第8話 トラブルの原因になってしまいました。
Eランクパーティーである『古き友』はそれほど特徴のあるパーティーではない。たまたま凡人よりは才能があった同じ村出身の幼馴染四人で組んだパーティーで、戦闘力こそまだ発展途上ではあるが、それを慎重さとチームワークによって順調にEランクまであがった堅実なパーティーであった。
そんなときに初めてのトラブルが起きた。今回受けた依頼はサボルの街の近くにある森林地帯にて現れたハードウルフの討伐依頼。普段は森の奥に住むハードウルフが何かのきっかけで街道近くでまとまった数を目撃されたとのことで、その数を減らすという討伐依頼であった。ハードウルフは体毛が硬質化したオオカミの仲間で、刃物を使っても体毛に阻まれてなかなか攻撃が通らない。そのため、それなりの数が確認されるとよく討伐依頼も出される定番のターゲットであり、古き友の四人も何度も討伐したことのある相手であった。
そんな相手ではあったのだが、今回は一つだけ予想外のことが起きてしまう。それはターゲットの数だ。普段なら森の奥にいるハードウルフは街道沿いにやってくるとしても、せいぜいが5匹程度。だが、今回は30匹以上の大きな群れだったのだ。無理をしないということをモットーにやってきた古き友は、危険な状況ではあったもののなんとか逃げることには成功した。ただ、その際にタンク役をやっていた騎士がけがを負ってしまったのだ。
その後、ギルドに依頼内容に偽りがあったことを突き付け、騎士の治療費が貰えることになり、依頼は破棄してもらっても構わないということにはなった。しかし、古き友は常に生活費ギリギリの駆け出し。仕事ができないというのも困る。そこで、依頼達成のための補充要員もギルド側で用意してもらえることになり、そのまま依頼を継続できることになった。
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その補充要員として、ギルド側が紹介してくれたのがハナという女性だ。最初は何を言っているのかわからなかったが、メガベアーを素手で倒した、ということを聞いて、それならとついてきてもらった。なんで素手で戦うのかもわからないし、本当なのかもわからない。だが、最終的には彼女の任せてくれという言葉を信じて一緒に行くことになった。いざとなったら依頼は失敗してもいい。だが、俺は男として後ろの二人、そしてハナも守り切ってやらないといけない。そんな覚悟で討伐にやってきた。
最初はこっちに気が付いた5匹のハードウルフが突撃してきた。もちろん、こちらもそれに気が付いていたので、むしろここでこの5匹を倒せれば楽になると思っていた。だが、そんな思いなんてあざ笑うような実力をハナは見せつけてくる。
飛び掛かってきた2匹のハードウルフはすれ違いざまに首を落とされた。その様子に戸惑った残りの3匹が立ち止まった、その刹那、1匹が崩れ落ちる。ハナが既に間合いをつめていたのだ。慌てて逃げようとする2匹も気が付いたときにはハナに回り込まれており、怯える様子を見せたときには既に2匹はやられていたようだ。
見事だ、見事としか言いようがない。かくとうぎってやつがなんなのかはわからないが、素手での戦いの専門家っていうのは本当のことだったようだ。
ただ、ここで喜んでいるわけにはいかない。ハードウルフは仲間がやられると全員で襲い掛かってくるのだ。仲間思いなのは動物も同じってことなんだろう。前回は1匹も殺さないうちに撤退できたのが助かった要因の一つだった。だが、既に今回は5匹もやってしまっている。相手も相当にご立腹の様子だ。残った20匹以上のハードウルフが全員突撃してくる。さすがに一度に倒せるような数じゃないよな。
「ハナ!無茶するな、いったん逃げて少しずつ倒した方がいい。5匹も倒せたならとりあえずは十分だ!」
「そうなのですか?いえ、せっかくなら全滅させてしまいましょう。もしかしたら、仲間がやられたことで他の人間を襲うかもしれません。」
「そうかもしれないが、あの数を一度には無理だろ!」
「問題ありません。他に近づいてくるものがいないかだけお願いします。」
