第28話 迂闊なことを聞いてしまいました。
聖騎士国の王都を出て、丸一日。二人は移動用の乗合馬車などは使わずにただひたすら走り続けていた。理由は2つ。1つは単純にそっちの方が早いということがある。二人はスタミナには自信のある方なので、走り続けても目的地までたどり着けるだろうという判断があった。
そして、もう1つは目的地まで行く馬車を探すのが大変になりそうなことだった。
「どうやらもう噂は広がっているようですね。」
「でも、それならどうして聖騎士へ依頼しないのでしょうか?」
「理由はいくつか考えられますが、おそらくは実際には放置しても問題ないところにいるんでしょうね。」
実は最初、ちゃんと乗合馬車で移動しようとはしたのだ。ただ、乗合馬車の待機所で話を聞いたところ、もう目的地方面へ行こうという人はかなり減ってしまっていて、次に馬車が出るのがいつになるのか分からない状況になっていたのだ。
結果として二人は修行も兼ねて道を走って進むことにした。二人で乗合馬車を貸し切るというのも考えたが、そこまでの金を払うほどではない。どうせ金を使うのであれば、目的地で良い宿にいって疲れをとるのに使えば良いだろうという判断になった。
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走ること10時間以上。普通に馬車に乗ってくれば丸一日かかる道のりを二人はあっさりと走り切った。それなりに魔力は使ってしまったが、体力はその魔力によって回復しているのでそれほどの疲れは感じなかった。
「やはり以前よりもさらに疲れなくなりましたね。」
「それは良かった。ちゃんと魔力の効率の良い使い方が身についているということですよ。」
聖騎士学校で花が特に力を入れていたのは魔力の使い方についての勉強だった。戦闘技術や魔力量でいうなら、花は既にトップクラスの聖騎士よりも同等か、それ以上になる。だから、よりうまく魔力を使うこと、そしてそれをコントロールすることを学ぶことに力を入れたのだ。この長時間の移動によってその確かな手ごたえを花は感じていたのである。
「さて、それでは早速冒険者ギルドへと行きましょう。そこならもっと詳しい情報が手に入るはずです。」
「依頼人には会わなくて良いのですか?」
「はい、今回の依頼は依頼人とは直接会えません。そういう依頼もあります。」
冒険者ギルドでは依頼人がその正体を隠して冒険者に依頼することもできる。これはあくまでも仕事の内容によって報酬を決めるという原則から、正体をばらされると依頼を受けてもらいにくくなるような人物からの依頼にもちゃんと対応するために冒険者ギルドが作ったルールである。
「まあ、例えばですが、めっちゃくちゃ嫌われている領主がいるとします。その領主が自分の国の騎士たちの待遇を悪くした結果、騎士たちがいなくなって、そして騎士たちはやむを得ず冒険者として生活していました。しばらくして、騎士たちがいなくなった後に厄介な野生動物や魔物が出現し、それらを退治できなかったとします。そんなときに冒険者ギルドへその退治依頼を出したら、元騎士である冒険者たちはその依頼を受けますか?」
「普通に考えたら、受けないでしょうね。」
「でも、それは冒険者ギルドの矜持には違反します。なので、依頼人を開示しない場合もあるのです。」
「しかし、そうなったら普通は領主が依頼したってわかりませんか?」
「そうかもしれませんが、可能性だけなら他にもあり得ますからね。実際の被害を受けている人たちが必死にお金を出し合って依頼したとかでしょうか。」
「その場合なら依頼人を開示しない理由がないでしょう。」
「ええ、ですから冒険者ギルドは開示しても良いという依頼もたまに開示しません。」
ああ、なるほど、と花は納得した。それなら、この依頼はたまたま開示しないというギルドの判断に当たった依頼かもしれない、となる。実際にはそんなことはないのかもしれないが、そうかもしれないとすることで冒険者たちは納得するしかなくなる。
