第4話 ついに異世界へとやってきました。
6日目に教えてもらったのは、人間の魔物化についてだった。
「全く想像していませんでしたが、人間も魔物になってしまうんですね・・・」
「はい、人間というか人型の種族が魔物化した場合には魔人と呼ばれます。ただ、人間の魔人が一番厄介な存在になります。」
命の危機に瀕した場合に変化するのだから人間でもなりえる、それは理屈では理解できるが想像だにしていなかった花はショックを受けた。
「しかし、どうして人間の魔人が一番厄介になるのでしょう?」
「それは能力に予測がつけにくいからです、はい」
これは魔法について教えてもらった時の逆になるとのことだった。人間は様々な魔法を後天的に覚えることができる。もちろん、全部が全部使えるわけではなく、人によって向いているもの向いていないものといった才能によって使えるものは変わる。しかし、見ただけではこれが判断できない。
対して、亜人と呼ばれる様々な種族は媒介が無くても先天的に魔法が使えるものが多い。ただ、その場合はその種族によって使えるものは決まっている。水の中で生きている亜人が炎を使う魔人になることはあり得ない。神が作った魔法の枷を壊したとしても、それを扱う機能が身体に備わっていないからだ。
「つまり、人間の魔人は何をしてくるかわからないから脅威度が高くなる、ということですね。」
「はい、他にもゴブリンなどが同じ特徴を持っています。」
このあたりの説明は魔法を教えてもらったときに詳しく聞いているので花はすぐに理解できた。どういう種族がどういう魔法を使うのかもちゃんと花は全部覚えている。
「それと、魔人は協力し合って、一つの国家ともいえるものを作っている者たちがいます。これは魔族と呼ばれており、普通に生活する人々とは敵対関係にあります。」
「えっ、そんなものまであるのですか!」
これが一番花にとっては驚きの事実であった。たしかに人間は一人では生きていくのが大変ではある。しかし、そういった魔人が国まで作っているとなると脅威度はとんでもないものになることは花にもすぐにわかった。
それというのも、魔物の子は魔物として生まれることを教わっていたからだ。だから、魔物化した動物の発見が遅れると、その周辺のその動物は全て魔物化する。こうして、大量発生した魔物が人の住む里を滅ぼすことはたまにあるということを聞いていた。
そして、それが人でも起こる。要するに魔人の国なんてものがあれば、そこでは魔人が時間をかけて増え続けていることを意味する。それがどれほどの脅威になるかは明白であった。
「それは本当に恐ろしい話です。」
「人間もそれに対抗する組織をちゃんと作っています。それが聖騎士と呼ばれる人の中で特に優れたものを集めた戦闘集団です。」
「ふむ、ちなみにその聖騎士と今の私だとどちらが強いのです?」
「一般的な聖騎士よりは花さんが強いと判断できます。隊長やトップクラスの聖騎士には花さんは勝てないでしょう。」
「なるほど、それほどの使い手たちがいるならなんとかなりそうです。」
「それについては私は判断できません。魔人の情報は不足しています、はい。」
女神がいっていた世界を滅ぼすものとはこの魔族のことなのだろうか?花は漠然とそんな感じを受けていた。神にとっても把握できない脅威。それこそが自分の戦うべき相手になるのかもしれないと。
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7日目は最後に今まで教わっていたことの復習をして終わった。
こうして花は1週間で様々なことを覚えた。異世界での魔力を使った戦い方と新しい自分の力の使い方、さらに脅威となる生き物の倒し方に魔物の対処法、そして魔法についての知識と人や亜人についての知識を習得したことになる。
「花さん、1週間お疲れさまでした。」
「女神様、ありがとうございます。おかげで、異世界へと行く準備は十分に整いました。」
「・・・そのお返事は異世界に行くと決めてくれたということでいいのでしょうか。」
そうだった。この1週間は本来は異世界に行くかを判断するためのものであった。花はいつの間にか異世界に行くのは当たり前だと考えて行動していたが、そういえばまだ返事をしていなかった。
