第31話 ドラゴン退治の裏側はとんでもない事態でした。
授業が終わり、いつもならば放課後に修行をしているのだが、今日に限ってはノルマだけやって早めに切り上げることになった。別に今日くらい休んだらいいと思うのはカルミア、アゼリア、リニアの3人。逆に、どうしても修行を行いたいといったのは花とアイリスである。2人からすれば、毎日やっていることをやらないというのは相当気持ち悪いことらしい。
修行も終わり、5人は花の借りている家へと集まった。話は長くなることが予想されたため、ゆっくりと話せる場所でしよう、ということになったからだ。
そうして、まずは3人に依頼を受けた経緯。そして、それがおそらくはアンファーの仕業であることを説明した。
「可能性としては十分にあり得そう・・・」
「ただ、証拠がありませんし、今の段階ではそれ自体は悪いことではあっても罰することではない、そう感じます。」
「そうですね、これだけならそうだと思います。ですので、ここまではあくまでも経緯だと思ってください。」
「じゃあ、本題はドラゴン退治ってこと?でも、ドラゴン退治は成功したんでしょ。」
「ええ、幸いにも、次はそちらについて話しますね。」
それから花とリニアはドラゴンとの戦いについて説明することになった。ある意味では魔力の高さでごり押しした形ではあるが、これについては花も恥じるところはなかった。格闘技で戦えるような相手ではなかったし、ちゃんと力を使いこなしての戦いだったからだ。
「もうむっちゃくちゃじゃない。ドラゴンに魔力のぶつかり合いで勝とうとしたってどういうこと!っていうけど、まあ勝ってるからいいのかな。」
「その後が問題でした。」
さらにドラゴンを治療したこと、ドラゴンが移動したこと、そこでドラゴンが回復し子供を見せてくれたことなどを立て続けに説明する。
「じゃあそのドラゴンは本当に古き龍!」
「アゼリアさんは知っていたんですね。」
「え、ええ、母はそういうことに詳しかったから。でも、それならそもそも討伐の依頼なんて出るわけがない。聖騎士が絶対にそんな依頼を了承するわけがありません。」
「そうらしいですね。そもそもそこからおかしかったそうです。」
古き龍と呼ばれるドラゴンは知能を備えている。これは公式的な見解である。古き龍と呼ばれる種族は人間や亜人と変わらない知能を持っているのだが、亜人とは認められていない。亜人の条件が意思疎通ができることになっているからだ。
この世界では意思をもって声を出せば、勝手に相手に伝わるように翻訳されるようになっている。魔力による自動翻訳とでもいうべきものだ。だから、この意思疎通ができるというのは知能を持っている明確な証拠になる。そのため、動物的な特徴を強く持っている獣人でも意思疎通できるなら亜人とされる。その一方で意思疎通ができるものの、考え方違いすぎて共存ができない種族は敵性亜人と呼ばれることになる。
話を戻すが、古き龍は言葉を話はしない。だから、昔は他のドラゴンと変わらず野生動物と考えられていた。しかし、それが間違いであるということが徐々にわかってきたのだ。
「古き龍はどう考えても人間と同等、あるいはそれ以上の知恵を持っているとしか思えない行動を数多くとっています。そこから、今では古き龍は知能がないのではなく、発声器官が全く存在しないのだ、と考えられているのです。」
そう、声が出せないのであれば、もちろん明確な意思疎通は不可能になる。ただ、多くの行動から知能はあるものだと、今はそう考えられているのだ。
「それでさ、その子供を作るのが古き龍の特徴なの?」
「正確にいうなら、子供の作り方が、ですね。」
古き龍なのかただのドラゴンなのかを見極める方法は一般には広まっていないのだが、聖騎士や大きな国といったところではちゃんと研究されている。その一つが、魔力が集まる地脈にて自分の分身を作ることで繁殖するというものがある。
「すごい当てはまってるね。」
「じゃあ、それって最初から聖騎士側から大丈夫だって連絡いってたんじゃないの?」
「ええ、いっていたようです。だから、あんな依頼が出るわけなかったんです。」
「どういうこと?」
「つまり、ギルド長が関わっていたんですよ。いやー、道理であんなおかしい冒険者たちが集まっているわけでした。」
「そ、そんなやばい事態だったの!いや、それを楽しそうに語るのはおかしいってリニアは。」
