第四十二話 ミアは彼を救いたい
裏門を守る騎士たちは、いつもどおりにとおる人々をルール通りにチェックをしている。こういう仕事はさすがに冒険者には回せないため、最低限残った騎士たちがやっていた。
それは騎士たちが領主の命令で出発してから数時間後のことだった。
ぎゃあああああああああーーー!!!!
突如人々の悲鳴がこだまする。尋常ではない悲鳴に門に待機していた騎士たちは一斉に身構えたのだが、そこにやってきたのは逃げ惑う人々だ。このままでは全くチェックができずに人々がサラーサの街になだれ込んでしまうが、かといってこの尋常ではない様子の人々を門をから締め出すのも騎士としては避けたい。
「みなさん!こちらの部屋と非難してください!」
ひとり、経験豊富な騎士がいて助かった。騎士は咄嗟に騎士たちが待機場所として使う部屋を解放し、人々が逃げ込める場所を用意した。
「街の中にはチェックが済まないと入れません!!とりあえずは、こちらへ入ってください!!」
どうして門に入ってはいけないのかの理由を叫んだことで、人々は納得し、案内された部屋へと逃げ込んでいく。そして、入ってきた人々に事情を聴いていった。
「どうしたのですか?いったい何があったのです?」
「お、恐ろしい化け物が暴れているのです!最初は様子がおかしいだけだったのですが、急に暴れだして・・・」
「化け物ですか。それは魔物ということですか?」
「い、いえ。あれはトロールだと思います。」
「トロール?しかし、化け物だとおっしゃいましたが?」
「どう見ても普通のトロールではありません!」
よくわからないが、とりあえず様子のおかしいトロールがいるということはわかった。そして、話を聞いている最中に他の騎士があわただしく入ってくる。
「どうやらやってきたようだ。本当に異様なトロールが迫ってきている。」
外では騎士たちがやってきたトロールを取り囲んでいる。そのトロールは確かに異様な雰囲気であった。どでかい棍棒を片手に、のっそりと歩く姿はそこまでおかしくはない。ただ、焦点を会わない瞳に、よだれをこぼす口、そしてなによりも禍々しい魔力が身体からあふれている。
「たしかに、化け物って感じだな。」
「どうするよ?」
「どうするって・・・とりあえず取り押さえよう。」
そうして、数人の騎士がトロールを取り囲むのであった。
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ミアが裏門にたどり着いたときには状況はあまり良くなかった。騎士は全員やられており、援軍として近くにいた冒険者たちが集まってきていた。裏門はかなり破壊されており、近くの建物にも被害が多く出ている。ただ、不幸中の幸いでどうやら冒険者たちはあまりやられてはいないようだ。
「あ、あねさん!来てくれたんですね。」
「あれってあねさんが話していたトロールじゃないんですか?」
そうしてミアがトロールを確認する。悪い予感はやはり当たってしまった。別れたときに比べると顔は違うようにも見える。余りにも様子が違いすぎるからだ。だが、そのトロールはトンダで間違いはなかった。
「はい、やっぱりトンダくんのようです。」
「よかった。そうじゃないかと思って、手を出さずに様子だけうかがっていたんです。」
「トンダくーん!!どうしたんですかー!!」
遠くからトンダの名を呼ぶミア。しかし、その言葉にトンダはなんの反応も見せない。
「さっきから、こっちも声はかけてみたんですが、なんの反応見せないんですよ。」
「あ、でも唯一反応する行動もあります。攻撃を仕掛けようとすると襲い掛かってくるんですよ。」
「騎士たちは取り押さえようとしてやられちまったようです。」
「なるほど、ではとりあえず攻撃はしないようにしましょう。」
つまり、攻撃さえしないならこの状況は維持できそうということだ。これはミアのことを考えて冒険者たちが迂闊に攻撃しなかったことによる功名であった。
「ただ、このままでもだめですよね?」
「ですねぇ。近くの住民はなんとか避難させましたが、裏門から入ってこようとする人たちもいますし。」
「どうみてもなにかされていますし、今くらいの被害ならまだ情状酌量してもらえるでしょうけど、一般人をケガさせたりしたら、もう取り返しがつかないかもしれません。」
「むむむ、こういうときにどうしたらいいのか。」
