き申した」

「はい、可成殿が……ぐずっ」


 六助はまだ完ぺきに泣き止んだわけではなく、微妙にぐずっていた。充血した目の下には涙の跡が残っているし、鼻水もすするのが大変そうだ。


「うお、きもっ……いや、そのことは真に残念なのでござるが、織田家の重臣として、今はもう一つの報せについて決断を下すべきかと」

「きも? 今きもって言いましたよね? いい歳した私の泣き顔は気持ち悪いかもしれませんが、森殿が亡くなられたのですからしょうがないでしょう」

「拙者は肝が食べたいな~と思ってそれを呟こうとしただけでござるよ」

「今この場で突然それを言い出すのは不自然ですよね? たしかに肝はおいしいですけど、それよりも」

「わかった、わかった! 拙者が悪かったでござるから!」


 両手を前に出して制止のポーズを取りながらそう叫んだ柴田は、ようやく大人しくなった六助を見ながら本題に入る。


「浅井朝倉軍への対応についてでござる」

「ああ、そう言えばやつらは今どうしているのですか?」

「えっ?」

「えっ?」


 二人揃って不思議そうな顔をしている。


「聞いてないのでござるか?」

「あの時は動揺してしまって、森殿らに関するもの以外は……」


 柴田は、まあしょうがないか、と言った風に一つため息をついた。


「結局宇佐山城攻略を諦めた連合軍は、かの城を迂回して大津へ。そのまま山科の辺りまで進軍し、京の目と鼻の先まで迫っているようでござる」

「何と!? 我々が摂津に釘付けになっている隙に、京がやつらの手におちるようなことがあれば……」

「そういうことでござる」


 ようやく事態を把握した六助を見て、柴田がうなずく。


「しかし、朝倉はともかく、浅井家としてはモフ政殿とお市殿を取り戻すことが先決でござろうに、何故京に」

「美濃に至るまでに秀吉殿や丹羽殿の隊と戦わねばなりませんし、美濃に至ったところで家康殿が力を貸してくださるでしょう。そんな徒労に終わりそうな行軍に、朝倉勢が付き合うとも思えません」

「それもそうでござるか」


 顎を撫でながら少しの間思案したのち、柴田は決断を迫った。


「さて六助殿、京はどうなさるおつもりでござるか?」


 六助は表情を引き締めると、迷うことなく考えを述べる。


「政治的な影響を考えれば無視は出来ません。可成殿の奮戦を無駄にしない為にも摂津からは撤退しましょう」

「分かり申した。されば、殿は拙者と和田殿の隊がお引き受けいたす」

「お願いします」


 こうして、織田家は摂津戦線からの撤退を開始した。

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