第14話 聖騎士になりたいと伝えることにしました。
リオとバルゴ、あの二人は最も聖騎士の中で格上の『二つ名』を持つ聖騎士だということを教えてもらった。二つ名持ちは現在の聖騎士では8人いるそうなので、ざっくりいうとトップ8に入る人物であるということになるのであろう。ただ、二つ名は単純な強さでつけられるものではないらしい。
「どういう基準で二つ名がつくのかははっきりわからない。ただ、間違いなく今一番有名な聖騎士はリオ殿で間違いない。」
領主からはそう教えてもらった。もっとも精力的に人助けをするために全世界を駆け巡り、様々な事件や対立を解決に導いているという聖騎士の絶対的エース。それが勇者リオだという。
「そんなすごい人と戦ったんですね・・・」
そうリオこそがこの世界でトップの実力者というやつなのだろう。女神や白い球がいっていたとおりで、自分の実力ではこの世界のトップクラスとはまだ戦うことはできないことをまざまざと見せつけられた。花にとっては何年ぶりになるだろうかという敗北。その衝撃はかなり大きかった。
(自分の全てをぶつけてもどうにもならない。自分が頑張ってきたものが何も通じない相手。)
もう戦いから丸1日経っているというのに、考えるのはリオとの模擬戦のことばかりだ。そして、どうしてもその戦いのことを思い出すとにやけるのが止められなかった。
(ああ、なんて、なんて楽しい感覚なのでしょう。ずっと追いかけられてばかりだったこの数年。格闘技は好きだった。だから辞めたいとは思わなかった。でも、これだ。やはり、なにか目標があるというのは全然違う。私は、聖騎士になってもっと腕を磨いてみたい。)
花にとっては敗北は屈辱よりも興味や喜びが勝っていた。地球にいたころ、自分にかなわない人たちはどうしてもっと努力しないのかと不思議だった。たしかに努力すれば勝てるとは限らないだろう。でも、なにもしないなんてことにはならない。目の前に乗り越えるべき壁があることは絶対にプラスになるはずなんだ、花はそう考える女性だった。
リオが見せたあの重い魔力。あれはリオ独自の力なのかもしれない。だが、バルゴもそれができると言っていた。そうだとすれば、おそらくこの魔力視のように身体能力をあげるような魔力操作があるのではないかとリオは考えた。それが聖騎士になれば教わることができるかもしれない。それだけで、自分はもっともっと強くなれる可能性がある。それだけで、わくわくした。
そして、花はそんな自分を少し恥じてもいた。世界を救うためにこの世界に来たというのはわかっている。それでも、数年間得られなかった高揚感を押さえることなどできようはずはない。ただ、これが悪の道であるなら、花は何があってもそちらへは行かなかった。ただ、この道は元々花が正義を行うために目指そうとしていた道と重なっているのだ。もう、そちらへと進まない理由は花の中にはなかった。
(領主様の話によると、ランドドラゴンの討伐が今日行われる。その後、あの二人はここへとよってから帰るらしい。)
そのときが最大のチャンスとなる。一緒に連れて行ってくれるのが一番良い展開ではあるが、そこまでは望めないと考えておくべきだろう。どうにか、聖騎士になる方法だけでいいから詳しく聞いておかないといけない。そんな考え事を遮ったのは花にかけられた声であった。
「ハナさん、ああいたいた。ちょっと一緒に来てもらえませんか?」
「はい、構いませんよ。」
花を呼びに来たのはリディアだった。どうやら領主が花を呼んでいるらしい。それなら使用人が呼びに来れば済むことなのだが、リディアはなにかと花と一緒にいたがるのだ。
「ハナさんは聖騎士になりたくなったんですか?」
「そうですね、実はここに来る前から私は冒険者よりも聖騎士に向いているのではないかと考えていたんです。」
「なるほど、そこにあの二人との出会いがあって、ということですか。」
「そういう感じです。ただ、どうやったら聖騎士になれるのかを詳しく知らなくって。」
「そうでしたか。それなら、きっと喜んでもらえると思いますよ。」
「いったいどういうことでしょうか?」
