第9話 この世界でなにをするべきなのかを考えます。
ギルドマスターからの話を聞いた花は反省していた。というのも、このトラブルはある意味で花が招いた結果であったからだ。
(怪我人が出てしまいそうな依頼を受け続けてきたことがこんなトラブルになるとは思いませんでした。)
そう、花はあえて危険度が高そうなターゲットが設定されている依頼を受けていたのだ。それが、依頼者が無理をして受けているということにはまったく気が付いていなかったのは迂闊だったのだが、花からしてしまえば、どのターゲットで割と楽に倒せてしまっていたので、そこまで気が回っていなかった。
ここでそもそも花は冒険者を続けていくべきなのかどうかについても少し考えてみることにしたのであった。
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そもそもどうして花は冒険者になったのか。
大きな理由は二つあるだろう。一つは単純に生活資金を稼ぐためである。花はこの世界の基準で見ても相当に強い部類であることは間違いない。その力でお金を稼ぐというのは至極当然の流れである。
もう一つは女神にこの世界を救ってくれ、といわれたことだろう。むしろ、花にとってこの世界に来たこと自体がそのためにといっても過言ではない。だから、困っている人を助けられそうなことを考えたときに、冒険者というのが自分の力を最も活かしつつそれが叶う仕事であった。
しかし、物事はそう単純ではなかったということだ。実際問題で花は今トラブルのもとになってしまっているのだから。
ここで花はそもそもとあることが欠けていたことに反省するのであった。
(私に足りていないのは、この世界でなにをするのかを全く決めていないことですね。)
そう、花にはこの世界での目的といえるものが何もないのだ。ただただ漠然とこの世界を救ってくれと言われた。しかし、それで何かをすれば良いということは何も言われなかったし、なにをするべきなのかを判断できるほど花は賢くもない。
だから、まず世界を救うということは目標にするべきでないと結論付けた。もちろん、それを忘れようというわけではない。むしろ、忘れないようにだけしようと決めたのだ。来るべき時が来たら、必ず世界を救えるように。
ここで、花はこれからなにをしていくのかを真剣に考えることにした。
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オープンスペースのあるカフェで一人、まったりとしながら、これからのことを考えていた花ではあるが、すぐには考えがまとまらなかった。だが、長い時間をかけることで徐々にではあるが目標は決まっていってはいる。
まず思いついた目標は強くなること。花の実力は十分にも見えた。長年の鍛錬もあって、身体能力が上昇した身体もうまく使いこなせているし、どんな獣との戦いでも今のところはなんとかなっている。ただ、自分がまだまだだなということも自覚はしていた。
それというのも、他の冒険者たちは魔力量だけで強さが決まっていないということに気が付いたからである。高いランクの冒険者であり、実際に強い冒険者であったとしても、その魔力量が必ずしも高いということはなかったからだ。そういう人物は自分の持つ能力を限界まで活かして戦う戦術をちゃんと持っていた。そして、それを完璧に操っていたのだ。
花は確かにとんでもない魔力を持っている。だから、才能はあるし、身体能力も高い。そして、身体能力を活かす技術は持っている。しかし、肝心の魔力を活かす方法を全く知らないのだ。いや、もちろんだが、このまま身体能力の強化にだけ使っていても問題は起きないだろう。しかし、十全にその魔力を活かせているかといわれたら、それは絶対にノーである。
自分の強さにはまだ伸びしろがある。絶対にあるとわかっている以上、それを伸ばさないという選択肢は花にはなかった。
(地球でも怪物と畏怖され、まともに戦える相手がいなくなっても鍛錬は続けていた。私は案外最強にこだわるタイプだったのかもしれません。)
地球にいたころには意識していなかったが、花は自分の中にある願望に初めて明確に気が付いたのであった。