「まあ、今回の依頼はドラゴンの討伐に関わるものであり、依頼料も相当高額なので、領主あるいはそれに近しい人、あるいはこの辺りで商売をしている金持ちあたりからでしょうね。なにせ冒険者ギルドが正式に依頼を受けているので問題はありません!」
「そうですね。ここでそんなことを気にしていても仕方ありません。早速話を聞きに行きましょう。」
二人は早速この街の冒険者ギルドへと向かうのであった。
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冒険者ギルドに到着し、受付の女性に依頼でやってきたことを説明する。すると、受付の女性は最初は笑顔だったのだが、しばらくすると少し顔色を変えてしまう。
「申し訳ありませんが、少々お待ちいただけますでしょうか?」
「はい!それではそちらの机で待っていますね。」
「あの・・・大丈夫ですか?」
「え、ええ!大丈夫です。そのままお待ちください。」
こうして受付の女性は裏へと駆けて行ってしまった。しばらくすると、奥からかなり大柄なごつい男を引き連れて、受け付けの女性が戻ってくる。
「おう、お嬢さんたちがドラゴンの討伐に来たっていう冒険者かい?」
「いえ、私たちは聖騎士見習いです。」
「ふむ、あんたら聖騎士国で依頼を受けてから、まだ半日も経っていないのにどうやってここへやってきた。」
「走ってきました!」
「馬鹿を言うな。ずっと走ってきたとしてもつけるような時間じゃないだろう。」
「いえ、本当に走ってやってきました。」
その言葉に大柄の男が拳を振り上げる。そして、そのまま机へと拳を振り下ろそうとしたので、花はその拳をいなして男を床へと転がした。
「あの・・・机が壊れます。やめていただけますか?」
大柄の男は何が起こったのかを理解できていなかった。突然、すっころばされたのだ。しかも、机をぶち壊して二人を威嚇するつもりだったため、全力に近いパワーで振り下ろした拳をあっさりといなされて。
「えっと、聞こえてますか?頭からは落としてないので、大丈夫のはずですが・・・」
「はぁ・・・そうかい。見た目と強さは比例しないってわけか。すまねぇ、ちょっと疑ってしまった。俺はこの街のギルドマスターを務めている。」
ギルドマスターは立ち上がりながら、自己紹介を済ませた。
「正直なところ、この街の状況は最悪に向かってる。もう一刻の猶予もない状態なんだ。」
花とリニアはその言葉に首をかしげる。それほどの緊急性があるのであれば、聖騎士が動き出しているはずである。少々腑に落ちないところはあるが、まずは情報を集めることにした。
「それでは、状況を聞かせてください!」
「あいつが近くの山に現れたのはもう100日以上も前のことだ。」
「そんなに前から?」
それがドラゴンなのかはわかっていない。しかし、どうやら凄まじい魔力を持つ野生動物が近くの山にいるのは確定しているそうだ。とりあえず仮称としてドラゴンとさせてもらうが、そのドラゴンが現れたのはもう100日ほども前のこと。最初は討伐するためにこの地域を収めている領主直属の騎士隊がその任務についたそうだ。
「だけど、そいつらは全滅。その後は本格的な討伐隊が組まれた。そこには冒険者ギルドや教会も人を派遣した。で、そいつらも一人残らず全滅だ。」
「そこまでの事態であったら、聖騎士が派遣されていそうなものですが、これはどういうことでしょう?」
「そいつはこちらから仕掛けない限りは攻撃してこない。周りの野生動物もむやみに殺したりもしない。つまり、何もしないなら何もしてこないんだよ。」
「でしたら、安心ですね!」
「そんなわけないだろ。」
「そうでしょうね。実際にそれは街の様子が物語っています。」
この街に来てから、冒険者ギルドまでの道のりで見た街の雰囲気は最悪なところまで来ていた。市場には物がなく、外を歩いている人が物凄く少ない。そこそこの大きな街だというのにこれはどう見ても異常事態であることは、一度もこの街に来たことのない花にもすぐにわかることだった。
「そうですか?大きくて立派な街だと思いましたが。」
「リニアさん、そこではなくて、街に人が少なすぎると思いませんでしたか?」
「・・・そうですかね?」
