大太刀の真柄
今いざ尋常に勝負とか言ったけど、匂坂三兄弟とやらは文字通り三人で真柄は一人だ。家康には申し訳ないけど、ここは正直真柄を応援してやりたい。
とか思っていたらソフィアが真剣な面持ちで語り出した。
「確かに卑怯といえばそうですけど、誰かがやらなければいけないとなれば、三対一でないと真柄さんを倒すのは難しいということかもしれませんよ」
まあそうだな、これ戦争なんだもんな。
一人で仕留められないなら三人で。そして相手が弱っているなら、そこに付け込んで容赦なく。
別に漫画やアニメの中の世界じゃないんだから、綺麗ごとは言っていられない。匂坂三兄弟とやらが悪いわけじゃないと……うん、理解は出来るな。
「くらえっ! かすていら!」
あれこれと考えていると、鏡の中では匂坂長男がどこから取り出したのか、真柄の足下に大量のカステラをぶちまけていた。
理解しようとした瞬間にこれかよ。卑怯とかそれ以前にめちゃくちゃださいじゃねえか。
何やってんだこいつ、といった感じで真柄が一瞬だけカステラに視線をやる。
「はっはっは、隙ありぃ! おっ、ぐわあああっ!」
それを見てしてやったりとばかりに嬉々として斬りかかる長男だったけど、当然ながらそんな手が真柄に通用するわけもなく、大太刀で剣を払われ、返す刀でやられてその場にくずおれてしまう。
卑怯な上に返り討ちにされてる……。
「兄者ああああぁぁぁぁ! くそっ!」
次いで兄の死に錯乱した次男が叫びながら槍を振りかぶり、真柄に迫る。
正直、数の利をいかすんなら三人同時に行けばよかったのでは、という気持ちで一杯だけどそれを言うのは無粋なのかもしれない。
「ぬああっ!」
しかし、次男は槍を交わされ、大太刀のリーチがぎりぎり届く範囲から逆袈裟斬りの軌道で胴を斬られてしまい、そのまま真柄の足下に倒れ込んだ。
残った三男を、真柄は相も変わらず血色を失いつつある笑顔で挑発する。
「残るはお前だけだな、ほれ、さっさとかかっ……」
けど、言葉の途中で吐血してしまった。膝をつき焦点の合わない瞳で、構えたまま立ち尽くす敵を睨みつける。
「悪いな、真剣勝負は無理みたいだが、首はくれてやる」
そして、足元に散らばっていたカステラを食べながらにいと笑ってつぶやいた。
「へっ、これがかすていらか……中々、うまい、じゃね……」
その言葉尻がかすれるのとほぼ同時に、三男の槍が力が抜けて崩れ落ちていく身体を貫く。
三男は槍を引き抜くと、敵を見下ろしながら、悔しさと悲しさ、そして怒りの入り混じったような、何とも言えない表情で静かにその言葉を口にした。
「兄者たち、『大太刀の真柄』、確かに討ち取りましたぞ……」
後には、場に似つかわしくない草原の爽やかな風と、遅れて前線へと赴く徳川兵が織り成す喧騒だけが残されていた。
この世界に来てからというもの、戦場に帯同したことは数回しかなく、本陣から出ることもなかったので、これまで人が死ぬ場面を見ることが一度もなかった。
おまけに真柄が結構真っ直ぐで憎めないやつだっただけに、匂坂さんの死も含めて、俺はたった今鏡の中で起こった出来事に対して複雑な気持ちになっている。
「…………」
鏡から視線を外して隣をちらと見やると、あの陽気なソフィアですらも何とも言えない表情のまま固まってしまっていた。こいつが静かにしているのを初めてみたかもしれない。
ふと頭に浮かんだ疑問を口にしてみる。
「キュン、キュキュンキュンキュン? (ソフィアは人が死ぬところを見るのには慣れてるだろ?)」
「確かにそうですが……それでもやはり気分のいいものではありませんから」
答えを聞いてから迂闊な質問だったな、と少し反省した。
まだそこまでソフィアのことを知ってるわけじゃないけど、こいつはしょっちゅうおっさ……人間くさい感情表現をする。物事に対する感じ方が俺たちと似通っているのかもしれない。
それとも、人間と触れ合ううちに感性が寄って来たか。
「劇やドラマのような作り物なら何ともありませんが、やはり、現実に起こった出来事としてこの目で見るのは……」
