第6話 次の街へと向かうことになりました。
冒険者ギルドで教えてもらった雑貨屋へと向かった花、そこでとりあえず大きなリュックと生活に必要そうなものをある程度ごっそりと買い揃えた。騎士役の男に買い取ってもらったメガベアーの金貨が思った以上に十分なお金であったため、この村で買いそろえられそうなものは大体買うことができた。
「これでしばらくは生活に困らないでしょう。」
「お嬢さん、こんなものも持ってないって今までどうやって生活していたんだい?野盗にでもあって、荷物を取られたとか?」
「あー、いえ、家を出るときに何も考えてなかっただけです。」
「それはのんきなお嬢さんだ。」
かっかっかと笑う店主のおじさん。正直なところ、花としては笑えない。なぜなら本当になんにも考えずに異世界に来てしまったのだから。
(ちゃんと頭の回る人だったら、最初にお金をもらってくるのでしょうね。ま、それでも意外と何とかなってよかった。)
「後は、旅をするなら保存食だな。そういうものが欲しいなら朝にやっている市で買うと良い。食べ物とかはこんな村だから店はなくてな。あるのは一軒レストランがあるくらいで、後はみんな各々朝の市で買うんだ。」
「なるほど。ご親切にありがとうございます。」
「いいよいいよ。これだけいろいろ買ってくれたんだから、サービスしないとね。どうもありがとう。」
こうして異世界での生活に必要なものを揃えた花は店を後にし、紹介してもらった宿屋へと向かった。宿に入ると受付にはおばちゃんという感じの女性が一人座っていた。
「いらっしゃいませー。おや、女性一人の旅人とは珍しいね。」
「はい、こちらなら個室の部屋で泊まれると紹介されてきたのですが。」
「ああ、そうだね。女性はあっちの宿じゃあ厳しいよね。こんな村にしては少し高めだけど、普通に泊まれる部屋だから安心して。何日か泊まるのかい?それとも一泊だけかい?」
そういえば、そこまで考えていなかった。そもそも、この村にどのくらい滞在するのかも決めていない。ただ、猪を後8頭は捕まえないといけないが、あのペースなら2日で終わるだろう。もう少し、かかったとしても1日余裕を見れば良い。その後は、もう少し大きな街へ向かいたいところだ。
「では、3日泊まらせてください。」
「はいよ。お支払いは前払いか、身分証での契約になるけど、どっちがいい?」
またしても出てきた身分証。身分証という名前だったので、自分の立場を証明するための何かだと思っていたが、契約に使うとなる何か違うもののような気がしてくる。冒険者ギルドにて教会で作れるということは聞いていたが、それ以外はよくわかっていない。これは身分証がどういうものなのかを早めに聞いておくべきだなと花は判断した。
「3日分でしたら、前払いしておきます。」
「そうかい、それじゃあ銀貨9枚だね。」
無事に支払いを終えた花は、部屋へと案内される。まあ、普通の個室だ。簡易だが扉には鍵もある。ちょっと広めのベッドが一つ置いてあるが、他には何もない。それほど広くもないが、一人で泊まるには困らないだろう。
「ランタンがいるなら貸し出しもできるよ。後、お風呂は入るかい?入るなら準備させてもらうけど。」
「はい、お願いします。」
「じゃあ、準備ができたら声掛けさせてもらうね。それじゃあ、ごゆっくり。」
こうして、宿屋のおばちゃんは受付へと戻っていった。一人になった花は、異世界についての考えを巡らせる。
まず、いきなり生活に困るという事態は解決された。これについては何も考えてなかったのが本当にだめだったと反省だ。その反省を活かして、ここからはどうしていくのかをちゃんと考えるべきだろう。
そもそも花の目的とはなんだろうか。世界を救ってくれとはいわれたが、具体的に何をするべきなのかは教えてもらっていない。というか、わざと教えなかったのだろう。それは花が判断して行動するべきだということだ。
そのためにはまず人の集めるところへ行き、情報を集めるべきだろう。こういう田舎の村ではもしかしたら意見が偏っている可能性も否めない。人が多い街をいくつか回ってみて、情報を集め、自分がなにをしていくべきなのかを探るのがまず第一の目標だ。
