第四十話 ガリューの過去
それからもしばらくは風雅は頑張っていた。正直なところ、風雅が代表で領主と話していること自体がおかしいのだが、それについては誰も突っ込まなかった。本来はリーナが交渉するべき事項なのはわかるがリーナは全面的に賛成のようだ。
理由はいくつかある。リーナとしてはこの依頼は超ド級においしい依頼だ。領主のムルシは正直なところ、あまり良い領主とは言えない。今回の件をなんとしても成功させるために、リーナが相当ふっかけた依頼料を問題なく支払ってくれることに応じた。ただ、そうだとしてもこの依頼料はおかしい金額だったし、リーナとしても値切られる前提の料金であった。
割と良いところの出身であるムルシはそういう感覚に疎かったのだ。そのあたりがあくどい店に利用されたり、よいしょしておいしい思いをしようとする騎士などを生み出したのだ。まあ、今その一人にリーナが加わろうとしているので、世の中はそんなものなのである。
もう一つの理由が、魔人は実際に脅威であること。ドクターが全面的には反対していないのも、そのあたりが関わっている。騎士は最低でも戦闘力でいうならCランク冒険者の力はある。ただ、平和な地域の騎士は実践に乏しい傾向にあるのも事実である。そういう意味では騎士はCランクの冒険者と戦うとほぼほぼ勝てなかったりするのだ。特に自分よりも強い相手と戦う場合に騎士は脆いという弱点をドクターは理解していた。
最後の理由としては、サラーサの冒険者であれば、本当に数日の間くらいなら騎士の代わりができてしまうことだ。以前の冒険者たちならばそんなことできるわけはない。だが、共同訓練で絆を深めた冒険者たちはお互いの理解をかなり深めている。さらに、技量も格段に上がっており、実力は申し分ない。しかも、風雅を中心に街の人たちの冒険者たちへの評判は最近とても良くなっており、数日なら混乱は起こらないだろう。
「ですので、問題はないと思います。」
「いや、責任の問題とかはどうするの?その間に本当に騒動が起きたときはどうやって責任とるのよ。」
「それはこちらに責任を取らせてもらえば良い。」
「でも・・・」
「フーガ、ちょっといいかね?」
「何よドクター。」
「これほどの正論をぶつけても納得しないのだ。もはやこれは決定事項であり、そのために動き出してしまっていると考えた方が良い。そうなのだろう?」
ドクターがそう問い詰めると、ムルシとリーナはそろって目をそらした。その様子を見ると冒険者たちからもため息が漏れる。
「なに、馬鹿にしてる?」
今までのこの時間はいってしまえば無駄な時間だった。それがわかった風雅さんは相当にお怒りなのだ。その怒りを感じ取ったムルシは言い訳を始めた。
「いや、そうではない。君は頭が良いと聞いていたので納得したうえで仕事をしてもらいたかったのだ。」
「そうだとしても決定事項であることは決まっているといったうえでも良かったんじゃないかしら。・・・まあいいわ。それならそれでここからはできるだけ問題が起こらないように詰めましょう。」
どうやら癇癪を起こすようなことはなく、ムルシとリーナは安心したようであった。しかし、そこで新たな問題が発生する。
「ねえガリュー。」
「なんだよ。」
「なんで私みたいな新人冒険者が領主様と交渉してんのかしら?」
「知らねぇよ。フーガが自分から話し出したんじゃねーか。」
「・・・そうよね。リーナ、後は頼んで良い?」
「あ、はい。そうですね。」
そこからは説明会という感じになっていた。ドクターの読み通り、もう決定事項であったことは作戦の日時ではっきりした。なんと明日から十日程度の予定と発表されたからだ。こうなったら、当然騎士たちは集められているし、その予定が覆せるわけがなかった。
そして、もう一つ驚くべきことが発表された。
「街に残る騎士を束ねるリーダーに選ばれたのは聖騎士見習いの女性騎士だ。彼女は冒険者ギルドでの迷惑行為を反省していて、その償いとして街のための奉仕活動として、今回の任務を引き受けてくれた。」
「その聖騎士候補の実力は問題ないのかね?」
「今年度の首席候補だそうだ。ジェイルとも模擬戦闘をやらせたが実力は問題ないと考える。」
