表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/152

プロローグ、一

 出会ってすぐに、夢中にさせられてしまった。

 つぶらな瞳、華奢な身体、そしてどこか物憂げな表情の口からこぼれる、その声……気付けば、俺はもう。


「キュウ~ン」

「…………」


 チワワの虜になっていた。


「おい、兄ちゃん何してんだよ! 早く行こうぜ!」


 口をぽかんと開けたまま一匹の犬を見つめる。そんな俺の服の裾を引っ張りながら、生意気な弟が声をかけてきた。

 今でも覚えている。小学生の頃、家族で来た隣町にあるショッピングモール。弟とゲームセンターへ向かう途中、何となく寄ったペットショップ。そこで偶然目が合ったチワワを、しばらく忘れることが出来なかった。


 でも、うちはペット不可のマンション。当然犬も猫も飼うことは出来ない。その事実を知っていながらわざわざ親を困らせることもないだろうと、チワワを飼いたいと言い出すことはなかった。

 弟はいつも「猫飼いてー」とか「オウム飼いてー」とか言ってるけどな。


 だから、それ以来俺のチワワへの愛は募る一方だった。

 週に何度か、そことは別のペットショップに足を運んでチワワを眺めるも、余計に胸の中の想いが膨らんでいくのを感じるばかり。父親の転勤で田舎の一軒家へ……みたいな奇跡的な展開もないまま、俺は高校生になっていた。


 〇 〇 〇


「キュウ~ン」

「……尊い……」


 ほのかに暖房の効いた店内で、チワワと対面しながらそう呟く。鳥やわんぱくな犬たちの鳴き声が響く中、控えめにその存在をアピールしてくるこの子がここ最近のお気に入りだ。

 あれから約八年。何度も通っている内に、買われたりなんだりでチワワたちの顔触れは何度も変わって来た。俺はその移り変わりを、足繁く通うここ「29939」というペットショップで見守り続けている。

 ニクキューサンキュー。よくわかっている名前だ。これを命名した人物はチワワ好きに違いない。


「今日も熱心だねえ」

「お兄さん。こんにチワワ」

「こんにチワワ」


 店員のお兄さんが後ろから声をかけてくれた。ここに週三でアルバイトに入っている大学生で、何も買わないでチワワを眺めるだけの俺に、いつも優しく接してくれている。

 少し垂れた優しそうな目が印象的な爽やか風のイケメンで、彼女の一人や二人いそうだけど、そういう話はしたことがないからわからない。

 お兄さんは、制服姿の俺を眺めながら口を開いた。


「学校帰り?」

「はい。この子の顔を見てから帰りたかったんで」

「って言っても、寄り道するような距離じゃないでしょ」


 ちらとお気に入りのチワワに視線をやってからの答えに、お兄さんは苦笑をしながらそう言った。

 学校から俺の家までは自転車で十分ほど。対してこのペットショップまでは三十分かかるし、方角も違う。お兄さんの言う通りだ。


「そろそろ部活とかもやってみたらいいのに」

「今更だし……俺にはこれが部活みたいもんなんで」

「チワワ同好会か。いいね」

「でしょ」


 今は高校一年生の冬。世間では「もうすぐセンター試験」のニュースが流れ始める頃合いだ。帰宅部から転部するには遅い気もするし、学校が終わってからここに通わないといけないから時間もない。

 俺が来ないとチワワが寂しさのあまりに死んでしまうかもしれないしな。

 

 それからひとしきり世間話なんかをしていると、思いの外早く時間が経ってしまった。お兄さんは聞き上手なのでつい喋りすぎてしまう。


「それじゃ、そろそろ帰ります」

「ああ。気を付けてね」


 笑顔で手を振ってくれるお兄さんに見送られながら踵を返し、ニクキューサンキューを後にした。


 自動ドアが開いて一歩を踏み出せば、ひんやりとした空気が肌に触れる。空から降り注ぐ銀の輝きが人々の心を揺さぶっていた。

 手を空にかざして「雪だー」と嬉しそうにはしゃぐカップルがいれば、肩をすくめて鬱陶しそうに歩くサラリーマンもいる。俺はどちらかと言えば後者寄りで、コートのポケットに手を入れ、マフラーに顔をうずめながら自転車置き場を目指す。


 ゴールデンレトリバーと思われる犬と散歩をしているおじいちゃんとすれ違う。犬は俺と目が合うなりこちらに近寄って来た。でも、おじいちゃんは慣れた手つきでリードを引っ張り、それを抑制する。

 犬自体も好きだけど、やっぱりチワワほどじゃないな、とゴールデンレトリバーの背中を見送りながら思う。

 どうしてこんなにチワワが好きなのか自分でもわからない。あのつぶらな瞳と見つめ合うと、未知のエネルギーが体内に入り込んで闇の使者に変身できるような気さえしてくるくらいだ。何故光じゃないのかは置いといて欲しい。

 それはもはや好きとかいう次元を超えているし、愛しているというレベルすらも超えて崇めていると言ってもいい。


 ふと、近所に住んでいる女の子に小さい頃に言われた台詞が脳裏をよぎる。


(そんなに好きなら、来世でチワワになれるかもね。もしそうなったら、私が大きなお屋敷で飼ってあげる!)


 いや、それはどうなの? と子供心に思ったのを覚えている。

 まず来世で会えること自体が難しいし、会えたとして前世の記憶なんてあるわけがない。しかも、女の子は何故か大きなお屋敷に住めるくらいの人物、もしくはその子供として生まれる気満々だ。

 そしてこれが一番大事なことなんだけど、俺はチワワになりたくはない。自分がチワワになってしまうと可愛がることが出来ないからだ。まあ、その女の子は可愛かったから飼われるのはやぶさかじゃないけど……。


 ちなみにその子は最近あまり話してくれなくなって、おまけにバレー部の二年生と付き合っている。ラブコメみたいに、高校生にもなってイケてない俺と仲良くしてくれるほど、幼馴染の可愛い女の子は甘くないということだ。

 

 あれこれ考えている内に自転車置き場に到着した。

 スタンドを立ててサドルに座り、さて、本屋によってラノベの新刊でもチェックしていくかな……と、ペダルを踏みながら思った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