そして、もう一つ分かったのは異世界での花の身体能力はやはり異常だということ。あれだけ動き回ったのに、身体はほとんど疲れてすらいない。騎士役の男たちが危険だと言っていた生き物もあっさりと倒すことができた。
このおかげでおそらくだが生活には困らないだろう。冒険者として働けばなんとかなるはずだ。初日だからかもしれないが異世界での生活も我慢できないということはなさそうにも感じている。
「あとは、もう少し無計画で動いてしまうことを自重するようにするだけですね。」
そもそも異世界行きを勢いで決めたこともそうなのかもしれない。花は自分の思慮の浅さを少し恥じていた。
---
まず結果から言ってしまうと、花は猪を8頭捕獲するのに半日かからなかった。今日は冒険者ギルドで荷台を借りていった花は、猪を探して森を駆け回った。依頼が来るくらいだから、見つけにくいのかと思っていたが、猪はそこかしらにいたため、別に見つけるのに苦労することもなかった。
本来なら、猪をある程度集めた状態では動き回るのが難しくなるので、一回では終わらないのだろうが、花はそんなものなんてことはなく、1日で全てを集め終えてしまった。
そして、花が猪を冒険者ギルドへ持ってきたのは、昼になる少し前のことである。
「あー、昨日の感じからこうなるんじゃあないかとは薄々思っていました。ハナさんは本当に優秀なんですねぇ。」
「おほめにあずかり光栄です。それでは引き取りをお願いします。」
「はーい。あ、そうだ。ハナさん、ちょっとお時間いいですか?」
「はい、別にやることもありませんので、大丈夫ですが。」
「それならよかった。なんでもうちのギルドマスターがハナさんにお話があるらしいんですよ。ちょっと呼んできますのでお待ちください。」
そういって、受付の女性は階段を昇っていってしまった。ギルドマスターというくらいなのだから、おそらくはこの冒険者ギルドの一番偉い人なのだろう。そんな人が私になんのようなのだろうか?
「実はあなたに取り入ってお願いがあります。」
「私にですか?いったいどのようなことでしょう。」
「この近隣にカットグリズリーが出現したことは聞いていますよね。その討伐をお願いしたいのです。」
「そんなかしこまってお願いいただくようなことではないと思いますが・・・」
「いえ、正直なところ、このチャンスを逃してしまうと場合によっては大きな被害がでます。うちの村の騎士役を務めてくれている子たちに森であったのでしょう?そのときにメガベアーを苦も無く倒したと聞いておりますし、受付からカットグリズリーも討伐したことがあると聞いております。」
「はい、それは全部事実ですが・・・」
「それでしたら、是非ともお願いいたします。報酬は金貨で40枚。これでは少ないとは思いますが、こちらの冒険者ギルドではこれが精一杯なのです。その代わりにサボルの街の冒険者ギルドマスター宛ての紹介状を用意させてもらっています。これがあれば、サボルの街で優先的に仕事がもらえるはずです。」
色々と突っ込みたいところはあったが、矢継ぎ早に要件をいわれてしまう。まず、いくつかのことを確認しておこう。
「サボルの街ですか?」
「はい、ハナさんくらいのお強い方なら、大きな街であるサボルを目指しているのでしょう?ですが、いきなりなんの実績もない方が冒険者ギルドへいっても良い仕事はなかなかもらえません。そこで私が紹介状を書いておけば、良い仕事を貰いやすくなると思いますよ。」
「それはありがたいですね。」
「そうでしょう。本来ならカットグリズリーの討伐なら金貨60枚は最低でも貰えるでしょう。足りない分の補填としてはつり合いが取れるかはぎりぎりですが、ハナさんの実力を考えれば悪くはないと思っております。」
たしかに、なんのコネもない花にとってはそちらの方がありがたいだろう。一時の大金よりも信頼を貰えた方が良い。ただ、花には少し申し訳ないことがあった。
「その条件で私は構わないのですが、一つお聞きしたいことがあります。」
「はい、なんなりとどうぞ。」
