第30話 念願だったドラゴンとの戦いは苦い思い出になりました。
急激に高まるドラゴンの魔力。なにかをしてくるのはわかっている。本当にしっかりしている聖騎士ならば、この時点で一旦逃げる判断をするのだとは思う。だが、花はワクワクしていた。一体、どんなことを見せてくれるのかを期待せずにはいられなかった。
そして、その瞬間は割とすぐに訪れる。当然ではあるが、花は間合いをすでに詰めていっている。強制的に間合いを取ろうとしたということは接近されると困る理由があるからだ。ただ、それは結果的には間違った判断になった。
高まった魔力がドラゴンの口へと集まり、先ほどの数倍の魔力の塊が出来上がっていくのがわかる。今度は隠そうともしない。つまり、隠さなくても良いほどの攻撃であることが花には予想できた。
刹那、花は辛うじて発射された魔力の塊を避けることに成功した。そして、その魔力の塊は轟音を響かせ、地面をえぐり取った。
(受けなくて正解でしたね。)
先ほどと同じつもりで受けていたら腕が吹き飛んでいたかもしれない。そして花は、間合いを詰めすぎたことを後悔した。
先ほどとは違い、ドラゴンはその魔力の塊を連射してきたのだ。この連射が何連発まで可能なのかはわからない。おそらくは先ほどの魔力の高まりは、その準備期間であったのだろう。しかし、あの膨大な魔力ではどれくらい連射可能なのかは想像できなかったのだ。
そして、最悪なのは迂闊に距離を詰めてしまったことだ。どうやら、ドラゴンであってもさすがにあれほどの魔力の塊を打ち出しながら移動はできないようである。つまり、距離を話していればそれだけ対処の方法があったのだ。
10発ほど避けた花ではあるが、徐々に追い詰められていた。このままでは直撃を免れないだろう。そうなったら、最悪即死もあり得るほどの攻撃だ。ただ、そんな中で花には一つの疑問があった。
(これほどの魔力をどこから用意しているのだろう?)
普通の人間ならばドラゴンの魔力が桁違いなのだろうで解決する疑問ではある。しかし、花の場合はそうはならない。なぜなら、最初にドラゴンの魔力がどのくらいなのかを魔力視で視認しているから。その魔力量から考えるに、こんな攻撃をずっと放てるわけはない。
そんな余計なことを考えていたからなのか、花はついに攻撃によってバランスを崩してしまった。この体勢からでも後1発ならば避けられるだろうが、次は相当無理な体制になってしまうため、避けられるかがわからない。
だが、ドラゴンはその隙を逃してくれるほど甘くはない。まだ余裕があったのか、ドラゴンは魔力の塊を吐き続けてきた。そうして、なんとか次弾は躱した花ではあるが、ついに直撃を受けてしまう。爆散する魔力によって周りには土煙が舞い上がり花の様子は確認することができなくなってしまう。
「ハナさん!!」
慌てて、駆け寄ろうとするリニアではあったが、すぐさまドラゴンはリニアに向けても魔力の塊を吐き出してきた。
「おっと!」
距離が遠かったおかげで普通にリニアは避けることができたが、これでは花に近寄ろうとすると危険かもしれない。
しかし、そんな心配は杞憂に終わる。土煙の中から花が飛び出してきたからだ。
魔法道具・結界石、本来は魔法道具に込められた魔力によって魔力による障壁を作り出せるという魔法道具である。しかし、これにはさらなる使い方がある。自分の魔力を追加で流し込むことで結界の防御力を魔力でブーストできてしまうのだ。有り余る魔力がある花はこの魔法道具によって直撃した魔力の塊を完全に無力化していた。
突如飛び出してきた花に対して、驚いた様子を見せたドラゴンではあるが、すぐさま冷静さを取り戻す。花はさらに間合いを詰めてしまっていた。つまり、ドラゴンにとってもさらに狙いやすくなってしまったということだ。
先ほどの威力では倒せないことを悟ったのか、さらに魔力を溜めていくドラゴン。どうやら連射ではなく、一発の威力型に切り替えてきたようだ。この距離ならば外れない、そういう自信も感じ取れた。
「普通に考えたら止めるべきなんでしょうが・・・ここは信じますよ、ハナさん。」