「なにが問題ない?!ああ、もう、これだから、素人は困るぜ!!」
こうなったら、強引に連れ戻すしかないだろう。ハナはハードウルフをなめているとしか思えない。たしかに、さっきの動きは見事だったが、一度捕まってしまえば一瞬で命を失う危険があるのだ。
「撤退するルートを考えておいてくれ!俺はハナを連れてくる。」
「ああもう!だから、反対したんだ。」
「回復の準備もしておきます!」
いくら臨時の仲間とはいえ、彼女は良い人ではあった。ここまでくる間に色々と話したが、礼儀正しく普通の女性であった。横暴な態度の目立つやつであるならば、見捨てても良いかと思っていた。でも、彼女は本当にただあまり経験がないだけの普通の人なんだろうと感じた。だから、助けられるなら助けるべきなんだ。
しかし、これは大きな間違いであったとしか言いようがない。
「な、なあ、あいつはなにをやっているんだ?」
「いや、あなたに見えないなら私には見えませんよ。」
「見えるとか見えないとかじゃない。理解ができない。」
後ろの二人がそんなことをつぶやいているのが聞こえてくる。そうだな、俺も同じ感想だ。
「本当の達人の行動は理解を置き去りにするとはよくいったものだな。」
ハナというあの女の子は本当に素手で全てのハードウルフを瞬殺していった。何をしているのかすらわからない。前衛の7匹のハードウルフが突撃してきた。仲間を殺されて、相当ご立腹のようで仇を取るために必死なのだろう。だが、そんな思いなんてあざ笑うような実力をハナは見せつけてくる。
飛び掛かってきたハードウルフが弾け飛ぶ。なにがあったのかわからないが、どうやら殴り飛ばしたようだ。その様子にひるんだハードウルフが次に前を見直すとそこには既にハナはいなかった。そして、一番後ろにいた最も大きいハードウルフが倒れこむ。おそらくは群れのボスだったのだろう。その音に振り向くハードウルフたちだったが、もうその時には遅かった。ハナはもう残りのハードウルフの目の前まで来ていたのだ。
あまりの事態にハードウルフたちは身動き一つできなくなっていた。まあそうだろう。こういう言い方はあれだが、あんなものが敵として襲い掛かってきたのであれば、もうこっちには祈ることくらいしかできない。
「すみません。恨みはありませんが、これも仕事なので。」
ハナが動き出したら、あっという間にハードウルフは倒れていった。逃げようとするものすらも動き出す前に倒されていく。
そうして、俺がハナのところへたどり着いたときにはすべてが終わっていたのだ。全く、俺たちは一体何を心配していたんだかと思っちまうよな。
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「ああ、あの大きなオオカミだけ逃げそうだったので、先に倒そうと思っただけです。」
「いや、あれはただ指揮をとっていただけだと思いますよ。」
「そうだったんですか。一匹だけ逃がしてはいけないと思ってしまいました。」
ここは冒険者ギルドにある酒場。今日は古き友と一緒にギルドの酒場で打ち上げという流れになった。
「それにしてもそんなすげえ戦いなら俺も見てみたかったな。」
「いや、ほんとにすごかったぜ。正直、ただの無鉄砲かと思っていた。ほんとにごめん。」
「いえ、心配していただいていたということでしょう。謝ってもらうようなことではありません。」
「そっか、ありがと。」
残りの一人である騎士も合流し、花の武勇伝で盛り上がる。異世界に来て知り合いのいない花はこうして普通に年齢の近しい人たちとゆっくり話すことがただただ楽しかった。
「あの、かくとうぎっていうのはどういうものなんですか?」
「ああ、素手での格闘をちゃんとした技術によって戦う方法にしたもの、とでもいえばいいのでしょうか。」
「でも、どうして素手なんだ?ハナほどの実力があるなら、良い武器を使えばもっと強くなるんじゃないのか。」
「それはわかりませんが、私はもう10年以上この技術を磨いているので今更武器を持て、といわれましても。」
「そもそも、その技術はどうやって手に入れたんだよ?」
「祖父から教わりました。」