そう言う人情味溢れる女神に、俺は感心していた。
ごめんなソフィア、今まで俺はお前のことをただのお気楽でセクハラ発言好きなおっさんだと勘違いしていたよ。
「それと、あのカステラももったいないです。後で拾いに行きましょう」
「キュンキュウン(相変わらず食い意地張ってんな)」
と思ったけど、やっぱりその通りなのかも。
さて、気付けば姉川の戦いは大詰めに差し掛かっていた。
鏡に意識を戻せば、徳川軍の榊原隊が姉川を渡って朝倉軍の側面まで回り込み、今にも攻撃を仕掛けようというところだった。
「ちぇりゃーい!」
流れからして榊原さんと思われる人のよくわからない掛け声と共に、槍を持った足軽たちが横一列に並んで突撃する。朝倉軍はその攻撃に対して成すすべもなく崩れていった。
どうも戦においては横から、もっと言えば相手から見て右側からの攻撃が強いらしい。その理由は六助曰く、右利きの人が槍を持った時にすぐに左を向くことは出来ても逆は無理だからだそうだ。
恐らく、少なくともこの世界においては、歩兵の武器は槍が主流で更には右利きの人の割合が高いということなんだろう。
あれよあれよという間に壊滅状態になってしまった朝倉軍は負けを悟ったのか、やがて方向転換をして退却を始めた。真柄の言っていた通り「大局は決した」のが俺から見てもわかる。
その時、背後から馬の駆ける音が聞こえて来たので振り向けば、すぐにどたどたと慌ただしい様子で六助が天幕の中に飛び込んで来た。
「プニ長様ぁー!」
「キュン(どうした)」
「浅井軍が撤退を開始しました! いかが致しますか?」
もう少し映像を観ていたかったんだけどな……と思いながら鏡があった方に向き直ると、それはいつの間にか消えていた。色々と説明がめんどくさいからとソフィアが消したのかもしれない。
しょうがないので六助の相談に応じることにした。
「キュキュンキュン? (いかがってどういうこと?)」
「いかがってどういうこと? だそうです!」
「端的に申し上げますと、追撃するか否か、ということになります」
追撃か。でも、磯野隊が突撃して来た時を観た感じでは……。
「キュンキュンキュキュ? (織田軍の被害も結構出てるよな?)」
「織田軍の被害も結構出てブヒヒーン!」
「はい。おっしゃる通り、主に最初の浅井軍先鋒、磯野隊による被害は甚大で、今後のことも踏まえれば追撃戦には移行しない方が賢明かもしれません」
「キュ、キュン(よし、じゃあ)」
「しかし、私はあえて追撃することを進言致します」
「キュン(何でだよ)」
「何でやねん!」
翻訳ついでに、俺に代わってずびしっと手刀を入れてくれるソフィア。元の世界の関西人に怒られへんやろか。
六助はツッコミを意に介することなく説明する。
「実はですね……曖昧な記憶ではありますが、私を臭いと言った不届き者は、浅井軍の馬廻衆の中にいるはずなのです。ですからこれまでの戦いで討ち取った中に、そやつらがいる可能性はほぼありません」
「キュキュン(また私怨かよ)」
確かに馬廻衆……大将の近くで護衛とか伝令をする人がそうなら、浅井長政をほぼ討ち取るところまでいかないと六助の望みは叶えられない。とはいえ完全に私怨なので、それを理由に軍を動かすのはやめて欲しいところだ。
どう説得したものか悩んでいると、六助は視線を宙に躍らせながら、「ですが」と話を切り替える。
「こうしている間にも柴田殿が勝手に追撃をし出すやもしれませんね」
「キュキュンキュンキュ(いくら柴田でもそりゃないって)」
ソフィアが訳すと同時に、はっはっは、と天幕が笑いに包まれる。でもそんな時に嫌な予感しかしないタイミングで足軽が駆け込んで来た。
「申し上げます!」
「どうした!」
足軽は肩で息をしていて、呼吸を整えるための間が空いた。
俺は内心でおいやめてくれ、それ以上は言うなと思いながら六助の問いかけに続く言葉を待っている。
「柴田隊が独断で追撃戦へと移行しました! 慌てて木下隊も続いた模様!」
ですよね~。




