第33話 リニアのお兄さんについて知りました。
あれから数日、花には気になることがあった。それはリニアの様子がおかしいことだ。パッと見てもわかるようなぼろは出さないのだが、なにかを考えこんでいるような時間が多くなった。ただ、それについても花自身も考える時間が多くなっていることから、そこまで真剣には考えてもいなかった。
ただ、同じこと、すなわち人族至上主義についてのことで悩んでいるのだろうとは察しがついていた花は、思い切ってリニアと話し合いをしようと誘うことにした。
「リニアさん、よかったら放課後に二人で少しお話しませんか?最近、悩んでいることがあるでしょう。」
「なんと!お見通しでしたか。うーん、それでは少し相談させていただきましょう。」
こうして二人は放課後にいつもの修行をこなした後に集まることになったのだ。
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二人は校舎の隅にあるベンチへとやってきていた。ここはあまり人が来るような場所ではない。花の部屋とかでも良かったのだが、リニアから学校の中で話がしたいということでここでやることになった。
「それでは申し訳ないのですが、ちょっと相談に乗ってください。」
「はい、こちらから声をかけたのでもちろんです。」
「実は、私が悩んでいるのは兄のことなのです。」
おや、予想していた展開と違うな?とは思ったが、まあ、それはそれだ。花は態度には出さずに続きを聞くことにした。
「私には兄がいたんですよ。とても優秀な兄で、兄さえを追いかけていれば私は大丈夫だ、そう思ってずっと兄を追いかけていたんです。」
そういえば、以前に兄がいたということだけは聞いていたのを思い出した。
「以前にもういない、といっていたお兄さんでしょうか?」
「そうですそうです!覚えていてくれましたか。その兄のことをこの間の人族至上主義の件から思い出してしまったんです。」
「ええと、どういうことでしょうか?」
「ああ、もちろんこのままではわかりませんね。最初から説明しましょう。」
こうして、花はリニアとその兄についての過去話を聞くことになった。
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その事件は突如起こった。本当に突然のことに聖騎士学校だけでなく、多くの聖騎士に激震が走った。それは聖騎士卒業試験となる武道大会の直前に行われたとある検査によって判明した。内容は、首席候補筆頭の生徒が魔法使いであった、という驚きの事態である。
主席候補の生徒の名前はガリュー。剣聖の二つ名を持つ、伝説的な元聖騎士が初めてとった弟子ということで入学前からかなりの知名度を誇り、実力もその期待以上に高かった。同じ最上級クラスの生徒どころか、先生役の聖騎士すらも圧倒、二つ名持ちの聖騎士すらも何人も倒しており、卒業後は確実に即二つ名持ちになるとすら言われていた。
そんな生徒が魔法使いであった、という衝撃の内容に多くの関係者は驚きを隠せなかった。これの一体何がそんなに問題なのかというと、聖騎士には魔法使いはなれない、というルールが存在するからである。魔法使いは単体ではその戦闘力が完全に発揮できないことが多い。魔法使いは前衛がいて初めて力を十全に使うことができるのだが、危険の多い聖騎士の任務ではパーティーメンバーが常に全員揃っているとは限らない。さらに同じメンバーと常にパーティーを組むわけでもなく、聖騎士は単体で力を発揮しやすい戦士系、あるいは怪我を癒すことや能力の向上をもたらす奇跡が使える神官に限られていた。
そういったルールでいえばガリューという生徒は当然ルールを破ったので魔法使いであることが判明した時点で普通ならば退学になる。なるのだが、ここで別の側面の問題が出てくる。そう、彼は『剣で』強かったからである。
そう、聖騎士学校では魔法主体の戦いをする生徒はいない。つまり、ガリューはちゃんと剣で強かった。剣聖の弟子なのだがら、当然のように感じるがはっきりいうと異常事態である。戦士タイプと魔法使いや神官はそもそも身体の構造が違う。
戦士タイプは魔力を身体の中にとどめることができる。だから、人によって場所は違えど驚異的な身体能力を得ることができる。魔力によって身体を強化するということだ。
