第29話 念願だったドラゴンとの戦いが始まりました。
体力も魔力も回復できているし、体調は万全といえる。用意できる準備はできる限りやっておいた。緊急用の回復薬もいくつか持ったし、撤退するときのために特殊な煙幕や結界を張れる魔法道具も用意した。
実はこれらのアイテムは聖騎士国を出るときに既に用意はしてあった。これだけでもかなりの出費になってしまったが、聖騎士国を出る前にこれらの準備だけはちゃんとしておいたのだ。
「使わなかったら置いておけますし、用意するのは用意しておきましょう。」
たしかに準備はしておくべきだ。人生はゲームのようにコンティニューがあるわけじゃない。そうだとするならば、こういうところに妥協をするべきではないだろう。
花とリニアは準備を完了し、出発前にギルドマスターから情報を貰うために冒険者ギルドへと立ち寄った。すると、そこには大勢の冒険者たちが集まっているようだった。
「これは一体?」
「おはよう。どうだ、体調は整ったか?」
「はい、準備は整いました。それで、今日はずいぶんと冒険者ギルドは朝早くから賑やかなんですね。なにかお祭りでしょうか?」
「そんなわけないだろ。お前たちの見送りだよ。」
「おお!それはわざわざありがとうございます!」
リニアは楽しそうだが、花としてはどうしてだろうか?という疑問が先に浮かんでしまう。その様子を察したギルドマスターから説明が入った。
「昨日からずっと情報を集めていたんだがな。その様子を気にした冒険者に気が付かれてしまってな。それで、多くの冒険者たちが見送りに集まってくれたんだ。」
「そうだったんですね。」
「みなさーん!わざわざありがとうございます。」
「それで、情報はなにか集まりましたか?」
「正直、役に立つレベルではないけど、ひとつだけ集まった。」
ドラゴンの特徴、それは戦闘中にその場からかたくなに動こうとはしないということであった。
「これについては意味があるのかわからねぇ。ただ、騎士たちの討伐隊を全滅させた時も遠距離攻撃のみで一歩も動かなかったそうだ。その攻撃もよくわかっていない。ただ火事とかにはなっていないし、シンプルに圧縮した魔力の塊じゃないかと推測されている。」
そうなると攻撃の正体すらもわからないほど騎士たちは圧倒されたのだろう。それほどの実力差があったとすると動かないことは意味があるのか判断しづらくなってしまう。
「動く必要がなかっただけかもしれませんけどね。」
「いえ、100日以上も同じ場所にいるのも意味があるのかもしれません。」
「なるほど!そう考えると意味もありそうです。」
「まあ、実際には獲物を取るためとかに動くときは確認されているんだが、たしかによほどのことがないと動かないようだ。観測しているときもそれは同じだしな。」
なにか意味はあるのか。それともただ面倒くさがっているだけなのか。ただ、ドラゴンの特徴はそれくらいしか集まらなかったようだ。
「他の冒険者ギルドにも連絡して、ドラゴンの見た目の特徴を伝えたがなんにも情報は増えなかった。」
「新種のドラゴンということになるでしょうか。」
「人類的にはそうなるかもな。ただ、そういうドラゴンはむしろ古い種であることが多い。」
誰にも見つからずに人に関わらず生きているドラゴンは珍しくないらしい。そういうドラゴンは人間にさえ関わらなければ生きていけることを知っている。だから、あえて自分からは人間に関わろうとはしないのだ。
「まあ、なにせこれ以上は憶測にしかならん。はっきりいってなにも情報は集まっていないに等しい。」
「それでも、やるしかないんでやれるだけ頑張りますよ。」
「そうですね、どうしても無理そうなら全力で逃げるまでです。」
それからは多くの冒険者たちが二人に声をかけてくれた。どうやら、多くの冒険者たちが仲間を失ったことを悔しく思っているようだ。この街に住んでいた多くの人が家族や友人をそのドラゴンによって失った。それにも関わらずもう打つ手がなく、この街が滅んでいくのを見ているしかなかった。それをなんとかしてくれるかもしれない最後の希望が戦いにいくということで多くの人が集まってくれたのだ。中には涙を流して討伐をお願いするものもいたし、どうにか仇を取ってくれと多くの冒険者たちから頼まれた。