そんな雑談をしながら領主の部屋へと向かう二人。領主の部屋には既に領主に加えて、リオとバルゴ、それにサボルの街の冒険者ギルドのマスター、そして見知らぬ女性が二人待っていた。
「ああ、来客中でしたか。私は後で出直しましょうか?」
「いや、ハナくんを呼んだのはこの話に関係があるからだよ。」
「そういうことですか。すみません、このリオさんとバルゴさんがいるのでなにか緊急事態かと。」
この感覚はなにもおかしいわけではない。花は今日ランドドラゴンの討伐が行われると聞いている。だから、その大きな役目を担っている二人が現場を離れて領主の部屋にいるというのはおかしなことでしかない。ただ、その予想は大きく外れているわけではあるが。
「あの、ランドドラゴンの討伐はどうなったのでしょう?」
「ああ、もう終わったよ。無事に討伐完了だ。」
「思っていたよりも速かったんですね。大した個体ではなかったのでしょうか。」
「いや、巨大化していたランドドラゴンの討伐が簡単なわけないだろう。二人がとんでもないだけのことだ。」
「巨大化ってランドドラゴンが巨大化していたのですか?」
「ああ、もう討伐が完了したのでばらしてしまうが、それもあって聖騎士のトップに来てもらっていたんだ。」
「あの・・・それってランドドラゴンを魔物化させる脅威が他にいることになりませんか?」
「すごいな。そこまで思いつくか。」
花の言葉に反応したのはバルゴだ。そう、その可能性がある。だからこそ、周辺の調査も兼ねて聖騎士のトップが派遣されてきていたのだ。
「それについては機密事項なので説明できません。」
「あ、すみません。」
「いえ、当然の疑問ではあります。ご理解いただけますと幸いです。」
花に返事をしたのは見知らぬ女性の一人である。どうやら、そのあたりもあってリオやバルゴは派遣されてきたのだろう。ただ、それは花が気にするようなことではなかったらしい。
「そっちは僕たちで調査しているからハナさん気にしなくていいよ。今日ここに来てもらったのは別の話なんだ。」
「ああ、それはちょうどよかったです。私も教えてほしいことがありまして。」
「そうなの?じゃあ、先にそっちの要件を聞こうか。」
「はい、実は私、聖騎士になりたくて。それでどうやったら聖騎士ってなれるのかを聞きたかったんです。」
「おお、それなら、むしろ好都合だね。」
「好都合といいますと?」
「僕たちの話っていうのがまさにそのことだからだよ。僕たちはハナさんを聖騎士にスカウトしたいと思ってね。」
「ほんとですか!」
花にとってはこの話は非常に好都合であった。ご都合主義的といっても仕方のないほどの幸運な展開である。ただ、そううまくはいかないのがこの手の話なのだ。
「ただ、それについてどうしても確認しておかないといけないことがあるんだ。それを聞きたくて、来てもらった。」
「はい、なんでしょうか?」
「君は一体何者なんだい?君の素性はここにいる領主様やギルドマスターから聞いている。でも、それが本当のことだと迂闊に信じることはできないほどに君は強い。強すぎるといっていい。」
「答える前に先に忠告させていただきますが、この場で嘘はつかないほうが良いとだけ言っておきます。」
話に割り込んだのは先ほど返事したのとは別の見知らぬ女性だ。なるほど、あの二人はそういう調査を任されている聖騎士の団員ということだろう。つまり、この場で嘘をつくとなんらかの方法でそれがばれる可能性があるということになると花は予想した。
「うーん、困りましたね。」
「大丈夫、大丈夫。ハナくんが悪い人じゃないことは伝えてあるから。この街に来てからもとても有能に働いてくれていたことも、来る前にあの村で善行をしてきていることも伝えてるから。」
ギルドマスターは悪いことをしていると疑われて緊張していると思ったのだろう。しかし、花の不安はそんなところにあったのではない。嘘をつかないのであれば、女神と異世界転移について話すことになる。
