第35話 任務の内容は厄介のようです
放課後、ドロイドのところへと話を聞きに来た花。ドロイドは一応花に確認はとってくれた。
「あんな風には言ったけど、正直なところハナさんはどれもこれも経験は足りていないから、学校で学びたいっていうならそれはそれで認められるからね。ただ、個人的にはハナさんはもう少し実践を学んだ方が良いとは思っている。」
「たしかに、私には一番それが足りていないでしょう。そもそも、常識的なことも乏しいようですし。それに学校でも一部の方としかまともに修練できませんしね。」
「それについてはこちらとしても申し訳ないんだが、本当にそろそろコントロールは学んでほしいね。全力であることは素晴らしいんだけど、全力過ぎて相手が怖がっているんじゃ君にとっては結果的にマイナスになる。」
「ごもっともです。」
ただ、魔力が多すぎる花にとってはそれがなによりも難しかったりもする。今のところはずっと勝っているので多少目に見える手加減をしても、ドロイドは許しているが、本来はそれも学校側としてはあまり黙認したくはないと言われたことすらもある。
「ま、今はそのことを言っても仕方ないね。そもそも、それを学ぶために学校に推薦されたってことだろうし。それよりも結局実習は行くかい?」
「あ、はい、行きたいと思います。」
「よし、それじゃ明日中に準備して。明後日には出発になるから。詳しい内容はその時に担当の聖騎士から聞いてほしい。というか、毎度のことでそこまで詳しい情報が来ていない。」
これについては珍しいことでもなかった。聖騎士の任務は多くの人間が知ってもいいものもあるが、知ったらまずいものもある。なので、一律任務に関わらないものには多くは説明されない。ただ、特殊な能力が必要なものについては、さすがに担当教師役である聖騎士には説明はある。それでも、そういうケースすらも稀であった。
「ざっくりとした内容としてはどのようなものでしょうか?それによって何を準備するのかみんなに聞きますので。」
「ああ、敵性亜人の調査任務だそうだよ。」
「敵性亜人というと・・・ゴブリンのような?」
「さあ?種類までは聞いていないし、そもそも戦闘が主なのか調査が主なのかも判断できないね。」
本当に碌な説明をされていないようだ、そう花は感じ取った。しかし、実際に聖騎士になったらこういう感じなのかもしれない。断片的な情報を元に難しい任務をその場の判断でこなす。これが聖騎士の任務には多いだろう。
(そう思うと、これも慣れるためにそうしているのかもしれませんね。)
結局は準備など、心の準備と自分の力が落ちないように発揮できる最低限の準備、この二つをするしかないのだと花は悟ったのであった。
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「敵性亜人の調査任務なんて普通は聖騎士には来ない。」
「そうですね。かなり珍しいと思います。」
「正直、それはもう戦うと思って言ったほうが良い・・・」
アイリス、アゼリア、カルミアのいつもの友人たちには一応何を準備していくべきなのかを聞いてみたが、どうやら文面通りの調査にはならないとのことであった。
「調査なーんて言うけどさ、実査に聖騎士がいくって判断されるようななにかがあるから、聖騎士はいくの。そして聖騎士がいかないといけないなんてことは武力が必要だから、以外にはほっとんどないんだから。」
「それでは、それ以外の理由で思いつくものはなんでしょう?」
「えっと・・・それ以外だとなんだろ?」
花の質問にアイリスは戸惑ってしまった。うーん、たしかになんだろう、と頭を抱えてしまっている。
「シンプルに考えるなら、調査場所に秘密がある場合などです。」
「あー、それはあり得そう。」
「なるほど。」
これは花も理解できた。敵性亜人がいるかもしれない場所がそもそも険しい場所という可能性だ。そういうところに隠れて集落を作っている、といった場合ならば、たしかに相手の種族によっては聖騎士が派遣されるということもあり得そうである。
