第四十一話 動乱の始まり
翌日、かなりの時間飲み会を続けていたマジシャン・カルテットは誰一人として朝は起きることができなかった。普段なら、ガリューが飲みすぎないようにするのだが、今回はガリューの為に全員で飲んでいたため、そういうわけにはいかなかったのだ。それが、とんでもない事態を引き起こしてしまっていた。
ガガガガガガガガ!!!
けたたましい轟音が鳴り響き、全員はようやく目を覚ます。この音は一体何なのだろうか?起き上がるとどうやらドクターとの連絡用の魔道具から聞いたことのない音が鳴り響いていた。まだ寝ぼけていた風雅は、これはいつもの連絡ではなくどうやら緊急事態用のコール音だと気が付くことができなかった。
「あによ、うるさいわね・・・」
「フーガか!?君たちは一体どこにいるのかね?」
「どこって家に決まっているじゃない・・・」
「何を言っている。もうとっくに集合時間は過ぎているが、今何時だと思っているのかね?まあいい、無事であったなら僥倖というものだ。集合場所に来ていないということですでにやられている可能性の方が高かったのでね。」
「やられているっていったい誰によ。」
「フーガ落ち着いて聞きたまえ、サラーサの街は現在魔人の攻撃を受けている。」
「はい?」
「正門に女性の魔人が出現している。今のところは大きな被害は出ていないそうだが、すでに多数の冒険者が戦闘不能になっているとのことだ。冒険者ギルドが近いおかげで住民こそ逃げられているのが救いではあるな。」
ドクターが何を言っているのかを風雅は理解できていなかった。いや、理解できていたのだが、思考が追い付かなかったのだ。しかし、そんなときには他のメンバーがそれをカバーすればよい。
「ドクター、悪い。俺のせいだ。昔話なんてしたばっかりにみんな気を使ってくれて、夜まで飲みすぎた。」
「そうか、しかし今はだれの責任かなどを考えている余裕はないし、その必要も感じない。むしろ、自宅にいるのであれば好都合ともいえる状況だ。ガリューが気にすることはない。」
「そうなると、わざわざ連絡してきたのは俺たちの無事を確認するだけじゃねーな。」
「ああ、どうやら裏門にも襲撃を受けている。相手は異常な魔力で強化されたトロールという報告だ。場合によっては最悪の事態が想定される。」
トロール・・・トロールがこんな短期間に何人もサラーサの街に来るのだろうか。もちろん、可能性はゼロではない。しかし、ミアにはすぐに彼のことが頭に浮かんだ。
「それって!まさかトンダくん?」
「・・・その可能性が高いと予測できるだろうね。幸いなことにそのトロールは時々癇癪を起こすように暴れる程度のようだ。ただ、そのパワーが半端ではないらしく、取り押さえることも難しいようだね。」
「それも魔人の仕業とするならなんで暴れまわらないんだ?」
「推測で物言うのは嫌いなのだがね、仮説ならある。彼がこの街に悪い印象を持たなかったことだろう。」
これに関してはミアとシャイアスのおかげともいえるだろう。二人がトロールというだけで偏見を持たずに接したことにより、トンダは人間への差別意識を少し和らげていた。さらにゴブリンの集落での出来事がそれを後押ししてくれたと予想できる。
「そうだとすれば、あの最初の騒動の違和感も魔人が関わっていたということでしょうか?」
シャイアスのいう最初の騒動とはトンダが広場にて騎士たちに疑われた事件のことだろう。たしかにあの事件には多くの違和感があった。
「その議論を今している暇はない。ミアは裏門へ行ってもらえるかな。どうやら裏門を担当していた冒険者たちも気が付いたようでね。わざわざミアのために攻撃せずに、そのトロールの被害を抑えるために行動しているようなのだ。」
「すぐに向かいます!!」
「ああ、いや、話は最後まで聞いてからにしてくれ。フーガはそろそろ復活したかね?」
「ええ、落ち着いたわ。」
風雅もようやく事態を受け止めることができたようである。
「それならばいい。ここでもう二つ残念なお知らせがある。」
「まだあるわけ?いったいなによ?」