そこからは花が一体何者なのか?という話題になった。異世界から来た、ということはできないだろうと思っていたので、ここは花がサボルの街に来るまでに考えていた嘘の設定を話した。
「なるほど、その凄い魔力を操るためにってことですか。」
「たしかに、そんなすごい魔力だと武器や防具が耐えられないっていう話は聞いたことがあるな。」
「そういうことなんですかね?そこまでは聞いてませんでした。」
「たぶんそういうことですよ。そうじゃないなら、わざわざ素手の技術なんて作りません。」
それは花の魔力が膨大であること。それを使いこなせるようになるまでは日常生活でもどんなトラブルを起こしてしまうかわからない。そこで、祖父と一緒に山にこもって魔力を操る修行をしていたが、最近になって祖父が死んでしまったために冒険をはじめた、ということにしておいた。幸いにも、どうやら強い魔力は武器や防具をだめにしてしまうらしく、この話は案外格闘技についての説明にもなりそうで、花としてはちょうどよかった。
こうして、花はサボルの街で助っ人冒険者として活動をしていくことになった。
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「正直なところ、今の君は迷惑でしかない。」
「どういうことでしょう?」
花がサボルの街にきて2週間が経ったころ、再びギルドマスターに呼び出された。
「これについてはこちら側のミスになるので、気を悪くしないでほしい。ただ、今の君が非常に冒険者たちには悪影響になってしまっている。」
「私がなにかルール違反をしてしまったということでしょうか?」
「いや、違う。君はルールを遵守した行動をとってくれている。だから、こうしたことはしたくなかった。でも、さすがに看過できないところまで来てしまったんだな。」
あの後、花は引く手あまたの助っ人冒険者となった。古き友が30匹にもなるハードウルフの群れをたった一日で討伐したということはちょっとしたニュースになっていた。その立役者が助っ人として一緒に討伐に行った花であることもその時に同時に広まってしまったのだ。しかも、真面目な性格で知り合いも多かった古き友のメンバーは恩返しのつもりで多くの冒険者に花がどういう人物なのかを説明して回ってしまったのだ。
その結果、花は基本的に仕事に困ることがなくなった。花はむしろ行きたい冒険を選ぶことができるほど人気になってしまったのだ。当然である、雇えば絶対に安全にターゲットをたった一人で討伐できる助っ人なのだから。
しかも、そういう人物は大概が態度が悪い。こういってしまえばなんだが、実力主義の冒険者では当然のことである。さらに報酬を多く要求してくるものも多い中、花はお金に全く困らなくなっていたので、報酬も多く求めることもない。
この花の存在は冒険者にとっては劇薬となってしまったのだ。花が加入してくれるなら、その日はとてつもない無茶な依頼を受けてもいい。なぜなら、花がどうにでもしてくれるからだ。
「その結果、上位のパーティーから苦情が来ている。本来あり得ないようなランクのパーティーが自分たちの仕事を横取りしているとね。しかも、それが助っ人の力で、となったら揉め事の種だ。実際に、先日君が助っ人したDランクのパーティーに怪我人が出てしまった。本来その仕事を受ける予定だったBランクパーティーから依頼を安い金額で受けて、君のおかげで無理やり達成したことを知って報復されてということだ。」
「それは問題ですね・・・」
「その通りだ。ただ、こういう言い方は非常にあれなんだが、君は悪くはない。ただ、このままでは君を放置するわけにはいかなくなったのも事実なんだなぁ。」
「たしかに、これではいけませんね。」
「ま、とりあえずしばらくはどうするか悩むから、ちょっと仕事を受けないでほしい。保証が必要なら、一日につきいくらかは私がポケットマネーからだそう。」
「いえ、そこまでは困っていないので構いません。ずっと冒険ばかりだったので、ちょっと休むにもちょうどいいでしょう。」
「そうかい?それなら、そういうことで頼む。なにかあったら、すぐにいってくれ。」
こうして花はしばらくの間冒険者としての仕事ができないことになってしまったのであった。




