第24話 新しい生活は順調です。
花が無双したその日、アイリスは訓練場の片付けをやっていた。多くの生徒はかなりのダメージを追っていたし、ドロイドは片付けもせずに花と一緒にいってしまった。まあ、ドロイドがいたときにはまだ多くの生徒が横になっていたので、片付けようとしても片付けることはできなかったのだが。
一緒に片づけをしているのはアゼリア、そしてもう一人背の小さい女生徒がいた。
「別に二人とも帰っていいのよ。アイリスはこの後ここでいつもどおり身体動かして帰るから、そのために片付けてるだけだし。」
「片付けはみんなでやるべき。」
「そうですよ。この後にここを使うとか使わないとかじゃありません。」
「そっか、カルミンもアゼリーもあんがとね。」
「そういえばカルミアさんもハナさんと戦ったんだよね?」
「うん、完敗だった。」
「完敗だったっていうけど、一番長く戦っていたのはカルミンじゃん。」
アゼリアの場合は一瞬のぶつかり合いであったため、試合時間は短かった。だが、他の生徒も精々持った方でも3分ほどであったのに対して、カルミアは唯一30分近く戦っていた生徒であった。
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花の攻めに対して、ただただカルミアは逃げ続けている。それだけならどうということはないのだが、花が攻めなくなったら、ちゃんと弓で攻撃してくるため、花は攻めることを強要されているといっても良い状態であった。しかし、近寄るとしっかりと武器を持ち換えて、近接攻撃をいなし続けてきた。無理に近寄ろうとしたら、その時だけ攻撃をしてくるため、迂闊に間合いが詰められない。
(この動き・・・私の動きを完全に把握して動いてきている。)
カルミアは近接系の戦士タイプではない。本来は観察能力に特化したレンジャータイプにあたる。しかし、聖騎士の最上級生徒ともなれば、近接戦もこなせないということはない。ただ、その実力はこのクラスでは最低クラスであるのは間違いないのだ。
そのカルミアがもう25分以上花と戦い続けているのは、普通ではない。そう普通ではない方法で戦っているのだ。カルミアが習得しているのはできるだけやられないための技術。相手の動きを観察し、その動きから繰り出される行動を予測する。そして、それだけをただただ防いでいくのだ。
カルミアはこの方法でなんとか花の猛攻を防いでいた。シンプルながらに凄い技術なのはいうまでもない。一瞬でも迷いが生じたらやられるほどの実力差がありながら、対処し続けているのだから。
カルミアとしては、これほど勉強になる戦いはない。相手はとんでもない接近戦の使い手であることはわかっているのだ。自分の持てる全ての技術で攻撃を防ぎ、その判断力を磨いていく訓練に使っていた。そもそも、自分が勝てないことなど織り込み済みだったのだ。
花としてはアゼリアと戦った時のように全身に魔力を纏うように放出して突撃したら押し切れることはわかっていた。攻撃がそもそも通用しないのだから。しかし、それをしても何の学びもないし、それじゃあ自分が魔力があるから勝っただけになってしまう。それしかないなら、それも嫌でも選択するしかないのだが、別に制限時間があるわけでもないのだ。むしろ、正々堂々破る方法を試していく方が勉強になるし楽しいだろうと判断した。
そのお互いの思いがかみ合い、試合は長期化していったというわけだ。間合いは近寄ったり離れたりするが、お互いにずっと動き合いながら、攻撃と回避をお互いに繰り返し続けた。近寄れば花の攻撃、離れたらカルミアの攻撃。それはまるで二人で踊っているかのような美しさがある戦いだった。
ただ、この戦いは思いがけない形で終わりを迎えることになる。
「すみません。ここで降参します。」
「降参って、いつも最後まで戦うように伝えているでしょう。それはあまり感心しませんよ。」
温厚な雰囲気のドロイドが珍しく怒っているようだった。聖騎士の矜持のようなものなのだろうか。それはジニアも知っているだろうにどうしてそんなことを言い出したのだろう。
「ドロイド先生は・・・そういうだろうけど・・・・ハナさ・・・・・・・」
そういいながら、カルミアはその場に倒れこんだ。
「カルミアさん!?」
