第5話 お金を手に入れました。
今日の目標はとりあえず一匹は猪を捕まえること。それができないと野宿するしかない。本当なら、荷台があれば何匹かを一気に捕まえて帰りたいところではあるが、そもそも荷台を買うお金すらない。最悪、でっかい布でもあれば、まとめて背負うことができる力が身についていることはわかっている。しかし、その布を買うお金ももちろんもっていない。
結果、花は何も持たずに森へと入ることになった。
(こうして考えると今の私はとてもシュールな状態ですね。)
自分の行動にあきれる花だが、それを嘆いている時間はない。日の傾きを見ると、既に午後に入っている。さすがに、夜の森に一人で過ごそうとは思えない。つまり、後数時間でなんとか一匹は猪を捕まえるしかなかった。
一応、最低限のサバイバルの知識はある花は足跡や痕跡を探し猪を見つけるようにしている。ただ、それほど本格的な知識があるわけでもないので、ある程度は強引に動き回って探す以外に方法はなかった。幸い、魔力で強化された肉体の体力はあり得ないレベルで強化されており、走り回っていても花が疲れることはなかったのだが。
しばらく走り回っていると、結構あっさりと猪を見つけることができた。すぐさま猪の目の前に飛び出した花は正拳突きを猪の頭に叩き込んだ。その一撃で、猪はあっさりと倒れ、そのまま動かなくなった。
(良かった。ちゃんと手加減できたようです。)
花が心配していたのは、猪を倒せないことではなく、猪をちゃんと食べられる状態で倒すことができるのか、ということの方であった。魔力を使った戦闘のときの力で一般の生活をしていたら、様々なもの破壊しかねない。そのため、ちゃんと手加減をする練習はしていたのだが、それがうまくいったことにほっとしていた。
これでとにかく野宿という最悪の事態は防げることになった花は、どうしようかを悩んでいた。この猪一匹くらいであれば、担ぎながら他の猪を探すこともできるだろう。ただ、初日なので、早めに帰って貰った報酬で必要なものを買う時間を作ってもいい。ただ、一匹分の報酬でどのくらいのものが買えるのかがわからないので、もう一匹は狩ってから帰るのもありではある。
そんなことを悩んでいると、目の前に大きな猪が飛び出してきた。目の前にいた花に目もくれず走り去っていくその姿を見て、花は感じ取った。
(何かから逃げている?)
まあ、仮にそうだったとしても、花にとっては関係ない。まずは猪に追いつき、回し蹴りで走っている猪をなぎ倒した。猪はまたしても、その一撃で動かなくなり、労せずにして花は二匹の猪を捕まえることができた。
(これで十分でしょう。)
幸運なこともあるものだ。しかし、世の中幸運だけではない。幸運があれば不幸もあるものなのだ。猪を追いかけてきたのだろう、茂みから大きな巨大な熊が飛び出してきたのだ。最初はカットグリズリーかとも思ったが、そうではないだろう。それなら、そもそもさっき飛び出してきた猪は逃げることもできずに真っ二つにされていたはずだ。
巨大な熊は追いかけてきた猪をとられたことをに気が付き怒り狂う。そのままの勢いで花へと襲い掛かってくるが、花にとってはなんのそのである。正面から腕で薙ぎ払いに来た一撃を避けるまでもなくカウンターで顔面に蹴りを叩きこんだ花、巨大な熊さえもその一撃でそのまま動かなくなってしまう。
(ふむ、熊でもこんなものですか。)
女神の修行で自分の力を知っていたとはいえ、実際に試してみないとわからないことも多い。しかし、この連戦で花は自分の力が本当にあの修行と同じように扱えることを確信した。これで、身の危険は大きく減ったといえることだろう。
これで獲物は十分に取ることができた。問題は、この熊をどうするべきなのか、ということである。猪二頭は何が何でも持って帰る必要がある。これは花の生活費に絶対に必要だからだ。ただ、熊に関しては苦労して持って帰る意味があるのかがわからない。
(熊って食べることができるのでしょうか?)
