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開戦

 燃えるような陽射しとセミの鳴き声が、人々の心身を焦がす。うだるような暑さは彼らの衣服をはぎ取り、毎年聞き慣れた虫の声は、「また今年も夏が来ちゃった感」で精神面からその暑さを増幅させてしまうのである。

 でも、陽射しにもセミにも罪はない。太陽はただ存在しているだけだし、セミは一週間しかない成体での命を精一杯まっとうしようと、ただ懸命に鳴き声をあげているだけなのだ。

 と、縁側で城下町の景色を眺めつつそんな風に物思いにふけってみた。


 帰蝶もお市もそばにいなくて結構暇だし、かと言って部屋から出たくはない。それは引きこもりだからじゃなくて、この身体で襖を傷つけずにうまく開ける自信がないからだ。

 こういう時こそモフ政の出番だと思うんだけど、お市とモフ政はいつもセットになっている。何だかんだ口では言いながらも、我が妹はきちんと夫(ただの犬)を可愛がっているらしい。

 結果として、こうして街の景色を眺めているしかない。これはこれで中々にいいものだからいいんだけど。


 やがて景色も眺め過ぎて飽きが来てしまい、さて、そろそろ昼寝でもしようかな……と考えていると、襖の向こうが急に騒がしくなった。


「プニ長様、プニ長様ぁー!」


 どたばたどたばた……がらり。

 姿を現したのはもちろんこの人、司寿六助なり~ドンドコドンドコ。

 部屋の中に引き返して来た俺を見るなり、六助は笑顔になる。


「おお、今日もいと尊しでございますな」

「キュンキュン(用件を聞こう)」

「プニモフを賜ってもよろしいでしょうか」

「キュキュン(人の話を聞け)」


 構わずに頬ずりをされてしまった。やはり不便なので、せめて六助だけにでも言葉が通じるようにしてもらいたいものだ。

 ひとしきりプニモフを堪能した六助は、俺を床に置いてから真剣な表情になって話を切り出した。


「三好三人衆の動向に関してです」

「キュン(おう)」

「彼らが挙兵して、野田・福島に築城をしたことは家康殿から提供していただいた情報の通りです」

「キュン(はい)」

「そこにどうやら援軍を呼んだらしく、細川昭元や雑賀衆などを含め、その勢力は現在二万とか三万くらいまで膨れ上がっているようです……あっ、すいません一万三千だったかも」

「キュキュンキュン(えらい適当だなおい)」


 あと雑賀衆ってどこかで聞いたことあるな。


「細川昭元は父が室町幕府の管領という、いわゆる名門の出身です。一方で雑賀衆は鉄砲を操る傭兵集団で、水軍も擁しているようです」

「キュンキュン(ふむふむ)」

「織田家と戦おうにも、三人衆は友達がいないから傭兵を雇うしかなかったということですな。ぶふっ」


 いやいや、それはどうなの? ていうか、仮にそうだとしても友達の少ないお前が笑える話でもないような気がするけど。

 何とか気を取りなおした六助は、こほんと一つ咳ばらいをしてから続ける。


「それに対し、松永殿や、義昭様からの指令を受けた畠山殿らが兵を終結させ、三好三人衆らの侵攻に備えてくださっています」


 松永殿……松永久秀のことだ。金ヶ崎から退却する時に朽木元網っていうおっさんを説得して退却路を確保してくれた、あの戦の功労者の一人。俺たちが上洛する際に急に味方になってくれたからちょっと怪しいけど、頼りにはなるやつだ。


「つまり今は一触即発の状態です。どうします? 我らも出陣致しますか?」


 俺に聞かれてもな……。それに、今まで散々こちらの意志を無視して家臣たちを動かしてたくせに、何故今更?

 というのが正直な感想ではあるけど、こちらの世界に来てからはそこそこの時間も経っている。織田家当主として信頼されている以上、よくわからないからと言って相談事から逃げ続けるわけにもいかないだろう。

 それに、六助が俺を無視するのは完全に勢いに押されたり私怨がある時だけだ。家臣としては失格だけど、人としても失格だ。だめやん。

 とにかくここは人を頼らず、自分で何とかしてみよう。

 

 わずかな経験と、そこから来る知恵を振り絞って考えてみる。

 普通に考えれば、織田家と敵対する勢力が侵攻しようとしていて、それに備えてくれている味方と今にも開戦しようというのなら、援軍に向かった方がいいに決まっている。

 では何故、六助は俺に出陣するかどうかの判断を迫ったのか? それは恐らく兵糧……「コスト」の問題だと思う。


 実際に行軍に参加してみてわかったことだけど、大軍を動員するというのは結構大変なことだ。大勢の人間が長い距離を移動するんだからその分のご飯を持ち歩かなきゃいけない。馬の分だってある。他にも色々必要なものはあるだろう。

 それに、それだけ大勢の戦力を割いてしまえば本国の守りが手薄になるというデメリットだってある。

 だから「必要がないのなら極力援軍は出したくない」、という考えに繋がってしまう。

 今回で言えば、松永や畠山が負ける確率が低いのなら援軍を出したくない、ということになる。勝てる戦に、念の為にと言って戦力を割けるほど戦国の世は甘くないってことだ。


 そうなれば、まずは松永や畠山の戦力を知る必要があるな。

 俯かせていた顔をあげて、こちらの返事を待っている様子の六助に問いかける。


「キュンキュウンキュキュン? (松永や畠山は勝てそうなのか?)」

「むむ」


 六助は顎に手を当て、難しい顔をしながらこちらを見つめている。


「キュン(おい)」

「やはり、いと尊し」



 

 あ、俺言葉通じないやん……。




 当たり前のことを思い出した俺は、思わず声を荒げてしまった。


「キャワン! キャンキャワン! キャ、キャン、キャ、キャワン! (ちげえよ戦力だよ! せ、ん、りょ、く!)」

「お魚食べたい。お、さ、か、な。ですか?」

「キャンキャンキャワンキャキャワン! キャンキャンキャン!(何で文章の構成だけはあってんだよ! お魚はどこから来た!?)」


 熱くなってしまったけど、元はと言えば人間が犬の言葉を理解するなんて無理なことだ。六助を責めることが出来るはずもない。

 こうなったら、何故か今まで試していなかったボディランゲージしかないか。

 「戦力」という単語を伝えるべく、まずは腕に力こぶを……作れずにまた右前足が尊くなっただけだったので、次はファイティングポーズを取ってみる。


「うっほほっ」

「キュウン(だめだこりゃ)」


 六助を無駄にゴリラ化させてしまったのでもうやめる。スマホとかタブレットがあれば早いんだけどな~。この身体じゃ筆を握れないから字も書けないし。

 そういえば最近ソフィアのやつ来てねえな。実は結構忙しいみたいなのに気を使ってくれてるから、あまり来いとも言えないけど。

 意志疎通を断念して急に大人しくなった俺を見て、六助は唸り声をあげてからしゅんとなって口を開いた。


「私ではお考えを理解することが出来ず、申し訳ありません」

「キュキュン(いいってことよ)」

「ひとまず、援軍を送らずに様子を見てみるとしましょう」

「キュ(だな)」


 まあ、さすがにそろそろソフィアも顔を見せてくれるだろうし、その時にまとめて話をしてしまえばいいか。

 部屋を去っていく六助の背中を見送りながら、そんな風に考えていた。

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