花はこの人たちの思いに応えるためにもなんとしてもこの討伐を成功させようと気合を入れなおすのであった。
---
ドラゴンがいるという森の入り口までやってきた二人。わかっているのはドラゴンは強力な遠距離攻撃を使ってくることくらいである。花は少し気合が入っていた。自分たちではかなわないと思いを託してくれた冒険者たちのためにも頑張ろうという気になっていたからである。
「あの冒険者たちのためにも頑張りましょう。」
「ああ、あのおかしな人たちのことですね。」
「・・・おかしいのですか?」
「ええ、まさかあんな目的で集まる冒険者がいるとは思いませんでした。」
「えっと、それはどういう意味でしょう?」
花にとってはやる気を貰えるような素晴らしい集まりに感じたのだが、リニアにとってはおかしい集まりに感じたようである。その感覚のずれは花とリニアの感性の違いであるならば良いのだが、そうではないように感じた。リニアは単純ではあるが、おかしくはない。それを知っている花は理由を聞いておきたかったのである。
「君たち、ここでいったい何をしているんだ?この森は立ち入り禁止になっているぞ。」
この何気ない出会いが花とリニアの運命を変えるなどと一体どこの誰が予想できたというのであろうか。
---
ドラゴンがいるという場所までいくのは全然難しくはなかった。魔力視を使えばかなり遠くからでも居場所ははっきりとわかった。たしかに、凄まじい魔力を秘めているようである。しかし、魔力の量だけでいうなら花の方が上であることは間違いないようだ。
「ストップ。気が付かれました。これ以上は危険ですね。」
「この距離で気が付かれますか?」
「相手も魔力を感じるのでしょう。空気が変わったのわかりませんか?」
はっきりいうがリニアは天才という方が正しい。他のみんなは割と天才的な部分もあるが基本的には努力し身に着けた技法によって戦っている。しかし、リニアは多くの技法を他の人に説明できない。努力はしているのだろうが、その技法を感覚的に身に着けているのだ。
今回の空気が変わった、というのもリニアには気が付く何かがあるのだろうが、それが何かは聞いても説明してくれないだろう。ただ、リニアがそういうのだから、きっとそうなんだ、そのくらいの認識で花は話を進めることにしている。
その認識が正しかったというのがわかるのにはそこから10秒も必要なかった。ドラゴンからの魔力放出があったからだ。普通の人間であれば気絶するほどの威嚇行為である。
「なるほど、どうやらこれ以上は近づいてほしくないようですね。」
こうなればさすがに花でもそれは理解できた。しかし、ここで次の疑問が発生する。
「うーん、いきなり攻撃してこない理由はなんでしょうね?」
「理由はわかりません。ただ目的は無駄に戦いたくない、ということでしょう。」
「ふむ、だとするなら動かないこともそれに関係が?」
「そこまではわかりませんね。ただ、逃げない私たちにどうやらさらに警戒を強めているようです。ハナさん、準備はよろしいですか?」
「はい、それではサポートはよろしくお願いします。」
「任されました。ご武運を!」
これについては花のわがままを聞いてもらった形である。1対1でドラゴンとまず戦う。全く意味がないのであればリニアはそれを許可しなかったのだが、今回は意味があるので許可する形になった。戦いにおいての負けは死ぬことでしかない。もちろん、何かを守るようなときは話は別だろうが、今回のような条件であれば、いくら怪我をしても生きて帰れればコンティニューが可能なのだ。人生にはコンティニューはない、しかしただの戦いにならコンティニューはあり得るのだ。
だが、死んでしまえばもちろんそれで終わってしまう。だから、今回は花が1対1で戦い、リニアは命を落とすほどのやばい状態が来たら逃げたり、助けを入れるという形でいくことになった。戦闘力的に花が上であり、判断力ならリニアが経験で勝る。これ以外の組み合わせが存在しなかったこともあり、戦略的にもリニアも納得した。