しばらく考え込んでいたミアではあったが、正直なところ、ミアに考えても出るアイデアなんてものはほとんどない。ミアは、考えるよりも行動してなんとかするタイプなのだ。
「よくわかりませんが、とりあえず神官の浄化でなんとかできないのでしょうか?」
「薬とかでおかしくなっているのであれば、浄化が効くかもしれませんね。」
「じゃあ、とりあえず試しましょう。」
「でもあねさん、神官がいませんが?」
「大丈夫です。私がなんとかします。」
そういうとミアは水の生成で手元に水を作り出した。浄化の作用をイメージして付与した浄化の水とでもいうべき特殊な水だ。ミアは水の生成に様々な効果を付与することに成功していた。特に、神官の奇跡は子供のころから見続けて練習してきただけあって、水を媒介にさえすれば、ほとんどの奇跡の再現に成功していたのだ。
「これを飲ませれば同じ効果があります。」
「あの・・・どうやって飲ませるおつもりで?」
「・・・どうしましょうね。」
「いや、そこ考えてくださいよ。」
「普通に持って行ったら飲んでくれませんかね?」
そこからの行動は本当に早かった。それはさすがに無理じゃないですか?と冒険者の誰もが思っていたが、それを伝える前にミアはあっという間にステテテテーという感じで小走りでトンダの元へと走り寄っていった。
「トンダくん、これを飲んでください。」
ミアは臆することもなく水をトンダへと差し出した。しかし、さすがにトンダが受け取ってくれることはない。だが、攻撃される様子もない。周りを取り囲むだけなら攻撃はしてこなかったとはいえ、あれほどに近づいてもなにもされないかどうかは誰にも分らなかった。
それはふとしたきっかけ。ミアはトンダの顔を見て思ってしまった。ちょっと怖いなと。
その刹那、トンダの様子が激変する。
ウガガアアアアアアアアアアア!!!!!!
大地を揺るがすほどの咆哮と同時に棍棒が振り回される。
「トンダくん!落ち着いて!」
そんなミアの叫びも今のトンダには届いていないようだ。トンダは棍棒でミアを薙ぎ払おうとしてきた。ミアは水膜を最大強度、最大粘度、最大の厚さにて発動して、なんとか攻撃を受け止めようとした。
ドゴオオン!!
そんな抵抗もまるで何もないかのように棍棒はミアを吹き飛ばした。ミアは数十メートル離れた住宅まで吹き飛ばされる。
「あねさん!!!」
冒険者たちも心配ではあるが、今はミアたちにかまけている場合ではない。これ以上ミア達に攻撃がいかないように、トンダとの間に入り、トンダを足止めするように立ちはだかった。
吹き飛ばされたミアではあったが、幸いにも命にかかわるような怪我ではなかった。しかし、もちろん無事というわけにはいかない。左腕は大きなけがを負っていた。トンダの武器が棍棒であったため水膜は突破こそされなかったが、水膜は大きくへこまされ、その衝撃は完全には無効化できなかった。
「大丈夫です!!みなさん、落ち着いてください!」
自分が攻撃されたことで冒険者たちとトンダが戦い始めてしまうことを察したミアが咄嗟に叫ぶ。その声を聞き、冒険者たちは再びトンダとの距離をとることにした。
数人の冒険者がミアの元へとやってくる。
「大丈夫ですかい?」
「はい、なんとか。このくらいなら治癒の水を飲めばなんとかできます。トンダくんは?」
「最初こそ暴れましたが、すぐに落ち着きました。」
「だとすると、浄化の水が効いたのもしれませんね。飲ませなくても、かければ多少は効果が出るんです。」
「そうかもしれません。さっきまでは暴れだしたら落ち着くまでにかなり時間がかかってましたから。」
そうなると、ここからどうするべきかをミアは考えていた。浄化の水が効いたのだとすると、なにかしらの薬でおかしくはなっていたのだろう。だが、どうみてもトンダはまだ様子がおかしかった。
「もう何回か浄化の水をかけてみましょうか?」
「たしかに効果があったとは思いますが危険過ぎませんか?」
「でも、他の方法も思い付きませんし、試しましょう。」
止める冒険者たちの声を振り切って、ステテーとまたトンダの元に走っていくミア。近づくだけなら、やはりミアは攻撃されることはないようだ。
一度は水を差し出してみるものの、やはり水を飲んではくれないようだ。やむを得ずミアは浄化の水をトンダの背中にかけてみる。
ウガガアアアアアアアアアアア!!!!!!
