第34話 新しい実習に行くことになりました。
数日後、教室では今後の予定についての説明が行われていた。
「多くの人は知っているとは思うけど、1か月後に先輩聖騎士との模擬戦を行える機会が設けられている。だから、それに向けてみんなもしっかり準備しておいてほしい。」
例のごとくまったく花はそんなことは聞かされていない。どうやら、聖騎士学校ではいつも同じ時期にやっているという事柄についてはいちいち説明しないことが多いらしい。
(今度どこかで年単位の予定については聞いておかないと後手後手になりそうですね。)
「あの・・・申し訳ありませんが、それはどういったものなのでしょうか?」
「ああ、ごめんね。ハナさんは知らないよね。聖騎士学校には年に一度先輩である正規の聖騎士たちと手合わせができる機会があるんだ。それが1か月後ってこと。」
「それは強い方が来てくださるんでしょうか?」
「いきなりそれを聞くのが正直ちょっと怖いけど、少し慣れてもきたよ。まあ、このクラスの相手だからそれなりの人は来る。でも、さすがに最高位騎士は来ないよ。」
「ふむ・・・私が楽しめそうな、いえ、勉強になりそうな相手はいますか?」
「本音駄々洩れだったけど、聞かなかったことにするね。うん、経験は豊富な方が来る予定だから大丈夫じゃないかな。うーん、でもハナさんの場合は力押しが凄いからなぁ。」
ドロイドはうーんと唸っていたが、花としては自分と戦えるような上位の生徒たちの相手を考えるなら、それなりの人はきてくれるだろうし、学ぶことも多いだろうとは思っていた。
「一応言っとくけど、全力で戦うことにはなっているけど、普通はこのクラスの生徒でも勝てない前提だからね。」
「それでしたら、安心しておきます。ありがとうございました。」
「普通はそこで安心しないんだけどなぁ・・・」
やれやれとドロイドは肩をすくめる。そして、思い出したようにぽんと手を叩いた。
「そうだ、実技実習があってから間もないんだけど、聖騎士から誰か実習として貸し出してもらえないかという話がきてる。そこでハナさんにいってもらいたいんだけど、大丈夫かな?」
「私ですか?」
なんで自分が指名されたのかよくわかっていない花。教室内でもちょっとざわつきが起こっていた。そして真っ先に反応したのはアイリスであった。立ち上がり大きな声で意見する。
「先生!私が行きたいです!」
「積極的なのは大変うれしいんだけど、今回はハナさんに行ってもらいたいんだなぁ。」
「えー、どうしてですか?私は積極的に実習やりたいって知ってますよね。」
「いやそうはいうけどさ、ハナさんが実習経験が絶対的に足りていないから。」
「・・・それはそうですね。」
その言葉にアイリスは大人しく席に着いた。そういわれてしまうと納得するしかない。確かに実習の経験は聖騎士の活動にかなり重要になってくる。
「ああ、そういう理由なんですね。リニアさんの件があったからかと思っていました。」
「あー、たしかに君が後押ししていっちゃったんだったね。でも、あれはあれでちゃんと実習も兼ねているから。」
そうリニアは結局兄のガリューに会うために実習の名目で旅立っていたのだった。
---
居場所の書いた紙を受け取ったリニアはかなりの時間動き出さなかった。そこから突然に再起動したと思ったら、がばっと花の方へと向き直った。
「ハナさん!私は会いに行って良いと思いますでしょうか?」
「え、むしろ会いに行かないつもりなのですか?」
「兄が出ていくと判断した理由もなにも考えずに兄を聖騎士にすることだけを考えていました。そんな私が今、兄に会いに行っても大丈夫でしょうか?」
「一体何を悩んでいるのかわかりませんが、リニアさんが行くならなんの理由も要らないと思いますよ。」
「えっと、どういう意味でしょうか。」
リニアは不思議そうに首をひねる。
「リニアさん自体が理由としては十分過ぎるので、それだけで良いんじゃないですか?聖騎士がどうとか、出ていった理由がどうとか、そんなものはどうでもいい。リニアさんが会いたいってだけで理由としては十分で、リニアさんが会いに来ただけでお兄さんは喜ぶのではないのですか?」
