第五十話 動乱終結と風雅を取り巻く謎
グリエラの放つすさまじい竜巻とシャイアスが作り出したアダマンタイトの鎧を身に着けた巨大人形のぶつかり合いは続いている。冒険者たちから魔力を分けてもらったため、しばらくはもつのだろうが、グリエラの底が見えないため、持久戦で決着するよりかはなんとかグリエラへの攻撃を成功させて竜巻を止めるのが一番良い。
しかし、もはや近づくことは困難であり、魔法も凄まじい風に阻まれて簡単ではない。今、空へ飛びあがっている風雅なら攻撃できるかもしれないが、風の魔法はグリエラに通用しない。この状況でミアがとった攻撃手段はマジシャン・カルテットの他の3人の血の気が引くものであった。
空に出来上がった巨大な水の塊。別になんて事のないものだ。水の生成で出来るだけ巨大に作り上げたただの水だ。しかし、これの意味することをマジシャン・カルテットの他の3人は瞬時に理解してしまった。
「ミ、ミア!それはやばいだろ!!」
「でも、これしか今は思いつきません。やってみましょう。」
「シルヴィーさん!飛んでもない衝撃が来ます!全力で結界をお願いします!」
尋常ではない様子のシャイアスを見て、シルヴィーは周りの神官と連携し結界の準備を始める。しかし、一人だけ、結界で守ることができない人物が空を舞っていた。
「ミア、待って。私はどうするの?ちょっと待って。ねぇ、待ってって。ちょっと、正気なの?やーめーてー!!」
「えーい!!」
ミアの掛け声で水の塊が炎熱砲にて極限まで熱せられたアダマンタイトの鎧を身に着けた巨大人形へと落ちていく。
ぼおぉぉぉーん!!!!!
その刹那、水蒸気爆発によって、周りのものは全て吹き飛んだ。結界は割れることこそなかったが球形の結界はそのままの形で中の人間ごと吹き飛ばされた。風雅の風の壁など全く意味をなさず闘技場の近辺は円形に吹き飛ぶことになった。闘技場の周りは住民はいないし、すでに近くに人はいないので問題はないのだが、相当の範囲が破壊されてしまった。
余談ではあるが、後にこの連携魔法はカルテットマジック『デンジャラス・ミア』と命名されることになる。
しかし、その効果は絶大でもあった。グリエラの魔法も完全に吹き飛んでしまい、グリエラ自身も吹き飛んでしまっていた。そして、空にいた風雅も同じように空の彼方へと吹き飛んでいた。
「ああもう!もうちょっとで死ぬところだわ。って、あれは・・・」
なんとか体勢を立て直して、空を飛ぶ風雅が見つけたのはさっきまで戦っていた魔人グリエラであった。どうやら、もう空を飛ぶ力すらも残っていないようでボロボロのまま落下している。そのまま見捨てても良かったのだが、風雅はやはり日本人。目の前で人間が落ちていくのをなんとなく見捨てきれずに結局助けることにした。
「ほいよっと。あんた大丈夫?」
「・・・大丈夫じゃないわ。もう・・・指一本動かす力も残ってない・・・」
「・・・そっか。もう助かりそうにない感じ?」
「無理でしょうね。ほら、見なさい。」
グリエラに促されて彼女の足元に目をやると身体が崩れ始めていた。
「神に逆らって限界を超えた力を使ったものの末路よ。」
「そう、残念ね。でも、あれだけのことしたんだから、仕方ないわ。」
「ねぇ・・・なんで私を助けようとしたの?」
「うーん、なんでっていわれるとなんなんだけどね。目の前で落ちていく人を見たら何となくって感じでしかないわ。」
その答えにグリエラは驚いて、それから呆れたようだった。
「そう、馬鹿なのね。」
「この世界ではそうなんでしょうね。でも、私にはそれが当たり前なのよん。」
「・・・本当に異世界人なの、あなた。」
「それを知っているんだ。じゃあ、やっぱり私を探してこの街に来たの?」
「そうよ、そのとおり。でも、これ以上は教えてあげないわ・・・」
「あっそ、まあいいわ。理から外れているのは私も一緒だし、そのくらいのリスクは飲み込む。」
「本当に気楽なのね。じゃあ、最後に一つだけ。」
「うーん、なになに。」
「最期を看取ってくれてありがとう。」
その直後、魔人グリエラの身体は粉となり風と共に流されていった。
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その日の夕方、マジシャン・カルテットとホワイトローズは領主であるムルシの部屋へと呼び出されていた。その他にはドクターとジェイルが同席している。
「色々と話したいことはあると思う。しかし、まずはこの方を紹介させてくれ。」
ムルシの後ろから出てきたのは、30歳くらいの美しい女性であった。その姿を見るなり、風雅とトンダ、そしてドクター以外はすぐに跪いた。
「なに、この人偉い人?」
「君は自分のいる街を統治している国の王女を見たことないのか?」
「うーん・・・ないわ!」
「威張って言うことじゃないな。」
