第四十七話 風雅、敗北する
突撃したディウは女に届くことはなく、絡みつくような竜巻に襲われながら遥か後方の建物まで吹っ飛ばされていった。先ほどまでの威力の魔法であるならば、倍の威力であったとしてもシルヴィーの結界で守られたディウは突撃を成功で来ていただろう。ただ、女の隠していた力はそんなものではなかった。
今までとはまるで違う力。女の周りには風雅だけでなく、誰が見てもはっきりわかるほどの風が吹き荒れていた。それはいうなれば風の龍といったような細い竜巻。それが何本も女の周りを取り囲んでいる。
そして、女はその風を利用して空へと浮かんでしまった。仮にディウが無事だったとしても、手を出すのはもはや困難であろう。もちろん、彼女は戦線に戻ってくることはなかったのだが。
「もういいわ。本当はさ、私こんな作戦に興味はなかったのよ。でも、初めての任務だしね。できるだけ成功させられるようにって思って、ちゃんと作戦にのっとって行動していたの。えらいでしょ?でも、もうそれも終わりよ、終わり。だって、我慢したくなくなっちゃったからさあ!!」
女が手を振りかざすと風の龍が次々と動き出す。しかし、龍はなぜかシルヴィー、トッド、風雅のいるところとは別の場所を攻撃しだした。
「・・・なにしてんの?」
「あっ!やばい、逃げろレンくん!!!」
風の龍は一つの建物に群がるように突撃していく。執拗に何度も何度も何度も突撃を繰り返し、建物をえぐり取っていった。そして、ついに建物の中から目的の人物を空へと巻き上げることに成功した。
「レン!!!」
空中で身動きがうまく取れないレン。なんとか攻撃を凌いではいたが、このままでは彼が助からないのは明白だった。
「お前が悪いのよ。この私に怪我をさせるなんて。ま、最もあの程度の攻撃は私には意味がないんだけど。」
その言葉にトッドは女の肩にあった傷を再度確認したが、出血はある程度のところまでしか広がっておらず、女の言葉どおり完全に傷は癒えてしまっているようだった。
(あの速度で傷が癒えた?判断が早すぎたか?あの女が不死ならば状況はもっとまずくなる。)
今はそんなことを考えている場合ではない。トッドはすぐに考えを切り替える。間に合う間に合わないは関係なく、レンを助けるためにトッドは突っ込んでいった。
ただ、それよりも早く突っ込んだのは風雅だった。
「おうりゃああ!!」
咆哮一閃、風雅は風の壁の中位魔法にあたる魔法『旋風防壁』で竜巻の龍を全て吹き飛ばしてみせたのだ。
「ねぇ、さっきからなんなのあんたは?生意気なんだけど。」
「こっちは住んでる街に襲撃受けた上に仲間傷つけられてるんで、生意気とかってレベルじゃないんだけど?」
「口の減らないやつね!!」
空中でレンを抱き抱えた風雅は即座にシルヴィーたちのところへ戻る。後ろから女が新しく発生させた竜巻の龍を使って追撃してくるが、かき消した竜巻を作り直す時間があったため、風雅はなんとかトッドの後ろまで退避するのが間に合った。
「さすがにやらせませんよっと!」
盾を構えたトッドが竜巻を受け止める。その様子を見ていた女はますます不機嫌になっていた。
「ねえ、普通に疑問、あなたみたいな冒険者がこの街にいるなんて聞いてないんだけど?さっきから私の魔法を防いでいる魔道具はなんなのかしら?」
女は風雅が魔法使いだとは気が付いていない。しかし、これは当然のことだ。風雅の格好は盗賊風の軽装備であり、ローブもなければ杖もない。本来は神の洗礼を受け、装備に加護がないと魔法は発動できない。身体事態に加護が身についた特別な人間以外はみんなそうなっている。神の作った安全装置が働くための仕掛けがこれなのだから仕方ない。
つまり、目の前の冒険者が加護持ちの魔法使いと考えるよりかは、魔法道具を駆使して戦う盗賊と考えた方が自然なことである。風雅たちがこの女を倒せるとするならば、この勘違いを利用することだけだ。
「ねえ、トッドはアタッカーとしてはどんな感じ?」
「からっきし・・・ということもないですけど、俺が離れたらお嬢がやられるでしょうね、確実に。」
「あの竜巻が結界で防げない以上はそうなるか。」
