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鴨川の悲劇

 夏の陽射しに水面が輝き、透き通った川底を大小様々な石たちが彩る。京都の街を縦に突っ切るように流れている鴨川からは、今日もせせらぎと……。


「こやつめ~!」

「きゃっ! 突然なに!?」

「こやつめハハハ~!」

「わっ! なんなんですか!?」


 男女の悲鳴とおっさんたちの無邪気な声が響き渡っていた。家臣たちは着物を膝までまくって川に入り、川辺に並んで座るカップルを見つけては水をかけて遊んでいる。人としては最低だし、光景としても何とも酷いものに仕上がっていた。


「キャンキャンキャワン! (お前ら恥ずかしいからいい加減やめろ!)」

「ははは、尊すぎて何を仰っているのかわかりませんぞ~!」

「ワオ~ン! (嘘をつけ!)」


 河原から声をかけるも、家臣団は全く意に介した様子がない。

 こいつら、俺が怒ってることくらいは伝わってるだろうに、完全に無視してやがる……いや、本当にわかっていない可能性もあるけど。

 確かに、チワワが川辺でキャンキャン吠えていたら、わ~一緒に遊んで欲しいのかな~でも人見知りなのかな~大丈夫でちゅよ~僕ちゃんは味方でちゅからね~よちよちばぶ~くらいにしか思わないもんな。

 水をかけられ、仕方なく避難していくカップルが俺の横を通り過ぎる際に、不機嫌そうな会話が聞こえて来た。


「ちっ、何だよ。朝倉のやつらって本当に最低だな」

「早く織田の人たちに成敗して欲しいわよね」


 あっ、あいつら何で朝倉の家紋が入った旗を持ってるんだろうと思ってたけど、そういうことか。変なところで知恵が回るんだよなぁ……。


「おらおら! 我々が朝倉家じゃあ!」

「不埒なことをする男女は成敗いたす!」

「なんなんだよあんたら!」

「ついでに嫁も募集中じゃあ!」


 どさくさに紛れて何か言っているやつもいる。


「ふん。浮かれおってからに」


 つまらなそうに吐き捨てながら、誰かが俺の横に腰かける気配がした。振り向けば、そこには泣く子も黙るいかついちょんまげ。

 柴田は、河出はしゃぐ家臣団を眺めながら独り言を続ける。


「この間にプニ長様が何者かに襲われたらどうする気でござるか」

「キュウンキュキュキュン? (お前はあの中に混ざったりしないのか?)」

「おお、プニ長様。大丈夫でござるぞ。貴方様は何があっても、この柴田権六がお守り致しますゆえ」


 どん、と自分の胸を叩きながら得意げな顔をする柴田。

 いつもとは違う感じだけど何かあったんだろうか。いや、家臣団の中では特に忠義に厚くて信頼出来るやつだけど、何て言うか……こういう時は秀吉と一緒にはしゃぎ回っている印象があるんだよな。

 そう思いながら、特に話すことがない、というよりは言葉が通じないので、何を言うでもなく鴨川を眺めているとあることに気が付いた。

 秀吉がいない。

 そう言えば、あいつは今丹羽とかいうおっさんと一緒に、近江にある横山城で浅井軍の監視をしてくれているんだったか。


 横山城は琵琶湖東岸にあって、小谷城から南へすぐのところにある。俺たちが日本で言う大阪にある野田・福島……摂津に向かっている時に、浅井軍に琵琶湖東岸を南下されてしまうと美濃が危ないというわけだ。

 浅井軍は今お市とモフ政を人質に捕られている為に極端な行動に出ることはないだろうと六助は言っていたけど……所詮は浅井家とは直接的な血の繋がりがない、俺の妹とただの犬。人質を捨てる覚悟を決めて、油断しているところを一気に、なんて可能性は捨てきれない。

 

 それを防ぐ為の秀吉と丹羽なわけだけど、当然ながら摂津に織田家が出向いている間は横山城に居てもらわないといけないわけで、つまりそれはこの戦が終わるまで秀吉と柴田が離れ離れになることを意味している。

 おっさん二人が離れ離れになったところで俺の知ったことじゃないしむしろそれで元気がなくなるなんて気持ち悪いとは思う。でもとにかく、柴田の様子がいつもと違うのはそういうことなんだろうな。


