第三十六話 ゴブリン集落訪問
翌日、本当は冒険に行く予定ではあったのだが、今日は急遽お休みとなった。その理由は、今待っている待ち合わせ相手が関わっている。
「ミアさん、シャイアスさん、おまたせしてすまねえ。」
やってきたのは、先日助けたトロールのトンダ。実はあれからミアとシャイアスはトロールが泊まることができる宿を探しながら、街の観光案内をしてあげていた。その際に、トンダがこのサラーサへと来た目的を聞いていたのだが、それは意外なものであった。
「いえいえ、大丈夫ですよ。慣れない街ですからね。多少は問題ありません。」
「それではゴブリン特区へと案内させていただきます。そうそう、こちらの二人が私たちのパーティーメンバー、フーガさんとガリューさんです。」
「どもー、よろしくねん。」
「ガリューだ。災難だったらしいな。ま、今日は俺たちがいるから大丈夫だぜ。」
「こちらこそ、よろしくです。」
トンダの目的とはサラーサの街にあるゴブリン特区。サラーサの街ではゴブリンは労働力として保護されているのだが、その労働は開墾や道の整備などの肉体労働になる。そのため、サラーサの街の外にゴブリンたちのみが生活する特区を作っているのだ。
トンダはそこでの生活を見るためにわざわざサラーサの街へ来たらしい。トンダはトロールの旅人なのだが、トロールというだけで人間の街では、かなり苦労を重ねてきた。そんなときに、ゴブリンを保護している場所があるということで、どんなところなのか興味を持ったということだった。
「それとこちらがうちで一緒に生活しているゴブリンの二人、ギルくんとサリアちゃんです。」
「こ、こんにちは。」
サリアは体の大きなトンダに少し怯えているようだが、ギルは割と普通だった。
「俺がギル、こっちがサリアだ。よろしく。」
「ワシはトンダだ。よろしく。」
「挨拶は済んだのかね?それでは、早速向かうとしよう。時間は有限なのだ。後れを取り戻さなければもったいないというものだよ。」
「えっと、このひとは?」
「ああ失礼。私はドク、彼女たちに魔法を教えている研究者だ。今日は保護者も兼ねて同行させてもらうことになった。私のことはドクターと呼んでくれれば良い。」
正直なところ、ドクターは別に同行したいわけでもなんでもなかった。ただ、ゴブリン特区へ出向くとなれば、場合によってはトラブルが予想される。その際に自分がいればその場を収めやすいだろうという自負があり、ドクターは同行をかって出てくれたのだ。
「一つ注意をしておくが、ゴブリン特区は見て面白いようなものはない。それでも見に行きたいというのは変わらないのかね?」
「ワシはただ、にんげんとゴブリンがどういうふうにいっしょにせいかつしているのかみたいだけだから。」
「そうか、それも一つの興味としてはあってしかるべきだな。それならばよい。たしかに、人間と他の種族はうまくいっていないことの方が遥かに多い。」
「ワシもどこでもくろうばかりだなぁ。」
「それでも、一時期に比べれば良くなった方だがね。さて、無駄話は本当にこのくらいにして出発するぞ。」
こうして、マジシャン・カルテットと愉快な仲間たちによるゴブリン特区見学ツアーが始まったのであった。
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ゴブリン特区の第一印象としては、思っていたよりもずっと綺麗。そういわざるを得ないという感じだった。正直なところ、勝手なイメージではあるが、もっと原始的な生活をしているとばかり思いこんでいた。
しかし、ここはサラーサの街とほとんど変わらない。規模こそ小さいが、街並みということをいうなら全く遜色のないものであった。
そんな街の様子に全く驚かなったのはドクターである。
「だからいったのだ。なにも見て面白いところなどないとな。」
「これを知っているとそうなるわよねー。」
風雅としても思ったよりも綺麗だなとは感じた。しかし、気になる部分はあった。
「しかし、街の能力を活かせているとはいえないように感じます。」
「それもまた事実だろうね。」
