第10話 護衛任務を任されました。
聖騎士と魔族。この単語自体は聞いたことがあったと花は思い出していた。最初は聖騎士とだけ聞いても思い出せなかったが、魔族という単語を聞いて、修行用の白い球から聞いたことをようやく思い出せたのだ。白い球曰く、花の実力は一般的な聖騎士よりは上であるとのことだった。だったら、それもひとつの選択としてはあり得ることだろう。
「魔族というのは一体どういうものなのでしょうか?」
「うーん、正直なところ、よくわかっていないって感じかな。」
「一つの地域を制圧していて、そこを拠点に国を作っています。そして、たまにそこから出てきて何か事件を起こすことがあり、その対処に当たるのが聖騎士の仕事、というくらいですね。」
「戦争をしているというような状況ではないんですね。」
「そういう感じではないみたいだな。基本的にはお互いに干渉しないようにしているみたいだ。」
「なるほど・・・」
もしも、この世界がだめになる原因が魔族であるならば、明確に女神は魔族を倒してくれとお願いしてきたことだろう。しかし、実際にはそういう具体的なことは一切言われていない。ただ、花のやりたいことを考えると聖騎士になるというのは理想的なことのようにも感じられた。
「わかりました。私は聖騎士を目指してみます。」
「そうだな、それが良いと思うぜ。」
「そうなると、まずは少しお金を集めた方が良いな。」
「それはどうしてでしょうか?」
話を聞くと聖騎士になるとしたら、聖騎士国にて審査を受けてまずは聖騎士学校へ入学することになる。その後、何年かそこで修行をして、さらに卒業試験に合格することでようやく聖騎士になれるそうだ。しかし、学校へ行っている期間は働いたりすることは難しくなる。つまりは、その間の生活資金を用意しておかないと、大変なことになってしまうのだ。
「詳しくはわからないけど、一般的にはそういう感じで聞いてるってところかな。」
「なるほど、色々とありがとうございました。」
「お役に立てたのであれば良かったです。」
こうして花は聖騎士を目指していくことを決めたのであった。
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翌日、花はサボルの街のギルドマスターに呼び出されていた。
「やあ、ハナくん。今日は君にぴったりの依頼が来てね。是非ともお願いしたいと思って来てもらったんだ。」
「そうでしたか。わざわざありがとうございます。ちょうど私も相談したいことがあったので。」
「おや、一体なんだろうか。それじゃあ、先にそっちを聞こう。こっちの話は長くなるからね。」
そうして、花は聖騎士を目指すことを相談した。ギルドマスターはふむふむと真面目に話を聞いてくれている。
「なるほど、たしかにハナくんのやりたいことを聞くと聖騎士はなかなか良い選択だと思う。普通にどこかの国の騎士として勤めるのでも良いだろうが、それよりかはハナくんほどの実力とやる気があるなら聖騎士があっていそうだ。」
「それで、そのためにできるだけ今のうちにお金を集めておいた方が良いかなと思いまして。」
「ああ、そうだね。その方が良いだろう。じゃあ、今回の依頼はそういう意味でも良い依頼になりそうだ。」
「といいますと?」
今回ギルドマスターが受けた依頼というはかなり変わった依頼であった。サボルの街を含むこの近隣一体を収める領主の娘の護衛任務。病気で療養中だった領主の娘が実家へと戻ってくることになったそうだ。その護衛を頼まれたのだが、条件として腕利きの少数精鋭で尚且つできるなら女性でお願いしたいとのことだった。
依頼内容は理解できるのだが、花は微妙な違和感を感じずにはいられなかった。
「あの・・・領主の娘の護衛なのでしたら、騎士のみなさんが護衛につくのが普通なのではないですか?」
「・・・普通はそうなんだけどね。」
そこからなにか言葉が続くのかと待っていた花ではあったが、ギルドマスターはそれ以上を語らなかった。何か裏がある?そう感じずにはいられない。
