第20話 聖騎士学校へ通うことになりました。
迎えに来たバルゴに連れられて花は聖騎士の総隊長室へと案内された。というか、連れてこられた。部屋に入ると、そこにはリオと他に女性が一人立っており、奥の椅子には別の女性が一人座っている。この座っている方がおそらくは聖騎士の長なのだろう。
「バルゴです。ハナを連れてきました。」
「ご苦労様です。初めまして、ハナさん。聖騎士の総隊長であるアーリエといいます。よろしくお願いします。」
「ハナです。こちらこそよろしくお願いします。」
丁寧にあいさつされたのに対して、ハナもちゃんとお辞儀してあいさつを返す。てっきり団長には怒られるものだと思ってきたハナにとっては予想外であった。
「それで、先ほどの魔力放出は一体なんのつもりだろうか?」
苛立つ様子で先ほどの件を問い詰めてきたのは、もう一人いた女性の方であった。そちらの女性はかなりピリピリしているようであり、見ているだけで苛立ちを感じ取れた。そちらの女性に向き直り、花は事情を説明する。
「申し訳ありません。そちらは私の責任です。聖騎士になれるチャンスを逃すわけにはいかなかったので、なんとかリオさんとバルゴさんに気が付いてもらう手段を考えたところ、あれしか思いつきませんでした。」
「その結果、どのくらいの騒ぎが起こるのかは理解していたのだろうか?まぁ、しているとは思えなかったが。」
「いえ、騒ぎが起こる可能性はわかっていました。それでもやったので、それについては弁解のしようがありません。」
「そうか、昨日鉱山で起こしたトラブルをもう忘れてしまっていたのかと思ったよ。」
その言葉に花は驚いた。いや、あれほどの騒ぎを起こしたのだから、聖騎士国の守りを担っている聖騎士にその報告が来ていてもおかしくはない。
「そちらもご存じでしたか。」
「ああ、その上で今日その判断をしたことが理解できないがな。」
「申し訳ありません。他に手段が思いつきませんでした。」
「自分の目的のために聖騎士に迷惑をかけてもいいと考えたということかな?」
「そうですね。迷惑にはなるとわかっていましたので、そうなのかもしれません。」
花には弁明の余地がなかった。実際に騒ぎになる可能性はわかっていたし、ある意味では自分のために聖騎士に迷惑になることをしたのだから。
「そのあたりにしましょう。実際に被害は何かありましたか?」
「確認しましたが、一部の騎士は魔力に驚きはしたものの、悪意を感じなかったことから通常業務に支障をきたしたものはいません。門番の兵士以外はですが・・・」
「門番にいた2人の騎士は1人は現在治療中だ。ちょっと驚いたくらいらしいから大丈夫でしょう。もう1人は既に任務に戻っている。」
「それでしたら問題はないでしょう。ジェミーも構いませんか?」
「そうですね、納得はできません。」
ジェミーは花に対してイライラを感じているようではある。しかし、ふと笑顔になった。
「ただ、自分の行いに対して一切言い訳をしなかったことに関しては一定の評価はしましょう。」
「ジェミーも納得してくれたようでなによりです。ハナさん、あなたの聖騎士学校への転入を正式に認めます。」
「えっと、自分でいうのもなんですが、本当にそれで良いんですか?」
「ええ、構いません。むしろ、あなたのような自分の力を正しく扱えていない魔力の塊を野に解き放つことの危険性に比べたら、そちらの方が何倍も良いでしょう。」
聖女のような笑顔のままで毒を吐かれてちょっとびっくりした花ではあったが、これについては花も納得するしかない事実である。
「ただ、実際にあってみるまでリオやバルゴが話を大きくいっていると思っていました。それほどの力があるのであれば、あなたのような行動をとる人間は多くありませんから。」
「ええと、どういう意味でしょうか?」
「もっと我がままに生きる方が多くなります。あなたは本当に人のことを考えて生きてますから。」
「それは買い被りです。」
「そうでしょうか?先日の鉱山の件もそうです。あなたは責任をとってスタンピードを解決するために走り回ったそうですね。さらにその際に退治した野生動物の素材は全て提供したと聞いています。ですが、あなたは自分の身を守るために魔力放出を使っただけ、普通のことです。責任を取る必要なんてありません。」