「はい、私は異世界に行ってみようと思います。」
「それはよかったです。」
女神は明らかにほっとした様子を見せていた。こうして花の異世界行きが決定したのである。
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足元に広がる光、この魔法陣にて異世界へと飛ばされることになるそうだ。
「あの、女神様。私はどんなところへ飛ばされるのですか?」
花としては当然の質問だったのが、帰ってきた答えは予想外のものだった。
「それほど発展していない地域の村になるとは思いますが、どこかはいってみないとわかりません。」
「あ、そうなのですか。」
「普通でしたら、こちらで指示もできるのですが、花さんにはもう私が手伝ってあげることができないのです。」
「いっていることが、よくわかりませんが・・・」
「異世界へと送られる人や異世界に迷い込んだ人には『贈り物』と呼ばれる神からのサポートが受けられます。それは能力であったり、物資であったり、または知識や経験であったりします。そして、この贈り物には上限があるのです。」
「たしかに、際限なく神からの援助が受けられるなんてことあり得ませんね。」
「だから、花さんにはもうなにかをサポートしてあげることができないんです。この1週間で花さんにはめいっぱいの知識と経験を差し上げました。これが花さんへの贈り物になります。」
「ああ、なるほど!それでどうなるのかわからないんですね。」
「本当に申し訳ありません。」
「いえいえ、そういうことでしたら、こちらの方がありがたいので問題ありません。」
実際問題、花にとっては異世界のどこに飛ばされようが関係ない。どこであろうが、その場で情報を集めるしかないのだから。そして、既に異世界で生きていくために必要な力と知識はある程度備わっている自信があった。
「とはいえ、人が全くいないような場所に飛ばされることはありません。ただ、何のサポートもない状態だと、あまり便利な都会に飛ばされることもないでしょう。」
「ああ、それで先ほどのような場所になるということですね。」
「はい、申し訳ありません。それでは、この転移が花さんにとって良いものになることをお祈りしております。」
「女神様、私は世界を救えるかどうかといわれればわかりません。でも、ひとつだけ約束します。最後まで、あなたの期待してくれた私であり続けると。」
「それだけでとても嬉しいですよ。それでは、さようなら花さん。」
こうして花は異世界へと飛ばされたのであった。
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気が付くと花は異世界へとやってきていた。周りを見回すと、どうやらここは村のような集落の入り口のようだった。
(なるほど、とりあえずこの村で情報を集めましょう。)
しばらく村を歩いていると、度々視線を向けられていることに気が付いた。おそらくだが、村人以外の人がいることが目立っているのだろう。ただ、これは花にとっても少しありがたいことであった。
(視線を向けられていることで相手に視線を返しても不自然になりませんね。)
そう、花は行き交う人々の魔力を観察していたのだ。自分が凄いとは聞いていたが、実際に確かめてみないとどうなのかは不安だった。しかし、これは女神が言っていたことは事実だとわかった。
(なるほど、確かに普通の人間の魔力は本当に微々たるものです。)
花は自分が相当異質であることを改めて認識できたのである。そして、しばらく人を観察しているとある程度魔力の高い人間が集まっている場所を見つけた。大きな看板が出ていたが、よく考えるとこの世界の文字や言葉について何も聞いていないことに気が付いた。しかし、その心配はすぐに杞憂に終わる。なぜなら、その看板の文字をちゃんと読むことができたからだ。
(冒険者ギルド・・・なぜかはわかりませんが、文字は読むことができるようです。それに先ほどからわずかに聞こえていましたが、周りの人々の言葉も理解できる。)
理屈はわからないが、この辺りは女神からの最低限のサポートなのだろうと納得することにした。この時点で花は失敗をしたことに気が付く。
