華麗なる日々
大変お待たせ致しました、第二章のスタートです。
華麗なる日々。あるいは薔薇色の日々。この世界に来て突然にお嫁さんと妹が出来た俺を待ち受けているものは、そんな風に表現すべきもののはずだ。
お嫁さんは常識的で献身的。器量よしで頭も良し。少なくとも織田家中では随一の「まともなものの考え方」が出来る人だ。料理は目下練習中だけど、そんなのは欠点にすらならない。俺にはもったいない女の子だと思う。
妹は生意気で、肩書上は兄である俺のことを「ただの犬」とか言いやがるし、全然可愛げがない……かと思いきや、そんなことはなかった。動物好きで本当は心優しい、自慢の妹だ。冷静に考えればたしかに俺ってただの犬だしな。
ようやく戦からも解放されて、これから楽しくなるぞ~なんて考えていたその、矢先のことだった。
「これより軍議を執り行う」
珍しく真面目な調子の、六助の厳格な声が響き渡る。
姉川の戦いが終わって美濃へと帰還してわずか数日。興奮も冷めやらない中で、武将たちは岐阜城の大広間に無駄に勢ぞろいしていた。ちなみに俺は寝ているところを起こされて連れて来られたのでまだ眠い。
縦長の部屋の上座に六助がいて、それを中心に左右に一列ずつ、家臣たちがずらりと並んでいる。俺と長政は六助の背後にある小さな舞台っぽいところで座っていて、それぞれ後ろに帰蝶とお市が控えていた。
着実にその数を増やしつつある織田家家臣が一堂に会しているその様は中々に壮観で、これから重要な会議が行われるであろうことは想像に難くない。
おっさんだらけでむさ苦しく、重苦しい雰囲気の中で六助は続ける。
「今日の議題は……皆、わかっておられますね?」
ちょんまげもそうでないおっさんも、一様にうなずく。それを確認して六助も首を縦に振った。
「長政殿についてです」
あ~そうか、と寝ぼけまなこを持ち上げながら考える。
いくらお犬様と呼ばれる存在でも所詮はただの犬だし、おまけに姉川の戦いにおいて仮にも総大将だったやつだ。このままのうのうと平和な暮らしをさせるわけにもいかないということだろうか。
「ちょっと、長政をどうする気よ」
「申し訳ありませんが、こればかりは避けて通れぬ問題ですので……」
「…………」
眉根を寄せて抗議をするも六助に聞き入れてもらえず、お市は不満げな表情のまま押し黙ってしまう。
「では、始めます。議題は……」
もったいぶるような間を空けて、議題が発表された。
「長政殿の名前についてです」
「は? 長政は長政でしょ」
お市が訝し気な声音で言う。
「義兄上であるプニ長様がプニ長様であらせられるのに、長政殿が長政殿というのも変でしょう」
「何言ってるかわかんない」
どうでもいいけど、くだらない話をするんだったら、俺もう部屋に帰って寝ててもいいですかね……。
「となれば、浅井備前守プニ政殿というのはいかがでござるか?」
「いえ、プニプニにおいてはプニ長様こそが天下無双であらせられます。プニを名乗るにふさわしきは、プニ長様をおいて他にはいないでしょう」
柴田の提案に、六助は真顔でそう答えた。プニを名乗るって何だよ。
「いやしかし、長政殿のプニプニも中々のものでござるぞ?」
「たしかにそれはそうですが……」
六助の返事は芳しくない。それだけ俺の肉球がすごいのか、それとも長政のそれがいまいち過ぎるのか。
次に話を切り出したのは秀吉だ。横山城を任されているはずなのに、わざわざこの為に一時帰国したらしい。
「ではモフ政殿というのはどうですか?」
「モフ政……!?」「モフ政だと?」
「目の付け所が違う」「さすがは秀吉殿」
にわかにざわめく家臣団。
「妙案ですが、モフモフにおいてもプニ長様の方が上な気もします」
「とはいえ、長政殿はプニプニとモフモフならモフモフの方が上ですし、名乗るとすればモフにするのが最善かと」