「私はそう思いませんでした。私の実力ならそもそも必要なかったことをして、迷惑をかけてしまったのですから。」
「そういう考え方が素晴らしいといっているのです。そもそも今日のトラブルも門番の騎士のことを考えてのことでしょう?」
「いえ、そんなことは・・・」
「何を言っているのかわからないのではなく、そんなことはないと答えるのですね。」
花ははっとした。なるほど、さすがは聖騎士の総隊長といったところだ。これはもう本音を話した方がいいと花は判断した。
「はい、あのまま帰ったら後で怒られるのはあの門番の方でしょう。しかし、あの方の対応が間違っているとも言い切れませんでした。」
「それを理解して、あなたは最も問題が発生しない方法をとった。聖騎士たちであれば、自分の魔力放出にそこまでのトラブルは起きないことも予想していた。後は、自分が怒られれば良い、そう判断したのですね。」
その問いにははっきりと花は答えられなかった。実際には、そこまでは考えていかなったというのも事実だ。ただ、自分が怒られるくらいで済めばいいとは思っていた。
「その優しさは素晴らしいものです。ただ、私はそういう考え方が嫌いですね。」
「それは・・・申し訳ありません。」
「なぜ謝るのですか?あなたにとっては正しいことだったのでしょう?」
「それでもあなたを不快にさせたのでしたら謝るべきかと。」
「自己犠牲も過ぎると嫌味ですね。あなたはもう少し傲慢さを覚えた方が良いでしょう。これは聖騎士とかどうとかとは別の問題です。」
「そう・・・なのでしょうか。いえ、それは嫌です。」
少し迷ったが、ここははっきりと花は答えた。そう、それは自分で決めたルールにそぐわない。ここは何と言われてもはっきりと答えるべきだろう。その答えにアーリエは笑顔になった。
「そうですか。それならそれも良いでしょう。生きていくのが大変になると思いますが、後悔が無いのでしたら、それでも良い。それもあなたの色です。」
「総隊長は清濁織り交ぜての人ですもんね。」
「はい、清く正しくなんてまっぴらです。」
そう答える総隊長は今までで最も美しい笑顔を見せていた。
「それでは、もう今日から聖騎士学校へいってもらってもいいのでしょうか?」
「それで構いません。みなさんもそれで異議はありませんか?」
「ない。」
「ありません。」
「大丈夫です。」
「それでは、リオ、ハナさんを案内してあげてください。」
「いえ、それは私が連れていきます。構いませんか?」
「ジェミーがそうしたいのであれば構いませんよ。」
「それじゃあ、いくぞ。ついてこい。」
「はい、お願いします。」
こうして花は無事に聖騎士学校への入学が決まり、聖騎士への道を歩みだしたのであった。
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ほぼ何も話すこともないジェミーに連れられて、聖騎士学校の入口へと連れてこられた花。花としてはわざわざ自分で連れていくというのだから、何か話があるのではないかと考えていたのだが、今のところはこれといって何も話していない。たまに、「ここから学校の敷地となる。」とか「ここで受付して中に入れ。」といった必要最低限の会話をしたくらいだった。
学校に入ってもそのまま案内は続き、校長室まで花は連れてこられた。中には一人の初老の男性が待っていた。
「ジェミー様お待ちしておりました。そちらが今回の転入生ですか?」
「学園長お久しぶりです。はい、こちらが転入生のハナになります。ほら、挨拶しろ、こちらは学園長だ。」
「はじめまして。花と申します。これからよろしくお願いいたします。」
「これは丁寧にどうも。この聖騎士学校の学園長をやっております。それで、ハナさんは一体どちらの学年に入れるのでしょうか?」
「最上級生クラスが妥当だと聞いている。」
「なんと!大丈夫なのですか?」
「それを一応確かめたいと思っています。だれか最上級生を一人貸してくれますか?」
「なるほど、わかりました。すぐに手配しましょう。」