花は正直なところ、かなりワクワクしていた。聖騎士学校で同級生と戦うのもとても楽しかった。地球での腫物扱いのような状況からすれば、夢のような環境ではある。しかし、それはあくまでも試合でしかない。ここから始まるのは戦いなのだ。それが妙なワクワクへとつながっていた。
(自覚してしまうと少しあれではありますが、私はこういうの好きだったんですね。)
異世界にやってきてはっきりとした自覚。花は強いことに誇りを持っていた。だから、化け物と呼ばれてもそこまで嫌ではなかったのだろう。それは強いと認めてもらっていた証でもあったから。そして、今から自分の全力を試せそうな相手と戦うことができる。それが花にとってはとても嬉しかったのだ。
「ドラゴンと戦おうとしているのに笑顔とは、なかなかやりますね。」
「ええ、とても楽しみなんです。」
「それはそれは。では、がんばってください!」
そうして花はゆっくりとドラゴンへと歩み始めた。その直後である。ドラゴンに急激に魔力が集まっていったのは。
(動きもせずに準備だけ淡々と進める。なるほど、あのドラゴンもなかなかにしたたかですね。)
魔力視がないのであれば、このとんでもない魔力放出で浮足立った状態ではそれに気が付けるものは少ないだろう。そうして冒険者や騎士がやられてしまったことは想像に難くなかった。
そして、なんの予備動作もなく放出された魔力の塊。魔力視ができる花からすれば可視の攻撃ではあるが、普通の人間には見ることすらもできない恐るべき一撃だったのだろう。ただ、花にはそんなものは通じない。
魔力を込めた手甲でその魔力の塊を弾き飛ばす。それを確認したドラゴンは瞬時に起き上がり臨戦態勢となった。ドラゴンはこの攻撃を悟らせないためにあえて動かなかったのだろう。しかし、それが通じないとわかれば、当然動きやすいように起き上がったということだ。
「敵としては見てもらえているようですね。」
こうして花とドラゴンの戦いがはじまった。
ドラゴンは基本的には動かないとは聞いていたが、一度戦闘が始まるとそうでもないようだった。普通に花にめがけて突進してくるドラゴン。しかし、その速度はこちらの想像よりもかなり速かった。
気が付いたら目の前、そういえるくらいの速度ではあったのだが、花はあっさりとその突撃をいなしてドラゴンを地面へと叩きつけた。ドラゴンは想像していたよりも小柄ではあったが、それでも高さだけで3Mはある。しかし、そんな大きさもろともせずに花は突進のパワーを逃がして地面へと叩きつけた。
なにをされたのか理解しきれないといった様子のドラゴンではあるが、そこはさすがというべきか、瞬時にしっぽを使って反撃してくる。花としては相手のパワーをまだ測り切れていないこともあり、避けるべきかとも思ったが、ここはあえて正面からしっぽを受け止めてみることにした。
轟音が響き渡るが、魔力でがちがちに強化した花は吹き飛ばされることもなく、その場で攻撃を受け止める。その様子にドラゴンの方が対処できずに隙を見せてしまった。
「はあ!!」
隙を逃さない花。すぐさまドラゴンの懐に入り、全力で拳を叩き込んだ。ドラゴンは中途半端な体制から反撃をしたため、起き上がり切れておらず、その攻撃になすすべもなく直撃してしまう。そして、ドラゴンは十数メートルぶっとんだ。
この攻防から花は悟ってしまう。自分の力がちゃんと通じているということ。そして、学校に通ったことにより、その強さにさらに磨きがかかっているということに。
このままいけば花は押し切れる、そう考えていた。しかし、それは当然だが、相手のドラゴンにとってもそうである。
なにかが変わった。それはすぐにわかった。リニアのような感覚の鋭さなどなくても誰でもわかるほどの変化である。どうやら、ドラゴンはなにかをしてくるようだ。しかし、その何かはこちらにはわからない。
すぐに間合いを詰めて追撃しようとする花。しかし、それはドラゴンの予測通りであった。強烈な衝撃で吹き飛ばされてしまう花。どうやら、魔力を全方位に放出してきたようだ。その魔力によって花は吹き飛ばされてしまい、距離を取らされた。
「準備する時間を作るために用意してましたね。これは焦ってしまいました。」
どうやらここからが本当の勝負になるようである。




