表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/152

金ヶ崎の戦い?

 穏やかな陽射しと砂ぼこりの匂いに包まれる度に、現代日本の田舎道を想起しつつ故郷の風景も連想する。そう言えば高校の友達は元気にしてるかな……と考えようとしたけど、俺に友達はいなかった。

 そんな事実を確認してしまった寂しさから蹴鞠で遊んでいるうちにも、また次の敵地へと到着する。


 結論から言えば、そこからの織田家は快進撃が続いた。

 毎回真正面から突っ込んでいく柴田隊を囮にした、明智隊の「裏口から敵城にこっそりと侵入して城主にカンチョー」作戦が功を奏し、朝倉家の城という城を次々に陥落していったのだ。

 そして翌日には金ヶ崎城の朝倉景恒を下し、織田家の朝倉攻めはとても順調で六助の私怨を晴らせるのも時間の問題かに思われた。


 それは金ヶ崎城にて束の間の休息を楽しんでいる時のこと。


「プニ長様ー! プニ長様ー!」


 またいつものやつか、と多少うんざりしながら「何だよ」と犬の言葉で返すと、すぐに襖が開かれる。

 そこにはいつもと雰囲気の違う、切羽詰まった様子の六助が座っていた。


「浅井備前守長政殿、ご謀反に! ここ金ヶ崎城に向かって進軍中とのこと!」

「キュ!? (えっ!?)」


 いやいやおかしいだろ。浅井長政って亡くなったんじゃなかったの? だからこそこの朝倉攻めも始まったってのに。

 どういうことだと首を傾げていると、さすがに言葉がなくとも考えていることが伝わったらしく、六助が説明してくれた。


「出陣前に申し上げた通り、現在の浅井家は家中で忙しく、仮に朝倉に味方したとても挙兵をするほどにまとまってはいないはず」

「キュン(だよな)」

「ですが、織田家の偵察兵がこちらに向かう浅井軍を見たという報せに、どうやら間違いはないようなのです」


 まあ混乱の最中でも挙兵出来る可能性はゼロじゃないんだろうけど……とにかくそこに関してあれこれ考えたところでしょうがない。浅井軍がこちらに向かっているのは事実らしいしな。


「いかが致しますか?」


 とりあえず現状のままではまずいから応戦するなり撤退するなりした方がいいんだろうけど、詳しい戦況は俺にはわからない。

 そう思いながら首を傾げていると六助が説明をしてくれた。


「ご存知かもしれませぬが、現在の我らは前を朝倉家、後ろを浅井家に挟まれた状態です。ここはあえて完全に囲まれる前に朝倉家側に正面から突撃してしまうのがよろしいかと」


 ふんふん。挟まれた状態で非常にまずいと、だから正面から突撃するぞと。


「キュ、キュンキュ (って、何でだよ)」


 いや六助に言われたから一見してアホな戦術に聞こえるけど、ここはそうした方が正解なのか? でも早く帰って帰蝶に会いたいし、どちらかと言えば危ないことはせずに撤退したいんだけど。ん? 金ヶ崎……撤退……。

 と、そこまで思索を巡らせたところで思い出した。


「キュウ、キュウンキュン(これ、金ヶ崎の退き口か)」


 織田家の武将を主人公にした漫画で読んだことがある。その作中では、浅井の裏切りを知った信長は秀吉を殿軍(でんぐん……退却軍の後部で敵の追い打ちを防ぐ軍勢。殿=しんがりともいう)にして撤退したはずだ。

 あの話、結構好きだったな。秀吉がもう少しで命からがら国に戻れるって時に再度絶体絶命のピンチに陥るんだけど、そこで明智隊が出て来てその窮地を救うんだよな。で、拙者たちはズッ友だよ……。みたいな感じになる。