こんな状況でもリニアはなぜかとても楽しそうであった。その様子に4人は少し楽しくなってきてしまったが、そんな場合でもない。気を取り直して、その後のことを花はさらに詳しく語っていった。
「ただ、幸いだったのは、このことをドラゴンと戦う前に聞くことができたんです。」
「運が良かったね。」
「はい、本当に偶然でしたから。」
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「君たち、ここでいったい何をしているんだ?この森は立ち入り禁止になっているぞ。」
声をかけてきたのは若い騎士であった。おそらくだが、森のドラゴンを監視している騎士なのだろう。状況を説明しようと花は騎士に返事をする。
「はい、知っています。そのドラゴンの調査を依頼されました。」
正直なところ、戦う気満々ではあったが、依頼内容は一応調査である。いや、もうここまできたら討伐になるんだろうが、一応はそういうことで伝えておく。
「調査って、相手はドラゴンだよ?そもそも近寄ること自体を領主様が禁止しているし、聖騎士からもそういう風にお願いされてるんだ。一体、君たちが何を調査するっていうんだい?」
どういうことだろうか?花とリニアからするとわけがわからない状況になってしまった。そもそも、この依頼は領主か、それに近しいものからの依頼だとばかり思っていたが、そうなると話がまるで変ってくる。
「あの・・・そのあたりもう少し詳しく聞けませんか?」
「いや、君たち調査に来たんだろ?そんなことも知らずに調査って・・・ははーん、君たち冒険者ギルドの回し者だね。」
「回し者というのかは知りませんが、冒険者ギルド経由の依頼で来てはいます!」
「いや、それ今絶対に言っちゃいけないことだと思うよ。・・・ということはこの状況も何も聞かされていないってことか。これはちょっとこっちとしても話を聞かないとまずいな。私はここの領主様に使えている騎士でジョンという。済まないが、ちょっと話を聞かせてもらえるかな?」
こうして、騎士のジョンとの情報交換が始まったのである。
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「それじゃあ、そこでたまたまおかしいことがわかったんだ。ラッキーだったね。」
「それがなかったら一体どんな事態になっていたことか。」
「それから私たちは領主と通信を繋いでもらって状況を説明しました。話の通じる領主様でとても話が早かったですね!」
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花とリニアは自分たちは聖騎士学校の所属であり、聖騎士見習いとしての活動の一環でここに来たことをジョンに説明した。最初は疑っていたジョンではあるが、花とリニアの魔力を見ると話を聞いてくれた。その後、こういう場合に身分を証明するために持っている生徒用の勲章を見せたところ、速やかに領主へと連絡を取ってくれた。
「なるほど、君たちが聖騎士学校の生徒であることは間違いないようだ。君たちが見せてくれた依頼書も間違いなく冒険者ギルドが正式に出している依頼で間違いない。」
「そうなると、この事態は冒険者ギルドが関わっているということでしょうか。」
その言葉に領主は唸りながら頭を抱えた。そして、覚悟を決めた表情を見せると、ゆっくりと語り始めた。
「冒険者ギルドが関わっているのは間違いない。そして、その中心人物はギルドマスターだ。そのくらいの権限がなければ、このような虚偽依頼が通るわけがない。」
「あのギルドマスターが!」
「そう考えるとあの冒険者たちも理解できますね。私たちのやる気を刺激するためだったんでしょう。やり方がありとあらゆる面で姑息ですね。」
そういえば、リニアはあの冒険者たちが変だと言っていた。なるほど、たしかに住民たちが困っているというイメージを植え付けられていたなと花は思った。
「でも一体何の目的があったのでしょう。」
「理由はいくつか思いつくが、おそらくはドラゴンを討伐したいというのは間違いないだろう。ギルド長は街を守ろうとする正義感のある人物ではあるんだ。だから、今までも多くの問題を解決している。」
「しかし、古き龍を殺してしまえば街は危険にさらされるのでしょう?」
