第13話 あの二人の正体を知りました。
大騒ぎするリディアに気が付いた使用人たちから徐々に伝播していき、あっという間に花がリディアの病気を治療したことは館の全員に知れ渡ることになった。それから花を待ち受けていたのは医者や領主による事情聴取である。
「すると、君はお嬢様の胸にある魔力を散らしたんだね?」
「はい、今考えると非常に迂闊なことをしました。」
「そうだね、もしかしたらそれによって良くないことが起こったかもしれない。医者や神官でもない人間が他人の体内魔力に干渉するのは場合によっては危険な時もある。それがわかっているのなら良いんだ。」
「申し訳ありません。」
リディアの病気とは魔力による炎症症状だった。魔力は身体を強化するが、それが制御できないと場合によっては毒にもなりえる。リディアの場合は自身の魔力が肺に悪影響を与えており、肺にずっと負担を与えていたのだ。肺はデリケートな場所であったことから自然に治るのを待つしかない状態であった。こういった自身の魔力による病気は魔力異常と呼ばれ、治療が難しい病気として扱われているのだ。
「しかし、突然どうしてお嬢様の胸の魔力を散らそうなどと考えたのかね?そもそもそれ自体が簡単なことではない。」
「説明すると少し長くなるのですが・・・」
こうして花は自分が魔力を見ることができることから説明をはじめ、それをリオとの模擬戦によってさらに上の技術にできないかと試したことまでを一通り説明した。
「ふむ、なるほど。しかし、それでよく娘の魔力が良くないものだと判断できたな。」
「それは不死の魔物の魔力に似ていたものですから。」
「不死の魔物と戦ったことがあるのかね?いや、ハナくんならあり得そうだ。それで、不死の魔物とリディとなんの関係があったのだ。」
そこで花は不死の魔物に見える魔力について、そしてそれがリディアの胸の魔力と同じ雰囲気を感じたことを伝える。
「ふむ、それで悪いものだと思ったというわけか。どう思うかね?」
「もしそれが本当であるなら、凄い発見にはなります。その魔力視という技術をちゃんとした医者や神官が覚えたのであれば魔力異常系の病気は大きく改善する可能性があります。」
「ハナくん、その技術は教わることは可能なのか?」
「そうですね、今までにレンジャーの方に一人教えました。ただ、他の方にも教えたのですが、できない方もいました。」
「いや、そういう意味じゃなかったんだが・・・まあ、いいか。いや、良くないか。ここははっきりさせておくべきところだ。そういう意味ではなく、秘匿しなくていいのかということを聞いているんだ。」
そういわれて、花は最初何を言われているのかがわからなかった。しかし、ようやく何が言いたいのかを理解した。そうだ、この世界ではこういう技術は他人には教えないものなのだ。つまり、領主は今後リディアがまた病気を発症する可能性を考えて、魔力視の技術を教わりたいのだろう。しかし、花がそれを断るのが当たり前のことであって、教えてもらうことはできるのかと聞かれているのだ。
改めて考えるとどうなのだろうか、と花は少し考えを巡らせる。個人的には別に教えてもいいと思う。というか、既に古き友には教えてしまった。まあ、今のところはそのうちレンジャーのシャンしか覚えることは出来ていないので、まだ秘密にしておけるレベルなのかもしれない。だが、女神は別にこの技術を伝えるな、なんてことは一切言わなかった。
(それなら別に色々な人に教えた方が良いでしょう。というか、むしろ医療技術の発展になるのであれば、教えるべきとすら思えます。)
「あの、少し考えたのですが、教えても良いとは思います。ただ、ひとつだけ条件があるのですが、よろしいでしょうか?」
「ふむ、どのくらいの金額を払えば良いのかな?できるならあまり足元は見ないでほしいのだが・・・」
「あ、いえ、お金は別に要りません。こちらの条件とはこの技術をできるだけ多くの人に広めてほしいのです。」
その言葉に領主も医者も共に驚きを隠せていない。
「そ、それはまたどうしてかね?」