ただ、強くなることを目標とするのはいいが、それでここからどうしていこうかにはつながらない。結局はこれも意識の問題になってしまう。これ以上強くなるためにはこの世界で誰かに教えを乞う必要も考えるが、そもそもどういう人なら今の花を強くできるのかもわからない。しかし、なんとなくだが、それは普通の人には無理であろうことはわかっていた。
(まあ、それでも一つ明確に目標ができたのは良いことでしょう。)
そうして、花は次になにかないかを考えていくことにした。
しばらくして、次に思いついたのは人助けをしていきたいということであった。
これは世界を救うとかそういう大層なことじゃなくても良いということに気が付いた結果のことだ。要するに、せっかく棚ぼた的に強い力を手に入れたのであれば、それを誰かのために使うのが良いのではないか、そう思い至った。
これについては少々誤解がある。別に花にどれだけ魔力の才能があろうとも、それを支える器がなければ、これほど魔力は育つことなかった。したがって、花がただ愚直に強さを追い求め、鍛え続けた長い時間があればこその結果なのだが、花からすれば突然湧いて出たような力だとしか思えていなかった。
(この力で解決できそうな問題はできるだけ積極的に解決していくようにしましょう。)
とはいえ、人助けするとしてもなんでもかんでもやれば良いというわけではないということが今回のトラブルで見えてきた。その解決方法はよりしっかりと手順を守ることが必要になるだろう。そういった知恵を身に着けることも目標に含めて、人助けすることを目標とした。
こうして、なんとか二つ目の目標までは考え付いたのだが、ここから花はなかなか他にやりたいことが思いつかなくなっていってしまう。
そこで花は今までに見たことのある異世界ものの物語を思い出してみることにした。その中に真似するべき目標を見いだせないかと考えたのである。
まず、割と好きだったジャンルは異世界での領地経営ものだ。しかし、これは真似のしようがない。こういうやつは大体が貴族に転生したものがやるんであって、なんの土台もなくできるものじゃない。そもそも、花にそんなことができるとはとてもじゃないが思えなかった。
(自分にはできそうにないから憧れていた、という感じですからね。)
次に流行りのジャンルで見たことがあったのはゲームの悪役に転生してしまうというような話だ。しつこいようだが、これは転生したから成り立つんであって、今の花にはできるわけがない。そもそもだが、今探しているのは目標である。
(あのような話だったら、生き残るために行動するというわかりやすい目標がありましたが、今の私にはなんの参考にもなりませんね。)
他に見たことあるのだと、異世界でハーレムを作るやつというのは色々あったなと思いだした。花としては話自体は気にいったものあったが、基本的には女性から見ると節操ないなこの主人公という感想になりがちだった。
ただ、参考になることがあったと気が付いた。そう、結婚は考えておこうと決めたのだ。別にハーレムを作ろうというわけではない。普通に恋をして、結婚しようという話だ。正直なところ、今まではそこまで興味もなかったのだが、異世界に来て地球での当たり前がおろそかになっているように感じた。
(そうですね。陳腐かもしれませんが、これはあえて明確に目標にしておきましょう。)
花自身が幸せだと思える生活をおくれるようにする。強くなったり、人助けするのを目標にするのはいいだろう。しかし、それだけをするのは間違っているように感じたのだ。だから、花は目標の一つに恋をして、結婚をするということを入れておくことにした。
(・・・なんか方向性が変わってきているような気がしますね。)
ある意味、花の異世界生活の方向性は見えてきているのだが、なんのためにこんなことを考えていたかというと、これからどうするのか、ということを解決するためだ。そういう意味では、この三つの目標は、なんの解決にもなっていない。
「どうしたものでしょうか・・・」
「ハナ、何か困っているのか?」
「ああ、シャンさん。こんにちは。・・・そうですね、ちょっと相談に乗っていただけるでしょうか。」
声をかけてきたのは古き友のレンジャーであるシャンであった。ここで花は今後の事を他の人に相談してみることにしたのである。