「良いのよ。みんながみんな私のことを知っているわけじゃないわ。私はこの国の第一王女ジャスティ。みんなよろしくね。」
風雅の第一印象は、ずいぶんとノリが軽いものだなだった。
「それで、この国の第三王位継承者が一体なんのようかね?」
「ああーん、ドクター、そんなつれないこといわないで。」
「私の報告が役に立っていたことは大変ありがたいのだが、まさか君が直接来るとは思っていなかった。それほどの事態だった、もしくはそれほどの事態であると判断したということかな?」
「もう無視するなんてひどい人ね。そうね、ま、でもまずはまじめに答えるわ。ぶっちゃけるとそのとおりよ。」
そこからの説明を簡単にまとめるとこういうことであった。ドクターが風雅たちが見た異常に繁殖した魔物から、近くで魔人が暗躍している可能性をジャスティに連絡していた。その連絡を受けたジャスティは念のために近隣の調査をしたところ、複数の魔人がいることが判明したという。
「つまり、ただの魔人ではなく魔族だったということだね。」
「そうなるわね。こんな偏狭で魔族が活動しているなんておかしいでしょう。だから、罠を仕掛けることにしたってわけなの。」
「なるほど、どうりで領主が唐変木な作戦を立てるわけだ。全部君に命令に従っていたというわけだ。」
風雅には魔族がなにかわかっていなかったが、ここで話の腰を折るのもなんだなと空気を読んで後で調べることにした。
「ジェイルをこの街から離してしまえば、相手から動いてくれるんじゃないかなって思ったのよ。狙いはばっちり成功したわ。」
「ふざけるなよ、そのおかげでどれほどの冒険者や新人騎士たちが迷惑をこうむったと思っているのかね?」
「もちろん、私の護衛達を街中に忍ばせていたわ。万が一のときには援護するようにってね。魔族に作戦がばれたとしても、人命には代えられないわ。そのくらいは王女としてわかっているわ。」
「実際にフーガ君も護衛に救出されたのだろう?」
ムルシはホワイトローズや冒険者たちからグリエラに魔法を跳ね返されて闘技場で死にかけたことを知っていた。普通なら絶対に死んでいると報告を受けていたため、てっきり護衛が助けに入ったものだと考えていた。
「えっ、あたし?いや、されてないわよ。」
「おや、そうなのかい。」
「それについては護衛から報告が来ているわ。あなた、地下で気を失っていたけど怪我一つしてなかったから放置したそうよ。どんな頑丈な身体してるの?」
どうやら、護衛は動いてはくれていたらしい。だが、実際には風雅は無事だったというのだ。
「そんなことあり得ませんわ。あの魔法を無傷で防げるわけありませんわ。」
「そうねー、私の力だけでは無理ねー。」
「どういうことですの?」
「いや、あそこは闘技場だから。」
ほとんどの人間は何を言っているのかさっぱりわかっていなかったが、二人だけその意味に気が付いた。シャイアスとドクターだ。
「なるほど、身代わりを使ったか。」
「あの闘技場は私たちが飛び級昇格を狙った闘技大会のあった会場です。その時に登録した身代わり人形くんを利用したんですね。」
「そのとおりー。万が一を考えて、闘技場に寄ってから行ったのよ。そこで、身代わり人形くんを発動させてから戦いに向かったわ。」
「そういうことでしたのね。よくもまあそんな知恵が浮かびますわね。」
「私も死ぬのは嫌だからね。このくらいの悪知恵は働かせないと。」
「そうかそうか、あの丈夫な身代わり人形くんがあんなに壊れているというのは不思議だったが、君のせいだったか。ちょうどいい、そっちの方面の話をしよう。そのために来てもらったのだからね。」
そこからはサラーサの街の被害についての報告が始まった。多くの建物が破壊されてしまったが、幸いにも人命が失われるということはなかったらしい。それは非常に良かったのだが、ここから非常にまずいことになった。
「それで君たちマジシャン・カルテットが破壊した建物および身代わり人形くんの被害についてがこれくらいの金額になる。」
元々はミアが最後に爆発で吹き飛ばした建物代だけだったのだろうが、急遽身代わり人形くんの費用が追加された金額がムルシからマジシャン・カルテットに提示される。それはもう目ん玉が飛び出るほどの金額であった。
「いやいやいや、人命。人命には代えられないでしょう?」
「そうだね。しかし、これでなんの罰もないのではそれこそ不公平ではないだろうか。」
「わ、わわわた、私はただみんなをまも、まままもろうとしただけででで。」
「もちろんそれもわかっているが、それでもあそこまでする必要はないだろう。」
「いや、そもそもあんな事態になったのはそこの王女様の策略なんだろ?だったら、その責任は王女様がとるべきだ。」
「あら、私?王女に責任をなすりつけちゃったりして良いと思ってるのかしら?」