ただ、この話に納得できていないのはあの日に冒険者ギルドにいた冒険者たちだ。
「聖騎士見習いってあの日マジシャン・カルテットにやられた奴の事だろ、大丈夫かよ。」
「問題ねえよ。もしも聖騎士見習いの首席候補ならトップ5に入っているってことだ。あの日は本気じゃなかったんだろうよ。」
「ガリューのあにさんがいうなら信じますが・・・」
「なあ、俺の剣技って凄いと思うか?」
「はあ、そりゃあ凄いですけど。」
突然の質問に意味がわからなかった冒険者たち。だが、その後の言葉でその意味を理解することになった。
「それが聖騎士見習いの首席候補の実力だ。」
しばらくは冒険者たちどころか風雅たちも意味が理解できなかった。しかし、しばらくしてようやくみんなはその意味を理解する。
「通常の聖騎士見習いなら普通の騎士と同じくらいだと考えて良い。ただ、首席候補ということなら卒業は確定している段階だ。さらに首席候補なら通常の聖騎士よりも上と考えて良い。」
「へぇーずいぶんと詳しいんですね。」
ここにいる中で唯一意味が理解できていなかったのはミアだけだった。
「ああ、俺は元聖騎士の見習いの首席候補だからな。」
「ああ!そういうことだったんですね。」
びっくりしましたね、という感じで回りを見ているミアは楽しそうだ。冒険者たちはミアにはとても優しいので、そうですねあねさん、という感じで話を合わせているが理解できていなかったのはミアだけだ。
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大体の説明が終わり、普段なら宴会が始まるのだが、今日はそういう流れにはならなかった。さすがに翌日から街からの特別な依頼があるというのに冒険者たちが全員飲み会をして出勤というのはいかがなものか、ということになったわけではない。そんな理由で飲み会ができないなら、十日も宴会は不可能になる。風雅はそんなことは許さないのだ。
今日、宴会が行われないのはマジシャン・カルテットが帰ってしまったからでしかない。それではなぜ帰ってしまったのか。翌日から街の騎士たちを束ねることになるのはガリューの知り合いだったというリニアという聖騎士見習い。このことを話すと約束していたのにも関わらず、ゴブリン騒動でその機会がなくここまできてしまった。そこで、明日までにそのことを話したいとガリューから申し出があったのだ。
「みんなすまねぇな。」
「いえ、それは構いません。ただ、逆に気になるのは、その事情を軽々しく聞いても良いのかということの方です。」
「いいさ、気にするなシャイアス。これからも長い付き合いになるんだ。隠すほどもない。」
「それじゃあ、ゆっくり聞かせてもらいましょうかね。」
ガリューは前年度の聖騎士見習い首席。真っ先に出てきたこの情報だけで、ミアとシャイアスはかなり驚いていた。
「あの、だったらどうして聖騎士にならなかったんです?」
「俺がマジシャンだってわかったからさ。聖騎士のルールに聖騎士は魔法使いはなることができないと明確に決められている。」
聖騎士になれるのは物理系と神官のみ。これには理由がある。
そもそも聖騎士とは魔人などの超危険な相手を専門とした特殊な任務をこなすために各国が資金を出し合って運営している特殊部隊である。それは一つの国家となっており、そこでは聖騎士を育成するための機関が備わっている。この育成機関を卒業して晴れて聖騎士として認められるというわけだ。
聖騎士も冒険者たちにならって四人一組が基本となっている。これは他の騎士もそうなっている。というのも、冒険者への依頼がなによりも市民からの声になっているからだ。その難易度を計算しているときの基準が四人一組でのものなので、それを補助したりする役目もある騎士にとってもその形が最適なのだ。
ただ、冒険者と大きく違うのは聖騎士は魔人と戦う目的があるため、欠員が出る可能性を常に考えられている。また、欠員とはいかなくても戦闘不能になることも考えなければいけない。そうなると、魔法使いが非常に不便になるのだ。
