第23話 無双してしまいました。
彼女は6人目の対戦相手だった。早さが売りのようではあったのだが、昨日のアイリスとの戦いを考えるとどうしても彼女の動きは見劣りした。動きでかく乱してこようと花の周りを凄い速度で動き回っているが、花には十分に追える速度でしかなかった。
「はぁ!」
花の死角である真後ろから鋭い突きを繰り出してくる女生徒。しかし、花はその腕をそのままつかみ、一本背負いで地面へと叩きつけた。ドン!と鈍い音がして、女生徒はそのまま立ち上がることができなかった。
この頃になると、花が本当に実力を評価されて入学を認められたのだということを疑う生徒はいなかった。最初の男子生徒から6人目の彼女までの間に花は一切の怪我をしなかった。それどころか、相手からの攻撃をまともに受けることすらなく、相手を一撃で倒していった。
「アイリスさん。アイリスさんって彼女と戦ったことありましたね?だから、さっき何も言わなかったし、戦おうってしなかったんですね。」
「な、なんのことー?私はただ興味がわかなかっただけだけどー。」
「たしかにあの強さを知っていたのであれば、わざわざ文句は言わないでしょう。でも、私は納得できません。」
「アゼリーが納得するも納得しないもそうそう簡単には勝てないと思うよ。」
「それでも戦わないよりはマシです。」
「ほんっとに頭硬いんだから。好きにしたらー。」
二人がそんな雑談をしている間に7人目が倒された。槍を使った攻撃間合いの違いを利用し、怒涛の攻めを繰り出していたが、槍自体をつかまれて武器を奪われてしまった。あり得ない対処法に相手は咄嗟に行動をとれなかったことが敗因だったといえるだろう。
「今のは余り良くなかったですね。申し訳ありません。」
「いやなんで謝るんだよ。完敗だよ。言い訳すらできないくらいさ。」
「いえ、今のはあなたの技を打ち破ったのではなく、ただ身体能力でごり押しただけです。もっとちゃんと向き合うべきでした。」
その発言に審判をしていたドロイド先生もぽかーんとしていた。身体能力があるのだから、それを使って勝ったことが一体どう問題なのだろうか。それが二人には理解できなかったが、花にはこだわりがあるらしい。その様子に対戦相手は噴き出してしまった。
「はっはっは!そうかよ、それじゃあまた今度稽古に付き合ってくれ。その時はしっかり打ち破ってくれればいい。」
「はい、よろしくお願いします。」
こうして7人目の生徒は舞台を降りて行った。そして、次に舞台に上がってきたのはアゼリアであった。
「次は私がお相手します。よろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします。」
アゼリアが持っている武器は昨日アイリスが持っているのと同じタイプの直刀サーベルである。周りを見渡すと女生徒は結構同じ形のサーベルを持っていることから、人気のある武器なのかもしれない。まあ、単純に癖がない武器だからというだけなのかもしれないが。
向かい合った二人の間にはかなりの緊張感が感じられる。今までの生徒が頼りなかったわけではない。ただ、二人の本気度が違ったというだけだ。そう、二人は本気だった。アゼリアからすれば本気で戦わなくては勝つことができないことを感じ取っていた。そのため、本気を出して戦うしか選択肢などありはしなかったのだ。一方の花はアゼリアの身のこなしからいままでの生徒たちとは一線を画す強さがあることを見抜いていた。昨日のアイリスとの戦いのような身を焦がすような戦いができることに喜び震えていたのだ。
そして、その様子に若干引き気味だったのは審判のドロイドであった。
「あの・・・あくまでも模擬戦だからね。殺し合いとかはしちゃあだめだよ。」
