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不機嫌な女神様

 その後の追撃戦は見るも無残なもので、元から武田を目の上のたんこぶだと考えていた織田に、「この機会に武田を出来る限り叩いておきたい」という思惑のある徳川は斬れるものを全て斬った。

 山県の予言通り、被害は「武田四名臣」のうち山県、馬場、内藤に、原や真田といったその他の重臣や指揮官にまで及んだ。


 あまりにも一方的な展開に、俺もソフィアも途中で鏡を見るのを止めた。誰もいない、何もない陣に二人の沈黙が漂う。俺はお座敷の上に寝転び、ソフィアはその隣で足を投げ出し、ぷらぷらと遊ばせている。

 俺は、そんなソフィアの横顔に話しかけた。


「キュウンキュキュンキュン。キュキュンキュン(長篠の戦いって結構有名な戦いだと思ってたんだけどな。蓋を開けてみればただの虐殺ショーじゃん)」

「あちらの世界では、武田家が大量の戦死者を出し、歴史的な大敗北を喫した戦いとして知られています。だからある程度までは予想がついていたのですが……」


 いつまでもこの話を続けたら空気が重くなりそうだったので、話題を変えることにした。


「キュウン、キュキュ、キュキュン? キュキュンキュン(それにしても、教科書に載ってた三段撃ち、っていうの? あれやってなくなかったか?)」


 実際に三段撃ちを見たことはないけど、撃ち終わったら後ろに下がって、そしたら弾を装填し終えたやつが前に出て来て。という感じで三人が入れ替わりながら銃を撃つ手法のことを言うのかと思っていた。

 火縄銃を使う上での最大のネックは射撃から次の射撃までに長い時間がかかるという点だ。それを克服するために編み出されたのが三段撃ちなのかと。

 すると、ソフィアはこちらを振り向いた。


「三段撃ちを行ったというのは、今では定説ではありません。現実的な手法でないことや、その存在を示す第一級の史料がないことから否定されました」

「キュキュ、キュウンキュウンキュン(いやいや、だからお前どんだけ時代劇好きなんだよ)」


 そう言いながら右前足を振っていると、ソフィアは不服そうに頬を膨らませた。


「あのね武さん、あなたが元々いた世界では、私は仮にも「知の女神」と呼ばれていた存在なんですよ?」

「キュキュンキュン(そう言えばそんな名前のやつがいたな)」

「別に時代劇が好きとかそういうの関係なしに、元々色んなことを知っているんです」

「キュキュン(そりゃ私が悪うござんした)」

「全く、私を何だと思っているんですか?」


 ただのおっさんだけど……。

 珍しく、見た目相応の少女のようにぷりぷりと怒る今のソフィアにそんなことを言ったら、更に不機嫌になりそうなのでやめておいた。

 ソフィアは怒った様子のまま勢いよく立ち上がる。


「では、私はそろそろ帰ります」

「(今日は随分と早いな)」


 いつもは夜まで居てくれるのにな、何て思っているとぎろりと睨まれた。


「私だってそんなに暇じゃありませんから」

「キュキュン(いつもありがとうございます)」


 何で今日に限ってこんなにめんどくさい感じなんだろう。

 ソフィアはまたもどこからか先端に五芒星のついた、「ソフィアステッキ」と呼ばれているらしい杖を取り出す。それを振ると、彼女の全身が最初は淡く、次第に強く輝く光に覆われて消えていった。最後にちらちらとこちらを見ていた気がするけど……本当によくわからんやつだ。