ドラゴンの眼が花を睨みつけた瞬間、ついに最大威力の魔力の塊が放出される。威力も速度も先ほどまでのものの何倍もの凄まじいものである。しかし、この勝負は花に軍配があがった。
「はああ!!」
花の手甲が強烈な光を放つ。そのまま正拳突きを放つとそこから魔力が強烈な勢いで射出される。
「魔力正拳!!!」
手甲から打ち出された魔力は、ドラゴンから打ち出された魔力の塊をあっさりと打ち砕いた。さらに、ドラゴンの近くへ進むと、今度は見えない壁にぶち当たったが、それすらも軽々と打ち砕いた。そして、魔力正拳はドラゴンの身体へと深くめり込み、そのままドラゴンを数十メートル吹っ飛ばした。
「おお!やりましたね!!!」
すぐにリニアが駆け寄ってくる。さすがのドラゴンでもあの一撃を直撃されれば、良くてひん死の状態であろう。二人で吹き飛んだドラゴンを確認に行ったが、やはりすでにドラゴンは起き上がれないほどのダメージを受けていた。
「さて、ここからどうしましょうかね。」
「そうですね。まだ戦う意思があるようならとどめを刺すしかないでしょうが・・・」
様子をうかがう二人を見て、ドラゴンはのっそりと動き出した。しかし、魔力正拳が相当に聞いているようで、素早い動きはできそうにない。逃げる意思も戦う意思も感じ取れず、ただ、二人に対して土下座するかのように首を垂れてきたドラゴン。そして、そのままドラゴンは動くことはなかった。
「これは・・・どういう意思表示でしょうか?」
「降伏で良いのではないですかね。」
「ふむ、生殺与奪をこちらに託してきた、そういうことだと?」
「はい、危険かもしれませんが、治療しましょう。このままではどのみち死んでしまうかもしれない。」
ドラゴンの肩口には大きなへこみができており、かなり無残な傷となっている。ここに魔力正拳があたったのだろう。ここの治療だけでもしないと、ドラゴンはそのまま死んでしまいそうであった。とりあえず、治療薬を傷にぶっかけて、そこの傷だけでも癒してあげることにした。
「結局、ハナさんは先ほどあった騎士の方を信じるのですね。」
「そうですね。総合的はその方があり得るでしょう。」
「ですね。あの方はここの領主の直属のようでしたし。」
魔力は元に戻らないが、一番大きな傷はとりあえず塞がった状態のドラゴン。すると、二人を気にしつつ、ゆっくりと最初にいた場所へと戻っていった。とりあえず、逃げる意思がない様子なので、二人もその後に続くと、最初にドラゴンがいた位置にはドラゴンが守っていたものが残っていた。
「本当に子どもがいますね。」
「これで本当のことを言っているのは先ほどの騎士の方で確定ですね。」
「そう考えるべきでしょう。」
「こうなると、ますますどうましょうね、このドラゴン。」
二人で話していると、ドラゴンに異変が起こった。先ほどまでほとんど残っていなかった魔力が復活し始めているのだ。
「これは!!」
ここまで近づけば魔力視でわかる。ドラゴンは地面から魔力を吸収していたのだ。どうしてドラゴンは動かなかったのか。それは魔力を吸収できる場所から動きたくなかったからだった。
「このままだと完全回復されますよ!今のうちになにかしますか?」
「・・・いえ、大丈夫でしょう。」
花はなんとなく大丈夫だろうと考えていた。魔力を吸収できるポイントは少なくとももう一か所はある。先ほど、魔力の塊を吐くために陣取っていた場所だ。そこに戻るのではなく、あえて子供見せてそこで回復を始めた。つまり、もう戦う意思はドラゴンにはないだろうと感じ取ったのだ。
完全ではない様子だが、魔力が満ちたことでかなり回復したドラゴンではあるが、やはり二人には攻撃してこない。そして、花の様子をずっとうかがっていた。
「もしも・・・もしもこちらの言葉が理解できるのであればお願いします。あなたがここにいることで人間は怯えています。ここから動くことはできませんか?」
その言葉をドラゴンが理解したのかはわからない。ただ、まっすぐに瞳を見つめて話しかけた花の意思を感じ取ってくれたのか、ドラゴンは子供を魔力でくるみ上げるとそのまま咥えて移動しだした。そして、木が少ない場所へと移動すると、翼を広げて空へと舞い上がった。気が付くとドラゴンはいなくなっていた。どうやら、とんでもない速度で飛び去って行ったようである。