またしても、大地を揺るがすほどの咆哮と同時に棍棒が振り回される。
そして、先ほどのリプレイかのようにミアはどーんと吹っ飛ばされていった。
「あねさん!気持ちはわからなくもないですが、むちゃくちゃし過ぎですって。」
「ですね、身体が持ちません。」
神官の奇跡による回復である『治癒』は基本的には自然治癒の向上でしかない。つまり、何度も回復させてしまうと露骨に体力は減っていってしまう。魔力で補える部分はあるが、それは身体に魔力を流す物理系ほどうまく使える技術となる。同じ理屈で回復させているミアの治癒の水でもそれは同じことである。つまり、ミアは何度も大怪我を回復させると体力の方がなくなって動けなくなる可能性が高かった。
「ぐびぐびぐび・・・・なんか、浄化だけしててもだめみたいですね。」
「そうかもしれません。先ほどの二回目はあまり効果を感じませんでした。」
「素人考えなんすけど、もしかしたら、あれって魔人の強化術だったりしませんかね?」
たしかにそうならば浄化では効果は消しきれない。浄化はあくまでも悪い効果を打ち消す奇跡だ。強化術を消すなら魔力自体を打ち消す『解除』が必要になる。
「では、次は解除の水にしてみましょう。」
「いや、してみましょうって簡単にいいますけど、どうやって次はっておーい!」
またしても、ミアは止める冒険者を無視して、トンダに近づいた。そして、今回はなんの躊躇もなく解除の水をトンダの背中にかけてしまう。
ウガガアアアアアアアアアアア!!!!!!
三度目の大地を揺るがすほどの咆哮。しかし、今度は様子がおかしい。暴れるというよりも苦しみだしたのだ。
それを確認したミアは叫んだ。
「みなさん、協力を頼みます!この水を飲ませればおそらくですが、元に戻せます!!」
その叫びに反応し、冒険者たちは突っ込んだ。とある冒険者は腕にしがみつき、ある冒険者は足を押さえた。十人以上の冒険者たちが必死にトンダを押さえつける。
「あねさん、早く!長くは持ちません!」
「任せてください!」
ミアは冒険者の背中によじ登りトンダの口に解除の水を押し込んだ。
しかし、トンダもおとなしくしているわけではない。頭突きをされたミアはまたしても吹き飛んでしまう。ただ、さすがに先ほどのまでのパワーはなかった。それでも、距離が近すぎたせいでミアの頭部には大きな裂傷ができていた。それでもミアは一切怯まない。
最後の力を振り絞り、再びトンダの元へと戻ってくる。はたから見ると冒険者たちがトロールにしがみついているおかしな光景ではあるのだが、当のミアや冒険者たちは必死だった。そして、再び冒険者の背中を借りてトンダの口へとミアがたどり着く。
「トンダくん、今助けますよー!!」
必死の叫びと共にトンダの口へと解除の水を大量に流し込むミア。飲ませてから、二分程たったとき、トンダは暴れるのを止め、その場に倒れこんだのであった。
「な、なんとかなったんですかね?」
「起き上がるまでは注意が要りますが、とりあえずは大丈夫そうだとは思います。」
「そっか、良かった。」
そういうとミアは気絶した。もう体力はとっくに限界を超えていたのだ。
「あねさんはやっぱすげえよな。」
「ああ、助けるって決めたら絶対にあきらめねぇ。最強の頑固者だぜ。」
「さて、裏門にいる騎士たちの回収と裏門の警備、それに待機させてるやつらもなんとかしないとな。」
「ああ、雑用はこっちでやって、あねさんには少しでも休んでもらわないとな。」
「さて、あねさんとトロールも運んでやるか?」
「いや、このままにしといてやろうぜ。」
ミアはトンダにしがみつくように眠っていた。それは、自分が救うことができた喜びをかみしめているように見えた。
「そうだな、じゃ、上着だけかけておいておこう。」
こうして、裏門でのミアの戦いはなんとか終わったのである。