一方、魔法使いや神官は魔力を外に出すことができる。そういう言い方だと魔法使いや神官が優れているように感じるが、逆を言うと戦士タイプほど身体の中に魔力はとどめてられない。とどめようとしても操作が甘いと魔力は流れ出てしまうのだ。
だから、ガリューは常人の何十倍、いやもしかしたら何百倍も難しい技術を使って戦っているということになった。例えるのであれば、普通の戦士タイプがオートマの自動車を運転しているとするならば、ガリューは自動操縦のついていないジャンボジェットを計器類一切なしで操縦しているようなものになる。信じられないことだがそうとしか説明が付かなかった。そして、それによって聖騎士の中でも意見が真っ二つになってしまい、大きな火種となっていってしまったのだ。
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そこまで話をしたリニアから結構衝撃的な一言で告げられる。
「それが私の兄ですね。」
「あの・・・さらっと説明してますけど、お兄さんはとんでもない人だったのではないでしょうか?」
「そうですね、間違いなく歴史を変えるほどの才能だと思います。少なくとも魔法剣士としてなら既に世界最強の剣の腕でしょう。まあ、剣の腕だけならですが・・・」
「えっと、それはいったい?」
「魔法は使えませんからね。」
「えっ!そうなんですか?」
「それはそうですよ。なにせ剣の修行しかしてませんでしたから。兄自身は魔法使いなんて思っても見なかったのでしょう。だから、他の人の何十倍も難しいはずのことを当たり前にこなしていたんです。」
「それはまた極端な・・・」
普通の人なら気が付くのだろう。どれだけやっても上達しない剣におかしいな?となったのだろう。しかし、リニアのお兄さんは違った意味の才能があった。だから、どれだけ難しくてもそれをこなせてしまったのだ。だから、どんどんおかしくなっていったのだろう。
ただ、ここまで聞いたせいで花の疑問は強くなった。
「あの・・・それでこれが一体、人族至上主義とどういう関係があるのでしょうか?」
「ああ、その話はもう二つの段階の後ですね。もう少しお付き合いください。」
なるほど、まだ説明の前の前段階だったらしい。さらに花はリニアの昔話を聞いていくことになる。
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その後のこのガリューの問題は容認派と反対派で真っ二つに割れるという大問題になった。
容認派の意見としては、剣の腕で聖騎士が務められることは確実であるのに、その才能を規則だけで潰すには余りにも惜しいというものであった。これは一般的な聖騎士や最上級クラスの同級生たちも多くが賛成した。
一方で反対派の意見も理解できた。反対派の意見は、いままでの伝統は理由があって決められていたのだから、それを曲げるのであれば慎重に行うべきだというものだった。正直なところ、剣の腕がここまで凄い魔法使い、あるいは魔法剣士はガリュー以外にはいない。それは事実である。しかし、単体の戦闘力が高い魔法使い自体は当然ながらいる。それらを頑なに認めてこなかったのに剣が使えるから魔法使いを認めるのは違うのではないかということだ。
聖騎士の最高位にいる12人の騎士は容認派に6人、そして一般の聖騎士たちもこちらの味方をしていた。しかし、反対派は騎士団長が含まれる6人であり、どちらの主張にも一理あり、この話し合いはかなり激しいものになっていった。
そんなときに、突如ガリューは姿を消してしまったのだ。ガリューがいなくなったことで、この論争は意味がなくなった。そして、聖騎士たちはガリューを行方をあえて追わなかった。ガリューがいなくなることでこの争いを強引に止めようとした意思を感じ取っていたからであった。
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そこまで説明してリニアはふーと息を吐いた。
「その決定に私はどうしても納得できませんでした。兄は毎日毎日あり得ないほどの訓練を積んで、夢であった聖騎士まであと一歩でした。そんな兄がどうして聖騎士になってはいけないのか。そう思ってずっと悔しくて納得できませんでした。」
