第15話 さようなら冒険者、私は次の道へと進みます。
リオとバルゴは事のあらましを聖騎士の総隊長へと説明していた。花を聖騎士にするための候補として連れて帰ること、そして、花は女神に頼まれてこの世界にやってきたことを伝える。
「そのハナという子は本当に女神に頼まれてこの世界に来たと判断して大丈夫なのですか?」
「はい、彼女は女神様の特徴をブラウンのロングヘアーで黄色の瞳をしていると答えました。実際に見ていないと、その答えにはならないかと思います。」
「ふむ、納得できるといえば納得できます。しかし、それだけではどこかでその情報を知ってしまった可能性もあるといえばあります。例えば、魔族からであるなら、そのような情報も手に入るかもしれんせん。」
「いえ、彼女が魔物でないことは確認済みです。」
「魔族側を支持する狂信者という可能性もあり得ます。」
「言葉を遮るようですが、ハナは魔族ではないでしょう。」
「あら、バルゴはなにか確信を持っているのね。」
リオが中心に報告していたのはいつものことであった。あまりバルゴはこういうときに口をはさんでこない。そもそもバルゴはあんまりおしゃべりが好きではないので、こういう報告は大体リオの役目なのだ。
「ハナは女神の特徴を伝えているときに、なんの緊張も見られませんでした。」
「どういうことかしら?」
「女神様たちのお姿は老婆の姿をしているということで一般的には広めてありますよね。それに対して本当のことだとはいえ、実際に見てもいない情報をあれだけなんの躊躇いもなく最強の聖騎士の前で話せる人間はいないということです。」
そう、監視役の女性がすぐに嘘をついていると花の言葉を遮ったのはわけがあった。女神の姿は一般的には老婆である、と伝えられている。これについては色々と理由があるが、もっとも大きな理由は本当に女神に出会ったものを見つけるのに役に立つというところであった。
つまり、本来なら女神の本来の特徴を言い当てた花は疑われることにはならない。しかし、花が本当に女神とあったということになれば、花の異世界から連れてこられたという余りにも突拍子もない話が本当であることにもなってしまう。このことから総隊長は少し慎重になっていたのだ。
「なぜ緊張しないのか。それは見たことをそのまま伝えているからです。あの様子を見たら疑う余地はないと俺は思います。」
「そう、バルゴまでそういうならそれでいいわ。」
「それじゃあ、ハナは連れていきますよ。」
「ええ、お願いね。それとハナさんの実力なんだけど、本当にこの報告通りなの?」
「はい、本当に僕を投げ飛ばしましたし、魔力量でいうなら僕を上回る可能性が高いです。」
「例えるなら人型のドラゴンだと思って差し支えないです。」
「本当にすごいわね。そうなると、学校は最高学年への転入という形で進めることにしておくわ。」
「それで良いと思います。冒険者ギルドでの評判を聞く限り教養や聖騎士としての在り方なども教える必要は感じません。基礎を教えるよりも最後の実践的な部分を教えるべきです。」
「わかったわ。ランドドラゴンの討伐もお疲れ様でした。そちらの報告は帰ってからゆっくりでいいかね。」
「わかりました。それでは、そのようにお願いします。」
こうして、通信は切られた。その場に残ったリオとバルゴ。リオは少しだけ不安も覚えていた。
「ねえ、バルゴ。ハナくんはいったいどうして女神様にいわれてこの世界に来たんだと思う?」
「わからん。少なくとも俺は異世界に行きたいと思ったことなんかない。」
「だよねー。彼女もその理由と異世界については答えないと言っていたし。」
「それは理解できる話だがな。」
「たしかにね。僕たちへの信用はある程度してくれてるみたいだけど、そこまで親しいってわけじゃないし。」
「大丈夫だ。彼女は良いやつだし、俺たちでフォローすればいい。」
「そうだね、できることはしてあげよう。そうしているうちに彼女の目的がわかってくるかもしれない。」
実際には花には大きな目的と呼べるものはない。ただ、花だけが知っている事実を二人が早く聞き出せるかどうかはこの世界の命運を握っているといっても過言ではなかった。
