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異世界クロスオーバー物語《ストーリー》  作者: 宮糸 百舌
【マジシャン・カルテット】 第一部 第三章 騒乱の街サラーサ
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第四十八話 魔人の力

 魔人の女、いやこの時はまだただの少女だった。その少女の名はグリエラ。その日はグリエラにとってはいつもの一日になるはずであった。


 いつものように畑仕事を手伝い、いつものように家族と過ごし、いつものように友達と遊んで過ごした。その日に村が魔物によって全滅してしまうなんてことは知らずに。


 その魔物は鳥の魔物だった。多彩な風の力を操り、村は風の壁に覆われてしまった。誰一人逃げることもできなかった。幸か不幸か、グリエラは鳥の魔物が降下してきたの衝撃で気絶していたため、その惨劇を直接は見ることはなかった。


 そして、グリエラが目覚めたときに最初に抱いた感情は『死にたくない』でもない、『どうして』でもない、ただ『許さない』という感情であった。


---


 シルヴィーたち冒険者が闘技場へとやってきたのは風雅がやられて5分ほど経ってからだろうか。偵察能力の高い職業の協力もあって風雅がどこへと移動したのかは把握できていたため急いで追いかけてはきたのだが、すでに状況は手遅れであった。


 魔人の女グリエラは闘技場の真ん中に立っていた。その後ろには瓦礫で埋まった大きな穴が開いている。どうやら、風雅はあそこでグリエラの魔法を食らったのだろう。闘技場の地下には訓練施設や武器の保管庫などもあるため、その地下へと魔法は降り注ぎ、風雅はそれに巻き込まれていったと考えられる。つまり、あの瓦礫の下、大穴の中、元々闘技場の地下があったスペースに風雅は落ちていったのだ。


「あら、早かったわね。でも、あなたたちの希望である加護持ちのお嬢さんはもう片付けちゃったけどね。」

「みなさま!この眼で確かめるまではフーガさんの生存を諦めてはいけません!できるだけ早く救出するのですわ!!!」

「「「おおおおおおおおおおぉぉぉぉ!!!!」」」


 ここにきた冒険者たちも思いは一つ。今度はなりふり構わずにグリエラへと突っ込んでいく多くの冒険者たち。さらに、闘技場の客席には遠距離攻撃できる冒険者たちも隠れており、攻撃に後押しをする。これらはトッドの指示であった。


(この状況で時間を稼ぐ指示をしたところで冒険者は絶対に従わないでしょう。俺だって無事でいてほしいと思いますしね・・・)


 ただ、この無謀ともいえる冒険者たちの突撃は思わぬ結果をもたらす。グリエラはなぜか風の魔法を使ってこなくなったのだ。


「本当に予想外の連中ね。あの力を見たのに易々と突っ込んでくるとは思わなかったわ。仕方ないわねぇ。」


 グリエラは風の魔法は使わなかった。正確にいうのであれば、グリエラはそもそも風の魔法は使えなかった。だから、グリエラ自身の力にてこの状況をなんとかしてみせた。


 グリエラが放った黒い球体のような魔力に触れた冒険者たちは様子がおかしくなっていった。そして、あろうことか他の冒険者が援護のために放った矢や魔法を打ち落としてしまったのだ。


「うわああああああああ!!!!」


 突然の叫び声と共にグリエラへと突っ込んでいた冒険者たちは踵を返し、他の冒険者たちを襲い始めてしまった。多くの冒険者は仲間である冒険者たちになにが起こったのかもわからず、迂闊に攻撃することもできない。だが、おかしくなった冒険者たちは全力で、いやむしろ普段よりも何倍も強力な力で冒険者たちへと攻撃を仕掛けてきていた。


「トッド、あれはいったいなんですの?」

「わかりませんが・・・『洗脳』とは違う感じがしますね。それならあんな大人数にかけられるはずもないし、動きがよくなっているのもわからない。それに魔法道具で全く防げていないのも気になります。」


 奇跡の一つ『洗脳』は相手の思考力を奪い、さらに力の差があれば思うままに操ることもできる技となっている。しかし、魔法対策用の装備を持ってきた冒険者たちはいきなり洗脳されることは考えにくい。また、洗脳は相手の思考力を奪うため、完全に操れないと動きが鈍くなるのが一般的なのだ。