急いで駆け寄るドロイド。どうやらカルミアは気を失っているようだが、花としては一撃も攻撃を当てることはできていない。
「魔力切れか・・・大丈夫だみんな!カルミアは魔力が切れて気を失っただけだ。」
その言葉に周りでざわざわしていた生徒たちも落ち着きを取り戻した。
「だれか薬を飲ましてから、みんなと同じように休ませておいてくれ。」
「はーい。任せてください。」
返事をしたアイリスがカルミアを受け取って、舞台から降りていく。
「さっきの降参は気を失う前に私を止めるためでしょう。」
「魔力切れで君の攻撃を受けたら死ぬだろうから、そういうことだろうね。怒って悪いことしちゃったよ。」
「それなら、後で謝りましょう。」
「そうだね、そうしないとだめだろうね。」
この後の花はまた3分ほどで全ての試合を片付けていくのであった。
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これが、カルミアと花の戦いの全貌である。それを聞いたアゼリアは感心していた。
「カルミアさんはやれることをやりきったんですね。」
「うん、いい勉強になった。」
「ちなみにアイリスさんはどんな戦いをしたんですか?」
「ノーコメント。」
「言わなくてもわかるよ。本気でやりあった。じゃないなら、ハナさんはあんなに本気でみんなの相手しない。」
「ああ、そういうことでしたか。たしかに妙にハナさん本気度高いなーとは思っていたんです。」
「ノーコメント。」
「もう、そればっかり。」
「ほらー、口だけじゃなくて手も動かすよー。」
「はーい。」
三人はそんな様子で楽しく片づけをこなしていった。そして、明日からハナにどんなことを教えてあげようかとか、仲良くなれるかなーなんて他愛のないことを話しながら片付けを続けるのであった。
そんなときにふと修行場へやってきたのは話題に上がっていた花自身であった。
「あの、片付けを頼まれてきたんですけど。」
「あっそ、片付けならアイリスたちがやっているんで大丈夫ですよ。」
「・・・私も手伝って良いですか?」
「わざわざ手伝いたいの?先生には適当に言っておくから大丈夫だって。」
「いえ、良かったらみなさんとお話ししたいなって。みなさんはとても手ごわかった3人でしたので、こんなチャンスないなと思いました。」
「・・・ま、そういうことなら良いですよ。」
「アイリスさん。そんな言い方したらだめですよ。クラスメイトになるですから、もっと優しくしてあげないと。ハナさん、一緒に片付けましょう。」
「ありがとうございます!」
この日、この出会いは今後の大きなターニングポイントになったのは間違いないだろう。
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花が入学してから2週間ほどが経過した。その間に花はすっかりクラスになじむことができた。その理由は二つある。
一つは初日に見せた実力のおかげだった。聖騎士学校の最上級生ともなれば、当然ではあるが自分の実力にはある程度の自身を持っている。それを完膚なきまでに叩き潰された以上、花のことを認めないという生徒はいなかった。
もう一つは現在の首席生徒であるアイリスたちと仲良くなったことであった。アイリス、アゼリア、カルミアの3人はクラスの中でもかなり注目度の高い生徒である。それと仲良くなったことで花はクラスになじみやすくなったのだ。
「ねー、今日も帰りに修練場にいくんでしょ?」
「はい、いきましょう。あ、でも今日はいつもよりは早く帰ることになりますが。」
「ハナさんに用事があるとは珍しいですね。」
「この手甲の経過を伝える約束の日なんですよ。」
「ギドさんのお店で作ってもらったんだよね。」
「そうです。なんとか使いこなせるようになっているので、そろそろ本当にミスリルで作ろうかという話になっていまして。」
「むー、うらやましい。」
「ほら後があるならそんなことを話している暇はないんじゃない?いきましょう。」
「それもそっか。よーしいこう。」
この4人で修練場で授業後に集まって修行するのは恒例になっていた。以前は修練場で修業するのはアイリスだけで、他の2人は別の場所で修業していたのだが、花がアイリスと修行するようになって、みんな集まって修行するようになっていったのだ。