「え、だって、そうした方が多くの人が救えますよね?魔力異常という病気の根本的な解決になりえるのであれば、できるだけ広めていただいた方が良いじゃないですか。」
「はっはっは、これは参りましたな。」
「ハナくんは本当に欲がないというかなんというかだな。わかった、この技術は必ず世の中に広められるようにさせてもらう。」
「はい、よろしくお願いします。」
この時はただのちょっとした人助けのつもりではあった。しかし、花のこの選択は後にとんでもなく大きな意味を持つことになる。ただ、そのことを花が知るのはまだまだ先の話なのだが。
「それにしてもハナくんは凄い技術をいくつも持っているようだが、どんな修行をしていたのかね?」
「いえ、修行自体はそれほどではありません。むしろ、才能を貰っただけといいますか・・・」
花は自分が思いがけず凄まじい魔力を持っていたことを話す。そして例の嘘設定を領主たちに伝えた。
「なるほど。そうだとしても今の君は間違いなく君の努力の賜物だよ。お嬢様のように魔力は強すぎても人に害をなす。それを使いこなせるような身体を鍛え上げた。つまり、その力は君の努力によるものだ。」
「なるほど。そう考えるとたしかにそうともいえますね。」
「なにせ、凄い力を持っていることには変わりない。誇って良いことだろう。」
領主も花を褒め称えるが肝心の花は少し困った顔をしている。それに領主も気が付いた。
「どうしたのかね?なにか変なことをいったかな?」
「ああ、いえ。ですが、この力をもってしても聖騎士には勝てなかったなと。私、実は今後聖騎士になってみたいと考えていたのですが、正直目算が甘かったと反省しているんです。」
「はっはっは!そんなことを悩んでいたのかね。それはとんでもない誤解というものだよ。」
「誤解・・・ですか?」
「そうとも、あの二人を君は一般的な聖騎士だと思って話しているんだろう?」
「そうですが・・・あの二人は一般的な聖騎士ではなかったのですか?」
「そんなわけないだろう。彼らはランドドラゴンの討伐を依頼されてきた聖騎士だよ。普通の聖騎士でランドドラゴンの相手など務まろうはずがない。」
ここで花は自分が勘違いをしていたことを教えてもらうのであった。
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ランドドラゴンがいる場所からほど近い場所に作られた野営地。そこに聖騎士の二人、リオとバルゴは到着していた。領主の娘であるリディアが館へと非難できたことでようやく討伐を始められるようになったからである。
「それにしてもあの領主様は意外とやり手だったね。」
「ああ、したたかだった。」
二人は領主の娘が避難するまでは攻撃を待ってほしいと頼まれていた。しかし、実際にはそれだけではなかったようだ。領主はランドドラゴンと聖騎士の二人の戦いが激しくなる可能性を考え、近隣の住民をかなり広範囲にわたって避難させていた。もちろん、娘が絶対に巻き込まれて欲しくないというのもあったのだろうが、それだけではなくそこで発生した時間をちゃんと民の為に有効利用してきたのだ。
「おかげで周りに気を遣わずに戦えるから感謝しないといけないくらいかもしれないね。」
「ああ、そうだな。」
「すみません、お待たせいたしました。監視の兵たちも全員撤退しました。後は、お二人にお任せすることになります。」
兵士が飛び込んできて、二人に状況を説明した。どうやら準備は完全に整ったようだ。
「後は任せてくれればいい。」
「はい、ご武運をお祈りしております。」
「それじゃあ、いってくるね。ここにいる人たちも退避しててください。」
そういって、二人はランドドラゴンの討伐へと向かうのであった。
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ドラゴン。そもそもドラゴンという種族はこの世に残ってはいないとされている。かつてドラゴンという魔力と身体能力に物を言わせた亜人はたしかに存在した。しかし、その存在はもう三千年以上確認されていない。そんなドラゴンという種族の名をいただいたのが今いるドラゴンたちだ。その特徴は様々だが、いくつかの共通点を持っており、その共通点を全て持っているものが今はドラゴンと呼ばれる。