シャイアスが気になっていたのは、とても綺麗な街並みではあるのだが営業をしている店が少ないところだ。
「どうして、こんなに店が少ないのでしょう?」
「ゴブリンにはお金っていう文化がほとんどないから当然だ。たぶんだけど、共用の倉庫とかがあるはずだ。」
「はい、飲食店という文化もありませんでした。食事も集落みんなでというのが一般的です。」
「それはワシたちトロールもいっしょだな。」
ギルとサリアの解説でゴブリンの生活形態は見えてきた。要するに立派な街があってもゴブリンにはあんまりその施設を活かせていないのだ。お店として使えるように作られた家もただの大きな家でしかないということだろう。
「個人的にはそんなことよりも気になることがあるんだけどいってもよい?」
「なんだよ?」
「ゴブリンってこんなに格好に無頓着なわけ?」
そういわれて全員がゴブリンたちの衣服に注目したが、確かにほとんどのゴブリンが同じ格好だ。しかも、綺麗か?といわれると、どちらかというなら汚れているという程度の服を身に着けているものが多い。
「ゴブリンにとって衣服は体調を調整したり、皮膚を守る意味しかないのが普通だ。」
「おしゃれするにしてもアクセサリーが限界ですね。」
「それにしたって清潔にはするべきだと思うわよん。病気の原因にもなるしね。」
「そりゃそうだな。そういう用品はちゃんと支給されているはずだし、それくらい買う金はあるだろ。」
「いや、ワシならそんなものをかうおかねがあるならすこしでもしょくりょうをかう。」
「なるほど、それも一理ありますね。そう考えると人間って贅沢なんでしょうか?」
「そうかしらね?私はそうは考えないけど。」
どうやら他のみんなはある程度ゴブリンの文化に納得しているようではあるが、風雅だけは全く違う感想のようだ。
しかし、そんなゴブリン文化の観察も中断されることになる。トロールであるトンダが目立つからだろう。ゴブリンたちが集まり始めてしまったのだ。
その中から鎧を身に着けたゴブリンが風雅たちに話しかけてきた。見た目からするとおそらくはゴブリン地区の騎士に相当するゴブリンであろう。
「ゴブリンの集落に何のようだ?」
「ああ、すまない。ただの見学だ。」
「トロールがいるようだが、あれは一体なんだ?サラーサの街にもトロールがいるという話は聞かない。」
「この子がゴブリンたちの集落が見たいっていうんで連れてきたの。旅のトロールよん。」
風雅が代わりに答えたのだが、その様子に相手は不快な顔を見せた。
「勝手に話を挟むな。わかりにくくなる。代表のみが話せ。」
事情がよくわからない風雅はサリアの方へと振り向く。
「ゴブリンの会話は集団の代表と代表だけで話をするのが普通です。他の人が口出しすることはありません。」
「ああ、そういうことね。」
「わかったら黙っていろ。」
そういって、ドクターの方へと向き直ったゴブリンの騎士に風雅は事も無げにこう返した。
「お断りよ。」
「なんだと?」
先ほどの数倍の不快感を見せるゴブリンの騎士。それに対して風雅も不機嫌そうだった。
「あんたは何様なの?」
「我々はいつもこうやっている。それに従えないなら話すことはない。」
「いや、話しかけてきたのはそっち。まず基本的にそこが間違っている。情報が欲しいのもそっち。」
そこからは風雅は止まらなかった。
「こっちはサラーサの街で許可も取っているし、あんたなんかに事情を説明する必要もないの。そっちが事情を知りたがったからわざわざ話しているの、違う?」
「そ、そういわれたらそうだが・・・」
「さらにいうならさ、さっきの代表者同士で話をするっていうのは話しかける前にそうやって話をしたいってなんで伝えないの?なんでこっちがサリアに確認しないといけないわけ?」
「だから、それは我々では当たり前・・・」
「相手が自分たちのルールを守ることが当たり前だと思って話をしているのはどういうつもりなのかって聞いてるの。自分たちはルールを守っているのにそちらはどうして守らないのですかって、それは相手にもルールを伝えてて初めて理由になるのよ。」
「あ、いや、それは・・・」
「ついでにいうわね。そっちがそうであっても人間には別にそういうルールはないの。なんでこっちが従う前提なの?」
