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ソフィアとの旅路

「プニ長様、プニ長様」


 扉を控えめに叩く音と、その向こうからは俺を呼ぶ声。目覚めたばかりのぼんやりとした頭は、何度も「二度寝」という指令を飛ばしてくる。

 でも、次の瞬間に扉が開くと、その先から現れた顔が少しだけ意識をはっきりとさせてくれた。


「プニ長様、本日の宿屋に着きました」

「キュキュン(誰だお前は)」


 六助は、すぐに俺の横にいるソフィアに気がついた。のんきな女神様は未だにすやすやと気持ちよさそうに寝ていらっしゃる。


「おや、いつの間にやらソフィア様もおいででしたか」

「キュウンキュ(おいででしたよ)」

「お二方を宿屋までお連れします、さあどうぞ」


 そう言って六助はこちらに向かって両腕を広げて来た。

 こいつに抱っこされるのは正直嫌だけど、案外慣れて平気になって来たし、何より拒否るといつも寂しそうな顔をされるのでさすがに良心が痛む。今では余程のことが無い限り、すんなりと抱っこを受け入れることにしていた。

 おっと、その前にソフィアを起こしておかなければ。俺を抱っこすると六助の両腕がふさがるから、最悪やつの頭に乗せてちょんまげにひっかけるという扱いをされる恐れがある。

 右前足でソフィアの身体を軽く揺すってみる。


「キュ、キュキュン(おい、ソフィア起きろ)」

「う、ん……何ですかぁ? 美少女ですかぁ?」

「キュンキュン(何だこいつ)」


 むくりと身体を起こし、寝ぼけまなこをこすりながらよくわからないことをほざくソフィア。頭がおかしいのかもしれない。


「キュウンキュン(宿屋に着いたってよ)」

「美少女はいますか?」

「キュンキュキュン(それは諦めてくれ)」

「じゃ二度寝します……ふあぁ」

「キュ、キュンキュン(おい、寝るなって)」


 寝てしまった。六助もさすがに苦笑している。

 こうなった以上、ちょんまげの上に乗せるのはソフィアが気の毒なので、ソフィアを六助に手で運んでもらって俺は歩いていくとしよう。

 右前足でちょんちょん、とソフィアの方を示す。


「に、く。ですか? お肉なら宿屋に行けば食べられると思いますが……」

「キュウンキュ(違います)」


 この後、真意を伝える為に更に数分を費やした。


 虫たちのささやきと、頬をなでる涼し気な風。空には満点の星が張り巡らされていて、この景色を切り取って保存したい程に美しい。

 この季節の夜の高揚感というのは世界が違っても変わることはなく、一歩踏み出す度に気持ちが踊るような気がした。


 駕籠は町の入り口前に停められていた。夜で少なくなっているとはいえ、人通りに配慮した形だろう。

 俺たちを下ろした駕籠は、足軽たちが野営しているところに運ばれていった。


 宿屋にはすぐに着いた。日本にあった旅館のように豪勢な見た目ではなく、個人経営の民宿が少し大きくなったような感じだ。

 入り口から入ってすぐに食堂らしきお座敷があって、いくつかの食卓が並べられている。食事をしている客の姿もあった。

 受付のところで、六助がこちらを振り返る。


「私は軽い手続き等を済ませますので、先にお部屋におあがりください。おい、こちらの方の案内を頼む」

「かしこまりました。どうぞこちらへ」


 何か変なおっさんが出て来た。事前に話が通っているんだろうけど、即座に犬を客扱い出来るその胆力には素直に感心してしまう。

 ソフィアを俺の背中に乗せて部屋へ案内してもらう。床が軋む木材の音と畳の匂いは、城にいる時とはまた一味違って趣深い。


 店員らしきおっさんは、ある襖の前で立ち止まってそれを開けた。


「こちらが本日のお部屋でございます」

「キュウン(センキュウ)」

「おおほほほ、いと尊し」


 奇妙な一言を残して店員は去っていく。

 部屋の中に入ると、既に俺用と思われる布団が敷いてあった。一組ということは六助は別の部屋らしい。この辺は妙に配慮の出来るやつだ。ソフィアの分がないのは、あいつが道中で急に現れたからだろう。