「わかっています。」
「当然のことです。」
「わかっているならいいんだ。そうだよね、わかっているよね。おーい、二人ともーこっちの目を見て返事しなさーい。」
ドロイドの言葉など二人にはほとんど聞こえていなかった。欲しい言葉はスタートの合図だけ。なにかごちゃごちゃといっているようだったが、集中している二人にはもう聞こえているが聞こえてなどいなかった。
「あー、もう、いいよ。好きにしてください。それじゃあ、はじめ!」
多くの生徒はスタートの合図とともに自分が得意とするスタイルを花に押し付けるために行動を起こした。しかし、アゼリアはすぐには行動しない。なぜなら、花のスタイルが相手の行動に合わせて対処する、というものであることに気が付いていたからだ。
花の攻撃は基本的に一撃必殺。それほどの威力がある。そして、様々な方法での攻撃手段を持っていることも見て取れた。だというのに、なぜか積極的には攻めてこないのだ。その理由にアゼリアは気が付いている。そう、花は相手を確実に倒せる隙ができるまでは攻めてこないようにしている。つまり、それこそが花の得意なスタイルだと考えたである。
「どうしたのですか?」
「いえ、いつも守ってばかりのようでしたので、ハナさんの攻めも見たいなと思いました。」
その言葉に花は少し考えこんだ素振りを見せた。そして、アゼリアをまっすぐ見つめて話しかけた。
「良いですよ。あなたなら大丈夫でしょう。」
「それはどういう・・・」
刹那、花が間合いを詰める。最短距離をまっすぐ詰めていったにも関わらず、それに対処できるものは多くないだろう。なぜならば、その動きを見ることができた生徒は4人しかいなかったのだから。ただ、そのうちの一人はアゼリアであったため、勝負はそれだけでは決まらなかった。
顎下を狙った刻み突き、避けられないと感じたアゼリアは咄嗟に頭を下げて拳に額をぶつけることでダメージを最小限に抑える。そのまま顎下にもらっていたなら脳震盪で一撃でのノックダウンもあり得たが、それをなんとか防いだ形である。
ただ、そこからアゼリアにできることは少なかった。間合いが近すぎるのだ。本来、この間合いで武器を持った二人は戦いあわない。だから、なんとしても距離を話す必要がある。だが、その動きは花も読んでいることは明白だった。そうなると、単純に後ろに飛びのくことはリスクにもなる。やむを得ず、アゼリアはリスク覚悟で上に逃げることにした。魔力集中で瞬間的に上に飛び上がり強引に距離を稼ぐ。上を選んだのは花の攻撃は投げも打撃も踏み込みを利用した動きが多かったこと。もしかしたら、上に逃げれば強い攻撃は飛んでこないことを期待したのだ。
そして、これが思いがけない効果をもたらした。花はいなくなったアゼリアを見失ってしまったのだ。花は魔力集中を知らないため、急速な動きの変化に対処することにまだ慣れていなかった。さらに、上に逃げるという発想が地球での経験からはなく、空に移動したとは考えもしなかったのである。
(これはチャンス?それとも罠?いえ、ここは臆さず攻める!)
魔力をうまく使えるのであれば空中でも問題なく動くことはできる。そういう技術を教えるのが聖騎士学校の役割であり、もちろん花はそんなことはできないし、やり方もわからない。アゼリアは身体を反転して、まるで空中に見えない天井があるかのように、その見えない天井を蹴って下へと急襲をかけてきた。
この一撃もまた魔力集中によって強化された速度での一撃。普通であれば見えないところからのそんな一撃がくれば何も対処することなどできない。そして、この一撃は花にも対処できなかった。花の後頭部にサーベルが叩き込まれる。
がきぃぃん!