「ただ、状況はこのままにはなりませんわ。冒険者たちが来てくれるでしょうし、ガリューさんたちが来てくれればアタッカーは困りませんわ。シャイアスさんとかも有効でしょう。」
そういえば、他のところでも騒動が起きていることを伝え忘れていた。冒険者たちは来てくれるだろうが、ガリューたちはすぐに来れるかわからない。
「あー、ごめん。他の三人は別の騒動に向かってて、こっちには来てないわ。」
「他の騒動ってなんですの?」
「裏門に化け物みたいなトロール、ゴブリンの里に王化した魔物、騎士詰め所には連絡が取れてない。」
「そ、そんな重要なことをおっしゃいませんでしたの!?」
「伝えるのすっかり忘れてたわ。冒険者ギルドにも伝えそびれた。」
「あ、あなたはあんぽんたんなんですの?」
「・・・ずいぶんとしびれる語彙の選択ね。」
「あー、どうやらしゃべってる余裕はないみたいです。」
目の前に割り込んだトッドが再び竜巻の龍を受け止める。強化を受けたトッドであるならば、ほとんどダメージもなく相手の風は受け止めることはできる。だが、トッドが攻めに回った途端にシルヴィーがやられるため結局は攻めることはできない。再びの膠着状態になるかと思われたが、状況はここで大きく動くことになった。
女へと降り注ぐような矢の雨、そして追撃の魔法の数々。
「こんなもの!」
残念ながら効果は全くなく、風の龍たちが薙ぎ払うだけで簡単に防がれてはしまった。ただ、ようやく事態は好転したことは間違いない。
「あねさん、遅れました!」
「ありがとよ、ホワイトローズ。ディウは回収してある。すぐには動けそうにないが無事だぜ。」
ついに冒険者ギルドで待機していた冒険者たちが到着したのだ。すぐにシルヴィーが指示を飛ばす。
「みなさま!あの魔人の女は風の魔法を操りますわ。見ての通りで常時発動型の特殊な魔法です。戦士、騎士のみなさまは遠距離攻撃できるものと一緒に行動してくださいませ。攻撃は遠距離から!遠距離攻撃持ちを守るようにして、取り囲みますわ!!」
結界を張ったディウが一撃でやられたことを考えると、女の風の龍は普通の方法で防ぐことはここにきているランクの冒険者では不可能だと考えられる。なにせ、ホワイトローズよりも上のランクの冒険者は最初にやられてしまっているのだ。だとしたら、女が嫌がる戦略はこれしかなかった。
「わかりました!!」
「任せてくれ!」
「じゃあ、指揮は頼んだぜ!」
冒険者たちはすぐにシルヴィーの指示に従う。これは風雅たちが行っていた修行会の効果でもあった。冒険者たちはお互いのことを詳しく知るようになり、信頼関係を築くことができている。その中でもシルヴィーはきちんとした性格も好かれていたし、修行会で傷ついた冒険者たちの治療にあたってくれていたこともあり、冒険者たちの中ではかなり信頼の厚い人物になっていたのだ。
こうして冒険者たちは女を取り囲み、女は冒険者たちへと攻撃を仕掛ける。しかし、女の龍の風には本数に限界があるようで、守るための龍に数を割かざるを得ないこの状況では冒険者たちはなんとかその攻撃を凌げていた。
「やばい!こっちに攻撃が来るぞ。」
「退避!退避ー!!」
騎士、狩人、神官の三人組が吹き飛ばされる。しかし、それを見ていた周りの魔法使いが三人を水の魔法で受け止め、素早く他の神官が三人の治癒をする。それに追撃したい魔人の女ではあるが、他からの攻撃に対応するために雑な攻撃しかできてないようだ。
「ああもう!うっとうしいわね!!」
その様子を見ていたトッドは確信をもっていた。
「はっきりいいますが、あの女は大した魔人じゃありません。まだ、魔人になって日が浅いんでしょう。どう見ても戦闘経験が少ない。」
「でも、それならむしろあの力は驚異的だと思うんだけど?」
「ですね、今のうちに戦えたのが好都合です。ただ、もう今のこちら側にあの魔人を倒せる火力を持っているのはフーガさんだけだと思います。」
「そうかもしれないけど、私の魔法じゃああいつには効果薄いかもしれないわよ?」
