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真相

「俺はあの後すぐ、深夜にも関わらずこの街にいる親戚、友達、色んなやつらに相談した。織田の当主を拉致しようってんだ。話を持ちかけるだけで避けられ、俺と縁を切ったやつらがほとんどだったが……中には手を貸してくれるやつもいた」

「キュン(いたんかい)」


 自国の領主を拉致しようというのだから、俺が元いた世界で言えば、首相を拉致しようとするようなものだ。テレビがなくて首相を目の当たりにする機会があまりなく、死刑が当然のように存在するこの世界においては、もっと怖いことかもしれない。まあ、深夜なのに家を訪ねた非常識野郎だからだという線もあるけど。

 だから、男に協力者があまりいなかったというのも頷ける話だ。


「俺は、あいつらに本気で感謝してんだ」


 と言いながら、おっさんは月があるであろう方向を見上げ、優しい顔で遠くをみるような目をしている。

 いや、別におっさんのちょっといい話なんて興味ないんで、早く本題に戻っていただきだい。


「で、今日の朝になって、そいつらと軍議がてらに集まって飲みつつ、世間話をしていたら思いも寄らねえ情報を耳にした。あの徳川次郎三郎と明智惟任守がすぐ近くにいるって話だ」


 たしかに今日、備中高松城へと援軍にいくはずの明智はもちろんのこと、家康も近くにいたことは聞いている。特に政治的な用事があるわけではなく、堺にぶらりと遊びに来ただけらしいけど……。

 もしお供が少なければあいつも危険だな。なんて、今は他人の心配をしている場合じゃないか。


「そこで思いついたのが、徳川か明智に、お前のいる本能寺に敵の襲撃があったと嘘をついて、本能寺を攻撃してもらい、どさくさに紛れてお前を連れ出す、って案だった。だが、こんなずさんなやり方に慎重なやつだって噂の徳川が引っ掛かるとは思えねえ。そこで、俺たちは明智に標的を絞ることにした」


 確かにそんな猿でも騙されるかどうか微妙なやり方では、家康相手なら逆に怪しまれて捕まり、処刑までされてしまうのがオチだ。

 でも、明智なら話は別。あいつは優秀だけど、気分が高揚すると何をするか読めないから、うまくやれば利用することは出来るかもしれない。このおっさんは織田家臣団の特徴をよく把握している。


「ぐへへ、後は簡単だったぜぇ。善意の一般庶民のフリをして、本能寺に襲撃があったらしいと伝えると、明智はすぐにノってきやがった。『本当なら助けなきゃいけないし、嘘でも誤報に躍らせれたふりをしてプニ長君を襲えるじゃないか! 彼と本気で戦えるなんて、すごくわくわくするよ!』とか言ってな」


 これは一般庶民の、しかも突撃訪問からの耳より情報を、信じる信じない……ではなく、面白いからとりあえずやってみよう、となるところがやっぱりあいつらしいし、生きて帰ったらクビにしてやろうと思う。

 つまり、本当なら援軍になるし、嘘ならそのまま俺や六助と戦えばいいやと、そういうことだったのか。

 なるほど合点がいった。あいつが言ってた、俺を救うとかいうヤンデレラスボス風の言葉はそのままの意味だったんだ。殺そうとしていたのではなく、寺へ入って俺をいもしない敵から保護するつもりだった。

 武器を持っていなかったのも、情報が嘘だった時を考えてのことだろう。本能寺に襲撃があったら、敵は不届き者だから何も問題はないけど、誤報ならその敵が本来友軍であるはずの織田兵になるからだ。

 俺と戦うなら死人を出さないよう肉弾戦で、純粋に戦いを楽しみたいってことだろう。それ以前に俺と戦おうとしないで欲しかったところだ。


「だから、この火を放ったのは俺の仲間だ。最初の矢こそ、中にいるかも知れない敵を威嚇する為に明智の兵が放ったものだったがな。で、燃える本能寺に忍び込んでお前を攫ってしまおうって算段よ。実はな、裏口を包囲している明智軍ってのは俺の仲間が変装してんだ。だからあっちから逃げれば何もばれやしねえ。そして、燃えちまえば寺の焼け跡からお前を探し出すことも出来ねえだろう。どうだ、完璧だと思わねえか?」