「説明はできないということでしょうか?」
「うーん、ハナくんがこの依頼を受けてくれるならさすがに話す。ただ、受けない人間にみだりに話してもいいことじゃないっていう感じなんだよねぇ・・・」
「ああ、それで悩んでいたんですね。お引き受けしますよ。割の良い仕事のようですし、断る理由もありません。」
「そっか、じゃあ話しちゃおう。」
「差し出がましいようですが、よいのですか?」
ギルドマスターの秘書が確認に入る。その様子を見ると、本当によっぽどの事情がありそうだ。
「いいよ。ハナくんなら問題ないさ。実は、今この領ではちょっとトラブルが起きているんだな。普段は山のかなーり奥地に生息しているはずのランドドラゴンが人里に近いところまで下りてきてしまっているんだよ。」
「ドラゴン・・・その討伐に騎士たちがあたっている、ということですね。」
「いや、相手はランドドラゴンだよ?被害が出ないように見張っているだけさ。それですらこの領の腕利きの騎士たちは総動員されてる。しかも、領主の娘が療養している場所がそこから近くてね。」
「ああ、それでこのような依頼が冒険者ギルドにきているんですね。」
「そういうこと。ギルドマスターの僕に直接メンバーを選出してほしいと依頼されたよ。しかも、できるなら女性がいいって依頼なんでメンバー選びも大変なんだ。」
「なるほど、状況はわかりました。」
「おそらく後3人から4人くらいのメンバーになると思う。一つ注意してもらう点としては、普段なら安全な街道で移動することにはなるんだけど、もしかしたら危険な獣に襲われる可能性もある。」
「街道にはあまり野生の獣は近寄らないのでは?」
「そうなんだけどさ、ほらハードウルフが凄い群れで移動していたのハナくん倒してくれたじゃない。あんな風にランドドラゴンが移動したことで他の獣たちが押し出されるように移動しているみたいなんだよね。」
そういえば、あのハードウルフの数は異常だと言われていた。そうか、あそこからすでにその影響があったのかと花は理解した。
「そういう意味で精鋭を求めているんですね。わかりました。それで、出発はいつですか?」
「明日の早朝からだね。それじゃ悪いけどよろしくお願いね。」
「はい、こちらこそ良い依頼をありがとうございます。」
花は領主の娘の護衛依頼を受けることになった。これについてはお金が必要になった花としては依頼料の高さも助かり、危惧していたトラブルが起きない依頼という点も嬉しかった。花にとっては、とてもありがたい依頼といえただろう。
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翌日の早朝、ギルドマスターに指定された街の入り口へと到着すると、すでに何人かの人が集まっていた。そこにはギルドマスターもいる。
「おはようハナくん。君で最後だ。」
「おはようございます。予定よりも早く来たつもりでしたが、遅かったでしょうか?」
「いやいや、まだ待ち合わせの時間にはなっていない。それじゃあ、今日一緒に護衛についてもらう2人の冒険者を紹介しておくね。」
ギルドマスターが声をかけると2人の女性が花の元へとやってくる。
「こちらはレンジャーのルリィくんだ。今回は索敵を担当してもらう。こちらは僧侶のアララくん。回復と強化、後方支援要員ってところだね。そしてこちらがハナくんだ。前衛を担当してもらう。みんな仲良くしてくれ。」
「よろしくお願いいたします。」
花が深々を頭を下げると二人は少し驚いた様子だった。
「本当に礼儀正しい子なんだね。噂だととんでもない凄腕って聞いていたんでちょっと驚いちゃった。ルリィよ、よろしく。」
「アララです。今回はハナさんが一番危険になると思いますが、精一杯援護させていただきます。よろしくお願いします。」
どうやら二人も礼儀正しい人物のようで花は安心した。しかし、メンバーはこれだけなのだろうか?