「まあ、そうなんだよ。最初はちょっかいを出さなければ良い、いずれはどこかへ行くはずだ、そんな風に楽観視していた。実際には、どうしようもないんだ、ということを考えたくなかったからな。」
「しかし、ドラゴンはずっとこの街の近くに居座ってしまった、ということですね。」
「そうなんだ。もうさすがに待ってはいられない。これ以上討伐が遅れたら、この街は産業的に終わってしまう。」
「商人たちもリスクを考えて撤退してしまうでしょうね。」
「そのとおりだ。冒険者も数が減り始めている。仕事自体は騎士が減ってしまっていることで、かなり割の良い状態にも関わらずだ。」
「まあ、大丈夫です。私たちでそのドラゴンは今日退治されるでしょう。」
「いえ、今日はやめましょう。一応、万全で挑みたいです。」
「おや、そうですか。でも、それもそうですね。」
「それと、可能でしたら情報を集めてもらえますか?そのドラゴンの特徴やどういう行動、攻撃をしてくるのか。種類が特定できているなら一番良いのですが・・・」
「残念ながらほとんど情報はない。近寄れないんだ。でも、騎士の中には戦いには参加せずに偵察だけしていたものいるかもしれない。そういったものなら生き残っている可能性もあるな。」
「魔力量だけなら、対抗できるかもしれませんが、それほど多くの手練れを倒したとなると特殊な力を持っている可能性も考慮しないといけません。ですから、情報がなによりも重要になります。」
「わかった。こちらも全力で情報をかき集めてみる。ただ、あんまり期待しないでくれ。もう散々情報も集めた後なんだ。」
「わかりました。それでは、ゆっくり休めそうな宿を教えてください。先ほども言った通りで聖騎士国からずっと走ってきたので、今日は魔力、体力の回復をしておかないと。」
「それなら、俺が最高の宿を手配しておく。案内に連れて行ってもらうようにしよう。」
「おお、それはなにからなにまでありがとうございます!」
なにやら魔法道具で通信をした後、受付嬢を呼びつけたギルドマスター。その受付嬢に二人を任せて、二人を見送ったギルドマスターは誰もいない冒険者ギルドで一人ため息をついていた。
「聖騎士っていうのはあんな化け物なのかね。情けねぇなあ、俺。」
ギルドマスターは震えていた。それは花に投げ飛ばされたときのことだ。ギルドマスターとて、十分な手練れ。床にたたきつけられたその時、花の魔力の片鱗を感じ取っていた。そのときに悟ってしまったのだ、この目の前の少女は化け物なのだと。そして同時に、思ったのだ。いくら才能があるとはいえ、まだ年端もいかない二人の女性に長年守ろうとしていた街の未来を託すしかないというこの状況のなんと虚しいことかを。しかし、そんな思いにいつまでも浸ってはいられない。自分の動きがあの二人の、ひいてはこの街の未来を決める、そんな可能性もあるのだから。ここからギルドマスターは必死に情報を集めるために奔走するのであった。
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案内された宿で魔力と体力の回復を待つ二人。できる準備はしておかないといけないが、相手の情報もないので、できる準備は多くはない。ただ、いざというときには撤退できるようにいくつかの道具と回復薬は用意しておいた。
「そういえば、リニアさんはドラゴンと戦ったことはあるんですか?」
「さすがにありませんね。ただ、ドラゴンにはちょっと思い入れがあります。」
いつも元気なリニアにしては珍しく歯切れが悪い。
「あまり話したくない内容ですか?」
「ああ、いえ、そういうわけじゃないです。そうですね、ハナさんはもちろん知りませんよね、私の兄の話なんて。」
「お兄さん・・・ですか。」
「私の兄も聖騎士の見習いだったんですよ。すごい優秀で断トツぶっちぎりの首席だったんです。」
「それはすごいですね。今は聖騎士で活躍されているんですか?」
この質問を何気なくしてしまったことを花は後悔することになった。
「いえ、今はもういないんですよ。」
その言葉に花はそれ以上話を続けることはできないのであった。