そこで花はやっと納得した。なるほど、ジェミーは自分の実力をその目で見たかったのだなと。リオやバルゴが付いてきていたのなら、こんな試験はなかったことだろう。
「報告を受けている実力であるならば、おそらく君はこの学園の誰にも負けることはないだろう。遠慮せずに戦ってくれていい。」
「わかりました。私としても良い経験になります。」
そう、リオとの戦いはさすがに実力差があった。しかし、この聖騎士学校の最上級生ともなれば、相当の手練れであることが予想できる。それならば、実力の近い相手との戦いが初めてできるかもしれない。花はそのことにむしろ喜んでいたのだ。
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学園にある野外闘技場。授業でも使われているそうだが、生徒同士での本気のぶつかり合いをする試験にて使う目的が主となるため、かなりしっかりとした広さと作りになっている闘技場だ。
「それでは転入生ハナの実力を確かめるための模擬戦を行う。両者準備は良いか?」
「はーい、問題ありませーん。」
「いつでもどうぞ。」
花の相手に呼ばれた生徒については余り説明をされなかった。相手にも花の戦い方は伝えてないとのことなので、当然の処置だろう。見た目としては花よりも若いかもしれない女性だ。武器はやや細身ながらもごく普通の直刀サーベルである。一応、模擬戦用に刃の部分は切れないようには加工されているとは聞いているが実際に達人が使えばそれでも脅威度は十分に高いだろう。そして盾などは持っていない、そうなると回避を主体とした戦い方なのかもしれない。そんな解析をしていると、生徒の方から話しかけてきた。
「ねえ、あなた武器持ってないよ。しょーがないなー、待っててあげるから早くとってきて。優しい私は待っててあげるから。」
どうやら、花が武器を持っていないことを忘れてしまったと思ったらしい。そのまま始めるのではなく、ちゃんと注意してくれるのは優しさからなのか、あるいは余裕からなのかはまだわからない
「ご心配ありがとうございます。しかし、私は武器を使いません。このままで大丈夫です。」
「武器使わないってどういうことです?あっ、もしかして私のことをなめてますね。ま、そういうことならそれでも良いでしょう。後で、後悔するといいです。」
「そういうわけではないのですが・・・」
「いえ、もういいです。それじゃあ始めますよ。」
どうやらなにか誤解させてしまったようだが、話を聞いてくれないので、そのまま試合を始めることとなった。向かい合う二人、気を引き締めなおす花はすぐに気が付いた。
(あの見た目、そしてあんな口調でもさすがは聖騎士学校の最上級生だ。すごい気迫を感じる。)
これは油断できない。花の拳にも一層力が入った。
「それでは、はじめ!!」
ジェミーの開始の合図を聞き、一気に花が間合いを詰める。しかし、その速度を上回る速度で相手が花との間合いを詰めてきた。
(早い!)
速度では完全に花が負けている。そのまままっすぐに突き出された剣を避け、懐に潜り込もうとした花だったが即離脱を選択した。
ヒュン!
「ありゃ、避けられちゃいましたね。」
相手の彼女は突き出された剣を即下へと振り下ろしてきた。最初の突きは避けられる前提だったのだろう。花が間合いを詰めてきたいという心理も読まれていた。そのため、相手の彼女は潜り込んで来ようとするところを倒しに来る予定だったということだろう。
「うーん、お姉さん、実はかなり戦闘経験豊富って感じみたいですね。でも、勝つのは私ですからね。」
相変わらずの軽い口調ではあるが、油断は全くできない。
(これが聖騎士学校の最上級生の実力・・・思っていた以上です。)
ただ、今のところはリオのときのように一方的ではなさそうである。これならちゃんと戦えそうだと花は考えた。
「あの・・・なにがそんなに嬉しいんですか?気持ち悪いんですけど・・・」
そういわれてはっと気が付いた。花はどうやら嬉しすぎてにやにやを押さえ切れていなかったのだ。
「これはお恥ずかしい。気にしないでください。」
「むー、なんですかその余裕。後で絶対に公開させてやるんだから。」
ここから二人の本格的な戦いが始まった。




