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匂坂三兄弟

「どおおりゃあっ!」


 馬を操り一気に距離を詰めた真柄は、勇ましい掛け声と共に大太刀を振るった。しかし、情熱的に放たれた燃えるような一筋とは裏腹に、忠勝はそれをあくまで冷静に蜻蛉切で振り払う。

 斬撃に次ぐ斬撃。金属と金属の衝突音を戦場に鳴り響かせながら、二人の豪傑は幾度となく武器を戦場に躍らせた。

 暗黙の了解的なものなのか、周囲にいる者はどちらの軍であっても一騎打ちに加勢するようなことはしない。


 しばらく経ってから互いに一度距離を取ると、真柄がいかにも楽しいといった感じの笑い声をあげる。


「はっはっは、楽しいなあ! 本田殿よ!」

「楽しい、というのかはわからんが、拙者の血も中々に騒いでおるな」


 表情に乏しいからよくわからないけど、忠勝も気分は高揚しているらしい。

 でもすげえな。戦場で命の取り合いをしてるのに楽しいだの血が騒ぐだの言える余裕があるなんて。俺なら足がすくんで動くことすらろくに出来ないと思う。


 黙って視線を交わしてから、何故か真柄は突然に馬から降りてしまった。


「あんたとは本気でやり合ってみてえ」

「そなたが馬から降りるというならそれにならおう」


 馬に乗っていると本当はちょっとやりにくいよ、ということだろうか。

 

 馬からそっと降りた真柄と忠勝は武器を構えたまま向かい合う。大太刀の刀身が陽を浴びて眩しいほどに煌めけば、長槍の穂先も負けじと、鮮やかな草原の色を映し出していた。

 ぶつかり合う視線からは突き刺すような鋭さも、火花を散らしたかのような熱さも感じない。ただそこには、子供が面白い悪だくみを思いついた時のような笑みを浮かべる二人の侍がいるだけ。


 ……っていうのと似たようなポエムを小学生時代に自由ノートに書いていたら、クラスの男子に見つかってあだ名が「ポエマー」になったことがある。

 まるでいじめのような仕打ちに、俺は危うく登校拒否になるところだった。

 でも、当時気になっていた隣の席の女の子がそれを気に入って「ポエマー犬上」と呼んでくれるようになったので、俺は頑張って登校を続け、遂には皆勤賞をもらったんだ。


 今でもあの日々は青春の思い出の一ページとしてしっかりとこの胸に刻み込まれている……。

 ちなみに、その女の子には卒業式の日に告白してふられた。


 なんて、過去を回想している内にも一騎打ちは進行していく。


「す、すごい……これはドラマに出て来るような本格的な一騎打ちが観れるかもしれません!」


 隣にいる庶民派女神が息を呑んだかと思えばそんなことを言い出した。

 女神のくせにテレビか映画か知らんが色々見過ぎだろとか思っていると、忠勝が真柄の方へ一気に距離を詰める。


「ぬありゃあっ!」


 大上段で両手を使い、槍をくるくるとわざとらしく回転させてから、身体の内から外へと横なぎにそれを振り払った。

 真柄はそれを……。


「ぐわああああああっ!!」


 まともにくらってしまった。

 いやいや決着がつくの早過ぎない? そこはもっとこう、激しい攻防の末にようやく決定打を、みたいな感じじゃないの?


 口から鮮血を噴き出し、身体の中央を横断する大きな傷に手を当てながら、真柄は膝をついた。


「ははっ、俺としたことが油断しちまったぜ」

「……いい勝負だった」


 いい勝負だったらしい。忠勝がそう言うならきっとそうなんだろう。

 止めを刺そうと真柄に歩み寄りながら忠勝が尋ねた。


「何か言い残すことはあるか?」

「最後にあんたみたいな人とやれて、言い残すことどころか、思い残すことだって微塵もねえや」

「……そうか」


 忠勝の、数瞬前まで命を賭して戦っていた好敵手を見下ろす視線に、同情も哀れみも、戸惑いも逡巡もない。そこにはただ尊敬とか賞賛とか、そういった類の色が見え隠れしている気がした。