「おぉ!なるほど!!」
きらっきらした眼になったリニアは、早速リオとバルゴへと返事をした。
「私、会いに行きまーす!!」
「そうだね、それが良いと思う。」
「兄に会いに行くと考えていけばいい。ついでに、あいつが今どんな様子なのかを報告してくれ。」
「わかりました。」
「ただ、ちょっと任務としての意味もあるんだ。その代わり、ちゃんと実習として処理してもらえるようにしておいたよ。」
「ほう、それは一体どのようなことでしょう。」
「うん、どうやらその近くで魔族かもしれない動きがあるらしいんだ。」
魔族が本当に出てきているのであれば結構大事なのではないだろうかとは思った花ではあったが、実際にはそこまで可能性は高くないのだろうと気が付いた。結局はそういう報告があったことを利用してリニアを実習扱いにする口実なのだろうと。
「ほうほう、それでしたら私は一体何をしたら良いのでしょう。」
「その街の騎士団に話は通してあるから、報告があった不審な動きを一つ一つ調べてきてくれ。数が多いらしいからしっかりとな。」
「わかりました!お任せください。」
その様子にバルゴは少し苦笑いだった。おそらくバルゴはゆっくりとする時間が取れるようにしておいたから、兄との時間をしっかり取ると良いぞ、と伝えたかったのだろう。だが、舞い上がっているリニアにはそれがいまいち伝わってはいなかった。ただ、喜び舞い上がる姿を見ていると、それを一々突っ込む気にはならなかったようだ。
「ハナの方から後で意味を伝えておいてくれ。」
「はい、わかりました。任せてください。」
「それじゃあ、僕たちはそろそろいくね。」
「お二人ともありがとうございました。」
去っていく二人を見届けた後、リニアは花にお礼を述べた。
「ハナさん、ありがとうございます!おかげでちょっと兄に会うのが楽しみになりました。ええ、どんな思いで旅立ったのかを聞きだして見せますとも。」
「はい、その意気です。ただ、どのような理由でも受け止める覚悟はもちましょう。」
「たしかに・・・私では理解できない理由の可能性もあり得ますからね。」
「それとお兄さんには新しい生活が始まっているはずです。無理に連れ戻そうとかは考えないようにした方が良いかと。」
「なるほど、ついつい連れ戻そうと考えてしまうかもしれませんね!わかりました。そのあたりも覚悟していきます。他にはなにかありませんか?」
「そうですね・・・でも私はあまりそのお兄さんのことも知りませんし・・・」
「それではもっと兄のことを聞かせましょう!」
こうして完全に元気の戻ったリニアに花は安堵していた。そして、ずっとリニアの昔話を聞き続けていた。無邪気な子供のようなリニアの様子を花はとても楽しんでいた。
この翌日にリニアは早速兄に会うために兄がいるという街へと出発したのであった。
---
こうしてリニアは兄に会いに行ってしまったのだが、その話がどういうわけなのか花の説得でリニアが兄に会いに行った、ということになってしまっていた。どうやら、リオとバルゴが花の評判をあげるためにそういう報告をしてくれたらしい。
ただ、それを良くは受け取らない聖騎士ももちろんいたのだ。なぜならば、この件はリニアの兄であるガリューは本当に聖騎士にするべきだったのかどうだったのか、という解決していない問題を再燃させる可能性があるからだである。そのため、余計なことをした、と考える聖騎士も多く、花は実際に騎士団長にも呼び出しを受けたほどだった。
もちろん、騎士団長は花を攻めるようなことはなく、
「何かあったら即連絡してきなさい。その場合は、即刻対処します。」
ということで、むしろ花の心配をしてくれていた。実際には、多少の小言を言われる程度だった。ただ、教師を任されている聖騎士にすらそれを言われたこともあり、今回の件もそういった延長線上かもと花は深読みしてしまったというわけだ。
「その件は、騎士団長がかなり本気で動いているようだから、もう収まっていると思うよ。ちなみに、教師を任されている聖騎士で君に苦言を呈したものについてはすでにもれなく解雇されてる。」
