第四十五話 ガリューの強さ
私はどのくらい気を失っていたのだろう?魔人との戦いで気を失って、死んでいないのは奇跡のようなものだ。どうして無事だったのかはわからないが、私は騎士のひとりに抱えられて治療を受けているようだった。
「あの・・・魔人はどうなりましたか?」
「おお、リニア様気がつきましたか!大丈夫です、あの魔人はもう虫の息です。」
状況がよくわからない。あれほどの魔人を倒せる騎士がこの街にまだ残っていたのだろうか?しかも、『あの』特性を持った魔人を。
「いったいどういうことですか?」
「説明するよりも、ご覧になった方がわかりやすいかと。ほら、見てください。」
誘導された視線の先にいたのは、兄だった。あぁ、兄さんか。それならば納得できる。兄さんは私の知る限りは誰にも負けないほどに強かったのだから。
ただ、その一瞬のノスタルジーが私の判断を鈍らせてしまった。魔人は上半身だけになり、炎によって焼かれ瀕死のように見える。しかし、あの魔人はそんなものでは倒せないのだ。
「兄さん、気を付けて!その魔人はっ」
「もう遅いですよ。」
それは一瞬のことであった。切り落とされた魔人の下半身が起き上がり、兄へと襲いかかる。そう、あの魔人は不死の特性を持っている。だから、私の斬撃もすぐに再生されてしまったのだ。身体を真っ二つにしたくらいでは、あの魔人は倒せない。
もう少しだけ、早く声をかけていたら。そんな後悔に意味はない。私は兄さんのために走り出そうとした。しかし、そんな必要はなかった。
『地獄焔』あの魔法はそういうらしい。後で兄さんが教えてくれた。火の中級魔法としては最上位の魔法ではあるが使いにくい魔法だそうだ。
兄さんの背中に突如現れた黒い炎は、兄さんの背後から襲いかかっていた魔人の下半身を受け止め飲み込んだ。その後、十秒ほどで魔人の下半身は跡形もなくなってしまった。すごい威力だ。
「あ、あ、そんな馬鹿なことが。」
「不死の魔物対策にも使われる魔法だ。威力はすごいがほとんど飛ばすことすら出来ない。扱いは最低クラスだな。」
兄さんの手にはもうひとつ地獄焔が作り上げられた。
「まぁ、この距離なら関係ないけどな。」
自分の敗北を悟る魔人。さすがは兄さんだ。しかし、魔人には納得がいっていないようだ。
「どうして!どうして俺が不死の魔人だとわかったんだ。」
「あん?そりゃ出血が少ないからさ。リニアにあれだけざっくり斬られたのに全然出血してないのを見た。もしかしたら、あの一撃は回避されたのかとも思ったが、俺が斬ってもそうだったからな。一目瞭然だ。」
不死の魔物は切られたそばから再生を始めるため、ほとんど出血が起こらない。しかし、こんなことは多くの魔物と戦う経験のある聖騎士や一部の騎士隊長クラスにしか伝わってはいない。魔人にそういう事実を聖騎士たちは『知っていること』を隠すために一般的には伝わらないようにしているからだ。
魔人にとっては不運だったことでしょう。私や兄さんという聖騎士の知識を持つものがいるなんてことは想定の範囲外だったはず。
「ま、待ってくれ。話を・・・」
「お前みたいなタイプと話すことはねーよ。」
そうして、魔人はあっという間に消し炭になった。この勝負は兄さんの完全勝利だ!