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花はパーティー会場でリディアと一緒にいた。このパーティーはランドドラゴンの討伐が成功したというお祝いに領主が開いてくれたパーティーである。ただ、パーティーとはいうものの、規模を考えるとお祭りに近いほどのものになっている。というのも、花が聖騎士国へ行くということを知った領主が花を送り出す目的も含めてサボルの街中でのかなり大がかりなものへと変更したからだ。わずかな時間とはいえ冒険者として活動したサボルの街には知り合いもできているだろうし、娘の病気を治してくれた恩人へのせめてものお礼だそうだ。
「もう明日にはサボルの街からいっちゃうんですよね?」
「その予定ですね。あのお二人は忙しい方のようですし、そちらの都合に合わせるべきでしょう。」
「もっと、ハナさんと仲良くなりたかったです。」
「そうですね、もう少しゆっくり出来たら良かったとは思います。この街での冒険者生活に不満はありませんでしたから。」
「あの、またこの街に来るときは教えてくださいね。私は簡単にはこの街からは出られないとは思うので。」
「わかりました。その時は必ず連絡します。」
「はい、それじゃあ次はどこにいきます?」
「おーい、ハナー。」
声に振り向くとそこにいたのは古き友の四人であった。
「探したよ。明日にはこの街を旅立つってギルドマスターに教えてもらったんだ。」
「挨拶にくらい来いよな。街中探したんだぞ。」
「すみません。みなさんは今日遅くに帰ってくると聞いていたもので、ギルドマスターに伝言だけでもと頼みました。」
「ハナさん、この方たちは?」
「ああ、この方たちは古き友というパーティーのみなさんです。私が最初にこの街でご一緒した冒険者で、それから仲良くさせてもらっていたんです。」
「こんばんは。私はリディアと申します。ハナさんのお友達です。」
それからは、6人でパーティー会場を色々と回った。ゆく先々で花は色々な冒険者たちに声を掛けられていた。わずかな時間しか冒険者としては活動しなかったが、花の真面目で優しい性格は多くの冒険者たちから好かれていたのだ。
「大人気だな、ハナは。」
「ちょっと照れくさいですが、どうやらそうみたいですね。」
「いや、でもわかるよ。ハナと仕事して嫌な思いにしたっていうパーティーなんていないんじゃない?」
「トラブルを起こしたっていう例のパーティーは結果的に嫌な思いしたかもね。」
「それについては申し訳ないところです。」
これについては本当に花にとって唯一失敗したと考えている部分であった。
「そうだね、ハナさんは善行であるならば何やっても許される、みたいに考えているところがあるから、そこは注意がいるかもしれないね。」
その言葉に花は衝撃を受けた。たしかにそうだ。このトラブルの原因はどこにあったのだろうと考えていた。みんなに喜んでもらおうと自分の力をふるった、そのどこに間違いがあったのか。そうだ、善行だからといって、それが全員の助けになるとは限らない、そんなことを考えていなかったということに気が付いた。
「本当にそうですね。自分の未熟を恥じる限りです。」
「でも、個人的にはそういうハナのままで聖騎士になってほしいって私は思うな。そうしてくれたら、多くの人を救う聖騎士になってくれそうなんですもの。」
「それもあるな。やっぱりハナは聖騎士になるのがちょうどよさそうだ。」
「そうかもしれませんね。私に冒険者は自由過ぎたのかもしれません。」
「自由過ぎたっていうのはちょっと面白いな。」
そうして、6人は笑いあうのであった。
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その後の花は少し予想外の事態に巻き込まれていた。冒険者ギルドの修行場で多くの冒険者と手合わせをしていたのだ。どうやら、勇者であるリオと模擬戦をやったということが多くの冒険者に知れ渡ってしまっているらしく、明日には街から出て行って花とその前に手合わせをしたいという冒険者が多かったのだ。
「うぉおおおお!」
巨大な斧を振り下ろす戦士。しかし、花はその軌道を完全に見切り、ギリギリのところで斧を回避する。そのまま、懐に潜り込んだ花は掌底で顎下を打ち上げるところで寸止めをする。
「どうでしょうか?」
「ま、参りました。」