 戦後処理が終わるまで暇になるし、しばらく寝とくか。


 前足を身体の前で揃えてその上に頭を乗せる。フンスと鼻息をついてさあ準備万端、というところで目の前に光の塊が出現した。

 その光は次第に手のひらサイズになり、やがて羽根の生えた妖精の姿へと変形を……ってソフィアやないか~い。


 ソフィアは戻って来て早々、まだぷりぷりとした様子で声をかけて来た。


「も~、武さんは本当にわかってないですね!」

「キュン(何がだよ)」

「せっかく『突然不機嫌になり始めた彼女ごっこ』をしてたんだから、最後は引き留めなきゃ!」

「キュ……キュン(いや……意味わからんし)」

「『何で怒ってるの?』とか言って引き留めてもらったら、私は『別に。怒ってないし』というので、コンビニに行ってプリンを買って来るんですよ!」

「キュンキュンキュン(知らないしめんどくさいしコンビニないし)」


 ていうか何をモデルにしてるのかわからん。この女神様はドラマや漫画なんかもたくさんご覧になっているらしい。


「全く、だから武さんはモテないんですよ」

「キュキュンキュン(余計なお世話じゃ)」


 腰に手を当てて頬を膨らませるという、あざとい怒り方をしているソフィア。これはまだ何たらごっこが継続中ということだろうか。


「キュウンキュキュンキュン、キュンキュキュン(そもそも俺は女の子と付き合ったこととかないから、そういうのわかんないんだよ)」

「それは知ってますけど……」

「キュンキュン(知っとんのかい)」

「武さんには帰蝶ちゃんがいるじゃないですか」

「キュウンキュキュンキュキュンキュン(帰蝶は最初から好意的に接してくれてたからなぁ)」


 帰蝶にも色々あったのだと思う。政略結婚だし、どんな人物であろうと織田信長を夫として受け入れなければならなかった。そして、その後継者として生まれて来た俺のことも。

 ところが、俺のこの愛らしいチワワボディは、受け入れようとしなくとも自然に好きになることが出来た。あくまでもペットとして、だけど……。だから、最初から今までずっと俺に好意的なのだ。最初は、言い方は悪いけど形式的な好意、途中からは自然な好意。

 ソフィアは顎に手を当て、宙に視線を躍らせている。


「ん~。それじゃあ、もし帰蝶ちゃんが機嫌悪そうだったらどうします?」

「キュン? (帰蝶が?)」

「はい。帰蝶ちゃんが突然『ご飯はここに置いておきますから、一人で勝手に召し上がってくださいませ』と言ってどこかに行ってしまったら」

「……」


 いつも優しく微笑んでいる帰蝶がそんなことを言い出すなんて想像も出来ないけど……とりあえずめっちゃ悲しいことは間違いないし、どうして機嫌が悪いのかを聞いてみるしかないだろうな。


「キュキュンキュ? キュ(どうして怒ってるのかにゃ? って聞く)」

「はい。そこで帰蝶ちゃんは『別に怒ってなどおりませぬ』と答えます」

「キュウンキュンキュン……(それ絶対に怒ってるやつやん……)」

「ほらほら、このままだと帰っちゃいますよ? どうするんですか?」

「キュウンキュキュンキュンキュン……キュ! (コンビニに行って帰蝶の好きな食べ物でも買って来るしかないだろうな……ってああっ!)」


 そこで俺は気付いてしまった。正に先ほどソフィアが言っていた通りの展開になってしまっていることに。

 ソフィアは女神らしからぬ下卑た笑みを浮かべ、口元に手を添えながら俺の顔を覗き込んで来る。


「ふっふっふ、武さんもやれば出来るじゃないですかぁ~」

「キュ、キュン(くっ、悔しい)」

「これである日突然、帰蝶ちゃんの機嫌が悪くなっても大丈夫ですね!」

「キュキュン(それは知らんけど)」

「よ~し、それじゃ早速先ほどの『突然不機嫌になり始めた彼女ごっこ』をやってみましょう!」

「キュキュンキュン(何でそうなるんだよ)」


 もしかしてこいつ、ただの暇人なのでは。

 早速お座敷の端に腰かけ、足をぷらぷらさせ始めたソフィアを見て俺はある一つの疑問が浮かんで来た。


「キュ、キュキュン。キュキュンキュン? (えっ、ってことはさ。お前プリンが好きなの?)」

「そこは別に良くないですか? まあ好きですけど」


 少しだけとはいえ、ソフィアの機嫌が本当に悪くなった気がした。そんなわけでその後彼女ごっこで遊び、女神様の御機嫌取りをして時間を潰したのであった。

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