第六話 正論なのかクレームなのか
すみませんが、次回は13日に更新します。
次の日の朝、サラーサの街の冒険者ギルドは死屍累々の大惨事であった。ありとあらゆるところに転がる二日酔い、あるいは現在進行形でべろんべろんの冒険者たち。
冒険者ギルド内にあるこの食堂では、たしかにこういった馬鹿騒ぎは多い。そのため、普段であればこういった状況は結構歓迎されるムードすらある。食堂は儲かるし、この酒におぼれた冒険者たちは神官たちの良い儲けになるからだ。つまり回復魔法の練習としてもこういった飲んだくれ達は役に立つということであった。
しかし、今回はわけが違った。
まず患者数・・・患者というのも間違っているような気もするが、なにせ飲み潰れた冒険者はとんでもない数に達している。さらにいうと、かなり飲み過ぎており、初心者の神官では手に負えそうにない患者は相当に多かった。
仕方がない冒険者ギルドは急遽、街の神官へと正式に派遣を依頼。現在は到着を待っているところではあるが、先んじて冒険者たちの神官が治療を始めていた。
「患者の意識戻りません!!どうしたらいいですか!」
「とにかく『状態回復』をかけ続けろ!回復できずとも命をつなぎとめると思え!」
どうやら、こちらの患者は回復が困難なほどに飲まされてしまったらしい。しかし、回復が無事に済んだとしても騒ぎを起こすものもいた。
「ひゃーはっはっは!!お酒!お酒が襲ってくるんだよおぉぉ!!」
「お、落ち着いてください。もう大丈夫ですから。」
「やばい!あいつを取り押さえろ!!」
こうやって取り押さえられた冒険者は10人では済まないほど多く、この後サラーサの街の冒険者では禁酒がブームになるほどの影響が出たのだが、それはまた別の話だ。
「た、助けてくれ・・・頭が割れそうなんだ・・・」
「すみません!あなたはまだ症状が軽い方なので、後回しなんです。」
「なんでだよ・・・助けてくれよ・・・」
まるで命がけのワンシーンだが実際はただの二日酔いである。・・・ただのなのかはわからないが二日酔いである。
「もう嫌だ!俺はこんなことの為に神官になったんじゃない!」
「逃げるな!これも聖神様がお与えになった試練だと思え!」
「こんなもんが聖神様が与えた試練であってたまるかあああぁぁ!!!あそこの馬鹿の仕業だろうがあああああ!!!」
至極正論である。しかし、今は一人でも神官が多くほしいのだ。神官に逃げられるわけにはいかなかったので、必死に説得するしかなかった。
「というのが、現状なのですが、フーガさんはなにか言いたいことはありませんか?」
風雅はなぜか冒険者ギルドのギルド長であるリーナに攻められていた。風雅からすると、楽しくお酒を飲んでいただけなのに、なぜか怒られているという不思議な状況だった。
「はーい、私なにも悪い事してないと思いまーす。」
そういうと、ニコニコしたままリーナが風雅の元へと近寄って来た。
「フーガさん、周りをよく見てください。」
「いや、だって飲むって決めたのは本人だから。たしかに少しは強引に飲ませた人もいたよ、それを認めない程子供じゃあありませんよ。でも、ほとんどの人は自分で飲んだわよ?」
それに関しては事実である。一部、一気飲みなんかでノリで口に酒を突っ込んだりもしたが、それは精々数回。しかも押さえつけたわけでもなく、やったのは口に突っ込んだところまで。風雅からすれば嫌なら飲まないで済むところまでのつもりだった。
「たしかに、それについてはそうなのかもしれません。ですが、この酒乱は明らかにあなたを中心に起こったと聞いていますが?」
「それは・・・そうなのかしらね?」
「そうです!!」
ちなみにガリューは横で笑いをこらえながら、そのやりとりを見ていた。女性の二人にはわからないだろうが、ガリューには冒険者たちが無茶飲みした理由はなんとなくわかっていたのだ。
(冒険者たちが飲むのをやめられなかったのはフーガが女の子だったからだろうなぁ。)
女性の新人冒険者がいる。冒険者ギルドの食堂にいる冒険者からすると興味津々だろう。その子がお酒を飲む相手を探してる。これはなにかあるのではないか。いや、ないとしても酔ったらなにかあるのではないだろうか。そんな下心がきっかけだったのだろう。
しかし、それは徐々に違う様相を見せていく。化け物のような飲みっぷりで次々に冒険者の男たちをなぎ倒していくフーガを見て、冒険者たちは思ったのだろう。『負けたくない』と。もう、一人では勝てないことはわかった。だったら、全員でもいい。フーガを負かしたい。そうしなければ、最後に残ったちっぽけなプライドすらも失われるのだ。
まぁ、その結果が今朝の地獄絵図なのだが。
「まあまあ、ギルド長さん。他の職員からも事情は聴いたんでしょ?こいつが原因でもこいつは悪い事はしてませんよ。」
「そうなんですよ。なんか悪い事していて欲しかったんですけどね。」
「もう、冗談きっついぞ。」
「俺は今のお前のテンションがきっついわ。」
ズビャシ!!