その様子に周りのギャラリーたちは大盛り上がりである。
「Bランクでも勝てそうにないな。」
「冗談みたいに強いな。」
「あれならたしかに勇者ともやりあえそうだ。」
そんな声が聞こえてくるが、実際にはリオには全く歯が立っていない。それについては不甲斐ない思いでいっぱいである。
「もう挑戦者はいないかー!」
「いないっていうか、ハナは30人近く相手にして大丈夫なのかね?」
「はい、問題ありません。」
「それが既に凄すぎて笑えるぜ。」
結局、それからもう挑戦者は現れなかった。そして、最後にギルドマスターが出てきて、ハナに向かい合う。
「ギルドマスターが相手をしてくれるのですか?」
「いやいや、まさか。相手になるわけないだろう。これを渡しておこうと思ってね。」
ギルドマスターがくれたのは、そこそこの金額になるお金であった。
「あの・・・これは?」
「今の手合わせの挑戦料だよ。ま、そういう名目のカンパっていうほうがしっくりくるけどね。しばらくの間活動だったとはいえ、このサボルの街の問題は君のおかげたくさん解決した。そのお礼がしたくてね、ついでに君と手合わせしたいっていう冒険者の欲求もかなえられて一石二鳥だったよ。」
「そうだったんですか。ありがとうございました!」
「なんのなんの。実際にはハナくんには残っていて欲しいと思うくらい世話になったからね。また、冒険者をやりたくなったらいつでも来てくれたまえ。」
その言葉に集まった冒険者たちからも大きな歓声があがる。でも、なんとなくわかっている。花はもう冒険者には戻ることはないだろう。
「もしも、そんなことになったら世話になりますね。ならないように頑張りますけど。」
「そうだね、それが良い。ただ、遊びにはいつでも来てくれていいからね。」
「はい、この街に戻ってきたときは是非。」
こうして花は世話になった冒険者ギルドにも別れを告げた。
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屋敷への帰り道。結局、最後は領主の娘であるリディアの護衛という名目で領主の館へと向かうことになった。どうせ、明日の待ち合わせも領主の館なので、もう今日も泊っていったらいいよ、とリディアも言ってくれたので、その好意に甘えることにした。
「そうだ、ハナさんはこのサボルの街でやり残したこととかはないんですか?何かできることならできるだけ叶えられるように頑張りますけど。」
「そうですね・・・なにかあったでしょうか。」
少しだけ、考えを巡らせてみる。一つだけ思い当たるものがあるといえばある。しかし、それはもうどうしようもないことだし、リディアに言うべきことでもなかったようにも思えた。だが、リディアには何か答えようとして、結局は伝えてしまった。
「ランドドラゴンと戦ってみたかった、とかですかね。」
「ええ!戦ってみたかったんですか?」
「自分でも少し驚いていますが、この世界に来てもっと強くなりたい。もっと、強い相手と戦ってみたいというような欲求が出てきているようなんです。」
「へぇー。ちょっと意外でした。ハナさんは優しいし、戦いが好きじゃないとばかり思ってました。」
「ああ、別に討伐したいわけじゃないですよ。ただ、純粋に力比べをしてみたかったんです。ランドドラゴンなんて滅多にいないといってましたから。」
「そっか、そうですよね。ハナさんも強さを求めているんですよね。」
「あ、もちろん今回のランドドラゴンの討伐はこれで良かったと思っていますよ。多くの人を危険に晒してまでやるようなことじゃないという分別はあります。」
「わかってます。ハナさんはただ強い相手と戦いたいだけってことですよね。」
「はい、自分でもこんな感情があるとは思っていませんでした。」
「良いと思いますよ、私は。自分のためっていう部分もある、でも誰かを助けるために聖騎士になりたいって思いもある。ハナさんはそれで良いんじゃないですか?」
「そうですかね。そうですね。それに、どうせ無理に抑えられるものでもないでしょうし。」
こうして花の冒険者生活は完全に終わりを迎えた。この冒険者生活で得られたものはたくさんある。その中でも、自分のやりたいこと、自分が望むもの、そして自分の中に渦巻く欲望を知れたことはなによりも花にはありがたいことであった。