「そ、それはまた凄いことになってしまいましたね。」
「いやー、当然だと思うけどね。」
そのドロイドの様子を見ると、結構教師を任されている聖騎士というのは責任が重いのかもしれないなと花は感じた。
---
その後、話は模擬戦の説明に戻っていった。内容としては選抜された聖騎士たちとの一騎打ちによる模擬戦が行われるとのことである。
「聖騎士学校の基本理念は知っていると思うけど、改めて言っておくね。手加減は八百長は絶対になし。それだけは固く守ること。どんなときでも全力で戦いあうことが聖騎士学校のルールだから。」
そう聖騎士学校ではこれが驚くほどに遵守されるルールとなっている。しかし、このルールは案外理にはかなっているといえるものでもあった。
聖騎士学校では模擬戦や模擬実習が頻繁に授業として行われる。その際に友人だからと手加減されてしまえば、正確な成績を計りかねてしまう。それは後に聖騎士になった時に、他の騎士たちを危険に晒すリスクになりえてしまうのだ。
そのため、そもそも手を抜く行為すらも厳禁であり、聖騎士候補生は全ての授業に全身全霊をかけて挑むことを当然として行動することがルールになっているのだ。
「あ、ただしひとつ言っておくね、特にハナさんにむけて。」
「はい、なんでしょうか?」
「相手を殺したらだめだから。それについては結構思い罰則があると思ってやってね。さすがに事故だと判断されるのは良いけど、全力とやり過ぎは別だよ。これは任務の時にも支障が出るから当然だけど気を付けてほしい。」
花としては少々理不尽にも感じた。全力でやれという教えがあるのに、相手を殺したらやりすぎとはこれ如何にである。とはいえ、花は戦闘狂ではあっても殺人はできるだけ、というか絶対に避けたい事案ではあるので、この命令を聞かないということは決してない。
「そうなるとやはり私の課題はコントロールということですね。」
「僕はそもそもハナさんが絶対に勝てる前提で話していることが恐ろしいけどね。」
「私みたいに相手を殺しにくい必殺技でも考えるとかどう?」
「そしてクラスメートのほとんどがそう思ってしまっていることも恐ろしいんだけどね。」
そんなドロイドのつぶやきは完全に無視されて話は進んでいく。確かにアイリスの技はとても強いが狙う場所によっては相手を即死させるリスクはめちゃくちゃに低くできる。どんなときも全力で使えて、早さゆえに防がれにくく、修練によってどこまででも強さを伸ばせる可能性がある、アイリスの技はある種理想の技であると思えた。
「アイリスさんの技は完成度が高くて羨ましいです。」
「まあ、あれはアイリスさんのオリジナルではありませんけどね。」
「こら、余計なことをばらさないの。」
「・・・あれ、有名な先輩の技だから、多くの人が知ってる。」
「そうだね、先生もすぐにわかったよ。でも、再現度は相当なものだから、凄いとは思ってる。」
アゼリア、カルミア、ドロイドと実力があるものは知っているようであった。どうやら結構な数の人があれが何かは知っているのだろう。それほどに有名な先輩がいるということなのだろうか?
「でも、私の場合はそもそもああいう技を使ってもだめな気もします。」
「そもそもの魔力が高すぎますから、たしかにだめかもしれませんね。」
「せっかくの長所なのに・・・もったいない。」
「うーん、思い切って殺さないけど威力が高い、みたいな矛盾した技でも考えるしかないかもね。」
「そんな都合の良い技あるわけないと思いますが・・・」
うーんと、4人で唸ってみたもののアイデアは出てこなかった。そして、その様子を見ていたドロイドではあったが、さすがに声をかける。
「あのー、そろそろ授業に入ってもいいかい?お知らせももう終わるしいい加減に授業を開始したいんだけど。」
「おっと、これは申し訳ありません。」
「みんなもしっかり準備はしておくようにしておいてくれよ。あと、ハナさんは実習について説明するから放課後に僕のところへ来るようにお願いね。」
「わかりました。」
こうして今日の授業がいつも通りに始まるのであった。