「当たり前だ、下手したらリニアが死んでいたかもしれねぇんだ。ふざけたこといってると大暴れすんぞ。」
ガリューは本気だった。その気迫にムルシは血の気が引いたほどである。しかし、ジャスティは冷静であった。
「もうつまらないわね。そうよ、この責任は私がとるべき。当然よね、それくらいわからなかったらドクターに嫌われちゃうわ。ただ、あなたたちの力はそんなことができてしまうことは認識しておいてほしかったの。最後の魔法はどうみてもやりすぎだわ。」
「それについては本当に申し訳ねぇな。」
「あの・・・結局どういうことになったんです。」
「街の損害については私が保証するので問題ないわ。ただ、みなさんには一つだけペナルティを課します。」
「ま、それくらいはいいけど、あんまりにわがままなのはなしよ。」
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その後、結局二人だけが、部屋に残っていた。
「それで、話の途中だったが、魔族の目的はなんだと考えたのかね?」
「わかってるくせに聞くのね。フーガさんよ。ただ、フーガさんの何が問題だったのかがわからないわ。」
「たしかに、加護持ちだったことだけなのか、はたまた彼女の持つ妙な知識を狙ったものなのか、判断の難しいところだ。」
「まあ、あのお願いでしばらくはこの街にいてくれるでしょうし、あなたと私で監視しましょう。」
「おや、君はまさかこの街に滞在するつもりなのかね?」
「そうよ、愛しいドクターと一緒の街にいたいもの。」
「それが本来の目的じゃないと理解しての行動なら何も言わないがね。」
「約束忘れてないでしょうね。私が王位継承権を持たなくなったら結婚してくれるのよね。」
「・・・まあ、今のところではあるがね。」
「まあ、酷い男ね。」
「そんなことよりも、今後魔族がこの街に攻めてくるとなったらもう少し準備がいるぞ。」
「それも私がいるなら、それを建前にできるでしょう。」
「ふむ、そこまで考えてのことだったか。それならいい。久しぶりに期待できる若人が見つかったのだ。大事に育ててやらんとな。」
「あなたのそういうところ、私は好きよ。」
「それは光栄、だと一応とらえておくよ。」
ジャスティは甘いムードを作りたいようではあったが、今のドクターはそれどころではない。辺境ともいえるサラーサの街にわざわざこれほどの準備をして攻め入った理由が風雅であるならば、彼女にはいったいどんな価値があるのか。それを考えずにはいられなかった。
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風雅たちに課された罰というのはしばらくはサラーサの街を活動の拠点にすることであった。どのみち別にどこかへ行こうとは考えていない風雅たちにとっては罰でもなんでもない。しかし、ムルシ曰く、
「君のおかげで様々な文化がこの街では急速に発展している。君は好きにしているだけのようなので、そのままでいい。だから、損失を与えた分でいいからもう少しこの街で好きにやっていてくれ。」
とのことだった。
「結局は何も変わらねぇってことだろ、いいじゃねぇか。」
「ですねー。少しなら遠出しても大丈夫とはいわれましたし。」
「なにせみんな無事でこの騒動を乗り来られてよかったです。」
「ほんとそれよねー。じゃあ、心配しているやつらも多いと思うし、今日は冒険者ギルドで大騒ぎしてみんなの無事をを祝いましょう。」
「結局は大騒ぎしたいだけじゃねーか。しかも、昨日もしこたま飲んだだろうが。」
「昨日は昨日、今日は今日よ。明日は明日の風が吹くってねー。」
「お気楽だなあ、おめーはよ。」
「お気楽とかそういう問題ではありませんわ。それで今朝も遅刻したのでしょう。」
「今日はいいでしょう、お嬢。こんな日はぱあーといかないと。」
「同感だ。こんな日くらいは良いだろ。」
「ディウもトッドもそんな適当なことを。」
「あ、あの、今日くらいは良いんじゃないですか?というよりも今日くらいは楽しんだ方が良いと思います。」
「あら、レンまでそちらとは思いませんでしたわ。」
「シルヴィーは固いのよ。もっと人生を楽しむ方が良いわよ。」
「まぁー失礼な。わたくしは人生を楽しんでおりますわ。」
こうしていつもどおりの会話ができることがなによりも嬉しかった。それはここにいる全員共通の思いだ。
こうして、異世界に来て初めての命がけの戦いは終わった。この後も風雅は命がけの戦いに巻き込まれ続けてしまうのではあるが、それはまだまだ先のお話。大切な仲間たちと自分たちが住むこの街を守りきれたことを幸せに思いつつ、風雅は今日も楽しく生きているのであった。
これにてマジシャン・カルテットの第一部終わりです。
次回からは別の物語の第一部までを書いていきます。
その後はそれぞれのお話を週1で更新していく予定となっています。