「確認されているカットグリズリーは1頭だけですか?」
「はい、そう聞いております。何頭もいるようだったら、討伐隊が組まれることになりますので。そこまでの事態ならば州の騎士隊に期待もできるのですが。」
それを聞いた花は本当に申し訳ない気持ちになった。
「マスター!お話し中に失礼いたします!!」
「何事かな?今は大切な話をしているのだが。」
「申し訳ありません!ですが、ハナさんにどうしても聞かないといけないことが。」
「ああ、わかっています。そうでしょうね、そうなりますよね。」
「じゃあ、やっぱり?」
「はい、思ったよりも時間が余ってしまったので、カットグリズリーを討伐してきてしまいました。困っていると聞いていたので・・・」
「なんですって?!」
そこからは大慌てのギルドマスターと一緒に花が持ってきた荷台へと向かった。荷台には、猪が8頭とカットグリズリーが1頭。
「すみません、ギルドマスターから依頼されるほどの大きな仕事だとは思わずに人助けだと思って、退治してきてしまいました。メガベアーも買い取ってもらえたので、倒したのなら持って帰ろうと持ってきただけだったのです。」
「いやはや、まさかすでに討伐しているとは・・・あー、そうだとしてもかまいません。報酬はお支払いしましょう。」
「あの、いいのでしょうか?」
「もちろんですとも。むしろ、受けてもらえないかもと思っておりましたので、解決したのであればお支払いしても問題ありません。ただ、紹介状は今から準備しますので、明日まで待ってもらえますか?」
「はい、それは大丈夫です。」
「それでは、私はこの事実をみんなに知らせてこなくてはいけないので、失礼いたします。本当にありがとうございました。」
こうして、急ぎギルドマスターは去っていった。
「・・・ハナさんって本当に規格外なんですね。最初にカットグリズリー倒したことあるっていうのも半分冗談かと思っていましたよ。」
「まさか、こんなことになるとは思っていませんでした・・・ただ喜んでもらえたらいいなと。」
「そりゃあ、みんな喜びますよ。これで安全に森に入ることができますし。」
「あの、ギルドマスターにも私がカットグリズリーを倒したことあるって話したんですか?」
「あー、いえ、マスターに直接はいってないです。ただ、昨日の猪を担いでいた女性はなんだ?って話を色々と聞かれまして、ま、そのときに。」
「なるほど、おかげで助かりました。」
花としては、ただの人助けで大きな街の冒険者ギルドの紹介状が貰えるのだからラッキーでしかない。
---
翌日、紹介状を貰ったら、そのまま村を出ても良いかとも思っていたのだが、そうもいかなかった。
「実は、村のみんなが君への感謝を伝えたいということになって、今日の夜に宴会を開きたいということになったのだが、都合はつくかね?」
「そういうことでしたら、別に急ぐ用事はありませんので、大丈夫です。」
むしろ、宿はあと一日とっている状態なので、そうだとしても何の問題もない。
夜は村中の人々が集まって中央広場で大宴会となった。まあ、花はお酒は飲めないので、盛り上がっている人たちを見て楽しませてもらっていただけなのだが、人々から多くの感謝が貰えたことで花にとってはとても居心地の良いものではあった。
さらに、嬉しいことがあった。ある程度の保存食は用意していたのだが、サボルの街へと向かうという花に向けて、多くの人が感謝の意味を込めて食料を用意してくれていたのだ。
「こんなにたくさん・・・よろしいのでしょうか?」
「いいのよ、村を救ってくれた方にはこれくらいどうってことないわ。」
「そうよ、いっぱい持って行って。森に入れない日々が続いていたら、もっと大変だったんだから。」
こうして花の最初の村での日々は終わりを告げた。女神はどんな場所に出るかわからないとはいっていたが、最初に来たのがこの村で良かったなと花は思っていた。この村だったおかげで、なんとなくだが、異世界でもやっていける自信を獲得できたのではないかと思えたからだ。
翌日の朝早く、花は最初の村を後にし、大きな街であるサボルの街へと出発したのであった。




