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攻城

 案がまとまってからの織田軍の行動は早かった。

 数日後には「楼岸の砦」と「川口の砦」とかいう、かっこいいんだかそうでないんだかわからない名前の砦が築かれ、そこに諸将を配備。六助が真面目に働けばこんなにうまくことが進むのかと、思わず感心してしまった。


 戦闘態勢が整うと、作戦通りに浦江城への攻撃が行われる。

 作戦が始まってから知ったことだけど、まず織田軍が築いた二つの砦は野田、福島城の南を東西に走る川の対岸にあって、この浦江城というのはその逆、北を東西に走る川の対岸にある。早い話、浦江城を攻略してしまえば三好三人衆を包囲できるというわけだ。

 ちなみに、義昭が布陣している中嶋城は浦江城から更に北側にある。


 攻撃を行ったのは松永のおっさんと三好義継って人の隊で、鉄砲を使って割とあっさり成功した。

 この三好義継、三好って名前だし松永とよく行動を共にしているから何かと思えば、かつては三好三人衆に担がれた三好家の当主らしい。三好三人衆は三好家の一族とその重臣。

 義継は、一旦は当主として三人衆に担がれたものの、次第に冷遇されるようになったので、家臣からの助言を受けて三好家に対して忠義に厚い松永のおっさんを頼ったらしい。

 当時三人衆と畿内の覇権を巡って対立していたおっさんは劣勢に立たされていたものの、義継とズッ友になったことで盛り返して畿内の主導権を得たそうな。

 とはいえ、勢力的におっさんたちが劣勢なことに変わりはなく、再度三人衆に追い込まれた松永三好ペアが打開策として考えていたのが、俺たち織田家と義昭の上洛を助けるという手段だったらしい。

 織田家と義昭を助けるから、僕たちも助けてね、というわけだ。だとすれば、松永のおっさんが三人衆の動きにいち早く反応してくれたり、妙に戦に対するモチベーションが高いのもうなずける。因縁の対決ってやつだ。

