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対峙

 そんな場の空気も露知らず、パグは表情一つ変えずに俺の前に到着する。


「…………」

「…………」


 どうしていいものかわからず、対峙したまましばらく見つめ合っていると、パグが遂にその口を開いた。


「ワウ」


 いやワウじゃねえよ。ていうかブサイクやな~こいつ。

 パグは好きな人はとことん気に入るみたいだけど、それでも「ブサカワ」とか言っているくらいだ。そうでもない俺は、こうやって睨み合っているとむしろムカついてきてしまう。


「夢の共演じゃあ!」

「尊すぎてどう表現したらいいのかわからん」

「尊さここに極まれり」「尊さここに極まれり……!?」

「そうだ、尊さここに極まれり!」「尊さここに極まれり!」


 両軍からはそんな声があがるがもちろん無視だ。


「ほら、ご飯あげるから頑張りなさい!」


 お市から長政? の背後に干し肉が投下される。

 すかさずその匂いをかぎつけて振り向き、食する長政。


「バウワウッ! ハグ……ムグ……」


 豪快な食べっぷりを眺めて、お市は満足そうにうなずいた。

 長政? はあっという間に干し肉を完食すると、再びこちらに向き直って、俺を睨みつけながらペロリペロリと口周りを掃除している。


「…………」

「…………」


 無言のまま見つめ合う二人。何か言えや。


「…………」

「…………」

「……キュン(おい)」

「グルル……」


 いやグルル……じゃなくてさ。

 ここまでのやり取りである一つの疑念を確信に変えた俺は、すかさず難しい顔をしたままのソフィアの方に振り向いて話しかけた。


「キュ、キュン(おい、ソフィア)」

「はい」

「こいつ、もしかして……」

「ええ」


 ソフィアは真剣な表情で首肯してから、それを口にした。




「これは……ただの犬です」




 やっぱりか……。




 ただの犬、つまり俺とは違って転生者ではないということだ。もっと言えば、俺の場合は外見が犬で中身は人だけど、長政? は外見が犬で中身も犬ってこと。

 正にただの犬。


 あれ、でもそうなると色々疑問が出て来るな。

 そう思ってソフィアに尋ねようと口を開いた矢先、それを遮るように突然、六助が吼えだした。


「ええい辛抱たまらん、お市様ぁ!」

「な、何っ!?」


 あまりの勢いに、お市は一歩身体を引いて怯んだ様子を見せている。


「長政殿から、長政殿からっ、プニモフを賜ってもよろしいでしょうかぁ!」

「私も!」「拙者も!」


 六助を皮切りに、次々に挙手してプニモフする権利を得ようとする戦士たち。


「はぁ!? だめに決まってるでしょ、そんなの!」


 割とばっさりと断るも、戦場を生きる武士たちの勢いをそれくらいで止めることは出来ないらしい。織田家の家臣や足軽たちが一斉に食ってかかった。


「どうしてですか!」「我々にも長政殿のプニモフを!」

「プニモフを!」「いざプニモフ!」

「うるさいっ! だめなものはだめっ!」


 駄々っ子のように吠えるお市の頬には微妙に赤みがさしている。それを見てソフィアはよだれを垂らしていた。

 そんなやり取りをしていたら、今度は浅井軍のやつらも叫び出す。


「それを言ったら、我らもプニ長殿のプニモフをもらいたいのだが!」

「そうだそうだ!」「噂のプニモフ、是非とも体験しとうござる!」

「そっ、そうよ。そうまで言うならそっちのも触らせなさいよ!」


 お市まで乗っかっていてもはや混沌と化して来た戦場。けど、そこでその空気を一喝するやつが現れた。


「ちょっと待てやオラァ!」

「おっ、お前は……!」


 織田軍の誰かが、明らかに狼狽した声音でそう口にした。

 俺ですら覚えているくらいなんだから、前線に出た織田兵なら忘れることが出来ようはずもない。赤い甲冑でガタイのいい、でも少しばかり背の低い筋肉だるま。

 先程の戦で序盤に猛攻を見せ、こちらを壊滅寸前にまで追いやったオラオラ系の磯野さんが、織田軍の前へと歩み出て来た。


「オラオラ! お前ら男らしくねえんじゃオラァ!」

「それは聞き捨てならぬな。何故我らを男らしくないと申すでござるか」


 対抗せんとばかりに柴田も一歩前に出た。このおっさんは見た目が既に怖いので結構迫力がある。


「男ならなぁ! 欲しいもんは戦で勝ち取るんじゃオラァ!」

「ほほう。ではこの場で改めて決着をつけるか?」


 柴田の言葉と共に、織田軍の兵たちが武器を構える。刀を鞘から抜く音、槍を構える音、弓や鉄砲を構える音。それらが合わさって、まるで巨大な津波のような、一瞬限りの壮大な喧騒を生み出した。