まあ、そこまで詳しいことは多くの人は知らない。ただ、ドラゴンで知っておくべきことは3つ。ドラゴンは化け物じみた魔力を持っていること。ドラゴンはその魔力によって強化されたあり得ない身体能力を持っていること。そして、ドラゴンには人間は勝つことはできないので出会ったら即逃げること。この3つである。
ランドドラゴンはそんなドラゴンの中でも強いと分類されるドラゴンだ。その姿は走る要塞ともいわれている。硬い皮膚に強固な鱗を持つ四足歩行のドラゴンで、最大で体長は30メートルにもなる個体が確認されている。単純に走り回るだけで多くのものをなぎ倒していくため、人里に現れたときの脅威度はかなり高いものになる。
そんなランドドラゴンではあるが、ほとんど人の暮らしに悪影響を与えることはなかった。なぜなら、自分の縄張りから出てくることがほとんどないからだ。人間がその縄張りの外に暮らしている限りはランドドラゴンも襲ってくることはない。すなわち、ちゃんと棲み分けができているはずだったのだ。
そんなランドドラゴンがなぜ人里へと降りてきてしまったのかはその姿を見れば察することはできた。
「でかいな。」
「うん、どうみても巨大化しているね。これは僕たちを派遣した団長の判断は正しかった。」
「あまり油断はできんな。」
「そうだね、速攻で片付けてしまった方が良い。」
「了解だ。」
ドラゴンの魔物化。もはやこれは天災レベルの未曽有の危機ともいえる状況だといえる。通常でも20メートルはあるランドドラゴンが巨大化すればその大きさはとんでもないものになる。元々の大きさが大きいほど巨大化の効果は少なくなるとはいえ、それでもこの巨大化したランドドラゴンは50メートルは超えているだろう。ただ、そんな絶望を前にしても、リオとバルゴはどこ吹く風でいつもの調子であった。
ランドドラゴンはむやみに縄張りに入ってきたよそ者を嫌う。ここが自分の縄張りではないことはわかっているが、近づいてくるものがいるのであれば、それは攻撃対象となってしまう。しかし、バルゴは正面からランドドラゴンへと進んでいった。ランドドラゴンもバルゴに気が付く、ランドドラゴンとしては別に相手にしたいわけでもない。だから、軽く脅かしてやることにした。そうすれば、人間たちはどいつもこいつも逃げていくことをランドドラゴンは学んでいたからだ。
ゴオオオオオオオオオオオオォォォン!!!
大地を揺るがすような咆哮。これ以上は近寄ってくるなという警告。だが、バルゴはなんの気にもとめず、そのまま歩みを進めていく。その様子にランドドラゴンはめんどくさいなと思いつつも立ち上がった。ランドドラゴンとしては人間の相手をしたいわけではない。だが、なにもしないままで近寄らせてやるほどお人よしでもないのだ。
立ち上がり、特に硬い鱗に覆われた頭部を前にして、バルゴに向かって突撃してくるランドドラゴン。それに対してバルゴは大型の戦槌を構える。
訪れる激突の瞬間、バルゴの姿が一瞬で消える。正面から突撃を受けてやる道理などありはしない。横に避けたバルゴは、一呼吸分の足を溜めてランドドラゴンへとまた目にもとまらぬ速度で反転する。そして、ランドドラゴンの横顔に戦槌をめり込ませた。
「オオオオオオオオォォォオ!」
バルゴが吠える。普通に考えれば、そんな一撃が50メートルを超えるランドドラゴンに影響を与えるとは思えない。ただ、バルゴは普通ではない。ランドドラゴンはそのまま横へと転がされる形で吹っ飛んでいった。
その隙をリオは見逃さない。
「悪いけど、これで決めさせてもらうよ。」
光り輝く剣が倒れたランドドラゴンの首を一刀両断した。リオの剣は全身を覆う硬い鱗も固い皮膚もまるで邪魔されずに首を切断する。なにをされたのかすらもわからぬままに魔物化したランドドラゴンは討伐されてしまった。
これが、『勇者』であるリオと、『豪傑』であるバルゴの実力であった。




