越前一向一揆
長篠の戦い、そして六助の幼女好き認定と武田信ガルの命名から数日後。織田家の武将たちは平穏な日々に浸っていた。
ところがそんな者は彼らにとって毒でしかないらしい。正直に言って暇を持て余した家臣団は美濃城の大広間に集結していた。
「とりあえずどこかに侵攻しようと思う!」
突然の六助の宣言に、おっさんたちのざわめきが広っていく。柴田がやれやれといった感じで抗議をする。
「何もすることがないとはいえ、兵を出す必要はないでござろう。適当に鬼ごっこでもして遊べば十分でござるよ」
「柴田殿は、一刻も早くプニ長様に日の本を献上したくはないのですか?」
「当然したいに決まっている。だが、無闇な出兵は国の財政を圧迫させるだけでござろう」
「その辺りも考慮しています。要は織田家にとって益のある出兵ということです」
「ふむ」
柴田がひとまず話を聞いてみようという姿勢を見せたことで、家臣団も一旦静かになって耳を傾けている。
「越前の一向一揆です」
「おお!」
六助が発表した瞬間、家臣団から歓声があがる。さしずめ「そうかその手があったか」といったところだろうか。
「いや、すっかり忘れていたでござるが……越前の一向一揆を鎮圧するなら今が最もよい頃合いでござるな」
「最近は様々な勢力との抗争に忙殺されていましたからね」
と、秀吉も同意する。
朝倉を攻め滅ぼした後、織田家はかの勢力が領有していた越前という地を、朝倉の旧臣でこちらに寝返った前波吉継という男に統治させていた。
ところが、こいつが朝倉家中では重臣でも何でもなかった上に、かつての同僚たちに無礼で尊大な態度を取った為に反発が起きる。前波を気にくわない旧朝倉家臣が農民らを巻き込んで一揆を起こしたのだ。
それがきっかけとなり、紆余曲折を経て最終的には一部を除く朝倉旧臣団がほとんど滅ぼされた越前は、「百姓の持ちたる国」となっている。
この間、越前の主である織田家は武田や石山本願寺や別の一向一揆等の鎮圧に追われていて、援軍を送ることが出来なかった。だから、手の空いた今は越前を回復する絶好の機会というわけだ。
正直俺も完全に忘れていたけど、そこはさすがの六助。織田家を想う気持ちだけは日の本一の男。ちゃんと覚えてくれていた。
「数だけは多いようだが、所詮は農民の集まり。織田家の敵ではないで候」
「天正三年八の月、美濃城に集いし勇士たちが天下統一への道しるべを立てるべく各々が熱のこもった言葉を交わし合う。その言霊はやがて一つの想いへと変わり、織田弾正忠プニ長という一人の大名を神へと昇華させ……」
「うむ。今回もプニ長様の為に一丸となって戦うで候」
明智が丹羽の言葉の真意を、適当に汲み取って返事をする。
「明智殿の仰る通りですが油断は禁物。此度も念入りに作戦を立て、万全の態勢で挑みましょう。うひひ」
「ふん。貴様に言われんでもわかっておるわ」
秀吉が注意を促すと、柴田が憎まれ口を叩いた。そんないつも通りの家臣団の光景を眺めながら、六助は笑顔で一度首肯し声を張る。
「では、越前への進軍を決定とする! 出発は本日の日の入り! 各自、迅速に準備を済ませてここに戻ってくるように!」
武将たちが、あの世界にあったいわゆるコントのように、わざとらしくずどどっと前のめりにずっこけた。
「いやいや六助殿、何故かように早く出発しようとするのでござるか!」
「え? いやだって、皆暇をしておられるのではないのですか?」
「暇だからといってすぐに出発出来るものでもないでござろう」
そこで柴田は気まずそうに視線を逸らす。
「その、言いにくいのでござるが……妻子のある者もいるでござるからな」
逆にそれが癇に障ったのか、六助の表情がにわかに陰りを帯びた。
「独り身である私にはそれがわからぬと?」
「い、いやいや、そうは言っておらぬでござるよ! 六助殿は他人の心を理解出来る御仁ゆえ! 承知の上で仰っていたでござるな! わっはっは!」
柴田が慌てて弁明するも、六助は今いち納得がいっていない様子だ。
ちなみに、当然ながら柴田には悪気がないと思われる。「言いにくい」という部分も、自分自身も独身だけど、という意味だろう。
六助は気を取り直し、わざとらしく一つ咳ばらいをしてから話を再開する。
「わかりました。そういうことでしたら、出発は七日程待ちましょう。各自それまでには美濃に集合するように。それでよろしいか」
家臣団からぽつぽつと「異議なし」という声があがる。
「それと、皆わかっていると思うが、今回プニ長様の帯同はなしとする。農民を相手にするというのに、わざわざ戦場まで出向いていただく必要もなかろう」
「キュ? キュン(まじ? やったぜ)」
長篠の戦いの際も長らく留守にしたし、育ち盛りの浅井三姉妹とも遊んでやりたかったので、この配慮は嬉しい。褒めて遣わす。
こうして軍議が終わり、家臣団は各々の領地や屋敷へと戻っていった。それらを見送りながら、俺もよっこいせと動き出そうとしたところで。
「プニ長様、申し訳ございません。これから少々お時間よろしいでしょうか?」
「キュキュン(何じゃい)」
「別にいいよ」という意思を示す為、その場に座りなおす。
「ありがとうございます。では、そのままお待ちください」
そう言って、六助は慌てて部屋を出て行った。かと思えば、丹羽長秀を連れて割とすぐに戻って来る。
「お、お待たせいたしました」
「キュウンキュキュン(そんなに待ってないけど)」
肩で息をする六助、そして丹羽も着席する。
呼吸を整えた六助は、大して緊張もしていない様子で話を切り出した。
「プニ長様に一つ許可を頂きたい案件がございまして……」
「キュン(ほう)」
「実は、琵琶湖の東岸にある安土山というところに安土城という、プニ長様に住んでいただくための城を建築したいと考えています」
「キュキュン? (住むための城?)」
思わず首を傾げた。
城っていうのは原則として「非常時に籠って戦う為の要塞」で、住むために建てるものじゃない。この世界ではそれが常識なんだと思っていたけど、六助には一体どんな意図があるのだろうか。
というか、そもそも何故新しい城を建てるのだろうか。
あれこれと考えていると、最初からそのつもりだったようで、六助はその安土城とやらの説明を始めてくれた。
「新しい城を建てる理由の一つが、交通の利便性です。安土山は日の本の中心地である京に近く、琵琶湖の水運も利用出来ます。あと個人的に湖が見えるとこに城って何かいいなと思いまして」
「キュン? (何て?)」
最後が尻すぼみになった上に早口だったので聞き取れなかった。俺の意を汲み取ったのかどうかは知らないが、六助は構わずに説明を続けていく。
「もう一つが、結局交通の利便性にも関わってくるのですが……北陸方面、特に上杉への警戒です。安土山は北陸街道から京への要衝にありますから、一揆の鎮圧なども含め、あちら方面での戦に対処しやすくなります」
「キュン(なるほどな)」
地図とかを見てみないと地理的なことはわからないけど、おおよそ何を言っているかは理解出来た。要は、織田家の領土もどんどん増えて来てるし、ここは一つ京都の近くで便利なところに移ることで、これからの生活や経済活動、そして特に北陸方面の敵に対する備えをしよう的な感じだと思う。
新しい城を建てる意図はわかった。でも、もう一つ肝心な部分の説明をしてもらっていない。六助の話は続く。
「そして、住むための城、というところに関してなのですが……」




