第7話 大きな街で冒険者のルールを知りました。
大体10日くらいはかかるといわれたサボルの街への道のりではあるが、花はあり得ないほど順調に進んでしまっていた。なんとなく感じていたことではあるが、この世界に来てからというもの疲れるということがほとんどない。おそらくではあるが、花の魔力による影響は身体能力は筋力だけではなく、様々なものにおよんでいるのだろう。
(疲れを感じないのは体力が底上げされているか、あるいは回復力が高くなっているか、またはその両方というところでしょう。)
ただ、ペース自体はそれほどあげることはできていない。その理由は単純明快、花は野宿したくないからだ。
大きな街へ向かう道はちゃんと国によって管理してくれているし、その道にはちゃんと宿やキャンプができる場所が用意されている。一応、国が管理している道には巡回もくるし、野生動物もそれを知っているからかあまり近寄ってはこない。だが、確実ではないのだ。だから、急ぐ旅や人が普通は要らない場所へ行くのでもないのであれば、夜でも人が集まる場所、つまりはちゃんとした宿やキャンプ場で泊まっていった方が良いのだ。
そして、それらは普通の人が一日で移動できる距離を参考に作られている。旅が初めての花は道を進むのは順調でも、ちゃんとそれらの宿場で泊まって進むことにした。
そのため、こういった物語ではよくあるような道すがらのトラブルなんてものは一切なく、平和なまま順調にサボルの街へとたどり着いてしまった。
(物語によくあるテンプレな展開というのも実際にはそうそうないものなんですね。)
実のところ、この花の認識は少し間違ってはいる。主要な街道ではこういったことはまず起きないというだけだ。
「あの、すみませんが道を聞いても良いですか?」
「はい、なんでしょうか?」
サボルの街へと入った花は早速目的地へ行くために近くにいた騎士に声をかけた。この辺りのことは最初の村にてどうするべきなのかをちゃんと聞いておいたのだ。
「冒険者ギルドの場所を教えてほしいのですが。」
「ああ、冒険者になりたいのですね。失礼ですが、身分証は持っていますか?」
「はい、持っています。」
「それでしたら、問題ありませんね。今は暇な時間ですので、案内させていただきますよ。」
「それは親切にありがとうございます。」
身分証、それはその人間がどういうことをしてきた人であるかを証明するものであり、犯罪などの行為を行うと身分証にそれが刻まれてしまう。かなり一般的に使われている魔法道具の一つであり、教会にて神の力を借りて作られる。犯罪歴の管理の他にも身分証には様々な効果があり、その一つが身分証と身分証による契約が可能だということだ。
最初の村の滞在の際に一日暇な日ができたときに身分証は作っておいた。その時にはすでにお金に余裕はあったし、その重要性を冒険者ギルドでちゃんと教えてもらっていたからだ。
身分証により冒険者ギルドと冒険者は間違いのない契約を結ぶことが可能となる。結果として、後になって報酬のトラブルが発生したりすることもないし、依頼内容の不一致があった場合にギルド側へ問題をつきつけることもできる。要するに、身分証がないと冒険者はまともに活動なんてできないということだ。
「ここが冒険者ギルドになります。受付は入ってすぐ右手になりますので、まずはそちらへいってみてください。」
「どうもありがとうございました。」
ギルドへと入った花は早速受付にて冒険者の登録を済ませることにした。ただ、ここで少し問題が発生する。
「あの、一人でも登録はできるのですが、依頼を受ける場合には基本的には4人いないといけません。それはご存じでしょうか?」
「いえ、そうなのですか?」
「はい、これは冒険者の基本的なルールとなります。」
話を聞くと、冒険者が一人で依頼を受けてしまうと、不覚の事態が起こった場合に対処できずに格下の依頼であっても死亡する冒険者が多かったとのことだ。そこで、冒険者ギルドは基本的なルールとして冒険者は4人で1つのパーティーとした。これはどれだけ上級者のパーティーがどれだけ格下の依頼を受ける場合であったとしても遵守することを求められる。