「……」

「……」


 何だか気まずいのでトイレにでもいくことにした。犬の身体ならどこでも用を足せるので便利だ。


「お供いたすでござる」


 立ち上がると同時に柴田がついてくる。連れションをする趣味はないので断ろうにも意思疎通は図れない。

 仕方なく諦めて歩き出すとほぼ同時、何かをぐにゃりと踏みつけたような感触が足元に広がる。


「ふごっ」

「……? (……?)」

「何でそこで……ちゃうんだよ……僕と一緒に……しようよ……」


 見下ろしてみればそこには、安らかに眠る光秀の姿があった。


「明智殿ではありませんか。昨日は宿に戻られた様子がなかったのでまさかとは思っていたのですが……これを見るに、徹夜ではしゃいでいたようでござるな」


 一歩遅れて気付いた柴田がそんな風に言う。


「キュンキュキュン(とりあえずその辺に埋めといてくれ)」

「了解致した」


 よっこらせと、光秀を肩に担ぐ柴田。


「護衛をしなくてはならぬ故、プニ長様も一緒においで願いたいでござる」


 一瞬本当に埋めるのかと思ってびびったけど、やっぱりそんなことはなく、どうやら宿に運んでくれ、という風に俺の言葉を受け取ったらしい。

 とは言っても川にはまだ家臣団がいる。こいつらを置いていくのも……。


「こやつめ~!」

「こやつめハハハ~!」


 いや、むしろこいつらはいなかったことにした方がいいな。と、家臣たちの記憶を脳内から抹消した俺は、柴田と共に宿へと向けて歩き出す。

 憎らしいほどに晴れ渡った空は高層ビルに切り取られることもなく、どこまでも自由に広がっていた。


 翌日、充分に戦力を整えた織田家は京都を出立し、枚方とかいうところを経由して更に翌日には、野田・福島城から南東方向へ少し離れたところにある、天王寺に着陣した。

 野田城と福島城が堅城である為に、ひとまずは誘降戦術……城からおびき出す戦術を採ることにしたらしい。

 以前も浅井軍をおびき出す為、小谷城下で「織田家参上」って旗を建てたりした実績がある家臣団だけに不安になった俺は、何をする気なのか外に出てこの目で確かめようとしたものの、六助に連れ戻されてしまった。


 こうなれば俺に出来ることは何もない。贅沢は言わないから、せめて「織田家参上」とか「城の前で鬼ごっこ」とかはやめてくれ。と祈るしかなかった。

 数時間後、何やら少し疲れた様子の六助が天幕に入ってくる。近くの椅子に座ってふうと息を吐き、やり切ったと言わんばかりの爽やかな笑顔で語り出した。


「いやぁ、敵の城の周囲を走っている川を使って、「第一回織田家水泳大会」を開催してみたのですが、敵兵に鉄砲で撃たれて何名かが負傷してしまいました。中々難しいですなぁ、はっはっは」

「キュキュキュ、キュウン(はっはっは、じゃねえよ)」

「敵はあまり水泳が好きではないとわかったところで、ひとまずは周辺の城にいる敵将を調略する方向で手筈を整えております。今しばらくお待ちください」

「キュウンキュンキュン(最初からそうしてくれ)」


 それから数日は野田・福島城の様子を監視しながらの調略活動が続く。結果としては、敵方のおっさんを何人か寝返らせることに成功したとのこと。

 更に数日後には将軍足利義昭が援軍に駆けつけてくれて、風は順調に織田家の方へと吹いているように思えた。


 義昭が織田家に加わった次の日の夜、義昭も交えての軍議が開かれた。


「此度の戦はもう楽勝じゃな」

「いや、全然そんなことはないですね」


 義昭の楽観的な発言に真顔で応える六助。義昭が嫌いなのかもしれない。


「そうは言っても、兵力はこちらの方が圧倒的に上じゃし……」

「それでもあの堅城の攻略は容易ではありませんし、本当に軽はずみな発言は控えていただきたい」

「う、うむ。わかった」

「全く……こういう人に限って、城の前で水泳大会をやろうとか言い出すんですよね本当に」


 どう考えてもツッコミ待ちの発言なので放っておく。場に沈黙が漂って来たところで、柴田が話を本題に移した。


「それで、これからはどうするおつもりでござるか?」

「まずは敵方の城の対岸に砦を築き、態勢を整えます。それから野田・福島城の西の対岸にある浦江城を攻略し、そこを足掛かりにして攻城戦に移ろうかと」

「ふむふむ、中々の妙案でござるな」


 おお、義昭が来てから、六助が急にまともな発言しかしなくなったぞ。義昭にはしばらくこっちの方に滞在してもらいたいものだ。


「それでは早速準備に取り掛かるでござるよ」


 そう言って柴田らは天幕を出て行った。

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