第18話 大問題を起こしました。
それは突然に訪れた。
「おい!やばいぞ!すぐに逃げろ!」
「どうしたんだよ?」
「すげえ数の野生動物たちが奥から飛び出してきてる!見回りの冒険者たちが足止めしてくれてるけど、ここもやばい。すぐに鉱山から出てくれってことらしい。」
「やべえじゃねぇか!すぐにいこう!」
鉱山は今までの歴史でも最高レベルのモンスタースタンピードの発生に大混乱に陥っていた。突然、鉱山の奥から大量の野生動物が飛び出してきたのはつい先ほどのことだ。
最初に異常に気が付いたのが見回りの冒険者だったのは不幸中の幸いといえるだろう。すぐに鉱山を管理している組織へと連絡が入り、内部にいた採掘をしていた者たちへと連絡がいきわたった。
さらに幸いしたのは最近鉱山内部で野生動物に鉱石を採掘に来た者たちが襲われるという事案が起こっていたことであった。そのため、警備をする冒険者たちが普段よりも多く配置されており、野生動物たちの群れが飛び出してきてもなんとか怪我人を出さずにほとんどのものが鉱山の外へと逃げだすことができたのだ。
しかし、冒険者たちはすぐに逃げるわけにはいかない。自分たちよりも後ろにいる戦う力のないものたちが全員逃げ切ったという報告を受けるまでは戦線を維持して、そこから先へと野生動物を進ませないようにしないといけないからだ。
「ちょっとこの数は厳しいな。」
「だが、それほど脅威度の高い生物はいない。無理さえしなければなんとかなるはずだ!」
「でも、こんな数の生き物が一斉に行動するっていうのはやばくないですか?」
「そうだな。だけど、今はそっちを考えている暇はない。」
こうしてなんとか時間を稼ぐことに成功した冒険者たちではあるが、脱出した後はほとんどのものが戦闘不能になるほどの疲労状態になっていた。このまますぐにモンスタースタンピードの制圧に向かうことはどうみても不可能であった。
鉱山は一応ではあるが、中でこういったトラブルが起こることも考えられており、鉱山を管理している組織がちゃんと入山したものをチェックしている。そのおかげで、誰が今中にいるのかは把握されている。入山したものと、避難できたものを照らし合わせると、ほとんどの者の無事は確認できたのだが、一人だけ無事が確認できていないものがいた。
「確認ができていないのはどんなやつだ?」
「はい、一応冒険者ということです。ギド工房からの紹介状を持っていて4番地で鉱石を採ってくるといっていたそうです。」
「冒険者としてのランクはいくつなんだ?」
「はい、Dランクでした。」
「それだと今の状況は一人だと厳しいかもしれんな。早々に救助に行くか、あるいは見捨てるのかを判断しないといかん。」
「この状況で助けにいけるでしょうか?」
「緊急依頼で聖騎士に依頼すればすぐに来てくれる。だが、問題もある。」
それは現実的な問題である。ここは聖騎士国であるため、聖騎士を呼べばほぼ全ての問題はすぐに解決できる。しかし、聖騎士国の中の問題とは言え、聖騎士への依頼はとても高額な金銭が必要になるのだ。聖騎士側でこのトラブルは聖騎士が出撃するべきだ、と判断されたものに関してはお金は請求されない。そのため、以前の魔物化したランドドラゴンの討伐のような場合は聖騎士は無償で動いてくれるのだ。
しかし、今回はそうはいかない。おそらくは最近ずっと採掘をする人間を襲っていた野生動物、あるいはここまでの騒動を起こすのだから魔物だと考えていた方が良いかもしれない、なにせその個体が関わっているのは確実だろう。だが、その脅威度は正直そこまで高くないと予想できる。他の野生動物の逃げ回っているだけだし、実際に襲われた者にも死者は出ていない。そのあたりを考えるとおそらくは正規に解決するなら冒険者を雇ってなんとかすることになるだろう。
そうなると聖騎士への依頼はやはり金銭が必要になる。これはどうしても早期に解決したい事例があるときに使われる方法であり、この報酬はかなり高く設定されている。これは聖騎士の価値を証明するものでもあるし、聖騎士の活動資金としても必要になるからだ。聖騎士は各国の支援も受けているので活動できなくなることはないだろうが、稼げるものは自分で稼がないといけないということなのだろう。