正直なところを言ってしまえば、別に『話すな』と女神から注意を受けたりはしていない。だから、どうしてもなら事情を知っている人を作るのも悪くはない。その人には様々なことを聞きやすくなる。あんまりにもこの世界では常識というようなことを訪ねるのは変な人に見えてしまうリスクがある。だが、事情を知っているものがいれば、そういったことを聞きやすくなるメリットがあるからだ。ただ、この場にいる人たちに話してもそういうメリットはほぼほぼ受けられないだろう。なぜなら、すぐにそういうことを聞ける状態にいるような人たちになるとは思えないからだ。
(結局ここで話すかどうかはメリットとデメリットの天秤になります。メリットは聖騎士になれる可能性が極端に高くなる。デメリットは女神様のこと、そして転移のことがこの世界ではどれほどの意味を持つのかがわからないことでしょうね。)
しばらく逡巡していた花だが、その様子を見ていたリオが助け船を出してくれる。
「どうやらすごい悩んでいるみたいだけど、そんなに話したくないことなのかな?」
「話したくないというか、話して良いのかという感じで悩んでいます。」
「よくわからないけど、悪いことじゃないなら話してくれた方が良い。僕はそれなりに権利も与えられているし、悪いようにはしないよ。なんなら、この場で聞いたことは君の許可なく話さないように全員に制約をかけてもいい。」
「少し失礼な物言いになりますが、それをどこまで信じて良いのかという話になりますけどね。」
「ははは、それはそうだね。僕は信用できないかな?」
「いえ、かなり信用しています。そうですね・・・まあいいでしょう。この出会いは意味があったと考えます。」
この世界で一番の聖騎士にいきなり知り合いになれたことは間違いなく意味があることだろう。そう考えて、花は決心を固めた。
「私は異世界から来ました。地の女神様にスカウトされて別の世界からこの世界にやってきたのです。」
花の言葉に部屋の中の空気は凍り付いた。花としては、ああやっぱりそうなるよね、という感じでもあった。しかし、すぐにリオはその空気を打ち破る。
「それは冗談とかではないんだよね?」
「はい、この場でこんな冗談は言いません。」
「だったら、君に聞かないといけないことがある。地の女神様はどんな容姿をしていたかな?」
「どんな・・・女神様というくらいですから、若い女性でした。」
「そんなはずはない!やはり嘘をついていたな!」
突然、割り込んできたのは見知らぬ女性の一人だ。しかし、それをリオがなだめる。
「魔道道具に反応があったのかい?」
「い、いえ。ですが、女神様は・・・」
「だったら、嘘をついていることはないよね。ごめん、ハナさん続けて。」
「え、はい、後は特徴的だったといえば、綺麗なブラウンの長い髪と黄色の瞳でしょうか。」
「それで、女神様とどんな話をしたのかな?」
「たぶん、言ってはいけないこともあると思うので、そこは省略させてもらいます。私の世界の話とかは迂闊に伝えるべきではないと思いますし。」
「うん、それで構わないよ。続けて。」
そこから花は女神様に修行の機会を貰い、領主たちに見せた魔力視もそこで教わったことを話した。もちろんだが、地球のことは言わなかったし、この世界が滅びるかもしれないことは言うはずなかった。
「うん、ありがとう。十分だと思う。どうかな、ハナさんは嘘をついているかい?」
「いえ、一度も魔法道具に反応はありません。」
「ここで聞いたことは許可なく話せないように制約をかけさせてもらうことになる。悪いけど、この事実はそのくらい衝撃的なことだと僕は判断する。」
「間違いないな。こうなると、ハナの意思はどうあれ一度は聖騎士国へと来てもらうしかない。」
「やはり、そういう事態になってしまいますよね。」
「すまないが、どうしてもそこは協力願いたいな。」
「わかりました。先ほども言った通りで、聖騎士になりたいは思っていましたので、どのみち連れて行ってもらえる方が助かります。」
「・・・ああ、そうだったな。衝撃的過ぎてそっちを忘れていた。」
「そうだね、お互いの思惑も一致しているようだし、僕たちと一緒にハナさんには聖騎士国へ行ってもらうことにしよう。」
「はい、よろしくお願いいたします。」
こうして花は聖騎士国へと向かうことになった。




