第32話 人族至上主義という考え方を知りました。
花の家に集まった5人。花とリニアの特別実習についての話はもうかなりの時間続いているが、誰一人としてここでやめようとは言わなかった。
「ドラゴンとの戦いはすでに聞いていますが、そうなると街に帰った後にもうひと悶着あった、ということですよね?」
「はい、そこからがむしろ本番だったような気がするくらいです。」
「いや、ハナハナ。どう考えてもその街の精鋭たちをみんな倒したドラゴンと、ギルドマスターがいるとはいえその街の一部の冒険者たちだったら、ドラゴンの方がやばいに決まってるじゃん。」
「そうですよね。普通ならそれがわかると思うんです。」
「・・・はて?どういうこと。」
ここから花とリニアは街についてからの事を話し始めた。
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街に戻ってきた花とリニアは入り口で待っていた冒険者たちに連れられてすぐさま冒険者ギルドへと連れてこられた。そして、ギルドマスターが来るまでの間しばし待たされることになったのだ。
「おお、無事に帰ってきてくれて嬉しいよ。それで、ドラゴンはどうなったんだ?」
急ぎ足でやってきたギルドマスターが着席する前、すぐに二人へと声をかけてきた。
「退治には成功しました。」
「おお、やってくれたのか!!ありがとう。本当に助かったよ。それで死体はどうしたんだ?」
「退治はしましたが、ドラゴン自体は逃げてしまったので遺体はありません。」
「そ、そうか・・・いや残念ではあるが、仕方ないか。嘘はついていないとは思うが、調査用の映像記録は取ってきてくれたんだろ。それを提出してもらえるか。それを確認したらすぐに報酬を支払わせてもらうよ。」
「はい、それではこちらですね。」
花はギルドマスターに映像記録を撮る魔法道具を返却した。それを受け取ったギルドマスターは部屋へと戻っていった。
「さて、ここからどういう展開が待っているのでしょうか?」
「さあ?碌なことにならないということだけは保証しますよ。」
それからはかなりの時間を待たされることになった。映像の確認に時間がかかることは理解していたので、仕方ないかとも思ったが、それを考慮しても余りにも長い時間待たされている。
「ハナさん、気が付いていますか?」
「いえ、どうしましたか?」
「冒険者ギルドから人がいなくなっています。それも不自然なほどに。」
そういわれて辺りを見渡すとたしかに人がいなくなっている。職員も見当たらないし、さっきまで普通に周りにいた冒険者たちも今は誰一人いない。
「これはどういうことでしょうか?」
「わかりませんが・・・想像は難しくありません。そろそろだということでしょう。」
リニアの言葉通り、それから間もなくしてギルドマスターが二人の元へとやってきた。その表情はかなり険しく、どうやら相当にご立腹のようである。
「いったいあれはどういうつもりだ!!」
「あれは、といわれてもどれのことでしょうか。」
「お前らドラゴンを殺せたのにわざわざ逃がしたんじゃないか。あれほどの人間を殺したドラゴンをどうして殺さなかったんだ。仇を討ってくれると期待していたやつらに申し訳がないとは思わねえのか!!」
ギルドマスターが声を荒らげるが、二人からしたらどこ吹く風である。なぜなら、こうなることは予想済みだったからだ。
「何を言ってるんですか?その人たちの仇だったら、私たちの目の前にいるじゃないですか。」
「それはどういう意味だ!」
「言葉通りです。聖騎士から正式にドラゴンには手を出すなという命令が来ていたのを無視してあなたがドラゴンの討伐隊を向かわせたと教えてもらいましたよ。それを何を都合よく相手のせいにしてるんですか。」
「俺は必要なことをしただけだ!あんなドラゴンをこの街の近くにいつまでものさばらせるわけにはいかないだろうが!!」
「ですから、その結果多くの人が亡くなったのだとしたら、それはあなたの責任でしょう?といっているのですが・・・」
「どうやら、まともに話をする気はないらしいな。それならそれでいい。おい!出てこい!!」