「おそらくですが、あの移動速度に耐えられるようになるまでは子供を連れていけなかったんでしょう。」
「ふむ、そうなると、どのみちほおっておいても、もうすぐいなくなっていたかもしれませんね。」
「その段階までは成長していたということですから、そうなるでしょうね。さて、かえって話を聞きましょう。」
「そうですね!後始末もしっかりして帰りましょう。」
こうして二人はドラゴンを退け、街へと戻るのであった。
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ドラゴン退治から15日後、実技実習も終わり久しぶりに全員が教室へと集まってきた。花やアンファーの特別実習組は1週間という期間ではあるが、他の遠方へと赴いた組は行き来にも時間がかかるため、授業の再開はドラゴン退治から数えると15日後であった。
「やあやあ、みんなが無事に課題をクリアーしてくれて先生は鼻が高いよ。特に特別実習の二人はとても良い成績を残してくれたようだね。」
その言葉にみんなが拍手を送ってくれるが、正直花の顔は全く明るくはなかった。その様子を不思議に思ったのはアイリスだ。
「どしたのハナハナ。せっかく良い成績って言ってもらってるのに機嫌悪そうじゃん。」
「ええ、とても素直に喜べるようなものではありませんでしたので。」
「なに、そんなまずい失敗でもしたっていうの?」
「いえ、結果的には失敗しませんでした。ただ、あくまでも結果的には、です。」
「なに、どういうこと?」
わけのわからないことをいう花に対して頭にハテナマークを浮かべるアイリス。事情を説明したのはドロイド先生であった。
「あー、ハナさんたちは一歩間違えれば国を危険にさらすような事態だったんだよ。ただ、ハナさんたちの判断で事態は解決した。虚偽依頼もあって、本当に危険な事態だったね。」
「それは・・・笑いごとではなさそうですね。」
「本当に危険・・・」
クラス中がざわざわするなか、一人だけニコニコとしている人物がいる。
「ですが、そんな依頼を完璧にこなして良い成績を出すとは本当に素晴らしいですね。」
「ええ、本当に良かったですよ、あなたの思い通りにならなくて。」
「おや?それはどういう意味でしょうか?」
「いえ、なんでもありません。少なくとも私はそう思っているだけですので。」
「そうですか。いやはや、それは誤解ですよ。たまたま私では解決できないと判断した依頼があれだけだったというだけですから。」
「そうでしょうか?」
「ええ、たまたまですよ。」
「違いますよ、アンファーさんなら私よりもうまく解決できたでしょう?と聞いているんです。」
その言葉に初めてアンファーは言葉をつまらせた。依頼を残したことが偶然である、ということであればなんの動揺もなく嘘をつきとおしたことだろう。しかし、そうではなく花はアンファーがドラゴンを討伐できただろうというのだ。その言葉はアンファーにとって最も想定外の返しだったのだ。
「それはずいぶんと過大評価をいただいているようですね。」
「そうですか。それでしたらそれでも結構。最初に言った通りで、私は勝手にそう思うだけですから。」
二人の様子は明らかにおかしなものである。特別実習がなにか関わっているのは明らかだが、詳細がわからない他のみんなにはなにも言葉が出てこなかった。
「なんか気になる。ハナハナ、後で何があったか教えてね。」
「はい、みなさんにも聞いておきたいこともありますので、こちらのお土産話も聞いてください。」
やっといつもの笑顔に戻った花にアイリスはちょっと安堵した。しかし、いったいどんなことがあったというのか、一緒にいかなかった3人はとても気になってしまった。この後、その話を聞けるようではあるが、どんな話が飛び出してくるというのだろうか。
花はようやく念願のドラゴンとの戦いを経験できたのだが、その結末はとても苦いものになってしまったのである。