「現在、私は魔物討伐の遠征の方についていってしまったので、街にいない。さらに、出発して半日と少しということ、魔人の強さが未知数であること、魔物も放置できない状況であること、などの様々な事情で領主殿がどうするかを判断しかねている。正直、こういうときは動いた方がどうにせよ、良いと思うのだがね。それすらできないようで頭を抱えている。」
「ジェイルだけでも戻せない?」
「本当に万が一だが、その魔人が魔物騒動とは別に出た魔人の場合、こちらの戦力を減らすのも困る、というなんとも日和った考えらしい。私には到底理解できんがね。」
「その確率と、今サラーサの街で起きている問題が解決できないかもしれない確率のどっちが高いか考えなさいよ・・・」
「それは私も進言したがね。」
二人は通信機越しにやれやれとリンクした動きを見せる。
「いざとなれば、ジェイルと二人で抜け出して戻る。私にもそれで問題にならないくらいの後ろ盾はあるのでな。ただ、気になるのはもう一つの問題なのだ。」
「この状況で他に問題があるというのは気になりますね。」
「騎士詰め所と連絡が取れない。」
その言葉にミアを除く三人は表情が一変した。
「いや、最悪じゃないの!こんな悠長なことしてる場合?」
「まだ最悪ではないよ。最悪なのは君たちにも連絡が取れないことだ。」
「あ、あの。詰め所と連絡が取れないのがそんなに問題なんですか?」
「ミアさん、正門、裏門で魔人に関わる騒動が起きているとしたら、騎士詰め所に連絡がいかないということはあり得ません。それはわかりますか?」
「え・・・はい。」
「それならば連絡が取れない理由は一つしかありません。騎士詰め所も何者かに襲撃を受けている可能性が高いということです。」
「ええ!だって、騎士詰め所って一番戦力が集まっているようなところですよ?しかも、割と街の中心に近いところです。」
「だから、最悪なのよ。しかも、場合によっては周りに気が付かれないほどあっさりと制圧されている可能性もある。」
正門と裏門で騒動が起きているくらいなら、マジシャン・カルテットのいる住宅街では大きな騒ぎになっていない可能性はある。ただ、市街地の中にある騎士詰め所で大きな戦いがあれば、この辺りもすぐに大騒ぎになっているだろう。しかし、実際になってはいない、なぜならさっきまでマジシャン・カルテットの四人は静かに寝ていたのだから。
「それなら尚のことジェイルだけでも良いから連れて戻って。私たちはできることをするから。」
「了解した。こちらも迅速に動くとしよう。必要もないとは思っているが、一応口にするぞ。無理はするな。英雄になる必要などない。できることだけをやれ。逃げることは悪ではない。死ぬことが悪だと知れ。」
「そうね、わかってる。」
「それならばいい、後は頼んだぞ。」
そういって、通信は切れた。
「とりあえず、俺は騎士詰め所に行く。リニアが危険かもしれねえ。悪いが行かせてくれ。」
「そうね、裏門はミアが行くんでしょ?」
「はい、そうします。」
「私は正門に行くわ、シャイアスはどうするの?」
他のメンバーはどうしたいのかわかりやすかったが、シャイアスは正直迷っていた。わかっている危険度でいうなら正門に行くべきだ。しかし、正門は冒険者たちがいる。一番早く解決する可能性があるのは騎士詰め所だ。騎士たちもいるし、ガリュー、リニアという戦力が期待できるし、まずここから解決できれば、他のところへ援護へ行ける。裏門はもっとも戦力が揃っていない。だが、被害もあまり出ていないようだし、ミア一人でなんとかできる可能性も高い。
しかし、そんな逡巡も意味のないものになった。
「みんな大変だ。力を貸してくれ!!」
突然部屋に入ってきたのはギルとサリアだった。昨日の飲み会は一緒に過ごしたのだが、そういえば朝起きたら二人は既にいなかった。
「いったいなにがあったんです?」
「ゴブリンの集落に王化した魔物が出現したそうです。ガイアさんから連絡があって、騎士詰め所に連絡がつかないそうで・・・」
「シャイアス!」
「はい、私はそこに行くしかないようです。」
「違うわ、王化って何?」
「そちらでしたか。一言でいうなら王化とは巨大化の極致です。」
王化というのは魔物の巨大化の中でも常識を外れた大きさになってしまった個体をいう。倒すことは困難であり、大きな被害を生み出す。生命力も半端ではないため、討伐するのが困難な魔物化の一つであった。