ーーー
かなりの負傷者を出したものの、幸いにも死者は出ていなかった。そのため、騎士たちは素早く状況を立て直している。
「リニア、大丈夫か?」
「はい!もうすっかり大丈夫です。兄さん、ありがとう。」
「おう、無事でなによりだ。あー、それでな、リニア、こんなときになんだが、話しておきたいことがある。」
「あ、わかってます。私も馬鹿じゃありません。この間は本当に申し訳ありませんでした!」
そういって、深々と頭を下げるリニア。うん、たしかにこの間の冒険者ギルドの一件は謝ってもらうべきことだろう。だから、そういう意味だとガリューはとらえたのだが、リニアは全然わかっていなかった。
「兄さんはさらなる強さを手に入れるために冒険者になったのですね!私は誤解していました。」
「いやちがう。全然違う。」
「なんと!いやいや騙されませんよ。だったら、その魔法と剣術の合わせ技はなんなのですか?それこそが新しい兄さんの力でしょう。うんうん。」
「あー、これはお前を助けるために持ってきただけで、最近は全然使ってなかったんだよ・・・」
「それでは久しぶりに使った剣術であの強さですか!さすがは兄さんです!」
「いや、だからな。」
「あ、そうだ。兄さんは弱くなったと思っていたので、大変失礼を働いてしまったお仲間のみなさんにも謝罪しないといけませんね。みなさんは一緒ではないのですか?!」
久しぶりにまともに妹と話したガリューは思い出していた。ああ、こいつも人の話を聞かないんだった、と。
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それからガリューはしばらく謝罪をするために説明を続けていた。
「ということで、俺もお前に謝ろうと思って駆け付けたんだ。」
「そうですか。でも私は兄さんに謝ってもらうようなことされてませんので、お気になさらず。」
「いや、話聞いてたか?」
「もちろんです。つまり兄さんは聖騎士などでは収まらない器だったということでしょう。」
「あー、もうだめだ。こいつはこういうやつだった・・・」
天を見上げるガリュー。ああ、こういうときに風雅ならまだ話だけは理解してくれる。あいつは良いやつだったな、とか考えていた。ガリューは魔人を倒すよりも妹に事情を説明することの方に疲れていた。
自分がやけになっていたことを伝えても、
「そうですか、それはきっと神様が兄さんに休憩する時間をくれていただけでしょう。」
ついこの間までは魔法も碌に使えなかったことを伝えても、
「数か月で中級を使えるようになるなんてさすがは兄さんです!」
いやパーティーメンバー全員がそうだと伝えても、
「兄さんのパーティーメンバーなら当然です!いやー、私も頭に血が上っていたとはいえとんでもない人たちに喧嘩を売るところでした。」
とのことであった。ガリューは思い出していた。ああ、この希望に満ちた期待に応えるのが辛くて聖騎士国から逃げてきたんだったなぁと。ただ、今のガリューにはこの期待を笑い飛ばすくらいの気構えはできていたので、もう辛いことはない。
そんなやり取りもしばらく続いたころのことだ。
「あの・・・大変申し訳ないのですが、準備が整いました。」
「おっと、兄さんこんなことを話している場合ではありません!それで状況はどうなっていますか?」
「はい、まず他の場所で起こっている騒ぎですが、正門以外は制圧されたとのことでした。」
「なんと!裏門はともかく王化した魔物を討伐した人がいるのですか?」
「裏門はミア、あーさっき説明したブルーマジシャンな、そいつが向かっている。ゴブリンの集落にはイエローのシャイアスが向かっている。」
「だとしたら、おそらくその方々ではないと思います。裏門を制圧したのは冒険者と聖水を操る神官様だったそうです。ゴブリンの里では、ゴブリンの長が足止めしているところにアダマンタイトのフルプレートメイルを付けた戦士が駆け付けたと報告が来ています。」
「いや、それだ。間違いなくそれだ。それが俺のパーティーだ。」
「はぁ、どういう意味でしょう。」
リニアは実物を見ているだけに混乱しないが報告に来た騎士は混乱していた。ただ、この手の混乱はもう修行会でも慣れっこだったので、手っ取り早い説明の仕方を知っている。
「じゃあ俺がレッドマジシャンに見えたか?」
そういわれると、確かにどうみても魔法使いには見えない。それもそうだなと報告に来た騎士も納得した。
「あー、なるほど。パーティーの皆様もそういう感じなのですね。」
「そういうことだ。ミアは神官の格好しているし、シャイアスはフルプレートメイルなんだよ。俺たちは全員が加護持ちっていうわけのわからん集まりなんだ。」