ギルドマスターが合図を出すと入り口から完全武装した冒険者たちがなだれ込んできた。どうやら二人が待っている間に集められたようである。
「やっぱり聖騎士なんて連中を信じるんじゃなかったよ。あんなドラゴンのようなくそみたいな動物の為に我々が苦労した思いを踏みにじろうなどと言語道断だ!」
「あの・・・古き龍を殺せばもっとこの街が危険になるということは理解しているのですよね?」
「それが一体どうしたっていうんだ?あいつらが群れで襲ってくるっていうなら、聖騎士どももやっと自分たちが間違っていたとわかるだけさ。そうして責任を取ってこの街をしっかりあのくそドラゴンたちから守ってくれる。」
何を言っているのだろうか?正直二人にはギルドマスターが何を言っているのかさっぱりわからなかった。
「そうならないようにした警告を無視した相手をどうして聖騎士が助けないといけないのでしょう?」
「聖騎士は人間を守るためにいるんだよ。そもそも今回のドラゴンを殺しに来ないことも間違っているんだ。まあ、それについてはたしかに街に直接の危険はないと言われたらそうかもしれないからな。寛大な俺たちはその決定に我慢した。だが、街が襲われるとなったら来るのが当たり前だろうが。」
「聖騎士をどういうものだと勘違いしているんでしょうかね。呆れてものも言えません。」
リニアはやれやれと首を横に振った。その様子にギルドマスターを含めた多くの冒険者たちが殺気立ってきた。
「そもそもの話として、どうして襲ってこないドラゴンを退治しようとしたのですか?」
「いるだけで迷惑なんだよ。それは最初にあった時にも説明しただろうが。」
「でも、すぐにいなくなるとわかっているわけでしょう。」
「そうだ、つまりそれまでに退治できなかったら、あのくそドラゴンに人間が勝てなかったように思われるだろうが。そんなことはあってはならないんだよ。その威厳を守るために多くの犠牲が既に出ているんだ。仇をなんとしても取らないといけない・・・それをお前らが!!」
ギルドマスターが話の途中で襲い掛かってきた。巨大な斧を二人にめがけていきなり振り下ろす。ただ、聖騎士見習いや聖騎士の講師たちの戦っている二人にとってはそれほどの脅威にはならなかった。あっさりとその一撃を躱して見せる二人。
「良い動きだな。だけど、この人数差だぞ。おとなしく罰を受けろ。そうすれば、殺すまではしない。聖騎士学校へぼろぼろにして送り返してやるよ。聖騎士への見せしめのためにもな!」
周りの冒険者たちも完全武装。人数は100人を超えるかもしれないくらいのかなりの人数である。その様子を見た二人は酷く落胆していた。
((こいつらは・・・あほだ・・・))
一斉に襲い掛かってくる冒険者たち。しかし、そこから始まったのは戦いではなく無慈悲な蹂躙であった。
襲い掛かってくる冒険者たちがどれほど自分たちに自信があって、どんな勝算があってこの行動に出たのかはわからない。だが、結果は散々なものになった。
最初こそ背を合わせてお互いの死角を潰しながら襲い掛かってくる冒険者たちを迎え撃っていた二人ではあるが、冒険者たちが自分たちよりもかなり実力が劣ることを確認すると、二人は即行動に移した。周りの冒険者たちへと突撃し、次々になぎ倒していったのだ。
「こいつらは・・・ぶげっ!!」
「な、なんだよ。こんな動き・・・人間じゃねえ!!ぐはっ!!」
多くの冒険者が攻撃どころが何をされているのか理解できないうちにやられていく。その様子を見ていたギルドマスターはみるみるうちに青ざめていった。
「こ、この人数差でなにをやってんだ!一斉に武器を投げつけるなりしろ!」
「あの速さにどうやって攻撃するっていうんですか?」
「それにそんなことしたら同士討ちになりますよ。」
今更ではあるが、二人にはこうなることはわかっていた。この冒険者たちはあのドラゴンに勝てないから、他の強者を依頼で呼び寄せようとしたのだ。そのドラゴンを倒した強者である二人相手にこの冒険者たちが勝てるどおりがない。冒険者よりもドラゴンは強く、ドラゴンよりも二人は強い。当たり前すぎる構図なのだが、それにこの冒険者たちは気が付くことができなかった。