 そして、忠勝が締めくくりの一撃を放つために槍を構えた、その時だった。


 ぶおお~ぶおお~。


 突如響き渡る法螺貝の音。

 当然何かしらの合図ではあるんだろうけど、何の合図かは忠勝も真柄も理解出来ていないようで、二人がほぼ同時に周囲を見渡した。


 すると鏡の中にある映像は、二人がいる場所から西方を、朝倉本陣方面に駆けあがる一つの軍勢を捉える。

 それを確認した忠勝が静かにつぶやいた。


「あれは榊原隊……? まさか」

「側面を突こうって腹かい、やるじゃねえの」


 口の端から血を垂らしながらにいと笑う真柄を余所に、忠勝はぶつぶつと独り言を続ける。


「本陣の守りに置かれた榊原殿が回り込んで側面を……? 家康様の御采配か、半蔵辺りの差し金か。となれば」


 そこで忠勝は今一度真柄に視線を向けた。


「すまんな真柄殿、私はあの軍勢と共に正面から攻撃をかけねばならない。故にこの場で止めを刺すこと能わぬ」

「おい待てよ、そりゃねえだろ」

「今少し、死の間際まであがき続けてみろ」

「おい!」


 語気を荒げて叫ぶも、颯爽と馬に乗って前線へと駆けていく忠勝を、真柄は呆然と見送ることしか出来ない。

 先程までとは一転、勝勢が徳川軍に傾きつつあるのか、片膝を着いたまま途方に暮れる真柄の横を、無数の足軽たちが朝倉本陣方面へと駆け抜けていく。

 その様子を眺めながら、彼は血を失って青ざめた顔で、けれどそれをものともせずに不敵な笑みを浮かべた。


「へっ、もはや大局は決したか」


 そして立ち上がり大太刀を構えるとそれを思いのままに薙ぎ払い、周囲にいた兵たちを次々に蹴散らした。まるで雲に風穴が空いたかのように、突如として徳川軍の中に孤島が浮かび上がる。

 屍だとでも思い込んでいたのか、あるいは傷ついた仲間とでも。どちらにしろ、まさかまだここに生きた敵がいるとは思っていなかったのだろう。

 沸き起こった暴風雨に徳川軍の足軽たちは、ある者は驚愕し、またある者は戦慄し。またある者は恐怖に身がすくみ、その場から離脱していく。


 孤立無援。既に周りの味方は全滅し、自身も致命傷を負っている。意識も朧なのか足元さえもふらつく中、それでも真柄の眼光は燃え盛る炎のような輝きを灯したままだ。

 しんと静まった空気を深く吸い込み、死地の中心で、真柄は天に向かって咆哮をあげた。


「朝倉軍先鋒、真柄十郎左衛門直隆だっ! お前ら、悪いが地獄まで付き合ってもらうぜっ!」

「よろしくお願いします!」


 恐らくは、実は極楽浄土よりも地獄に行ってみたかった派だと思われる奴らが一斉に襲い掛かって来た。


「おらっ!」


 けれど真柄はそれをものともしない。

 一度横なぎに大太刀を振るえば、複数人の足軽がばたばたと倒れていく。そんな鬼神のような彼の身体は、もはや自分のものなのか、敵のものなのかもわからなくなった紅で染め上げられていた。


「はっはっは! どうしたぁ! 俺に止めを刺せるやつぁいねえのかぁ!」


 その笑顔を形作るのは歓喜なのか狂気なのか。不気味とさえ思える真柄の最後の猛攻に、群がった徳川兵が次々に飲み込まれていく。

 でもそんな彼の前に、どこからか三つの影が現れて立ちふさがった。


「『大太刀の真柄』殿とお見受け致す」


 真柄も攻撃の手を止めてそちらを振り向く。


「おお嬉しいねえ、俺のことを知っててくれててよ……で、そういうあんたらは」

「長男」

「次男」

「三男」


 横一列に並んで順番に手を挙げて名乗ったかと思えば、最後にお三方は同時に携えていた槍を地面に立てて叫んだ。


「「「我ら、匂坂三兄弟!」」」


 待ってましたとばかりにはきはきと行われた自己紹介にも、真柄は大きな反応を見せない。呆気に取られているのか、そうでなければ。

 もう猶予があまりないということなのか。


「おおそうか。でもな、悪いけどもう時間がねえんだ。さっさとやろうぜ」


 血しぶきに濡れた肩で息をする彼の顔は、先の短さを予感させる程度には青ざめている。

 それを見た匂坂三兄弟とやらはそれぞれに槍を構え、恐らくは長男が口上を述べた。


「真柄殿。そなたの首をもらい受け、我らの出世の契機と致す!」

「やれるもんならやってみな!」

「いざ尋常に、勝負!」

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