もしかしたら、毛皮なども売れるのかもしれないが、さすがに何の道具もなしに熊も一緒に連れて帰るのは面倒といえば面倒になる。価値がないなら、置いていってしまうのもありなのだ。
そうして、しばらくどうしようかと悩んでいると、今度は茂みから人間が飛び出してきた。鎧を身にまとった騎士と、綺麗な鎧を身に着けた戦士、そして僧侶だろうか、修道服のようなものを身にまとった男が現れた。3人の男は花に気が付くと、綺麗な鎧の戦士がすぐに声をかけてきた。
「君、大丈夫かい?この辺に大型の熊を見つけて追いかけてきたところだったんだが。」
「こんにちは。はい、問題ありません。追いかけていた熊でしたら、そこです。」
そうして、花が指さすと頭部が「見せられないよ」状態になった熊が倒れている。一目で死んでいるとわかる状態にも、関わらず3人の男たちは警戒を強めていた。
「き、君!この熊を倒したやつを見たのかい?」
「倒したやつを見たというか、倒したのは私です。」
「えっ!君が倒したの?」
「はい、猪を捕りに来ていたのですが邪魔してきたので、やむを得ず。」
「そ、そうなのか。いや、それは凄い腕前だ。」
それを聞き、ようやく男たちは警戒を解いた。どうやら、熊を倒したなにかが潜んでいることを警戒していたようだ。そして、それと同時にもう一人の男が後からやってきた。
「この近くには彼女以外にはいない。本当に彼女がその熊を一人で倒したようだ。」
「討伐に来ていたカットグリズリーよりは危険度が低いとはいえ、身体能力ではその上をいくメガベアーを一人で倒すとは・・・」
「あの、どうしてこの近くには私しかいないとわかるのですか?」
「え、ああ、彼はレンジャーだからね。特に広範囲の索敵が得意なんだよ。こういう入り組んだ土地ではなかなか難しいが、彼にはそれができるんだ。」
「それは優秀なのですね。」
花にはレンジャーがどういうものなのかがそもそもわかっていなかったが、なんとなくそういう適性を持つ職業があるのだろうということは察することができた。
(それだと、そもそもこの依頼はそういう探索が専門の職業の人と一緒にやるべきだったんですね。)
こういう常識はどんどん学んでいかないとどこかで大損することになりそうだなと感じた。そんなことを考えている間に目の前のパーティーはなにかを相談している。そして、花に取引を持ち掛けてきた。
「ねえ、都合の良い話で申し訳ないんだけど、この熊って譲ってもらえないかな。お金は大目に支払うからさ。」
「ええ、別に構いませんよ。正直、依頼を受けているのは猪だけだったので、どうしようかと悩んでいたんです。」
「ああ、なるほどね。熊の方が価値はあるけど、一緒に持って帰るのは大変だもんね。依頼に誠実なんだ。」
ふむ、どうやら熊の方が価値があったらしい。危うく損をするところだったようだが、なんとかその事態は回避できたようだ。花は猪一頭がどのくらいで引き取ってもらえるのかは知っている。だから、それより価値があるというのであれば、熊の価値の最低の値段は察することが可能だ。そもそも、別に捨てていこうとしていたのだから、個人的に納得さえできる金額ならいいだろう。
「そうだね、少し色を付けて金貨10枚でどうかな?」
「それでしたら問題ありません。その金額でお願いします。」
花は前情報として、この村の宿の値段を聞いていた。一泊と一回の食事つきで銀貨3枚、食事だけなら銅貨5枚。銅貨10枚で銀貨1枚、銀貨10枚で金貨1枚の交換レートなので、それを考えると金貨10枚もあれば、しばらくは困らない。そもそも猪が一頭で金貨1枚買取だったのだから。
男たちは金貨を渡すと、熊を引き取って、そのまま帰っていった。
「あ、そうそう。これくらい強いならあまり関係ないかもしれないけど、私たちは一応あの村の騎士役をしています。なにかトラブルがあったら、相談してくださいね。それでは。」
「はい、親切にありがとうございます。」
騎士役とは一体何だろうか?男たちを見送った後に花はちょっと後悔した。
(恥になりそうで聞きそびれていますが、ここからは恥でも聞かないとまずいですね。)
実際、恥だと思ったが先ほどのお金のレートについては冒険者ギルドの受付で聞いた。お金を持っていないといってからの話だったので、ちょっと笑われたもののしっかりと教えてもらうことができた。