花は3人と順番に模擬戦を行い、3人の修行相手としての役割を果たす。逆に花は魔力の使い方を教わっている。花としてはこんなにありがたい環境はなかった。魔力の使い方を教えてもらえることももちろんありがたいのだが、それ以上に実力ある程度近しい人と模擬戦をずっと行えることは何よりもありがたかったのだ。
授業とこの修行のおかげで花はある程度の魔力集中を使えるようになってきているのだが、他のみんなほどうまくは使えていなかった。おそらくは魔力が高すぎてうまく集中できていないのだろうといわれたが、花ほどの魔力を持っている者が他にいないので対処法もわからず、徐々に練度をあげる以外の解決法はなさそうだった。
今日もしばらく手合わせをしてから、休憩して今度は魔力を操る修行をこなしていった。魔力の扱いでいうならカルミアはこの中ではぶっちぎりのうまさがある。カルミアは観察力も常に磨いているため、花がどういう感じでうまくいっていないのかも教えてくれる。さらにいうなら、カルミアは独力で魔力視を身に着けていた。本人曰く、
「ずっと観察の技術を磨いていたら、できるようになってた。」
とのことだった。魔力視も使って花の魔力の流れも見てくれているので、花は魔力の扱いをかなり上達させることができていたのだ。
そして、花はそんな今の状況がとても嬉しく感じていた。
「ああ、楽しいなぁ。」
「なにしみじみしてんの?ハナハナって思ったよりも年上なの?」
「いえ、こんな風に切磋琢磨してくれる相手はいなかったので、それが嬉しくてたまらないんです。」
「ハナさん、友達少なかったの?」
「少ないも何も山の中でおじい様と二人暮らしってドロイド先生がいってたじゃない。」
「あ、そうか。ごめんなさい。」
「いいんですよ。それも仕方のないことです。」
実際には花には友達はいた。しかし、切磋琢磨してくれる仲間はいなかった。誰もかれもが花を特別だと感じ、徐々に真剣には相手してくれなくなっていったからだ。最後には化け物と呼ばれていたのも、自分とは違う特別なんだというイメージを確立するためのものであったことも花は理解していた。
「そういえばさ、リニアっちってどうしたの?まだ任務にいってんの?」
「はい、ちょっと手こずっているみたいですよ。」
「応援を頼まれないから、たぶん大丈夫。」
「そっか、リニアっちも来たら一緒に修行したいなーって思ってさ。」
「リニアさんというのは?」
「リニアさんは学校に来ていないクラスメイト。今、特別任務中で他の国にいってる。」
「へぇー、そういう仕事もあるんですね。」
「聖騎士学校の中でも最上級クラスのみ制度ですね。実際の現場で経験を学ぶためのものです。」
「リニアっちもアイリスほどじゃあないけど、良い腕してるからね。一緒に修行出来たらなーって思ってるわけよ。」
「それは楽しみですね。・・・それじゃあ、そろそろ私は帰りますね。」
「うん、わかった。片付けはこっちでしとくね。」
「ありがとうございます。それでは。」
「バイバーイ。」
「お疲れさまでした。」
花は急ぎ足で帰っていく。その様子を3人が手を振って笑顔で送り出す。花がいなくなった後、3人は花について話しだした。
「ハナさんって思っていたよりも普通の子でしたね。」
「もっとずっと修行しているような子かと思ってた。」
「いや実際に修行はしてるでしょ。うむむ・・・このままではアイリスの首席が奪われてしまう。」
「たしかにアイリスさんよりも強いかもしれないもんね。でも、それだけじゃないでしょ、アイリスさんが首席をとっている理由って。」
「まあね。アイリスはなんでもできるから大丈夫だとは思うんだけどね。」
「勉強は?」
「べべべ、勉強だってちゃんとやってるし。」
「ハナさん、学力はクラス内ではトップクラスだって聞いたけど、アイリスちゃん大丈夫?」
「だ、大丈夫に決まってるじゃん。」
「さらにいうなら品行方正ですし、真面目で先生のいうこともよく聞きますね。アイリスさんは大丈夫かな?」
「ええと・・・だ、大丈夫?なんじゃない?」
「目が泳ぎまくってる。」
「ああ、もう!そんなことは今考えてても仕方ないでしょ。ほら修行続けるよ。」
「「はーい。」」
3人にとっても花が来たことは良い刺激になったということなのだろう。3人は自分の強みをさらに磨くために毎日修行を頑張っていくのであった。