 京都で急に味方になったから怪しいやつだと思っていたけど、そういう経緯があったんだなぁ、と六助からの話を聞いてそう思いました。


 閑話休題。


 浦江城が落城した翌日。

 今回はソフィアがいないので観戦も出来ず、寝るか散歩くらいしかすることがないし、散歩も遠くまで行こうとすると家臣に止められてしまう。

 仕方なく本陣の天幕の中で寝ていると、うとうとして来た頃に何か勝手におっさんたちが集まってきて軍議が始まった。

 無駄に張り詰めた空気の中で口を開いたのは六助だ。


「我々の砦と野田、福島城の間にある川を埋めようかと思います」

「たしかに攻めやすくはなるでおじゃるが……危険ではないのかえ? あそこは戦場になりうる場所の一つでおじゃろ」

「糞尿のごとき義昭様にしては鋭いご意見です。ですので、これからどのようにして川を埋めるかを議論しようかと」

「そもそも必ずしも埋める必要はないでおじゃろう」


 糞尿呼ばわりをされたのにも構わず話を続ける義昭。色々苦労をしたせいか、以前に比べて大分心が強くなったようだ。


「包囲も完成し戦闘態勢が整ったとはいえ、あの堅城を落とすには今一つ工夫が必要だと私は考えます」

「その一環として川を埋め、進軍をしやくする、ということでおじゃるか」

「その通りです」

「ふむ」

「そういうことなら、我々に任せて欲しいでござるよ」


 そこで割り込んできたのは柴田だった。あごひげを撫でながら、どこか落ち着かない様子に見える。


「柴田殿。織田家の中でも重臣のあなたが、このような危険な任務に当たる必要はないでしょう」

「重臣だろうが何だろうが関係はござらん。織田家の為にこの身を投げ出すことが我が使命なれば」

「柴田殿……」


 感動に身を震わせた六助は、ごみでも入ったのか、目をごしごしとこすってから立ち上がり叫んだ。


「聞いたか皆の者! これこそが真の忠臣の姿! この戦国の世において、これほど強く美しい武器は他にないであろう!」

「そ、そこまで言われると照れるでござるな」


 どうでもいいけど眠れないから静かにやって欲しい。

 六助は気が済んだのか、もう一度座って、ふうと一息ついて心を落ち着かせてから軍議を再開した。


「そこまで仰っていただけるのでしたら、川を埋めるのは是非とも柴田隊にお願いしたいと思います」

「うむ。その任、たしかに引き受けたでござる」

「柴田殿なら安心だな!」「何も心配はいらないで候」


 心配事がなくなったという感じで、次々に笑顔になる家臣たち。

 その一方で柴田は、わくわくというべきかそわそわというべきか、はたまたその両方なのか……とにかく部屋から出ていくその直前まで、どこか落ち着かない様子だった。


 翌日。

 天幕の近くにある木でセミを探して遊んでいたら、いつもの騒がしい声が近づいてくる。


「プニ長様! プニ長様ぁー!」

「キュキュン(そんな人はいません)」

「おっほほ、かくれんぼですかな?」


 咄嗟に木の陰に隠れた俺を見て、六助が興奮している。

 このままだとまためんどくさいことになりそうなので、自らおっさんの前に躍り出て声をかけた。


「キュ、キュウン(で、どうした?)」

「次は私が隠れる番ですね? よ~し」

「キュン(おい)」


 本当に隠れだしたので無視してセミ探しに戻ると、しばらくしてようやく俺がかくれんぼをする気がないことに気付いたらしい。

 草むらの中から出て来た六助と天幕に入り、お互いに楽な姿勢になって早々に本題が切り出された。


「柴田殿が川の埋め立てに失敗なされました」

「キュン? (まじ?)」

「失敗した経緯は……」

「それは拙者が直接プニ長様に報告いたすでござる」


 声のした方に視線を向けると、丁度柴田が天幕に入って来るところだった。


「柴田殿!」


 柴田は俺たちのところまで歩み寄って座り込み、首を垂れる。


「まずは此度の戦において、幾人もの貴重な兵を失ってしまう結果となり、面目次第もござらん」

「キュウンキュン? (一体何があった?)」

「原因は……拙者の川遊びにござる」

「キュ? (は?)」


 何を言われたのかわからず、間の抜けた声を漏らしてしまった。


「実は京都で皆が川遊びをしていた折りにはそういった気分になれず、ただ河原で見ていただけでござったが、ここに来てその衝動を自らでは抑えきれなくなり、任務のついでに敢行した次第に」

「……(……)」

「そして川遊びをしているところを、三人衆軍に好き勝手に攻撃されてしまい、多くの部下が……」


 なるほど、こいつが軍議で埋め立て作戦に志願した際にそわそわしていたのは、任務をしながら川遊びをするという狙いがあったからだったのか。

 鴨川で家臣たちが遊んでいる時の、柴田の寂しそうな顔が脳裏をよぎる。京都では秀吉がいなくてそんな気分にはなれなかったものの、摂津の川を見てうずうずしてしまったということだろう。

 正直、何やってんだお前くらいしか言うことがない。


「尽きましては自害にて責任を取る所存に」

「キュンキュン(怖いからそれはやめて)」


 自害、つまり切腹だ。たしかにそれくらいの責任問題だけど、目の前で腹を切られるとかグロ過ぎて見たくない。


「柴田殿。川遊びをしたいなどという衝動は、そう簡単に抑えきれるものではありません。致し方ないところもあるでしょう」

「六助殿……」

「それに何より、柴田殿は私の大切な友人。過ちを犯したからといって、友が自ら死を願うことを容認できようはずもありません」


 どさくさに紛れて友達を増やそうとする六助。


「我々は同じ家臣団……つまりは仲間あるいは同士であり、そういう風に思ったことはなかったのでござるが、かたじけない」

「え? あ、いえいえ。ははは……」


 さりげなく友達であることを否定された六助は、悲しい気持ちを紛らわすように曖昧に笑っている。その瞳をわずかにうるませながら……。

 少しの間が空いてから、六助は気を取り直すように咳ばらいをした。


「とにかく、川の埋めたては場所的にもやはり危険ということで、増員して複数の隊で行いましょう」

「次には必ずや成功させてみせるでござる」

「勝手にまとめてしまいましたが、プニ長様はそれでよろしいですか?」

「キュキュンキュン(おならぷう)」

「お怒りにはなられていないので、承認ということですかね」

「名誉挽回の機会をいただき、恐悦至極にござる」


 そう言って、柴田は座ったまま一礼をした。

 天幕の外では、次々に重なっていくセミの鳴き声が、夏の終わりを惜しむかのように、より一層力強く響いている気がした。

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