「私はって、他のみんなは行ってくれないのか?」
「ええ、緊急事態が他にも三つ起こっているの。」
「三つも・・・じゃあ、これも偶然ではないんですか?魔人が関わっているかもっていう話でしたが・・・」
「一つの騒動がその魔人だ。残念だけど、その可能性が高いだろうな。話している時間も惜しいし、早速準備して向かおうぜ。」
こうして四人はそれぞれの現場へと向かうことになった。
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準備を急いで終わらせ、全員が揃ったところで確認をする。他のメンバーはいつもと変わらない格好、持ち物ではあるが、ガリューはいつもの剣とは別に一本の剣を持っていた。
「いい、無理はしない。やばくなったらちゃんと逃げること、いいわね。」
「はい。わかりました。」
「戦力的には一番騎士詰め所が揃っているとは思う。でも、その分状況を考えると少数で強力な敵がいる可能性が高いわ。」
「そうだろうな。」
「ただ、そこが撃破できたなら、流れが変わる。今回の勝負の分かれ目は本当にそこだと思う。」
「そうだな。それで、俺はその後はどうしたらいい?」
「あらー自信あるのね。何も連絡がないなら、私ところへ来てほしい。逆にミアやシャイアスは援軍がいるなら連絡して。」
「「わかりました。」」
状況はあまり良くはない。今の街にはCランク以上の冒険者はおらずCランク相当の騎士たちも最低限しか残っていない。マジシャン・カルテットはランクとしてはFにはなるが、戦力としては今サラーサの街で残っている中では最高クラスだろう。隠れた実力者でもいてくれればいいのだが、現実はそんなに甘くはない。
ただ、希望もある。ジェイルが戻ってくれれば状況は変わる。むしろ、そこまでの被害をゼロにできたのであれば、それで勝ちだといっても過言ではない。それくらいジェイルは圧倒的な実力者だ。問題はドクターがどれだけは早く領主を説得、いや義理堅く頭の固いジェイルを説得できるのかにかかっているといえた。
「それじゃあ、みんな頑張って!絶対に死ぬんじゃないわよ。」
「フーガも気をつけろよ。今日も祝勝会しようぜ。」
「おっけー、楽しみにしているわ。」
「ガリューさんからそんな意見が出るなんて珍しいですね。」
「トンダもちゃんと誘って来いよ。」
「わかりました!任せてください。」
「みなさん、お気をつけて!」
「はい、お二人も家のことをお願いします。」
「よし、解散!」
そうして、四人はそれぞれの戦場へと向かっていくのであった。
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風雅は不安と戦っていた。風雅は異世界に憧れて本気で異世界で生活できるように準備してきた変人ともいえる人間ではある。異世界での食生活に困らないように再現できる知恵を学んだ。異世界では野生動物を食料にしないといけないこともあるだろう、そのために猟師や漁師の手伝いをして経験を学んだ。
そんなことを本気でやっていた風雅だったからこそ、異世界でも問題なく生活はできていた。動物や魔物退治という命を奪う行為にもなんとか対応できていた。しかし、ここからは地球ではそう簡単には体験することができない事態が待っている可能性が高い。
まず、目の前で誰かが殺されること。
次に、自分の命が危険にさらされること。
最後に、人間を殺さないといけないかもしれないこと。
覚悟はしたつもりだった。しかし、それでも耐えられるのかはわからない。しかし、迷っている時間すら許されない状況であることはわかっている。その迷いによって、事態は刻一刻と悪くなっていくのだから。
「あー、覚悟はしていたけどね。異世界ってやっぱり楽しいことだけじゃないわよね。」
そう、その覚悟はある。しかし、風雅は気が付いていなかった。実際には覚悟しておかないといけないことはもう一つあったのだ。
仲間が死ぬかもしれない。
その可能性に気が付かなかったのはたまたまなのか、それとも無意識にそのことを考えることから逃げてしまったのか、それは誰にもわからない。