「ただ、あまり多くはないですね。そんな場所の敵性亜人ならそもそも簡単に町や村にすら来ることはできないでしょうし。他にはカルミアさんはなにか思いつきませんか?」
「過去の事例だと、亜人の対処に悩んでいる場合に聖騎士が呼ばれた・・・とかがある。」
敵性亜人といっても色々な種類がいる。完全に人間と敵対関係にあるものもいれば、ゴブリンのように敵性と呼べるほど人間に悪意を向けるものと保護に値する通常の亜人として判断されるものとが分かれる種族もいる。そのときに、その街や地域などで対処の意見が割れた場合には総合的な判断をしてもらうために聖騎士が呼ばれるということはあるらしい。
「そういう場合はつまるところ調査がメインの仕事。」
「最終的には武力行使になるかもしれないじゃん。」
「それはそうかもしれない。」
アイリスの意見もわからないでもない。どのみち、聖騎士が呼ばれている以上は戦いは常にあり得る。それはたしかにそうなのだ。
「それで結局はどんな準備が必要でしょうか?」
「長期的な活動の維持を補佐できて、尚且つかさばらないものになるかと思います。携帯食料と水を作れる魔法道具はあった方が良いです。」
3人から色々な意見を取り入れ、明日に向けて準備を進める花なのであった。
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翌日、指定された待ち合わせ場所に行くと、馬車を用意している聖騎士が待っていた。どうやら彼が今回同行する聖騎士のようである。
「あの、おはようございます。」
「ああ、おはようございます。君が今回実習でついてきてくれる聖騎士学校の子で良いのか?」
「はい、そのとおりです。花と呼んでください。」
「ハナか、少し珍しい感じの名前だな。俺はリブという。俺も人のことは言えんな。」
「いえ、少なくとも私よりは普通の名前です。」
「そうか、そうかもな。」
リブは名前よりも、その態度が少し珍しいといえる感じではあった。聖騎士見習いの生徒たちを聖騎士たちは大概の場合、お客様扱いするか部下として接する場合が多い。これは間違っているわけではなく普通の反応である。これらはどちらも守ろうとする意識の表れであるといえるだろう。前者ならば実力で、後者ならば指揮で、聖騎士見習いである生徒たちを守ろうとしているのだ。ただ、このリブはそんな感じがとても少なかった。
「もう少しで出発する。走ってもいいが、そこまで急を要さないそうだ。それなら、馬車の方が良い。楽だし、移動中に打ち合わせもできる。」
「あの、手伝いましょうか?」
「そうか、それならそこに俺が用意した荷物があるから積んでくれ。俺は馬の様子をチェックしている最中なんだ。」
どういう心づもりなのかを花は読み切れていなかった。ただ、リブは花を同格として接してくれているようには感じた。
(ふむ・・・これはみんなから聞いていたのとはちょっと違ったことになりそうですね。)
花は不安と期待の両方を持ちつつも、出発の準備をリブと一緒にこなしていったのであった。
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ほどなくして準備を終えた二人は馬車にて目的地までの移動を開始した。
「あの、鉄道じゃないんですか?」
遠くへ早く移動するならまずは鉄道を使う。それがこの世界の最も早い移動方法だと花は考えていた。
「ああ、残念だが今回の目的地は鉄道が近くにない。」
「それでも近くまでは鉄道で行ったほうが早いのではないでしょうか。」
「安心してくれ。もっと便利な移動方法がある。それがある場所に移動しているんだ。」
「そういうことでしたか、ご説明ありがとうございます。」
どうやらなにかしらの移動手段が他に用意されているようだ。そこまでの移動の時間を使って、今回の任務の内容とその手順の確認をするのがリブの狙いだった。
「今回の任務は敵性亜人の調査だ。」
「はい、そこまでは聞いています。」
