確固たる信念
こちらを精確に射抜く真摯な眼差しには、感情の揺らぎなどというものは一切漂っていない。その一言だけでソフィアの気持ちは十分に伝わった気がした。
だからこれ以上お願いをする気はないけど、理由は尋ねてみたい。
「キュンキュン? (理由を聞いてもいいか?)」
ソフィアは、一つうなずいてから答えてくれた。
「先程も言ったように好みの問題でもあるのですが……私は、世界に神々が干渉をすることをあまり良しとしない、という考えを持っているのです」
「キュキュン……キュウン? (神が干渉……例えば?)」
「野田・福島の戦いがどうなるか、という結果を武さんに教えて差し上げることがそれにあたります」
「キュキュンキュン、キュウンキュウンキュキュン(俺が結果を知ってしまうことで、元々の野田・福島の戦いの結末が変わってしまう恐れがあるってことか)」
「そういうことです。もっとも、この世界は地球ではないので、結果を教える……というのは正確な表現ではありませんが」
なるほど、ある出来事に対して何らかの形でソフィアが干渉することで、その出来事の元々の結果を変えてしまうかもしれないことが嫌だ、ということか。
普段俺の言葉を通訳してくれているのは、あくまでサポートの範囲に収まるということだろう。先を考え、そして行動に移すのが俺自身なら、ソフィアが結果に影響を及ぼすことはほとんどない。
細かいことを言ってしまえば、サポートすることで何かしらの波紋は生まれるかもしれないけど、それでも転生させた女神の立場として、俺を助けたいという思いが勝ってくれているのだろう。
そう言えば姉川の戦いを観戦している時も、こいつは戦の途中がどうなるか知らないというだけで、結果がどうなるかまで知らない、とは言っていなかった。まあ知っていたとしてもモフ政がいた時点で予想外の展開だっただろうけど。
でも、それなら一つだけよく分からない点がある。
「キュウンキュウンキュキュン? (俺をこの世界に転生させたことは干渉にはならないのか?)」
「世界そのものに干渉するのと、武さんがこの世界で生きて、結果としてこの世界に影響を及ぼすのはまた別の話だと私は思っています」
「キュキュ(ふむふむ)」
「これは余談になりますが、そもそも、チワワ自体はどちらにしろこの世界に召喚されていましたし、あのタイミングで武さんが亡くなったのも偶然。更に武さんと武さんが助けたチワワの願いがあったので、私が自分のポリシーにやや反して、よかれと思ってしたことなのです」
「キュキュンキュウン(別に俺は転生したいと思ってなかったんだけど)」
「とってもいいお話ですね……」
目を瞑って胸の前で手を組み、慈しみ溢れる穏やかな笑顔で何かほざいてやがる……こいつ、俺のツッコミを無視して強引に話をまとめようとしてるな。
でも、とりあえずソフィアの考えは理解出来た気がした。
「キュウンキュン(お前の言い分はわかったよ)」
「ありがとうございます!」
途端にいつもの調子に戻るソフィア。
「キュ(でもな)」
「はい」
話が続くと思っていなかったのか、ソフィアは不思議そうな表情になる。
「キュン、キュキュキュウン……キュキュンキュンキュン(この先、例えば帰蝶が危ない目にあうかもしれない時とか……それでも俺が日本の戦国時代に起こったことの結果を知りたい、と思う時があるかもしれない)」
「…………」
「キュン、キュン。キュキュキュン、キュキュキュンキュウン? (その時が来たら、どうだろう。結果を教えろとまでは言わないけど、お前にどうしたらいいか相談をさせてくれないか?)」
「相談、ですか」
「キュウンキュン、キュキュンキュン? キュ、キュンキュウン、キュウンキュンキュン(世界への干渉はしたくないけど、俺のサポートはしたいって思ってくれてるんだろ? だったら、大切な人が危ない時には、ちょっとくらいお前を利用させてくれてもいいんじゃないか)」