それから、花はさっきの男たちにわけてもらった大きな布に猪二頭を詰め込んで、それを背負って村へと帰っていった。女性が猪を背負って冒険者ギルドへ持っていくという絵柄が衝撃的だったのか、受付の女性はかなり驚いた様子で出迎えてくれた。
「ハナさん、荷台も持たずに猪を捕りに行ったんですか!?」
「はい、荷台を借りるお金がありませんでしたから。」
「いや、それにしたって無茶苦茶すぎますよ・・・」
「とりあえず2頭捕まえましたので買取をお願いします。」
「わかりました。確認するので少々お待ちください。」
おそらくは猪の状態を確認するのだろう。しばらく待っていると、受付の女性が戻ってきて金貨を手渡してくれた。
「ありがとうございます。これで野宿せずに済みます。」
「こちらこそありがとうございます。野宿ってハナさんは思ったよりもワイルドな方なんですね。」
「できればそうはしたくなかったので助かりました。そうだ、思ったよりも早く片付いたので、買い物もしたいのですが、お店はどこにありますか?」
「あー、ここはそんなに大きな村じゃないんで、買い物はほとんど朝の市場でしかないです。一軒だけ商店もありますが、日用品が少しあるだけですね。」
「一応、それだけでも見ておきましょう。お店の場所と宿の場所を教えてください。」
「わかりました。それでは、こちらをご覧ください。」
受付の女性が取り出したのは球形の物体であった。それに手をかざすとそこから映像が浮かび上がる。
「こんなものもあるんですね。」
「そりゃあ、田舎でも地図用の投影機くらいはありますよ。ないと説明が不便ですから。」
もちろん花にとっては謎の道具が気になっていたので、ここは恥でも聞いておくことにする。
「いえ、私はこういうものを見たことが無いんです。」
「あ、そうなんですね。ハナさんはどういう生活をしていたのか気になりますよ。これは魔法道具の一種で、街の様子を記録してあります。使い方は立体的な地図ですね。先に撮影してこないといけないので、集落の中くらいしか使えません。とても分かりやすい説明ができるので、冒険者ギルドや騎士団でよく道案内用に使われているんですよ。」
「魔法道具とはどういうものなのですか?」
「そこからでしたか。魔法道具は魔力を流すと使える道具です。詳しいことは私も知りませんが、そういうものみたいです。」
とりあえずは、地球でいう電力を魔力に置き換えた機械のようなものと認識しておけばよさそうだなと、花は理解した。
「お店の場所はここですね。そういえば、ハナさんは荷物入れるものすら持っていないようなので、そういったものも買った方が良いですよ。」
「そうですね。このお金でまずはそういうものを揃えます。」
「後は宿ですが、ハナさんは女性ですし、ここの宿の個室が良いと思います。最初に教えた値段もここのものです。この村ではお高い方の宿ですが、もう一つの宿は大部屋しかない格安宿ですから、女性には厳しいかと。」
「色々と助かりました。それでは早速行ってみます。」
こうして花は生活に必要そうなものを買うために冒険者ギルドを出ていった。その後、残された受付の女性は花について考えていた。
「本当にすごい強さみたいですけど、一体どういう方なんでしょうね。最初はどこかの騎士くずれかと思いましたが、魔法道具すら知らないとなると、本当に田舎で修業だけしていたとかなのかなぁ。でも、それにしては受け答えはしっかりしているし、賢そうに見えるけど・・・」
「何をぶつくさ言っているのかな?」
「ああ、ギルド長。申し訳ありません。」
「いやいや、良いんだよ。ところで、今日見かけない女性が、猪の捕獲依頼を受けに来ていないかな?」
「ああ、ハナさんですね。ハナさんでしたら、先ほど清算にやってきましたよ。」
「一足遅かったか。急いできたつもりだったが、まあいい。その女性は明日もここに来るのかな?」
「え、はい。たぶん来ると思います。明日も猪を捕りに行くようでしたから。」
「それなら、今度その女性が来たら、私に教えてくれ。よろしく頼むよ。」
「はい、わかりました。」
ギルド長が花に一体どんな用事なんだろうか?そんなことを考えつつも、特に大きな疑問は持たずに受付の女性は仕事に戻るのであった。