そして、あっという間に動ける冒険者は数えるほどにまで減ってしまった。残った冒険者たちはギルドマスターのそばにいる数名というところである。
「本当に愚かすぎますね。ドラゴンを倒した私たちに勝てるわけがないでしょう?」
「それがわからない人たちなんですよ。すみません、待機はしていたのですが必要なさそうでしたので。」
「て、てめえは!」
そこにいたのは騎士を引き連れた領主であった。倒れている冒険者たちは騎士たちによって捕縛されていく。
「その人たちは人間が最高の生物だと考えているんです。だから、ドラゴンが自分たちを倒せたのはあの魔力による遠距離攻撃に対処できる力がなかっただけだ。と事実を曲解してしまっているんですよ。」
「当然だ。あんなでかいだけのトカゲに接近戦なら負けるわけないだろ!卑怯な攻撃をしてきたのに対処できなかっただけだ。」
「それをさせないのが賢さだと思うのですが、それすらも理解できてないんですねぇ。」
「そもそも私の戦いを映像で確認したのでしたら、そんなもの関係ないとわかると思いますが。」
「理屈じゃないんですよ。その人たちにとってはね。ほら、連れて行ってください。今回は言い逃れさせませんよ。」
「くそ!俺はただこの街を、人間を守るために必死に!後で後悔するんじゃねぇええぞおお!!」
暴れまわるギルドマスターではあったが、多勢に無勢。騎士たちがすぐさま押さえつけ、そのまま捕まえていった。
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その後、冒険者ギルドの一室で領主と話をすることになった花とリニア。二人にはどうしてもあのギルドマスターが愚か者にしか見えなかった。しかし、そのことについては領主が説明してくれた。
「ごたごたに巻き込んで申し訳ありませんでした。依頼はこちらが手配して解決したものとし、報酬も色を付けてお支払いします。」
「それはとてもありがたいのですが・・・それよりも一つ聞きたいことがあります。」
「ギルドマスターがどうしてあれほどおかしな行動をとっていたのか、ということでしょうか。」
「はい、理屈というものが全くあっていないように感じました!あれはどういうことなのでしょうか。」
「お二人は若いのでもうあまり知らないのかもしれませんね。人族至上主義という考えが昔は当たり前でした。」
人族至上主義。200年ほど前の話になるが、その頃は世界で一番力を持っていたのは人間であった。他の種族に比べて圧倒的に環境に適応する能力が高い人間はどんな土地にも生存範囲を広げ、種族としては他の種族の何十倍~何千倍ともいえるほどに数を増やしていった。
その結果、人間は他の種族を見下し、世界の全ては自分たちのものである、という驕った考えにいきついた。そして、それを止められる種族はいなかった。
水の中を得意とする種族が人間に立ち向かった。人間は膨大な人数の魔法使いを動員し、水を操る種族から水を全て奪い取って滅ぼした。
土の中に隠れる種族がいた。鉱石を求めた人間たちは地下すらも侵略し、その種族たちを全て滅ぼした。
数百年もの間、ずっと一つの土地に根付いて生きていた凶悪なドラゴンがいた。優れた力を持つ人間をかき集めて、ドラゴンは1晩にして数百年の命に幕を閉じた。
「数、そして対応力。この二つが人間にとっては圧倒的な武器でした。人間の魔法は神から借り受けられればどんな種類でも使える。そのおかげで人間は他の種族に比べてどんなことでもできましたからね。」
「しかし、今はそういった亜人との関係も良好になっていますよね。今では亜人に差別的な扱いをするのは禁止されています。」
「ええ、ただ、それを受け入れられない人々がいるんですよ。200年以上も経ったというのにね。」
「ギルドマスターはそういう類の人だった・・・ということですね。」
「ええ、あの人たちに正義感がないわけじゃない。むしろ、強い正義感があればこその行動なのでしょう。あれほどのレベルになるともはや一種の洗脳状態といえるのかもしれません。」
花にとっては全く理解できないが、後に花は聖騎士の活動を通して、そういった人間がいるのだということを身をもって知っていくことになるのである。