「しばくな!!文句は口でいえ!!」
「緊急の要請を受け、教会からやって来ました。患者はどこです・・・ってなんですかこれ!!」
そんなやりとりをしていたら、教会の神官たちが到着したようだ。そして、あまりにも凄惨な現場に驚きを隠せないでいた。
「ああ神官さんたちが到着しちゃった。フーガさん、今回はもうこれ以上は言いませんけど、今後は自重してくださいね。えぇ、あなたが飲まなければいいんです。それでこんなことにはならないんですから。わかりましたね。」
「・・・?」
「首を傾げないでください。」
「私が生きるのにはお酒が必要なんですが・・・」
「ではここでは二度と飲まないでください!・・・いや、ここ以外で飲まれた方が面倒かな。」
「ギルド長さん。」
「はい?」
「諦めた方がいいんじゃねえか?」
「そんなご無体な!ああもう!とりあえず神官さんたちが先ですね。また今度この話はしましょう。それでは!」
リーナが神官の所へいったの後、風雅は早速行動を始めることにした。
「よーし、それじゃあ残りの二人を探す為にギルドの掲示板に仲間募集のお知らせを出してもらいに行きましょ。」
「・・・フーガはきっと大物になる。俺が保証する。」
「何よ急に褒めて。でもありがと。」
頭を抱えたままガリューは思う。
(俺、誘うやつ間違えたんじゃないだろうか。)
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依頼用のカウンターに来た風雅たちであったが、ギルドの職員がいない。仕方ないので呼び出し用のベルを鳴らしてみると、しばらくしたら職員が駆けてきた。勿論、食堂から。
「お待たせしました。どういったご用件でしょうか?」
「仲間募集のお知らせを掲示板にお願いします。」
そういうと職員さんは顔を曇らせた。
「あの・・・今は流石に無理だと思いますよ。あれだけの騒ぎを起こしたパーティーに入りたいって思う人はいないんじゃないですか?」
「俺なら少なくともごめんだな。」
「でも、大会って七日後なんでしょ。じゃあ、無茶でも募集よ。」
「まあ、それもそうか。」
ということで、人は来ないかもしれないが張り紙だけはしてもらうことにした。条件は三つ、七日後の闘技大会に出ても良いという方、出来ればGランクそうじゃなくてもFランクの冒険者であること、前衛が可能な人を優遇、とした。
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朝ごはんを食べたいので食堂へと戻ったが、まだ当分は忙しそうであり、とてもじゃないが朝ごはんが注文できそうもなかった。仕方ないので、二人は近くのオープンカフェで朝ごはんにしようということになった。
「あれで仲間は来るかしらね?」
「可能性は低いが無いよりかはマシだろ。実際にはギルドで困ってそうな新人に声をかけて、誘っていく方が本命だな。」
「ああ、私にしてくれたみたいにってことか。」
「そういうことだ。」
それじゃあ、今日はゆっくりギルドで仲間探しをしよう、暇になったら修練場で魔法の練習でもやって過ごすか、ということになったところで、突然の訪問者がやってきた。服装からすると神官だろうか。魔法使いもそうであるように聖神様の力を再現する神官も聖神様の洗礼を受けた服装になる。そして、その神官は二人に近寄るなり叫んだ。
「あなたたちは一体何を考えていますの!」
「・・・今日の予定?」
「そういうことじゃありません!!」
「じゃあ、どういうことよ?」
「冒険者ギルドにあれだけの迷惑をかけておきながら、仲間の募集をするとか頭おかしいんじゃありません?っていってるんですわ!」
「ところで、お嬢ちゃんは誰だよ?」
「こ、これはわたくしとしたことがとんだ失礼を。わたくし、シルヴィーと申します。Eランクの冒険者であり、チーム『ホワイトローズ』のリーダーを務めさせていただいております。」