「本当は後1人、2人欲しかったんだけど、急すぎて都合がつかなかった。もうやむを得ず、新人の女性騎士を2人派遣してもらうことになった。馬車の運転は彼女たちがするから、君たちは有事にのみ力を貸してくれればいい。先方の領主様もそれで構わないという条件になった。」
「わかりました。」
「それじゃあ、さっそく出発してくれ。あ、そうそうこういう言い方は最低に感じるかもしれないが一応言っておく。もしもの場合は騎士たちを見捨てて、領主の娘を連れて逃げてくれ。騎士たち、君たち、そして領主の娘の順に命は重いと考えてほしい。」
その言葉に花以外の二人は少し表情を曇らせた。しかし、花は違う。
「大丈夫です。そうはならないようにします。」
「ハナくん、君は強いが無敵というわけじゃない。あまり驕らないほうが良い。」
「いえ、いざとなったら全員を抱えて逃げます。」
その答えは全員にとって予想外だった。もちろんだか、花はまじめに答えている。女神の修行、今までの依頼や旅で、自分の持久力にはかなり自信を持っていたからだ。倒せない相手でも逃げることならきっと出来ると考えていた。
真剣な表情で真面目に答える花に対して、そんな事情を知るわけないギルドマスターは吹き出してしまう。
「ぶわっはっは!そうかそうか、いやそれなら良い。そうだね、やばくなったら逃げたら良いんだ。君の力なら確かに抱えて逃げられそうだ。馬車は見捨ててもいいからね。」
「はい、わかりました。」
ギルドマスターはずっと笑っていたが、残りの2人も笑っていた。
「危険な任務になるかもって思っていたけど、どうやら相当頼もしい味方がいるみたいで安心したわ。」
「私もです。ですが、油断はしないようにいきましょう。」
「そうだね。せっかくならみんなで無事に帰ってきたいしね。」
笑われている理由がよくわからなかったが、花はみんなの緊張がほぐれたようで安心していた。そして、騎士を合わせた5人は領主の娘を迎えに出発するのであった。
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街道を進む花たち一行。普通ならば全くトラブルが起こることはないはずの道なのだが、やはり今はそうもいかないらしい。レンジャーのルリィが何かに気が付いた。
「ちょっと待った。正面に獣が隠れてる。」
「数はわかりますか?」
「うーん、7体かな。狼の仲間だとは思う。」
「ハナさん、倒せそうですか?」
「はい、問題ないでしょう。」
花が外に出ようとした時だった。馬車を運転していた騎士が声を上げる。
「あの、わざわざ相手にしなくても良いのではないでしょうか?私たちの任務は領主様のご令嬢を迎えに行くことです。正面にいるとわかっているなら迂回したら良いのでは?」
「帰りにも同じ道を通るのに、危険を残していかないほうが良いでしょう。帰りになってご令嬢を守りながら戦うことになる可能性があるなら、今のうちに排除するべきです。」
「あ、なるほど。申し訳ありません。」
「いえ、それではいってきます。」
「あ、ハナさん!強化の奇跡を・・・って間に合いませんでした。」
馬車を降りると同時に隠れているという場所へと突っ込んだ花。魔力を見るとたしかにそこには7つの反応が隠れているのがわかる。
(たいした魔力ではありませんが、油断せずに先手必勝といかせてもらいましょう。)
突っ込んでくる花に気が付いた狼たちではあったが、行動する前に2匹が花の突進で吹き飛ばされた。すれ違いざまに2匹の頭部に拳を打ち込んだのだ。そのまま狼たちの後ろまで突き抜けた花。振り向く狼たちだが、すでに遅すぎた。花は、もう目の前まで戻ってきており回し蹴りで4匹が吹き飛ばされた。最後の一匹はなんとか蹴りの間合いの外に逃げられたようだが、花の相手にはなりそうにない。
「すみません。あなたたちが悪いわけではありませんが、仕留めさせてもらいます。」
こうして、あっさりと狼たちは片付けられた。その様子を見ていた4人は唖然としている。
「噂は聞いていたけど、噂以上じゃないかな、あれは。」
「騎士隊長でもあんな動き出来ませんよ。あの人はどういう修行をしているんですか。」
「どうやら、油断さえしなければトラブルは起きそうにありませんね。」
「そのようです。それでは、ハナさんを拾って出発しましょう。」
馬車を進ませた一向だが、花はその場で狼たちの死体を集めていた。
「ハナさん早く乗ってください。出発しますよ。」
「狼の死体はどう処理しましょうか?」
「え、別にほおっておいたらいいんじゃないですか?」
「いえ、片付けておいた方が良いと思いますが。」
「いや、気持ちはわかるけど今はそんなことをしてる場合じゃないよ。早くいこう。」
「そう・・・ですか?普段は処理したりしないんですか?」
「うん、邪魔にならないように道の端によせるくらいかな。見回りの騎士が見つけたら片付けてくれるから。もちろん、素材を売りたいとかなら取って帰るけど、今はいいでしょ?」
「そういうことなら、やはりきちんと燃やして処理した方が良いですね。」
「どういうことですか?」
ルリィやアララ、そして騎士の二人は不思議がっていたが、花はその理由をちゃんと説明するのであった。