 ソフィアをその辺に適当に降ろして、布団の上に寝転がる。しばらくすると、手続きとやらを済ませた六助が部屋に入って来た。


「私は隣の部屋におりますので、何かあればお声かけください。むしろ何もなくてもお声かけください」


 そう言ってソフィア用の寝床を作り、ソフィアをその上にそっと移動させてから去っていった。

 ていうかこいつ本当によく寝てるな~。普段よっぽど仕事が忙しいんだろうか。本当にお疲れ様ですとしか言えない。

 他にすることもないので、俺も大人しく眠りにつくことにした。


 ……が、そう簡単に眠れるはずもない。それはそうだ。宿に着くまで恐らく数時間は寝ていたわけだからな。

 眠れないままぼーっとしていたら、やがて暗闇の中から声が聞こえてきた。


「武さん武さん、起きてますか?」


 ソフィアだ。いつの間にか寝息は途切れていた。


「キュンキュン(起きてるよ)」

「よかった。目が覚めちゃったので、少しお話でもしませんか?」

「キュン(いいよ)」


 返事をすると、ソフィアはどこからか取り出した杖のようなものを振って魔法の灯りをつけた。それから、こちらにふよふよと飛んで来る。


「こちらの世界には慣れましたか?」

「キュ。キュンキュ、キュンキュン……キュン、キュキュン(まあな。異世界っつっても、言葉とか考え方は日本とあんま変わらんし……不便なのも住めば都って感じ)」

「むしろ可愛い奥さんも出来たし!」

「キュキュン、キュンキュウンキュン(時々おバカだけど、なんだかんだで頼りになる家臣たちもいる)」

「言うことなしですね!」


 犬の身体じゃなければな、と思いもしたけど、それを言ってしまうとまるでソフィアを責めているみたいなのでやめた。

 チワワを抱っこして昇天したのはあくまで自分の意志。自己責任なのであって、転生してもらったことを責めるのはお門違いというものだ。転生先が過酷な環境だったのならまだしも、現状にはそこそこに満足出来ている。

 それに、この前自分があまりこちらの世界に来ることが出来ていないのを謝った時のあの顔。普段はお気楽なソフィアだけど、俺のことを心配してくれているのだということはわかる。

 だから、こう言っておくことにした。


「キュン、キュキュン(ソフィア、ありがとな)」

「えっ?」

「キュウンキュキュン、キュキュン、キュキュキュン(最初はどうなることかと思ったけど、何だかんだで今、楽しいからさ)」

「武さん……」


 瞳を潤ませたソフィアは、目尻を軽く拭いながら続ける。


「武さんが今、ご自身の境遇をどう思われているのか……。大袈裟に言えば幸せなのか、心配していたのでよかったです」


 だったら何故チワワに、とかツッコミどころはあるものの、今は感動的な場面だと思うので置いておこう。ソフィアにも俺をこの世界にチワワとして転生させなければいけない事情があったのかもしれない。

 いや、あるのかそんなもの?


 ソフィアが柄にもなくしんみりとしているので、何だか気恥ずかしくなってしまい、話題を変えることにした。


「キュウン、キュキュキュン(ところでさ、気になってたことがあるんだけど)」

「はい、何でも聞いてください! 今ならスリーサイズだって答えちゃいます!」


 正直ちょっと気になるけど、帰蝶のそれほどじゃないから軽く流しておく。


「キュンキュン……キュ、キュキュン? キュウンキュキュン? (ソフィアは今回の戦……野田・福島の戦い? を知ってるんだよな?)」

「はい、大河ドラマで観ましたので!」

「キュウンキュキュンキュン? (この戦って最終的にはどうなるんだ?)」


 この世界の歴史は、日本の歴史に沿っているように思える。戦の結末も似たようなものになるはずだ。

 ならば、例えば金ヶ崎の時みたいに負け戦になることをあらかじめ知ることが出来れば対策が出来る。ちょっと卑怯な気もするけど、背に腹は代えられない。これは現実であってゲームじゃないのだから。

 だけど、何でも聞いてと言ってくれたソフィアは、そこで難しい顔をして腕を組みながらうなり声をあげ始めた。


「う~ん……」

「キュン? (どうした?)」

「ごめんなさい、武さん。その質問には答えたくありません」

「キュ(えっ)」


 真剣な表情で腰を折ったソフィアからは、確固たる信念が感じられた。


「これは神々の好みの問題にもなるのですが……私は、世界の成り行きに神が干渉することをあまり良いことだとは思わないのです」

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