魔法使いは前衛がいてこそ戦えるのであって、常にベストな状態で戦えないことが予想される聖騎士には相応しくないと考えられていた。神官はパーティーの維持に必要になるため、一人は必要になるが魔法使いは聖騎士に必要とはされなかったのだ。
「だから俺が加護持ちの魔法使いだってわかったとき、俺は聖騎士になるのを諦めた。仕方のないことだったんだ。」
「あの・・・うまくいえませんが、そんなことなかったと思います。」
「ミア?」
「私も神官になれなかったというのはお話ししましたよね?その・・・水の女神様の加護があったからです。」
「ああ、知ってる。」
「でも、私は神官になれるときがくると信じています。」
「・・・無理だ。知ってるんだろ。」
「私もそう思っていました。でも、私の両親はそう思ってなかったみたいなんです。」
そういって、ミアは懐から何かを取り出した。
「これは天使の卵です。」
「天使の卵・・・天使の卵って教会で保護しているあれか?」
「そうです。正しい行いを続けた神官の魔力を受け取り、天使を生み出すものですね。」
「そんなものをなんで持ってるんだ?」
「両親が預けてくれたんです。物凄い無茶を通して。これで天使を生み出すことができたなら私は神官だってことでしょう。だから、持っていなさいって渡してくれたんです。」
「・・・」
「だから、うまくいえませんが、魔法使いだからってガリューさんが聖騎士を諦める意味はないんじゃなかったかなって私は思いますよ。」
もしも、これが神官を完全に諦めているであろう人間から聞いたのであればガリューはその言葉を笑い飛ばしただろう。しかし、ミアは誰が見ても神官としての生き方を貫いている。何も知らない人間がミアを見たのであれば、まちがいなく魔法使いではなく神官だと誤解するだろう。
さらにいうのであれば、聖騎士に魔法使いがなれる可能性は今のままではないかもしれないが、可能性はゼロではない。決まりが変われば可能性が生まれるからだ。でも、ミアには絶対に奇跡を習得して神官になれる可能性はない。これはどんなことがあっても起こりえない。
そんなミアがガリューに伝えた言葉には重みがあった。
「そっか、そうだったかもな。」
「そうですよ、もったいなかったですね。」
「あんたも意外とおっちょこちょいなところあるわねぇ。」
「うるせぇ。フーガほどじゃないだろ。」
「あによー。そんなことないでしょう。」
そういって、みんなで笑いあった。ガリューはどうやら過去を少し振り切ったようだった。
「そういえばさ、あの子って結局どういう関係だったわけ?」
「ああ、そういえば、そこを説明する話だったな。」
「昔のお知り合いということはお聞きしましたが。」
「あいつは・・・妹・・・なんだよな。」
「「「いもうと!?」」」
「そうだ。俺が聖騎士になれないとわかったときに散々落ち込んだんだよな。その時にさ、あいつだけはあきらめる必要なんてない、って言ってくれてたんだ。そんなあいつに黙って俺は全てを捨てて冒険者になることにした。そのときはそうするしかないって思い込んでいたんだな。」
「それなら謝りにいかないといけませんね。」
ミアがニコニコと良い笑顔でガリューに迫る。ミアとしては当然行くんですよね、というテンションだ。
「そうだな。そうしないといけないな。そうやって仲直りしてみるよ。許してくれるかどうかはわからねぇが・・・」
「それでもそうした方が良いと思うわ。ちょうどよかったじゃない。」
「ああ、そうだな。」
ガリューは置いてきた過去、そして妹と向き合う覚悟を決めた。
「よし、じゃあ暗い話も終わったし、飲むか。」
「いや、まだ昼だし、飲まねえよ。」
「そんなこといわないでー、飲みましょうよー。」
「せめて、晩飯まで我慢しろよ。我慢する気なさすぎるだろ。」
「今日くらい、今日くらいはいいじゃない。ね、ガリュー。」
そういってぐいぐいと迫ってくる風雅にガリューは少しだけ思うことがあった。
「すまねえ、じゃあそうさせてもらうか。」
「そうよ。辛いときはぱあーと騒ぐものよ。それがなによりなんだから。」
こうしてマジシャン・カルテットは翌日の集合時間に遅刻するのだが、それはまあ・・・仕方ないことだったのだ。