怒り心頭に発する感じだったシルヴィーではあったが、根がまじめな良いこなのだろう。ちゃんとしっかり挨拶をしてくれた。なので、ガリューとしてもしっかり礼節を返す。
「あの騒ぎを見てきたんなら知っていると思うが、俺はガリュー。で、こっちが・・・」
「フーガさんでしょう。ええ、職員の方に聞いてきましたので知っております。」
「それで、あの張り紙のどこが問題だったの?なんかいけないこと書いたっけ?」
「内容が問題ではなく、あなたのせいであれだけの人が苦しんでいるのに、当のあなたはこのようなところで優雅に朝餉を召し上がりながら、仲間を募集する張り紙を出してもらうってなにを考えてますのっていってますの!」
「だって、私たちあそこにいてもできることないしね。」
風雅の意見はもっともであるが、ガリューとしては実はちょっと後ろめたかったりもしていたのだ。実は冒険者ギルドで一日過ごそうかと誘導したのはそういう意図もあったりする。
「そういう問題ではありませんわ!!!わたくしたち神官がどれだけ朝から大変だったと思っていますの?」
「それはちょっと申し訳ないとは思っている。でも、飲んだのはあくまであいつらが自発的に飲んだのよ。」
「それを言われてしまうとこちらとしてはなにも言えなくなりますわね。まぁ、いいですわ。どうやら反省をするつもりはないってことはわかりましたし。」
「反省しないんだったらどうするのー?」
「わたくしたちも闘技大会に出ます。」
「おいおい、大人げねーな。」
ここまでは笑ってみていたガリューだったが、これは笑えなかった。これは要するにこちらがFランク冒険者に上がろうとしていると察したうえで、シルヴィーはその妨害をしてくると決めたということになる。
「あら、そちらのお嬢さんの理論でいくのであれば、参加条件を満たしている私たちが出場するのを止めるのはおかしいですわよね?ルールに従っていれば何をしたっていいってものじゃないってことを教えて差し上げますわ。」
「かぁー、嫌な女だねえ。」
「おだまり!!まあ、そもそもあなた達のような頭のおかしい人の仲間になりたがる奇特な方がいらっしゃるとは思いませんけども。それではごきげんよう。」
そういってシルヴィーはカフェを去っていった。
「ねえガリュー。」
「なんだよ。」
「私、『ごきげんよう』って挨拶していく人初めて見たわ!」
「ああ、そうだな。珍しいな。」
ガリューは『気になったところそこかよ!』と突っ込みたかったがもうなんか面倒になったので、それすらも放棄していた。
しばらくはゆっくりと食後のコーヒーを飲んでまったりしていた。どうせすぐに戻っても誰かにあえば文句を言われるのだ。風雅も悪いとは思っていたが、風雅からすれば本当にどうしてあんなにみんな無茶したのかはわかっていないので、謝りどころがよくわかっていなかった。そして、すでに興味は、へえ、この世界にもコーヒーってあるのね、というところへと移ってしまっていた。
そんなとき、二人にとっては予想外の事態が起こる。またしても、神官が二人の元へとやってきたのだ。そして、二人を見つけるとこう言った。
「あ、あの・・・ギルドで仲間を募集されていたのはお二人で・・・あってますか?」
その神官の女性は酷くおどおどした様子であった。びっくりした二人ではあったが、これは願ってもない展開である。風雅は早速神官の女性の手を握って声をかける。
「ようこそ、私たちはあなたを歓迎します!」
「いや、まずは名前聞くとか色々やらなきゃいけないことあるだろ。すっとばすな。」
「私、思っていたことがあるんだけど。」
「なんだよ。」
「ガリューってさ、その見た目でその口調なのに中身はくそまじめよね。」
「それ今言う意味ある!!?」
手を握られたままの神官の女性は戸惑っていたが、そんなことには気が付かない二人なのであった。