古き龍の対応が難しいのは知能があることに由来する。知能がある、つまり仲間が殺されたことを理解してしまう。以前に古き龍を討伐した国が古き龍の群れに滅ぼされたという話は多くの人が知っており、そこから古き龍は知能があるのではないか、という研究が始まったのだ。
つまり、このドラゴンが本当に古き龍ならば殺してはいけないのだ。その方が何倍もの危険をこの土地にもたらすことになってしまう。いったんは平和が訪れるのだろうが、古き龍の仲間にここに来たドラゴンが死んだことが伝わった時点でこの土地は間違いなく滅びの運命をたどるだろう。
「そのあたりはこちらでもわからないな。とりあえず、君たちにお願いがある。これについては領主の名をもって正式に依頼しよう。あのドラゴンが本当に古き龍かを調べてほしい。調べるだけで良いが、攻撃しないといけないと判断したらもちろん戦ってもらって構わない。」
「その条件で良いならこちらはやることも変わらないので構いませんが・・・」
「ただ、二つ条件がある。一つはドラゴンを殺してはならない。殺すくらいなら逃げてくれ。」
「ここまでの話を聞くとそれは当然でしょう。わかりました!」
「もう一つは、ドラゴンが鎮座している場所には攻撃しないでくれ。もしもそこに子供がいるのであれば、それも殺してはまずい。」
「なるほど、承知いたしました。」
「そういえば素朴な疑問なのですが、戦ってもいいのですか?領主様の騎士たちも戦いを挑んだ、と聞いておりますが。」
リニアの疑問も当然である。そもそもそれだけ危険な相手だとするならば、戦うことは構わないというのはどうなのだろうか。
「あれもギルド長が勝手にやったことなんだよ。先ほども言ったが、ギルド長はかなり信頼はある人物だ。彼を信じる冒険者や騎士たちで討伐隊を組んでドラゴンを攻撃した。」
しかし、そうなると違う疑問が浮かんでくる。その攻撃部隊はほとんどが全滅した、そう聞いている。そうなったら、その責任をギルドマスターは取らされたりしなかったのだろうか。
「あの、それほどのことをしたのでしたら、普通は何かしらの罰を受けるのではないでしょうか。」
「前回に関しては逃げられた、としか言いようがないな。こちらの騎士を引き込んでいたことから、領主の命令があったと嘘をつかれた。残念だが街の人たちはそちらを信じてしまって、言及できなかった。さらにうまいのは、領主を恨んだりはしていない、ともに街を守るために行動していると表明されてしまったんだ。」
「なるほど、そこまでされてはギルドマスターに手を出したら、住民からの抗議がありそうですね。」
「だが、今回はそうはいかない。これは明らかな虚偽依頼だ。君たち聖騎士学校の実習で来ていると言っていたね。そうだとしたら、これまでの行動を何か記録に残してはいないか?」
「それなら映像記録の魔法道具で全部残してあります。こういうのは基本ですから。」
どうやら、知らないうちにリニアがフォローしてくれていたようである。ありがたい話ではあるが、花としては先に説明してもらいたかったなとは思った。
「よし。それさえあれば、今度こそギルドマスターを押さえられるだろう。それじゃあ、それはそこにいるジョンに預けてもらってもいいかい?ドラゴンの調査が済んだら街で落ち合おう。ギルド長やその周りの冒険者たちを全て捕まえる。」
「わかりました!お任せください!」
「頼もしいね。ただ、油断はないように。相手は知恵のある生き物であることを忘れてはならないよ。」
「はい、ありがとうございます。」
こうして、領主との打ち合わせも終わり、花とリニアはドラゴン退治へと向かったのであった。
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「本当にこの出会いがあってよかった・・・」
「もしも何も知らずに古き龍を殺してしまっていたら私たちも責任を取らされていたのでしょうか?」
アイリスはしばらく考え込んだ後に答えた。
「おそらくですが、虚偽依頼があってのことですので、それほどの罰にはならないのかもしれません。ただ、今後の聖騎士生活で後に言及される問題にはなります。」
「正直、そんなことよりも街が滅んだら、私は嫌ですけどね。」
深く考え込んで答えたアイリスの言葉よりも、リニアの率直な感想の方が的を捉えていたかもしれない。
「そうですね、本当にそうだ。」
特に花はその言葉に納得するのであった。