話を戻すが、そうなると結局はその冒険者一人のためにそこまでの金銭を払うことができるのかということになる。正直に言ってしまうと、そこまでしてやる必要を感じない。鉱山に入るときにも自己責任とも伝えているし、ここはやむを得ないだろう。
「冒険者ギルドへ連絡。できるだけ早急にこの事態を収めたいという旨を伝えてくれ。そちらは多少金額が割り増しになっても構わない。」
「了解しました!」
これが現場で出来る精一杯の対応であった。そもそも鉱山を長期間使えない状態にすることもできないし、それならできるだけ早く冒険者に解決してもらった方が良い。そうすることで、その中に残ってしまっているという冒険者の生存率もあげられるだろう。非常に合理的な判断であるといえた。
「しかし、中で取り残された冒険者は非常に恐ろしい思いをしているでしょうね。」
「ああ、無事でいてくれると良いのだが・・・」
兵士たちは中で取り残された冒険者の無事を祈らずにはいられなかった。
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一方そのころ取り残された冒険者である花は、とても楽しそうに鉱石掘りに夢中になっていた。
「魔力視のおかげでミスリルは簡単に見つけられますね。これは本当に有能な技能です。」
そう、魔力視のおかげで魔力をため込む性質であるミスリルは非常に簡単に見つけられた。この方法に気が付いてからは採掘が楽しくて楽しくて仕方なかった。
「おっと、またしても見つけてしまいました。」
花は完全に油断していた。ちゃんとしていれば、その魔力量の大きさで気が付くことができていただろう。花は大きな衝撃を横っ腹に受けて、壁へと叩きつけられた。
突然の攻撃に花は対処しきれなかった。いや、この暗闇がない、あるいは浮かれ切った状態の花でなければ受けることもなかったような一撃。まるで車にはねられたような衝撃で岩壁が砕けるほどに叩きつけられた。
しかし、花にとってはダメージすらほとんど受けてなかった。これについては本人が一番びっくりしていたのだが。
(体が強化されているという実感はありましたが、頑強さもここまでとは思っていませんでした。)
さらに、多少は怪我もしているものの、目に見える速度で怪我が治っていく。魔力により身体の活性は傷の治りにも影響しているようだ。それを見て、花は自分が疲れなくなった理由にやっと気が付いた。
(そうか、疲労も筋肉が傷ついて起こるものです。それを魔力で癒してしまっているんだ。)
魔力でどうして体力が増えるのか理解できていなかったが、そう考えるとしっくりきた。
さて、ここからどうしようか、そんなことを花は考えていた。どうやら目の前に見えるミスリルは動くらしい。動くミスリルがあるのかは聞いていないが、実際に攻撃されたのでそう思うしかない。
(起き上がったらさすがにまた攻撃してきそうですね。うーん、まずは視界を確保しますか。)
魔力視でそれほど周りの地形を見るのは困っていなかった花だが、さすがに詳細なものを見るにはここは暗すぎる。とりあえず視界を確保し、やばいようなら即逃げる、なんとかなりそうなら、討伐して採掘を続ける。そんな感じでいくことにした。
周囲を照らす魔法道具を放り投げ、周りを明るくするとそこにいたのはミスリルを背中に生やした巨大なトカゲであった。
ミスリルリザード、魔力をため込むミスリルを身体に付着させることで強い魔力を持っているように見せかけて生き延びるという知恵を持った野生動物。実際の強さはそれほどでもない個体が多い。
ただ、例外的な強さを誇る個体もある。それは、ミスリルの魔力を操れるほどに長期間生き延びた個体である。そういった個体はミスリルにある魔力によって身体能力は強化されるし、不死化した魔物のような耐久力も持ち合わせることになる。もっとも、ミスリルに貯蔵できる魔力がある限りはということになるが。
そして、目の前の個体はさらに能力特化の魔物化をしているミスリルリザードであった。ただ、花はそんなことに気が付くことはなかったのだが。