ソフィアはその言葉を聞いて、思わずと言った感じで吹き出した。
「キュウン(何だよ)」
「ごめんなさい。いえ、神を利用しようなんて、武さんはすごい人だなって」
「キュウン。キュキュン、キュキュンキュン(しょうがないだろ。帰蝶やお市が危ない目にあったら、なりふり構わずお前を頼る自信があるからな)」
「それは胸を張って言うようなことですか?」
「だからさ、今のうちにそれだけは言っておきたかったんだ」
ふうと息を吐き、柔らかい微笑をその口元に湛えるソフィア。
「しょうがないですねえ。では、本当にいざとなった時にだけはズルをさせてあげましょう」
「キュキュン(サンクス)」
「本当にいざとなった時だけですからね?」
ぴんと人差し指を立てながら注意を飛ばすソフィアからは、もうさっきまでのようなお堅い雰囲気は微塵も感じられなかった。
話しているうちに何だかんだで眠くなった俺たちは、その後はいつも通りに睡眠を取って翌朝に至る。
足軽たちの準備も整い、野田・福島に向かって行軍を再会したんだけど、ソフィアはまだ一緒に駕籠の中にいる。妙に滞在時間が長いのが気になって、今回はいつまでいられるのか尋ねてみたところ、
「今日のお昼過ぎまでは大丈夫です!」
という返事が飛んで来た。
「キュン、キュウンキュキュン(ってことは、昨日今日と時間があったのか)」
「そんなところです!」
「キュキュウンキュン(俺の為に時間を使わせちゃって悪いな)」
「いえ、帰蝶ちゃんやお市ちゃんに癒してもらおうという下心もあったので、そこは謝らないでください!」
「キュウンキュン(それを最初に聞いておけばな)」
どうやら、時間の経過は他の世界たちと同時らしい。当然と言えば当然だけど、そうじゃないと言えばそうじゃない気もする。
結局この日の織田家は横山城へと向かったんだけど、そこへ到着する前にソフィアはまたどこかの世界へ旅立っていった。本格的に戦が始まるまでは居て欲しかったけど、こればかりはしょうがない。
翌日は長光寺へと至り、更にその翌日には京都の本能寺に到着した。ここで一度味方の勢力を集結させるらしい。
京都についたその日の夜、本能寺の一室にて今いるだけの家臣を集めての軍議が行われた。
「明日、ここにもう一泊して行こうと思う」
六助の一言に家臣たちがにわかにざわめく。するとその真意を図るため、すぐに家臣の一人が声をあげた。
「それはどういったことで?」
「この暑さだ。せっかくなので鴨川で遊んで行こうではないか」
「おおっ」
ざわめきが歓声へと変わる。また始まったよもう……。
いつもの本気かそうでないのかわかりづらいやつが始まったので、おっさん共を放っておいて寝転がる。
「ですが六助殿、どうせならもっと深い川にしませんか? 鴨川は、京都の街中を通っている部分では浅いでしょう」
「あの川べりでは、よく男女が仲睦まじく会話を交わしている姿が見受けられる。やつらを蹴散らして遊ぶのはすごく楽しいであろう」
であろう、じゃねえよ。私怨やひがみでしか動けねえのかこいつは。
「いいねいいね! それ、すごくいいよ! やろう! 今すぐ行こう!」
いきなりボルテージが限界に達した光秀が、何故か上半身の衣服を脱ぎながら外へ駆け出していった。
「明智殿! さすがに夜にやれば風邪を引くかもしれませんよ!」
六助の制止も虚しく、明智は外を支配する宵闇の中へと吸い込まれていく。
「しかし六助殿、夜にやった方が逢瀬をする男女などもおり、効果は高いのでは」
「むむ。そう言われればそうかもしれませんね。では明智殿は夜、我々は昼を担当すると致しましょう」
「キュウンキュン(何の担当だよ)」
こいつら、もはや遊ぶのじゃなくて仲良さげなカップル共を邪魔するのが目的になってるな。もう勝手にしてくれ。
家臣たちが野田・福島のことを忘れないでいるのか不安になりながら、その日は眠りについた。