 危うく忘れそうになっていたけど今は追撃戦の真っ最中だ。


 浅井軍は武将を次々に討ち取られ、戦力的には大打撃を受けている。ここで暴れたところであちらに勝機がないことは明白だった。

 さすがに磯野さんもそれはわかっているらしく、わずかにたじろいだ。


「な、何でそうなるんじゃ! 俺が言いたいのは、大将同士の一騎打ちってことじゃオラァ! それで勝った軍が、負けた軍の大将を思う存分にプニモフすればいいんじゃオラァ!」

「それはいい!」「さすがは磯野殿!」


 どうやらこいつらにとってはナイスな提案だったらしく、一気に賑やかになる浅井陣営。でもその熱とは裏腹に、織田陣営は完全に冷め切っていた。

 こういった交渉事の得意な秀吉が、不満げな顔で口を開く。


「それは先程までの戦いで勝利を収めたこちらの陣営には全く以て利益のない提案でしょう。そんなことをするくらいなら、このまま普通に戦って強引にプニプニモフモフしてしまえば良いではないですか。あわよくばお市様もこちらに……にっひっひ」

「強引にする気なの!? 変態!」

「へ、へん……!?」


 秀吉の下卑た笑みはお市のツッコミによって一気に消失した。喋れなくなってしまったハゲネズミさんに代わって六助が話を続ける。


「ではこうしましょう。大将同士の一騎打ち、つまりプニ長様と長政殿のどちらがよりプニプニモフモフしているかを競い、長政殿が勝利すれば、浅井家はプニ長様を一日モフモフし放題とします」

「そっちが勝ったらどうなるんじゃオラァ!」

「長政殿、そしてお市様の身柄をこちらに引き渡していただきます」


 今度は両陣営がざわめいた。

 織田陣営からは「それはいい」「長政殿をプニモフし放題じゃあ!」と、賛成意見ばかりが聞こえて来る。対して浅井陣営の方は良く聞こえないけど、リスクが高すぎる的な感じの会話を交わしているんだろう。

 たしかにその通りだと思う。こちらが負けても俺が一日プニモフされてしまうだけで終わるけど、浅井家は負けた場合、そもそも長政とお市自体を持っていかれてしまうということだからだ。

 織田家は半永久的に長政をプニモフし放題。お市も一緒にというのは単なる六助の趣味だろう。

 動揺する浅井軍を見て、六助は不敵な笑みを浮かべながら問いかけた。


「この条件でなければ一騎打ちはお受け出来ませんが、どうしますか?」


 ていうか、俺と長政のどちらがプニプニモフモフしているかを競うってどういうことだよ。何を基準にする気だ?

 まあ、こんなの浅井軍は絶対に受けないだろうな~と思ってことの推移を見守っていると。


「いいわよ」


 まさかのお市からの承諾が来た。家臣の一人が何を言っているんだとばかりの表情で抗議をしようとする。


「お市様っ!」

「だって私は住む場所が変わるだけだし。まさか織田家当主の妹を監禁したりはしないでしょ」

「そ、それは……」

「そうでしょ? あんたたち」


 お市から織田軍へと、強気な視線と共に同意を促す言葉が向けられた。


「も、もちろんでござる! 清州城下で共に暮らしていた頃のように、岐阜城を我が家だと思ってお過ごしくだされ!」

「私の実家みたいなもんなんだから、当たり前でしょ」


 柴田の歓迎の言葉に、さも当然とばかりに相も変わらずふんぞり返った様子でお市は応える。

 この子すげえ生意気だな……。異世界に転生してせっかく出来た妹だけど、夜中に俺の布団に紛れ込んできて「怖い話聞いて眠れないから、今日は一緒に寝るにょろ~」みたいなイベントは起きなさそうだ。むしろ幽霊とかより強いと思う。

 グッバイ俺のお兄ちゃんデイズ……と思いながら小谷山を眺めていたら、浅井家の家臣が往生際悪く反論する。


「浅井家の統率が取れなくなる可能性もありますぞ!」

「久政がいるでしょ」

「久政様はすでにご隠居なされて……」

「今でも散々家内のことに口出ししてるじゃない。長政が生きてた時も、実質当主はあの人みたいなもんだったでしょ」

「うっ……」


 家臣の勝ちはないと見込んだのか、そこで磯野さんが両軍の輪の中心に出て来て口を開いた。


「お市様がそういうならしょうがねえ、やるならさっさとやるぞオラァ! 大将はこっちじゃぁ!」


 黙って見守っていたら、俺の意見を聞くまでもなく勝負が決まってしまった。とはいえ、俺としてもどうせ妹がいるなら一緒に暮らしてみたい。

 ソフィアの方にちらりと視線をやれば、真剣な表情で、両拳を胸の前に持ってきてガッツポーズを取りながら一つうなずいた。「頑張るんだぞい」と言ったところか。こいつも狙いは微妙に違えど、お市と暮らしたいようだ。

 腹を決めた俺は、磯野の言葉に従って輪の中心へと歩み出た。

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