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結局、できるだけ多くの意見をということで、古き友の4人がカフェに来てくれた。実は、既に4回も一緒に冒険しており、この街では一番仲の良い相手になっていたのが古き友の4人だったのだ。
ここで花はトラブルの原因になってしまったことと、これからどうしていくかを悩んでいたことを古き友の4人へと打ち明けた。
「ハナさんはずっと魔力を操る修行しかしてこなかったので、今後どうしたらいいのかわからないということですね。」
「はい、将来の目標というものがないなとなりまして。それで、いくつかはやりたいことを考えました。」
こうして、花は先ほどまで考えた3つ目標を話す。その目標を真面目に聞いてくれた古き友からはいくつかのアドバイスを貰うことができた。
「まず根本的にだけど、自分の幸せを考えるというのは良いことだよ。それがないとまずやっていられない。俺たちだって、村で一生終わるよりも少しでも良い生活を、と冒険者になったわけだしね。」
「それは私もそう思います。まずはそこがないと話になりませんよ。」
古き友の4人は本当に良い人だったので、笑われるかもしれないと思っていた3つ目の目標も褒めてくれた。その上で、さらに意見をくれる。
「より強くなる方法はそう簡単には見つけられないと思うな。だけど、話を聞いているとたしかに伸びしろはありそうだ。」
「それに教えを乞うっていうのも難しいな。普通は自分の持っている技術を他人に伝授しようって人は少ない。」
「それはお金を払っても、ということですか?」
「ああ、だってそれで自分の仕事を取られたら困るだろ?ああ、ハナはそういうの考えてないみたいだけど。」
これについては事実である。というか、実際に花はシャンに他人の魔力を見る方法を伝授している。この街を案内してもらったことや冒険者としてのマナーや暗黙の了解についてを教えてもらったお礼に教えたのだ。4人全員に教えたのだが、残念ながら適性があるのはレンジャーのシャンだけだった。
「それでは、私は今後この目標のためにはどのようにしていったらいいと思いますか?」
「うーん、俺が思いつくのは二つかな。一つは、フリーの助っ人冒険者として、旅をメインにして各地を回る方法。」
「ハナの実力なら、間違いなく評判になるだろうし、どこにいってもすぐに仕事は取れそうだしな。それに、各地で困っている案件は一つ二つあるだろうし、人助けにもなる。」
「どこかで良い出会いがあったら、拠点をそこに置いて家庭を持つのもありですよね。そこから各地に旅に出て、また拠点へと戻るような生活もできます。」
「そうだな、鉄道がある街なら拠点にしても旅は続けられるだろう。」
思っていたよりも具体的なアドバイスであった。なるほど、たしかにこれなら大体目標を叶えた生活ができそうである。
「それはかなり具体的で良さそうです。ちなみに、もう一つはどのような方法でしょう。」
「聖騎士になることだよ。ハナさんの実力なら問題ないし、多くの人を救いたいっていう思いも合致していると思う。」
「そうだな、特に冒険者にこだわらないなら、むしろそっちの方が適性が高そうだ。」
「こっちの場合の難点はなれるかどうかわからないってことだな。」
「逆にメリットでいうなら、聖騎士の鍛錬を受けることで実力の向上が期待できますね。」
「あの・・・ちなみに聖騎士とはどのようなものなのですか?」
その答えに古き友の四人はああ、そうだった!という顔をする。当たり前に伝わると思っていたが、花はそういう知識に疎いことを忘れていた。
「そうだよな。ハナが聖騎士について知ってるなら、まずはそこを目指すのが普通だもんな。」
「簡単に説明すると聖騎士というのは、国の境を超えて集められた実力者のみで構成された特殊な騎士たちです。聖騎士国という一つの国を作っており、各国からの要請に応じて通常の騎士や冒険者では対処不能な事態に対応します。とてつもない強さの獣や魔物が現れたときや、犯罪集団などの検挙、または特殊な能力を使った犯罪などがありますね。そして、最も大きな仕事が魔族の対応です。」
魔族、その言葉に花は興味をひかれるのであった。