「上級のパーティーがルールを破っても良いとなったら、その判断は誰がするのかというところで結局は揉めますので。それくらいなら、そもそも上級者もルールを守っているのだから、全員守れ、にした方が都合が良かったようです。」
「そういうことでしたか。だとしたら、一人では冒険者としては活動できないのですね。」
「例外的にそういう方もいるのはいますよ。傭兵という形で一時的に欠員が出ているパーティーの助っ人に入ります。まあ、そういう方は相当の実力がないと呼んでもらえませんので、いきなり傭兵専門でやる方はいませんね。ある程度実力があるパーティーが解散した場合などに次のパーティーを探すつなぎにやったりするものです。」
「私のような新人でもどこかのパーティーに入れてもらって、しばらく仕事をするということはできますか?」
「あー、そうですね。なくはない、くらいでしょうか。新人の時期は怪我する方も多いので。そういう場合はギルドの方で補助職員を貸し出したりして対応する場合が多いのですが、そういうときに仕事に入れてもらえる場合はあるのかなと。」
「なるほど、それではとりあえずはそのような形で仕事を探してもらっても良いですか?」
「了解しました。ただ、そういうのは何日も仕事がないときもありますし、条件も良くない場合が多いですよ?」
「構いません。ルールを知らなかった私が悪いのですから。」
こうして、冒険者登録は終わらせた花ではあったが、なかなかにお先は暗いようである。ただ、ここで花はとあるものの存在を思い出した。
「あ、そうでした。こちらを渡しておきますね。」
「えっと、こちらはなんでしょうか?」
「こちらの街に来る前に立ち寄った村で冒険者ギルドの長からいただいた紹介状です。」
「紹介状!!すぐに確認いたします。」
そこからはギルドの対応は大きく変わった。いや、別に花がぞんざいな扱いを受けていたとかそういうわけではない。むしろ、ここからの対応が異常だっただけである。
「まず結論からいいましょう。あなたはDランク冒険者からのスタートとさせていただきます。正直、紹介状の内容通りならCランクで問題ないでしょうが、一応しばらくは様子見させてください。」
「はあ、ありがとうございます。」
花はそもそもランクがどういう風に決められているのかがわかっていない。突然、サボルの街のギルドマスターの部屋に呼ばれて、いつのまにかそんな話になっていただけだ。
「あの、冒険者のランクとはどのようなものなのですか?」
「ああ、そこから知らないんじゃあ、驚けないね。」
そこからはギルドマスターが詳しく教えてくれた。冒険者はまずFランクからスタートする。これがいわゆる新人と呼ばれており、受けられるクエストに制限がかかるし、そもそもまだ入ってはいけない地域が設定されている。次がEランク、これが駆け出しと呼ばれる期間。クエストは基本的には全部受けられるようにはなるが、まだ入ってはいけない地域はそのまま。そのため受けられるクエストは必然的に制限はかかってはしまう。そして、Dランクになると一般的な冒険者として認められる。こうなると入ってはいけないエリアも完全に解除されるため、ここを目指すのがまず仕事として冒険者でやっていくための一つの目標となってくる。この辺りのルールは地域によっても若干の違いはあるが、Dランクになればどこの冒険者ギルドでも仕事ができるのは間違いないらしい。
「この先はCランクでベテランや上位冒険者と呼ばれるようになるね。Bが基本的には最上位でみんなのあこがれというところだ。」
「あの・・・それではAとはどういう方になるのですか?」
「Aランクは冒険者でありながら国が雇っている特別な冒険者だね。数年に一度更新されるが100組のパーティーが選ばれる。実力でいうならBとは差はないけど、Aランクには素行なんかも評価される。」
「ああ、そういう違いなんですね。」
「Bでも十分にすごいことだよ。Aランクになると、国からの特別依頼は断れないし、あえて選ばれてもならないパーティーもいるから。」
「なるほど、メリットもあるけど、デメリットもあると。」
「そういうこと。ま、安定したお金が貰えるし、仕事も優先してもらえるから、大体のパーティーは喜んで受けると思うけどね。」