気持ちはわからないでもない。花はそう思った。リニアからしたら、兄が「魔法使いだった」なんてことには何の意味もなかったのだろう。だから、なにも納得ができなかったのだ。そして、そんななんの意味もないことで突如最も頼りにしていた家族を失うことになったしまったのだから、その怒りは相当なものだったに違いない。
「あの・・・いなくなる前にお兄さんからはなにも言われなかったのでしょうか?」
「言われませんでした。本当に突然いなくなってしまったので。私は毎日のように気にする必要などない、兄は聖騎士になるべきだ、そう言い続けていました。」
「そうですか・・・それで兄はいなくなった、ということだったんですね。」
「はい、それでここからが本題ですね。私は兄が絶対に聖騎士になるべきだと思っていました。そのために聖騎士になることにしたくらいです。」
どうしてリニアが聖騎士になることがお兄さんが聖騎士になるべきという意見とつながるのかは花にはよくわかっていなかったが、とりあえず話を遮らずに聞いていた。
「ただ、今となってはそれが盲目的な考えだったなと感じたんですよ。私にとっては絶対に正しいことだったんですが、多くの人から止められていたなーと思いだしたんです。」
なるほど、ここにきてようやく人族至上主義の話とこの話は繋がってきた。要するに、絶対に譲れない盲目的な考えの他人を見たことによって、ようやくリニア自身がずっと頑なに持っていた自分の考えと向き合うきっかけができた、ということである。
「なるほど、そういうことでしたか。」
「はい、多くの人から兄を聖騎士に推薦することは争いを生むだけだし、兄自身がどう思っていなくなったのかもわからない。そんなことを目標にするのはやめた方が良いと言われ続けてきました。」
「あの、そもそもリニアさんが聖騎士になったらお兄さんを聖騎士にできるのですか?」
「ああ、そこを説明してませんでしたね。実は聖騎士学校の卒業試験で優勝したものは一つわがままを言えるんですよ。まあ、絶対に叶うとは限りませんが、才能あるものを聖騎士に推薦した事例は多く、それは通らないわけはないでしょう。」
卒業試験に優勝がある、というのがそもそもわからないが、まあ、なんとなく事情は理解できた。リニアがその試験で優勝すれば、兄にもう一度チャンスを作れる。そのためだけにリニアは聖騎士になろうとしている、ということである。
「それは私が聞いても止めるでしょうね。」
「でしょうね。止めなかったのはアイリスさんくらいです。」
「アイリスさんが止めなかったのは意外ですね。誰よりも聖騎士に誇りを持っていそうなのに。」
「人が聖騎士になろうとするモチベーションなんて別々なんだから、そんな理由でも良い。そんな理由でもこれだけ頑張れるなら、それは立派な理由じゃない、だそうです。」
「それもアイリスさんらしいです。」
「まあ、それはともかくとして、そういったことで私は今非常に悩んでいるわけなんですよ。」
花としては考える機会になったのは良いことだろうとは感じた。たしかに、あの人族至上主義の狂気を見たら、自分がああなのかーと落ち着くことができたのだろう。しかし、一方でリニアにとって今までの考えを疑うことは致命的なモチベーションダウンを意味する。それを解決する方法は何が一番良いのだろうか、と花は考えを巡らせる。
しかし、それは思わぬ形で解決した。
「それなら、お兄さんに会いに行ってはどうだろうか?」
「リオさん!?それにバルゴさんも。お久しぶりです。」
「久しぶりだね。学校に馴染んでいるようで推薦した僕たちも安心しているよ。」
「おお!これは最高位の聖騎士がお二人も!あの・・・会いに行ってみてはとはどういうことです?」
その質問に対して、バルゴがリニアに向かって紙を差し出してきた。
「そこにガリューの居場所が書いてある。探すな、とは言われていたのだが、ある意味でとても有名になったようで探すまでもなく居場所が判明した。」
「兄が見つかったのですか!!」
「うん、だから真っ先に君に知らせに来たんだ。君の迷いはガリュー君に会うことでしか解決しない。行ってくると良い。」
紙を受け取ったリニアはしばらく考え込むのであった。