「こ、ここに来た人間たちはみんな従ってくれていたから・・・」
「今までがそうなら私たちもそうしないといけない理由って何?」
「ええと・・・」
「そもそもとしてあんたは誰で、何の権利があってこっちの行動を探っているの?そこもこっちが聞かないと答えないわけ?」
「わ、私はこの地区の担当している自警団の部隊長です。」
「そう、まずそこから話して、治安を守るために不審者に声をかけたってことを言うのが筋じゃないの?今までどうやってそんなんでやってきたのよ。」
「あの、その、だから・・・」
正直なところ、どこかで止めてあげるべきだったと周りの全員が思っていた。相手のゴブリンの騎士は泣きべそをかき始めている。どの程度の実力なのかは知らないが、部隊長というくらいだ。それなりの腕はあるはずの人物なのだろうが、風雅にはたじたじになっていた。
後ろで見守っていた他のゴブリンが助け船を出そうとする。
「あ、あの、申し訳ありませんでした。しかし・・・」
「ああん!自分たちがいったルールも守れないんか!!おめえらが他の奴は口出しするなっていったんじゃねーのか、こらぁ!!」
「ひぃ!!す、すみません!!」
大騒ぎになっているので当然だが周りには相当な数のゴブリンが集まっていたが誰一人として風雅に逆らえるものはいない。ゴブリンたちは本能で悟ったのだ、あれは逆らってはいけない類の代物だと。
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それから、ドクターとガリューが間に入ってようやく風雅はおとなしくなった。しかし、それだけで収まらなかった風雅はそこから自警団たちの教育に取り掛かる。
隊長を完膚なきまでに口論にてぼこぼこにした風雅に対して、自警団をはじめとした周りにいたゴブリンたちは完全に怯えており、そこからは言われるがままであった。
ドクターは時間の無駄とも考えたが、ある意味これからのゴブリンと人間のスムーズなコミュニケーションの助けにはなるかもしれないと、あえて止めることはやめた。こういうところにはドクターは理解があるのだ。
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それからざっと1時間後。ゴブリンの自警団は全員が風雅の前に整列している。
「今後は人間が来たらどうしたらいいの?」
「「「はい!!まずは我々が自警団であることを伝えます!!!」」」
「その後はなにを聞くの?」
「「「はい!!ゴブリンの集落にやってきた目的を確認します!!!」」」
「その際の注意事項は?」
「「「はい!!我々は代表者同士の会話を望むと伝えます!!!」」」
「はい、よくできました。」
「「「ありがとうございます!!!」」」
一糸乱れぬやりとりは訓練のたまものだ。幾度となくやり直しをさせて、徹底的に覚えこませるのが風雅のやり方であった。特に風雅が気にしたのは、代表者さえしっかりしていれば良いという考え方だ。代表者がその場にいないときだってある。全員がちゃんと人間とのコミュニケーションを問題を起こさずにとることができるようになるために、風雅は全員に同じ考えを徹底的に叩き込んだのだ。
その様子を呆れてみてるのはガリューとドクターだけである。
「なんだこれは?軍隊か何かか?」
「失礼ね。ただのマナー講座よ。」
「いや、どこがだよ?これがマナー講座なわけないだろ。」
「あきらめたまえ。フーガがこうなのは君が一番知っているのだろう?」
「そこはまあ、最悪受け入れたとしてもだ。」
そういって、ガリューは後ろを見渡す。そこにはきらきらした眼でこのやりとりを見ている他のメンバーたちがいる。特にゴブリンの二人に至っては他のゴブリンと一緒にマナー講座(?)を受講しているほどである。
「こいつらの反応はおかしいだろ?」
「それに関しては完全に同意ではある。ただ、もうおそらくは手遅れなのだ。フーガの毒に完全に冒されていると判断するべきだろうね。」
「それだけ聞くと最悪の事態だな。」
ガリューとドクターはやれやれと頭を抱えるのであった。