「わざわざ丁寧にありがとうございました。そうなると、私は一応制限なしで他のパーティーのお手伝いには入れる、という認識で良いのですね。」
「そうそう。それと紹介状もあるから、ちょっとだけ優先して仕事を回させてもらおう。今日もすでにEランクにはなるけど、欠員が出ちゃったパーティーに君を紹介させてもらう段取りがついている。」
「それは、なにからなにまでありがとうございます。」
「いいのいいの。それじゃあ、案内させるから頑張ってね。」
こうして、花はサボルの街でも仕事に困ることはなさそうな展開になったことを安心した。
その後、ギルドマスターの部屋にはギルドマスターとその秘書が残されている。
「あの・・・差し出がましいようですが、あのような子に優先して仕事を回して大丈夫なのですか?」
「大丈夫だろうね。メガベアーやカットグリズリーを一人でなんのケガもせずに倒せるというのが本当なら、Cランク冒険者でも彼女には勝てないよ。」
「紹介状は本物なのですか?」
「ああ、それは通信で確認もしたし、間違いない。言葉だけじゃなく、死骸をちゃんとギルドの方で確認しているし、村の騎士役と模擬線もやらせて実力も確認したようだ。」
「しかし、その割にはなんの装備も持っていなかったように見えましたが。」
「そうなんだよね。どうやら村での模擬線でも武器すら使わなかったらしいよ。それで、騎士役を圧倒したそうだ。もちろん、騎士役はちゃんと全身武装でね。」
「そうなると、彼女は亜人ですか?」
「そうなんじゃないかな?亜人なら装備がなくても魔法は使えるし、亜人特有の身体能力がある可能性もある。それを使うのに装備がむしろ邪魔なのかもしれない。」
「ぱっと思いつくのは有翼人系でしょうか?」
「そうかもね。たしかにそれなら重い武器や防具は嫌がるかもしれない。ま、常識に疎いようだから、本当にちょっと特殊な訓練を積んでいる人間ってこともまだあり得るかな。」
「どちらにしても、礼儀はちゃんとしているようでした。」
「うん、なによりそこが良かったよね。だから、しばらくは色々な冒険者と組ませてみて、様子見といきましょう。」
「わかりました。そのようにします。」
実際には少々ギルドマスターからは警戒されてはいたようだが、本人はそんなこととは露知らず特別扱いに喜んでいる花なのであった。
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花がギルドの受付の方に戻ると、そこには若い男性が一人と若い女性が二人のパーティーが待っていた。
「こちらが今回ハナさんが一緒にいってもらうパーティーのみなさんです。」
「花と申します。今回は助っ人として同行させていただきますので、よろしくお願いします。」
挨拶し、頭を下げる花。その様子に紹介された冒険者たちは少々戸惑っていた。
「あの・・・うちのパーティーで出た欠員は騎士タイプなので、前衛に入ってもらうことになりますけど、大丈夫なんですか?」
そう話しかけてきたのは若い女性の一人、服装を見るにどうやら神官のようだ。このパーティーは戦士、神官、レンジャー、そして騎士がいたようだ。それに続いて戦士の男が話しかけてくる。
「すまないが、俺たちもまだ駆け出しだから、普段と違う連携には自信がない。」
「大丈夫です。私は前衛で戦います。」
「いや、その格好じゃどうみてもだめだろ。その装備はどうみても盗賊やレンジャーだろうが。」
口をはさんできたのはレンジャーの女性だ。どうやら装備を見て、花が無理をして役割に入ろうとしていると勘違いしたのだろう。
「いえ、私は格闘家ですので、素手で前衛です。攻撃を受けないことが前提ですので、防具も必要ありません。」
その言葉にはレンジャーの女性だけでなく、他の二人の冒険者、さらに案内してくれたギルドの職員すらも首をかしげている。その反応が花には理解できなかったのだが、その後すぐに状況は判明した。
「かくとうか・・・ってなんだよ?」
ああ、そうか、この世界にはそういう戦い方がないんだ。花は初めてこの世界に格闘技というものが存在しないことをようやくここで知ったのであった。