敵性亜人、簡単にいうと人間ではない人型の生き物である亜人。その中でも人間や他の亜人に対して敵対行動をとる亜人、これが敵性亜人である。ほとんどの亜人は会話によるコミュニケーションが可能であるため、会話が成り立たないほどの亜人はかなり少ない。だが、中には会話ができてなお人間や他の亜人とは共栄しようとはしない種族もいる。
「聖騎士が必要になるとはどのような危険な種族が見つかったのですか?」
「いや、種族的には大したことはない。見つかったのはゴブリンだ。」
ゴブリンは人間に比べると小柄であり、知能もそれほど高くないため、余程の数にならない限りは大きな危険はない。そして、余程の数になったとしても正規の騎士たちで対処できないほどの脅威になることはない、と花は聞いていた。
「そうなると、何か特別な事情があるのですか?」
「事情というほどでもないな。不可解なだけだ。」
その異変に気が付いたのはパトロールをしていたその領地の騎士だったそうだ。見つけたのは数人のゴブリン。この領地ではあまり野生でゴブリンが暮らしているという話は聞かないため、不審に感じた騎士たちはそのゴブリンたちを付けていったそうだ。
「そこで見つけたのは村と呼ぶには巨大すぎるゴブリンの集落だったそうだ。規模でいうなら1000人を超えるほどのゴブリンがいる、ように見えたらしいぞ。」
「それはとんでもなく大きな集落ですね。」
ゴブリンは通常なら最も大きくても100人くらいの集落しか形成しない。なぜなら農業という文化がないため、そのくらいの人数しか維持するのが難しいからだ。
「こうなると誰かが意図的に大きな集落を作っている可能性が高い。今回の任務はゴブリンの集落がどうのこうのよりもその人物の特定が求められる。」
「そもそもゴブリンの集落を大きくした目的がわかりませんが・・・」
「まぁ、碌な理由じゃないだろう。難しく言わないなら、今回の件は魔族が関わっている可能性がわずかにある。だから、聖騎士が解決に向かう。」
「なるほど、状況は理解できました。」
状況はある程度把握できた。ただ、よくわかっていないところもあった。
「あの・・・そもそも領地の騎士たちでなにか対処はしていないのでしょうか?」
「ああ、していない。」
「普通はその数でも騎士でも制圧できるんじゃないですか?」
「制圧自体はできるだろうが、あえてしていない。」
「それはまたどうしてでしょう。」
それを聞くとリブは頭をがりがりとかきながら答えた。
「まあ、厄介な土地なんだ。これが聖騎士が派遣されるようになったもう一つの理由だ。実は今から向かう領地ではゴブリンを労働力として飼育している。」
今から向かう領地ではゴブリンを労働力として飼育している、その意味を花は今一つ理解できていなかった。だが、話としては簡単なものだった。
ゴブリンは人間に比べると劣悪な環境でも生き残れる種族である。そのため、人間が管理すれば、ある程度雑な環境でも増やすことは難しくない。そして、人間が教育すればゴブリンは人間と比べても変わらない知恵を身に着けることはできてしまう。つまり、ゴブリンを飼育すれば人間の代わりの労働力としては最高のものになりえるのである。
「ただ、多くの国ではそれが禁止されている。亜人とは友好的な関係を、これが世界の基本方針だからだ。」
「でも、今からいく領地ではそれが行われているんですね。」
「ああ、あまり土地柄がよくなくてな。ゴブリンが労働力として使えないなら、領地が維持できないと主張し続けている。」
「そんな土地なら諦めてしまえば良い。」
そのまっすぐな意見にリブは面食らった顔をした。しかし、すぐにニヤッと笑顔になった。
「そうだな。それが一番良いはずなのにな。まあ、はっきりいう。今回の任務は人間の黒い思惑もうごめいていると考えておいてくれ。だから、特権がある聖騎士が必要になっている。」
「わかりました。」
どうやら、今回の任務は力だけで解決はしない任務になりそうである。花としては学ぶことが多くなりそうな期待と力だけではどうにもならない不安が入り混じってはいた。しかし、リブはこの話の間も淡々としており、とても落ち着いた様子であったため、花は安心はしていたのだった。