「キュウン(思いません)」


 恐らくはマントヒヒ辺りが計画を考えたんだろうけど、喋れない俺にツッコむ術はないし、ツッコむと同時に煽ることもにもなりそうだからやめておこう。

 得意げにべらべらと語っていた男は、突然ハッとした表情になる。


「いけねえ、つい喋り過ぎちまった」


 気付けば、俺たちを囲む炎はその激しさを更に増していた。もはや天井や柱が崩れ落ちて来ないのが不思議なくらいだ。


「もたもたしてっと二人共焼け死んじまう。さあ、俺と一緒に行こうぜ」


 こちらにじりじりと歩み寄るってくる、酔っ払い男。


 嫌だ。生きたい。もっと生きたい。そう心の声が勝手に反芻する。

 俺は姿勢を低くして爪を立て、相手を睨みつけることで誰がどう見てもわかるように警戒の色を表現する。


「ウ~(こっち来んな)」

「うへへ、怒った顔も尊いじゃねえか……言っておくがな、ここで下手に動き回ると火傷するぞ。無駄な抵抗はしねえことだ」


 と言いながら、木で作られた箱を持ち上げる。あれに入れる気か。

 男の言うことはもっともだ。今や火によって囲まれたこの場所では、下手に逃げると火傷をする恐れがある。というか、多分そのまま消火出来ずに焼け死ぬ。近くに水場とかないし。

 かと言ってこのまま大人しくこいつに捕まって誘拐されてしまえば、地獄の飼い犬人生が待っている。


 こいつに飼われるということは、恐らく首輪かそれに準じたものをつけられるに違いない。そして、たまに散歩に出る以外は決まった場所で決まった時間に、決まったものを食べる生活。

 そんな人生、いや犬生? は地獄でしかない。帰蝶に飼われるんだったらそれでもいいけど、ヌフフ。こんなおっさんにそれを強いられるのはまっぴらごめんだ。


 前の世界で、屋外で鎖につながれたまま飼われていた犬たちは、よくそんな生活に耐えていたと思う。俺には無理だ。尊敬する。もしまた人間に生まれることがあったら、俺は放し飼いでしか動物を飼わない。

 と、そんな決心は今はさておき。


 俺は諦めないと決めた。そして、本能も同じ意見らしい。目の前のおっさんを敵だと、生きるための障害だとはっきり認定している。全身はプルプルと震え、総毛立ち、獣としてのチワワの姿が露わになっていた。


「おうおう、そんなに嫌がらなくてもいいじゃねえか。そっち行くから、走り回っちゃだめでちゅよ~大人しくしてるんでちゅよ~」

「キュ(きもっ)」


 遂に赤ちゃん言葉になる男。気持ちはわかるけど、使われる立場になるとやっぱり気持ちが悪いものだった。

 今度からは周囲に人気がない時でも、チワワに対して赤ちゃん言葉を使うのはやめておこう……。


「そうそう、いい子でちゅね~」


 男はゆっくり、ゆっくりと、でも確実に俺に近付いてくる。そして、その手が俺へと伸びたその瞬間。




「ワフッ! (おりゃっ)」

「いってえ!」




 俺はそれに思いっきり噛みついた。思わず数歩後ずさり、噛まれた部分を確認しながら、男は涙目で言う。


「この野郎、ちょっと尊いからって調子に乗りやがって! 抵抗したら焼け死ぬって言ってんだろうが!」

「キュキュンキュン(それも悪くないかもな)」

「しょうがねえ。多少強引にでも連れて行く」


 そう啖呵を切ると、男は先程までの気持ちの悪い笑みを潜めて、戦闘態勢を取った。そして俺もより姿勢を低くしておっさんを威嚇し、逃げるための算段を頭の中で整え始める。

 全ては、またあそこに帰るために。大切な人の、そして家族たちの笑顔を眺めながら、共に生きるために。

 こうして最初で最後の、俺の、生きるための戦いが幕を開けた。

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