「考えられる可能性は一つ、あの魔人の力は一つではなく二つだったということです。」

「つまり、風の魔法とあの謎の術ということですの?」


 その考えは少し違うかもしれないとトッドは気が付いていた。おそらく、あの術が本命なのだとしたら、あの魔人は神官タイプだと予想される。それならば、レンが命中させた攻撃をすぐに治療出来た理由もわかる。そもそも、神官タイプなのだから、傷の手当くらいはできるのだろう。


「いえ、あの風の魔法・・・いや風の対抗術は本命じゃないんでしょう。」

「そうか!あの魔人は風の術によって命を奪われかけたのですわね。」


 魔物に覚醒する際には自分の命が危険に晒されていることが絶対条件になる。神が助けてくれないのだから、自分で何とかするしかない。その時に神の加護を打ちこわし、世界の理を打ち破ることになるからだ。だからこそ、自分の命を危険に晒すものへの対処法を身に着ける魔人は少なくはない。


 ただの魔物は対処しようと考えても、何に対処したらいいのかなんて思いつかず、自分の力の何かを引き延ばす覚醒を迎えることが多い。だが、人間は違う。魔人は適格に相手の長所を見抜き、それに対処できる力を得ようとするのだ。


 グリエラは風の力にて死にそうになった。だから、風の魔法への対抗手段を獲得した。ただ、グリエラ自身の適性は全然違うところにあった。そのため、グリエラは風の対抗策と自身の能力から生み出された力の二つの切り札を持つ魔人として、生まれてしまったということだ。


「じゃあ、あの魔法の正体はなにかわかりますの?」

「いえ、ただ裏門におかしな様子のトロールが出たとフーガさんが話してましたよね。」

「そうか、それもあの女の仕業なのですわね。」

「トロールは簡単に洗脳できるような種族ではないはずです。だとしたら、あれは根本的に違う何かだとは思います。ただ、それがなにかといわれたら・・・」


 打つ手がない。そして、時間がない。どうにかしないといけないとわかっているのに何もできることが思い浮かばない。こうしている間にも風雅の生存確率は下がっていくし、冒険者たちはどんどんグリエラの術によって正気を失っていった。おかしくなった冒険者に襲われながらでは、グリエラの術が回避できないのだ。しかも、盾を張って受け止めようとした騎士タイプですら術を防げておらず、避ける以外には対処の方法もなかったのだ。


 どうしようもない絶望が周囲に蔓延しかけたその時、ついに状況をひっくり返せる二人がこの戦場へとやってきた。その動きはまるで二つの閃光のようだった。おかしくなった冒険者たちへと近づくと一撃で気絶させていく。そうして、みるみるうちにおかしくなった冒険者たちは減っていった。


「こ、こんなやつがいるなんて聞いてない!」

「そうか、それはあのおっさんの魔人に聞いたのか?」


 グリエラの目の前にはもうガリューが迫っていた。やられる、そう直感的に感じたグリエラは奥の手を発動させる。グリエラの身体から全方位へ放たれる黒い魔力。これを使ってしまうとグリエラの魔力はごっそりなくなってしまうため、どうしても対処できない相手用の技。使わなければグリエラは間違いなく死んでいたので、この判断はまちがってはいなかったといえるだろう。術にかかったガリューはその場で動かなくなってしまった。


「あの妙な魔力は一体?」

「いけません!あれが冒険者のみなさまがおかしくなった原因ですわ。ガリューさんが敵に回ってしまったら止められるものがいませんわ。」


 シルヴィーは動きが止まっているうちならガリューと同じくらいの動きをしていたリニアであればガリューを止められるかもしれない、そういう思いを込めて叫んだのだが、リニアはどこ吹く風であった。


「何かはわかりませんが・・・兄さんは無敵なので問題ありません!」

「はい?なにをいっていますの?」


 これはもちろんなんの根拠もない。なんの根拠もなかった言葉ではあるが、ある意味これは正しい評価ではあった。


---


(・・・なにかされたか。仕留められると油断したな。)


 術を食らったガリューは周りの変化に戸惑っていた。周囲からはとてつもない殺気と怒気が吹き荒れ、周囲には化け物のようなものが大勢いるように見える。普通の人間であれば、その殺気と怒気に耐えられず、その原因であろう者たちに襲い掛かるのもうなずける話だ。