「全員が加護持ち!?それはなんとも凄いパーティーですね。・・・いや、そうだとしてもおかしいです。フルプレートメイルの騎士は素手で王化した猪を殴り倒したそうです。いくら加護持ちとはいえマジシャンにはそんなことできませんよね?」
「・・・それは俺も見たことないな。なにかネタがあるのか、もしくは鎧だけ貸して、誰か戦士タイプがシャイアスの補助を受けて戦ったのかもしれねぇな。」
「まあ、そんなことはどうでもいいでしょう!これで正門に行けばいいことははっきりしています。」
なにも考えていないようなリニアの発言ではあるが、この緊急事態を考えるとあながち的外れでもない。今は解決した方法などどうでもいいし、それは後でシャイアスに聞けばいいだけのことだ。
「それでは正門に向かうのですね。」
「そういえば正門はどうなっているんだ?」
「うまく冒険者たちが足止めしてくれているようです。なぜかEランクパーティーが指揮を執っているようなのですが、状況は完全に硬直し応援を求められています。」
「了解しました。それではいきましょう兄さん。」
そのときだった。それは誰が見てもわかる緊急事態。正門の方角に立ち上る点まで届くような巨大な竜巻が発生していた。
「あれはいったい!?」
「なにかはわからねえが普通じゃねえな。」
幸いだったのはその竜巻はすぐに消滅してしまった。どうやら普通の魔法ではないようで維持ができなかったのだろう。しかし、その魔法が発生した場所の被害はとんでもないものになっていることは予想できた。なぜならば、その竜巻がはじけた衝撃による突風がここまで届いてきたからだ。
「どうみてもやばいな。」
「急ぎましょう。みなさんもついてきてください!」
「わかりました!」
こうしてガリューたちは正門へと向かうのであった。
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少し時間は巻き戻る。正門に突如現れた女が暴れだしたという報告を受けて、何組かの冒険者たちが集まってきていた。その中にはホワイトローズの4人も来ていた。
「あれを暴れだしたって表現しますかね。」
「たしかに暴れているのですからそれは事実ですわ。」
たしかに女は暴れていたといえば暴れてはいたのだろう。正門は原型をとどめることないほどに破壊され、近隣の建物もほぼほぼ崩壊してしまっている。周りには何人も騎士が倒れているが、どうやら一般人は巻き込まれてはいないようだった。
「ねえ、あなたたちはなにものなの?私、探している人がいるんだけどさ、騎士たちは教えてくれなくって困っていたの。あなたたちは教えてくれる?」
「悪いけど、教えてあげることはないなあ。」
ここに集まってきた冒険者はホワイトローズ以外はDランクの冒険者だ。Dランクともなれば一般冒険者という認識となる。それなりの経験も積んでいるし、相手が誰であれたった一人ならこの人数差があればなんとかなると思っていたのだろう。
「そう、じゃあ、あなた達も要らないわ。」
その場でやばさを感じ取ったのはトッド一人だった。トッドは元はやり手の傭兵。今は恩義のあるシルヴィーのためにEランクパーティーにいるが、ここにいる誰よりも戦闘経験が豊富だったのだ。
素早く他のホワイトローズの前に立ち、魔力で強化した盾を構える。ほぼ同時に目の前に嵐が巻き起こる。それはその女が発生させた突風、その一撃でホワイトローズ以外の全員が戦闘不能になってしまった。
「フーガさんでもあんな魔法をあの一瞬では発動できませんわ。」
「そうでしょうねぇ。普通の魔法には見えませんでした。レンくん、他に隠れているってこともないかな?」
「そ、それはないと思います。よっぽどうまく隠れているなら別ですが、そうだとしたら逆にこの魔法には関わっていないかと。」
「なるほど、それは俺も思いつかなかったが、たしかにそういう可能性もあるか。魔法使いタイプが一人でっていうのもおかしいですしね。」
「可能性は色々ありますわね。ただ、今はとりあえず時間を稼ぎますわよ。こんな魔法を街中で使われでもしたら大事になりますわ。」
正門の近くには一般人は住んでいないので、ここの近くで足止めさえできていれば被害はそれほどにはならないだろう。しかし、これ以上の侵入を許したら、そうはいかないことになる。そして、ホワイトローズ以外が全滅したこの状況では、援軍がくるまでホワイトローズは絶対に敗北が許されなくなった。
「思った以上に厳しい状況になりましたわね。」
「あのあほな突撃をしたDランクたちに後で文句でも言いましょうや。」
「ですわね。それでは頑張ってまいりましょう。」
こうして、正門ではホワイトローズと女の魔人との戦いがはじまったのであった。