それはまるで金属の壁を打ったような音だった。アゼリアの持っていた剣は根元からへし折れ、そのあり得ない光景にアゼリアは咄嗟に動くことができなくなった。
「すみません。負けるわけにはいかないので。」
そこでアゼリアの意識は途切れてしまった。
---
アゼリアが目覚めたときには授業は終わりを迎えるところだった。そこには起きている生徒のほうが少なく、ほとんどの生徒はアゼリアの横に寝かされている。その様子を見たアゼリアはすぐにアイリスの元へと走る。
「アイリスさん!授業はどうなったんですか?」
「見てのとおりよ。結局は先生の指示で全員戦わされたわ。私以外は。」
「それでどうなったんですか?」
「全員やられたわよ。アゼリーがかなわないのに他がかなうわけないじゃん。ただ、修行になるからってやらされただけよ。アゼリー以外は一撃すらも当てられなかった。」
アゼリアは、その言葉に少しうなだれて、それから笑顔になった。
「そっか。それじゃ、仕方ないですね。」
「うん、未熟なところもあるみたいだけど、腕も気構えもちゃんとしてる。認めてあげるしかない。」
「私たちで色々と教えてあげたらもっと強くなりますよ、ハナさん。」
「そ、それはそれで困るんだけど・・・でも、そうなったハナに勝てるようにならないとだめだもんね。」
「うん、お互い頑張りましょう!ところで、どうしてアイリスさんは戦わなかったんですか?」
「ノーコメント。」
「もう、そればっかりじゃないですか。まあいいです。そうだ、ハナさんや先生はどこにいったんです?」
「先生たちでしたら、今日は他の授業がなくなったことを他の先生に伝えに生きましたよ。さすがにハナさんと戦った後に他の授業は無理でしょうから。」
「それはご親切にどうも。ところで、アンファーさんは戦わなかったんですか?」
「いえいえ、戦いましたよ。余りにも実力差があって相手にされなかったんですよ。」
「そうですか・・・」
「そんな説明はアイリスがしますから、どっかいってください。」
しっし、と手でアンファーを追い払うアイリス。アイリスもアゼリアもアンファーが大嫌いだった。つかみどころのない性格に嫌味な口調、そこの見えないような不気味さ。それらに気が付いている彼女たちからするとアンファーは最も警戒するべき同級生だったのだ。
「おやおや、嫌われたものですね。ま、あれくらいの使い手には私の力は見抜かれているんでしょう。油断してくれていると楽なんですけどねえ。」
にやりと笑うアンファーはやはりどこか不気味なのであった。
---
花はクラス全員と戦い、その強さを認めてもらった後、ドロイドと一緒に学園の中を見て回っていた。どのみちほとんどのクラスメイトは動くことすらできなかったので、授業は全てキャンセル。時間もあるので、ドロイドが学園を詳しく案内してくれていた。おおまかな施設は昨日学校長が教えてくれたが、ドロイドは実際にどんな風な授業に使われる場所なのかも含めて色々と教えてくれた。
「一通り見て回ったけど、なにか聞きたいことはあるかい?」
「そうですね、このタイミングで聞くことじゃないとは思いますが、ひとつよろしいでしょうか?」
「うん、いったいなんだろ。」
「アゼリアさんが消えたように見えるほどの速度で動いたのはどういう技だったのでしょうか?」
「あー、あれか。あれは魔力集中っていって身体に流れる魔力を集めて爆発される技術だね。ハナさんも使えるでしょ。」
「いえ、使えないです。」
「え、でもアゼリアさんの攻撃を魔力集中で受け止めたんじゃないの?」
「後頭部を打たれたときの防御を言っているのでしたら違うと思います。私は全身に魔力を流して強引に受け止めただけです。」
それを聞いたドロイドはうわーという顔をしている。
「うーん、それができる魔力があるのが一番すごいね。普通の人はそれできないんだよ。だから、一部にだけ集めるんだ。実際には無意識にやっている冒険者も多いんだけど、聖騎士としてはそれを意識してできるように勉強するんだ。」
「そうすると、あのような動きが可能なんですか?」
「うん、ただアゼリアさんやアイリスさんは別格だから。実際にはみんな魔力集中は使っているからね。」
そこまで聞いて花は誤解していることにようやく気が付いた。そうか、他の生徒はアゼリアが消えるほどの速度強化をしている状態で、ようやく花が普通に動いているんだと思う程度の速度しか出ていなかったんだということに。
(あれ?そうすると最初に戦ったアイリスさんってどういう方だったんでしょう。)
そう、花の基準はアイリスだった。だから、おかしな誤解をしていたのだ。
「そうなるとアイリスさんって凄い実力者なんですか?」
「なにいってるの、昨日戦ったんでしょ。彼女は今期の首席だよ。まあ、これからの成績でも入れ替われる可能性はあるけど、実技では断トツのぶっちぎりだ。」
ああ、そういうことだったのか、と花はある意味納得するのであった。