(そういえば、この世界についてのことをほとんど聞いてませんでした。まあ、贈り物は限界といっていたので、教えてもらえなかった可能性が高いですが、それでも少しは聞いておくべきでしたね。)
ただ、そんなほとんどこの世界の事情を知らない花が知っているわずかな情報の一つがここで役に立つ。冒険者というのは今みたいに人に危害を加える生き物を倒したりすることでお金を稼ぐ人たちのこと、それは最初に女神が教えてくれたことだ。
(まあ、まずはお金を稼ぎましょう。いざとなれば近隣の獣を退治して肉を食べることになるでしょうが、いきなりそこまでのサバイバルはしたくありません。)
余談ではあるが、この辺りのサバイバル知識は女神から教わったものではなく、祖父から修行のおまけで教わったものである。実際に夏休みに山でしばらく祖父とキャンプという名のサバイバルをした経験もあり、花はなんとかなるだろうと考えてはいた。
早速、冒険者ギルドへと入った花は受付のカウンターへと向かう。
「はい、いらっしゃいませ。どのようなご依頼でしょうか?」
どうやら受付の女性には依頼をする側だと思われているようだ。確かに普通に考えれば、武器も持っていない女性が一人で冒険者になろうとしているとは思われないだろう。
「いえ、私は冒険者になりたいのですが、どうしたらよいのでしょうか?」
「えっ、あ、はい。それでしたら身分証はありますでしょうか。」
「すみません、身分証とやらは持っていないです。」
「あー、そうなると受けられる依頼はかなり限られますがよろしいでしょうか。お金があるなら先に教会で身分証を作ってもらうのがおすすめとなりますが。」
残念だが、花にはお金がない。最初は限られてもいいから何か依頼を受ける以外の選択肢はなかった。
「わざわざおすすめしてもらって申し訳ないのですが、お金がありません。とりあえず、身分証を作れるお金を稼げるような依頼はありますでしょうか?」
「それでしたら・・・こちらなどはいかがでしょうか。」
受付の女性が出してきた依頼は村でやっているレストランのオーナーからの依頼だ。どうやら、店で出す料理のために猪を10頭取ってきてほしいという依頼のようだ。
「身分証がない場合には、このように依頼者が先払いしてくれた案件しか紹介できません。」
「逆にいうと、この依頼はこなせば即金で払ってもらえるということですね。」
「はい、そうなります。」
「それでは、これで構いません。やらせてください。」
「はい、それではこちらの書類にお名前をお願いします。」
それからはいくつかの注意を受けた。依頼の期限は1週間なので、それまでに10頭を持ってきてくれればよいということ。1頭ごとに冒険者ギルドが買い取ってくれること。最初に依頼を受けたのが花であるため、依頼の期限から考えて、3日は何もなくても他には依頼を回さないが、3日間の働きによっては他の冒険者にも依頼を出す場合があり、その場合には報酬は取り合いになることなどを説明された。
「それと、怪我、場合によっては死亡してもギルドは責任を負えません。身分証を作り、正式に冒険者になっていただくと、ルールによって枷も増えますが、そういった保証も増えます。」
「なるほど、丁寧にありがとうございます。」
「あの・・・おひとりでこの依頼をされるんですか?」
「はい、そのつもりです。」
「それでしたら、特に気を付けてください。こんな割のいい依頼が出てるのは森には今カットグリズリーが目撃されているからなんです。」
カットグリズリー、修行の時に戦った生き物の一つだ。自然の動物ではあるが、風の魔法を使い、離れたものも攻撃できるうえに、普通に戦っても強いという厄介者だ。
ただ、花からしたら、そんなものいたところで何の問題にもならない。
「そのくらいでしたら、問題ありません。」
「いや、お姉さん。そのくらいって、カットグリズリーの恐ろしさわかっていますか?」
「はい、倒したこともありますので大丈夫です。」
「ええっ!そ、そうなんですね。それなら大丈夫ですかね。」
受け付けの女性はかなり驚いていたようではあるが、普通に手続きを進めてくれていたので、花はその時は何も感じなかった。しかし、これは後で考えるならば、花のファインプレイであったと言わざるを得ない。
こうして、花は異世界生活の第一歩を歩み始めたのであった。