 違う世界だけど、あの織田信長が撤退を選択したんだから、やっぱり撤退するのが正しいんじゃなかろうか。

 よし、ここは一つ威厳のある感じの表情を作って、座りなおして、と。


「キュキュウンキュン(織田家は即座にこの金ヶ崎城より撤退する)」

「おお、その尊くも勇ましいお姿! やはり突撃するのですね!?」

「ワンワン! (違えよ!)」

「すぐに軍議を開き、皆の者にその旨を伝えて来ます!」

「ワン! (おい待て!)」


 下の階へ向かって疾走し始めた六助を追いかける。が、階段は人間の時のようにはいかず、ゆっくりと降りていると引き離されてしまった。

 いかん、このままじゃ美濃へまたしばらく帰れないどころか帰蝶と一生会えなくなる可能性だってある。それに、六助に追いついたところで言葉だって通じないし……。


「せめてソフィアがいてくれればなぁ……」

「キュウン……キュウ(本当だよ……っておい)」


 声のした方を見やれば、いつの間にか横をソフィアが飛んでいた。


「ワオン! ワオワオ~ン! (話は後だ! 急いで六助を止めて来てくれ!)」

「は~い!」


 元気に返事をしてぴゅーんと飛んでいくソフィアを、後から追いかけていった。


 ソフィアのおかげで六助を止めることには成功したものの、すぐに軍議を開かなければならない状況には変わりがない。

 大広間に家臣たちを集めた俺は、ソフィアに翻訳してもらって浅井の裏切りと美濃へ撤退しようと考えていることを伝えた。すると意外というべきなのか、大名たちは提案をすんなりと受け入れてくれたみたいだ。

 いかつい落ち武者みたいな柴田が口を開いた。


「正直真正面から突撃したくてうずうずしているのでござるが、プニ長様の仰ることならば致し方ありませぬ。して、どのように撤退をなさるので?」

「キュウ、キュキュン(殿軍として、この金ヶ崎城に木下隊を置く)」


 ソフィアの訳と共に、動揺が家臣たちに広がる。信長の策だからこれで間違いないと思ったんだけど、戦術的に何か問題があるのだろうか。

 家臣たちのそれぞれの会話が聞こえてくる。


「秀吉殿を……?」「プニ長様直々の任命など、何と羨ましい」

「拙者も殿をやりたいで候」「拙者も」「拙者も」


 こいつら殿が何か本当にわかっているんだろうか、と思っていると、柴田が怒りの形相で秀吉を睨みつけた。


「ハゲネズミよ、殿の役目を賜ったくらいで浮かれるでないぞ」

「またでござるか、柴田殿。そうやって突っかかって来るのはいい加減にやめていただきたい」

「拙者は理由もなしに文句をつけているわけではない」

「ほう。ではどのような理由があるというのでござるか?」

「お主に死なれると、喧嘩する相手がいなくなって暇になるのでな」

「え。柴田殿、それって……」

「…………」

「…………」


 喧嘩が始まったらすぐに止めようと見守っていたけど、何か気持ち悪い感じになって来たな……。木下と柴田、ちょっと顔赤いし。

 そこで明智が口を挟む。


「プニ長様、拙者は何をしたらいいのですか?」

「キュウン、キュキュキュンキュウン(お前は、木下隊の後方であいつらを支援してやってくれ)」

「了解。おやつはどれくらいまででござるか?」

「キュンキュン(好きなだけ持っていけ)」

「何と心の広い。了解です」


 こんなもんでいいか。しかし、これから皆が命をかけて戦おうって時に一人で美濃へ戻るのって何だか申し訳ないな。

 帰り支度のために移動を始めようとすると、今度は秀吉が話しかけて来た。


「プニ長様」

「キュ?(ん?)」

「敵方のお母さんが出て来た時の為に、こちらもお母さんの用意をしておきたいので許可をいただきたいのですが」

「キュウンキュキュキュン(心配しなくてもそんなもの早々出て来ねえよ)」


 この後、本当に秀吉はお母さんを用意したそうだ。それはともかくとして、このように撤退戦の準備をしてこの日を過ごしていく。


 そして迎えた翌日の朝。織田軍は金ヶ崎に殿を置いて美濃への撤退を始めた。とは言っても、駕籠の中は至って平和だ。行きの道中と同じように蹴鞠をしたりして時間を潰している。

 やがてそれにも飽きてごろごろしていると、急に駕籠の外が騒がしくなったのを感じて顔を出してみた。すると、ちょうど織田家の者ではない武士たちがこちらに向かって来るところだった。

 まずいな。撤退が遅かったのか? 六助に視線を飛ばすと、やつは一つうなずいてから武士の方へと歩み寄っていく。


「こんにちは」

「こんにちは。我々は浅井家の者なのですが、あなた方は織田家の武将ですか?」

「いいえ。我々は織田家の武将ではありません」

「そうでしたか。では、織田家の武将をこの辺りで見かけませんでしたか?」

「ああ。それでしたら、この金ヶ崎城へと続く道の途中にどこか別の方面へと折れる道がありますよね? あそこを曲がってしばらくいったところにいましたよ」

「よっしゃぁ! ありがとうございます!」


 英語の教科書みたいな会話だな……。何故か浅井家の武士を名乗った者たちは六助の言葉を疑うことなく、金ヶ崎城へと向かわない方面の道へと走っていった。

 会ったことないけど、浅井長政も変な家臣を持って苦労してそうだな、なんて思いながら駕籠の中へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