 グリエラの術の正体とは『恐怖を感じる力を異常にを強化する』という強化術だ。強化術のため、守る用の魔法道具では防ぐことができないし、騎士の盾でも貫通してしまう。そして、恐怖を感じる力を異常に強化されたものは周りの者から向けられる負の感情を必要以上に感じ取ってしまい、恐怖の余りまともな思考を封じられる。


 冒険者たちのグリエラへと向かった殺気や怒りが渦巻いているこの状況では周りの者すべてが恐ろしい化け物に感じられてしまうのだ。ただ、それはあくまでも普通の者であるならばだ。


(殺気も怒りも俺に向けてじゃあないな。なら、気にするほどじゃねぇ。だが、なんだこの靄がかかったような視界は。)


 グリエラの術のもう一つ厄介なところは恐怖を感じる感覚を強化していることで、他の感覚は強制的にその処理のために鈍くされることにあった。音はほぼ認識できないので声をかけても意味はなく、視界もぼやけてしまうので相手を正しく認識できない。


(こんな状況じゃ頭おかしくなって暴れだすのも無理はない・・・か。)


 ガリューの師匠は一言でいうなら頭がおかしかった。ガリューはそのあり得ない殺気を相手に修行を続けていたため、この程度の殺気と怒気はガリューにとってはそよ風にしか感じない。そのため、ガリューはグリエラの全く予想のできない動きを見せていく。


---


 どういう理屈なのかは全く分からなかった。しかし、ガリューは動きこそ鈍ったもののちゃんとグリエラを追いかけて攻撃を仕掛けている。これはリニア以外の全ての者が驚き、理解できなかった。もちろん、リニアは驚いていないが、理解はできていない。


「こいつどうして?術は間違いなくかかっているはずなのに!!」


 なんとか攻撃を避けているものの執拗に追いすがってくるガリュー。実はこれにはちゃんと理由がある。グリエラの術にはもう一つ秘密があった。それはグリエラ自身が危険にならないための秘密。恐怖を感じる能力で察知される対象にグリエラだけは入っていない。そのため、吹き荒れるような殺気と怒気の中でグリエラはそこにいないようになるはずだった。


 ただ、ガリューはその不自然さに気が付いた。殺気と怒気が吹き荒れる中にぽっかりと穴が空いているような場所があることに気が付いたのだ。そうして、ガリューは術にかかりながらもグリエラと戦うことができていた。


 ただ、ガリューの能力は当然落ちている。恐怖を乗り越えるためにがむしゃらに力を引き出していたトンダや冒険者たちとは違いガリューは身体能力も上がらない。しかも、空白の穴を感じて動くのは普通の何倍も大変だったからだ。


 この状況、普通ならリニアが援護に行けばよかったのだが、それはトッドによって止められていた。ガリューに近寄ることがそもそも危険だし、グリエラの術にリニアまでかかったら取り返しがつかなくなる。止められた理由をリニアは勝手に兄の邪魔になるからと理解したので、説得は楽だったのだが。


 そして、ガリューが戦っている間に冒険者たちは体制を立て直していた。術にかかっていたものたちも回復し、グリエラの術に対する対策も準備されている。そう、戦場には彼女も到着していたのだ。


 大量の解除の水を作り、おかしくなった冒険者たちに飲ませていくことで効果を見せつけ、冒険者たち、そしてガリューたちに遅れてやってきた騎士たちにも解除の水を配った。これで術にかかったと思ったときにはその水を飲むことで自力回復ができるようになる。


「よーし、これで準備は万端です。トンダくんもいけますか?」

「はい、めいわくかけたぶんたたかいます。」

「ミアさんが来てくれて助かりましたわ。おかげで神官がいれば水がなくても対処できます。」


 そうネタがわかってしまえば、近くに神官が一人いれば何人でも元に戻せる。水なんか飲ませ無くても神官は解除の奇跡を使えるのだから。


「後は、ガリューさんさえ元に戻せればなんとかなると思うんですが・・・」


 そう、このままではガリューを援護しようとしても、万が一攻撃される心配がある。どうにかできないかと悩んでいるときに、最後の仲間がようやく到着した。


「遅くなりました!状況はどうなっていますか?」


 アダマンタイトのフルプレートメイルの騎士に多くのゴブリンたち。マジシャン・カルテット最後の一人であるシャイアスも戦場に到着し、局面は最後の盤面へと移っていくのであった。

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