そう、魔法は同じ属性を操る物には効きにくい難点がある。風の魔法をぶつけても相手も風を操っているのだから、激しく干渉しあってしまう。他の属性でも、混ざり合うことで影響はでるのであろうが、同じ属性は特に顕著に干渉が起こってしまうのだ。
「そうだとしてもです。フーガさんは上級魔法は使えませんよね?」
「使えないわね。ドクターに教えてはもらったけど、一回も発動すらできてない。」
「でしょうねぇ。普通は10年とかそういう時間をかけて学ぶものですから。」
仮に発動したとして、制御できない可能性もあり、下手をすればそっちがサラーサの街を崩壊させかねない。
「今使える中で一番強力な魔法をぶつけてみるしかありませんわ。こちらも全力で補助をかけますので、フーガさんの全力をぶつけてみましょう。」
「そうね、そうしてみましょう。それでも倒せないなら、このまま時間を稼いでみんなが来てくれることを信じましょう。」
風雅が使える最も強力な魔法は巨大な竜巻を引き起こす中級魔法『大竜巻』。ただ、風雅はまだこれを無詠唱では使えないし、全部詠唱して集中してやっと使えるという段階だった。冒険者たちに戦線の維持を任せて、早速詠唱に入る風雅。トッドとシルヴィーはその護衛につき時間を稼ぐ。
かなり強力な中級魔法だけあって、それなりに時間はかかるものの2分ほどで魔法の準備は整った。その間も冒険者たちがなんとか戦い続けてくれたおかげだ。
「よっしゃ、いくわよー!!『大竜巻!!』」
女の足元に魔力が集中し、天まで届くような竜巻が出来上がる。この魔法は対象のみを攻撃するように調整されており、風は周りではなく竜巻の中のみを駆け巡る。そのため制御が恐ろしく難しく、風雅も発動には詠唱が必須な段階だったのだ。
竜巻に飲み込まれた女を見て、多くの冒険者たちは勝ちを確信する。しかし、魔人の強さはここにいる全員の予想を超えていたのだ。
突然はじけ飛ぶ大竜巻。竜巻の中に渦巻いていた風が周りへと吹き荒れ、多くの冒険者たちが吹き飛ばされる。その中心には膨大な魔力を放つ魔人の女がほぼ無傷で浮いていた。
「残念ねぇ。風以外の魔法なら今の魔法は絶対に受け止められなかったんだけど。」
風雅だけは感じ取っていた。女の魔力は自分が使った大竜巻のものだということを。この魔人の女の力はひとつではなかったのだ。
「もっと強い力なら受け止めることもできなかった。だから、本当に残念ね。」
このときトッドは悟った。この女が探していたのは風雅なのだと。この能力はどうみても、風の加護持ちに対する対抗手段としか思えない。
「フーガさん!逃げてください!!」
トッドの言葉に意味を理解する風雅。やってしまったという反省をしている暇はない。そもそも、この状況でちまちまと冒険者たちと戦っていた理由も考えればわかることだった。本当に厳しい状況なら空に逃げればいいのだから。
(こういうことが好きな連中だってことはトンダの一件でわかっていたでしょうに・・・やっちまったわ。)
おそらくだが、風雅の魔力を何かしらの攻撃に使ってくることは予想ができる。ただ、加護を持つ風雅の最大級の中級魔法なら、そう簡単に制御はできない。おそらくはただ、ぶっ放してくるだけだろう。そうなったら、風雅にできることはただひとつだ。
風雅は素早く空へと逃げた。もしも、風の加護持ちを狙っていると仮定するなら、自分が離れれば冒険者たちだけは守ることができるからだ。案の定、魔人の女はついてきてくれた。
「逃げないでよね。この魔力はあんたのでしょう?ちゃんとお返ししたいからさあ!」
「嫌なこった!!」
「あら、本当に街に逃げてもいいのかしら?」
そう風雅も理解していた。あの魔力を使えば、街を大規模に破壊できることを。しばらく逃げていた風雅ではあったが、今は人がいないであろう闘技場へと降り立った。
「なるほどね。ここなら住宅からは離れているし、あの冒険者たちにも余波は届かないかもね。じゃあ、最後に言い残すことはない?」
「ふん、いい気にならないことだな。私を倒したとしても、第二、第三の私がお前を倒すであろう。」
「あっそう?それじゃあ、バイバイ。」
こうして、風雅は魔人の女が放った巨大な竜巻に飲み込まれたのであった。