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この間、人間に殺されかけたときに必死の思いで逃げ延びた。その後、自分に不思議な力が備わったんだって気が付いたんだ。背中につけたミスリルから凄い力を引き出せるようになっていた。俺はその力に浮かれていた。
俺を殺そうとした人間たちも俺にはもうかなわない。何人も何人もやっつけてやった。人間は殺してしまうと復讐にやってくると聞いていた。だから、殺すことこそなかったが、どんな人間にも負けなかった。他の生き物にも負けない。俺は無敵になったんだと思っていた。
だが、それは間違いだったんだ。
今日も人間たちを襲って遊ぼうと思っていた。そんなときに、俺の住処にやってくる馬鹿な人間がいた。ああ、今日はこいつで遊んでやろう。俺はやつに襲い掛かろうとした。
そのとき、そいつがなにかをしたんだ。なにをしたのかはわからない。だけど、わかった。こいつは手を出したらいけない相手なんだって。
それからすぐに気がつかれないように隠れていた。でも、あいつは俺を探していたんだ。ミスリルを見つけると破壊し始めた。俺もミスリルを背負っている。俺を探しているんだ。やっぱり人間を襲っていたのがいけなかったのか?
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、やばい・・・・・・・・・
あいつが近寄ってくる。もうすぐそこまできている。こうなったら、もう覚悟を決めて油断しているところを攻撃するしかない。あと少し近づいてきたら攻撃する。しっぽに全部の力を込めて準備する。
ビュオン!!
やった、直撃した!全力の攻撃。やった、俺はやっぱり最強になったんだ。あんな奴恐れる必要なんてなかったんだ。そうして、安堵に包まれたとき、俺は絶望した。
突然、周りが明るくなったんだ。そして、寒気が止まらなくなった。
あいつは何事もなかったように立っていた。怪我一つしていなかった。そして、俺にはもう逃げる時間もない。どうして俺は攻撃を当てたときに逃げ出さなかったんだろう?今となってはもうそのときのことを悔いることしかできない。
そいつはなにか恐ろしい力を持っている。そう、それだけは本能が理解する。そして、その直後、俺は意識を失った。
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討伐したミスリルリザードの死体を前に花は少し悩んでいた。正直、もうミスリルは十分に採取できている。だから、この死体を持って帰るべきなのかどうかを悩んでいたのだ。
(でも、これはどうみてもレアな素材っぽいんですよね。)
少々面倒にも感じたが、持って帰れないほどでもないし、今はお金があるに越したことはない。なので、花は結局この死体を持って帰ることにした。もしかしたら、このトカゲについたミスリルは特殊なものかもしれないという可能性も考え付いていたからだ。
そうして、ミスリルリザードの死体を抱えて、鉱山から出てきた花を待っていたのは、衝撃的な事態であった。
「君、無事だったのか・・・ってそのミスリルリザードは一体どうしたのかね?」
「あ、はい。襲われたので退治してきました。」
「退治してきましたって、そんな簡単な・・・そうだ!そんなことよりも野生動物たちが巣穴から飛び出してくるスタンピードが発生していたはずなんだが、君は遭遇しなかったのかね?」
「野生動物ですか・・・いえ、この一頭しか出会いませんでしたが・・・」
そこまでいって花は思い当たる節があった。自分だ。この事態は自分が引き起こしたのだと気が付いた。
そうだ、ミスリルが取れるという場所までいって、近くにいた野生動物たちを追い払ったんだ。花はさすがに自分の力が普通ではないことを理解している。そんな花が威嚇をかましたものだから、野生動物がたちはパニックを起こしてしまったのだろう。
そこまで気が付いて、花は顔面蒼白になった。
「ええと、すみません。おそらくですが、これは全部私のせいです。」
「君は一体何を言っているのかね?」
鉱山の管理者は首をかしげていたが、花は事情を説明し始めるのであった。