「むむ。そう言われてみればたしかに……」
秀吉の押しに、納得しそうな気配を見せる六助。そのせいか、そこで柴田が会話に割り込んで来た。
「ふん。またハゲネズミが小癪な真似をしおるわ……でも、言っていることは中々粋でござるな」
「柴田殿……」
「べっ、別にお前を褒めてるわけではござらんからなっ」
柴田と秀吉が気持ち悪すぎて目が覚めて来た。
「ちょっと、私はまだ長政の改名に納得してないんだけど?」
「お市様、ご決断を。プニ長様がプニ長様であらせられる以上、これは避けては通れぬ関門なのです」
「じゃあ、あの犬はどうしてプニ長になったのよ」
「あまりのプニプニに、つい勢いで……」
言葉尻がしぼみ、困り果てた表情になっていく六助は、秀吉にちらりと視線を送った。どうにかしてくれ、ということだろう。
その期待に応える形で秀吉が口を開く。
「名とは体を表すものです。故信長様のように、厳格で誰もが畏怖するようなお姿であられたなら、信長様の名をそのまま継承していただくのも良かったでしょう。しかし、プニ長様はこのようなお姿で、尊敬というよりは尊さで織田家を統率なさるお方。されば、改名してより親しみやすく、体をよく表す名にするというのが自然ということなのです」
「ふ~ん……」
納得したというよりは、反論できない様子のお市。
言っていることはよくわからないままでも、秀吉が言えば何だかそれっぽく聞こえるから不思議だ。あいつの話し方や雰囲気がそうさせているのだろうか。
「ま、こいつらが多少尊いのは認めるけど」
「お市ちゃんは長政様のこと、大好きだもんね」
「!? そんなわけないでしょ! こんなの、義姉上にくれてやるわ」
帰蝶の言葉にお市は、思わずといった感じで長政を、低空飛行で優しく帰蝶のいる方向に放り投げた。長政は突然の出来事に、すぐに起き上がった後「いきなり何やねん!?」と言いたそうな顔でお市を見つめている。
「長政様がびっくりしているじゃない。大事なお方をそんな風に扱っちゃだめよ? ですよね、プニ長様」
「キュキュ~ン(でちゅでちゅ~)」
俺の顔を覗き込みながら帰蝶が優しく頭を撫でて来る。
最近気付いたことだけど、帰蝶に頭を撫でられると、どういうわけか知能指数が一気に低下してしまうみたいだ。一体これは何なのか。
気付けばお市も含め、家臣団の全員に今のやり取りを眺められてしまっていた。少しの間があった後、六助が正面に向き直って声を張る。
「それではこの場を以て、浅井備前守長政殿を、浅井備前守モフ政殿とする! 異議のあるものはおるかぁ!」
「はい」
「それでは解散!!!!」
お市が手をあげたのを強引に振り切りやがった。
六助はこの後、激怒した我が妹に頬を張られたり脛をがしがしと蹴られていたけど、それもどこか悦んで受け入れているように見えた。
それから数日後、自室にて帰蝶とまったりしていた時のことだ。
美濃にお市とモフ政がやって来たこともあって、最近はあまり二人きりになれていなかったので嬉しい。帰蝶は、俺のことをもはやちょっと特殊なただの犬としか思っていないようだけど、可愛がってくれているからそれでもいい。
自分の膝の上に乗っている俺を見下ろしながら帰蝶が言った。
「今日のお夕飯は私が作って差し上げますね」
「キュン(やったぜ)」
あまり料理をする機会がないので少しずつではあるけど、帰蝶は着実に料理の腕をあげつつある。うちの料理番を越える日も近いのかもしれない……なんてのはさすがに言い過ぎか。
ぬふふ、と気持ち悪く悦に浸っていたその時だった。
「ニンニン……」
「きゃあっ」「キャワン!?(うおわっ!)」
いつの間にか、俺たちの傍らに徳川家の武将である服部半蔵がいた。




