第三十三話 ミアの日常
マジシャン・カルテットが休日になったときにミアは大概の場合は聖神を祭った神殿にてお手伝いをしている。聖神を祭った教会はこの神殿の中にあるのだが、神殿の中には他にも様々な施設があるのだ。
ミアが手伝いに来るのは、その施設の中の二つ。一つは孤児院、文字通り孤児たちを受け入れる施設であり、どの街の聖神の神殿の中にも確実に存在する施設となっている。もう一つは、治療院、こちらは病人や怪我人の対処に当たる施設であり、現代でいうなら病院に当たる施設となる。
ミアは元々は実家でもこの二つの施設の運営を手伝っていたこともあり、休みの日となれば、他にやることもないので、大概はこの手伝いに赴いていたのである。というよりも、ミアは聖神様の魔法とされている「奇跡」が使えなかったので、その二つくらいしか手伝えるところがなかったのだが。
ミアが来るのが見えると、シスターや神官たちも大喜びで迎えてくれる。
「ミアさん!今日もお手伝いに来てくれたんですか?」
駆け寄ってきたのはシスターカレン。ミアが仲良くなった孤児院を担当しているシスターだ。
「はい、やることもありませんので、今日も来てしまいました。」
「子供たちも喜びますよ。さあ、行きましょう。」
カレンに引っ張られて孤児院へとやってきたミアを見ると、多くの子供たちがすぐに寄ってきた。
「ミアおねーちゃん、また来てくれたんだー。」
「一緒に遊ぼーよ。」
「はいはい、良いですよ。それじゃあ、私が子供たちを見てますので、他の仕事を片付けちゃってください。」
「ええ、ありがとうミア。」
これについて少しミアの名誉を回復しておくと、別にミアは家事ができないようなことはない。実際にミアも最初は掃除のボランティアとして孤児院へやってきたのだから。しかし、長年実家で手伝いをしていたこともあり、あまりの手際の良さから、シスターたちから質問攻めにあい、実家が有名な神官一家であることがばれてしまったのである。
そこからは臨時スタッフのような扱いとなり、様々なことを手伝ってきたミアではあるが、最終的には一番子供たちが一緒にいるのが喜ぶという理由から、このような役回りに落ち着いたのであった。
子供たちはいつも元気いっぱいではあるが、ミアも一応は冒険者。さすがに体力で負けるようなことはなく、そのあたりがシスターには真似しにくいことからも、この役回りは理にかなっていた。
そして、今日も子供たちと全力で遊びぬいたミア。お昼の時間となり、ミアもお礼に一緒に昼食をとることとなった。
「ねえねえ、どうしてミアおねーちゃんはシスターにならないの?」
昼ごはんの間にふと出てきた子供ならではの疑問。その理由をシスターたちは知っていたので、質問した子供を注意しようとしたのだが、それをミアが止めた。
「良いんですよ。あのね、お姉ちゃんは奇跡が使えないの。だから、ここでは働けないんだ。」
「えー、そんな人いないよー。」
この子供の認識が間違っているわけではない。なぜならば、普通は奇跡が全く使えない人間など存在しないからである。
聖神の魔法とされる奇跡。実際には四人の女神が作った魔法の以前はこちらが魔法と呼ばれていた。奇跡とは、魔力をそのまま他人へ渡すことで効果を発揮する力となる。
戦士や狩人たちは、身体強化に魔力を使っている。そういった人々は魔力を外に出す才能がない。だから、基本的には身体の強化にしか使えない。それは筋力であったり、頑強さであったり、感覚強化であったり、様々だ。
そして、神官が操る奇跡は、それを撃ちだすことができる。怪我をしたり、体調を崩した人には身体を修復する魔力を渡す。そうすると限界以上の治癒力がその相手を治療する。身体強化の魔力を渡せば、戦士はその筋力をより強く使えるようになるし、狩人はさらに遠くを見渡せるようになったりする。また、他人の魔力に干渉することもできるので、魔法を解除することもできる。単純に魔力を放出すれば大した威力にはならないが攻撃にもなるし、硬質化させれば結界や壁となる。
魔法との最大の違いは、決まった形は存在しないことだ。魔法は魔力を別のものに変化させている。その技術には大きな危険をはらむため、女神たちは枷をつけている。しかし、奇跡はそういったものは見当たらない。なぜなら、ただ単純に魔力を放出するだけなのだから。
最初の疑問に戻るが、つまりはただ魔力を放出するだけなのだから、普通の人間は余程才能が偏っていない限りは誰でも奇跡は使える。さらにいうなら、魔法使いならもっと確実に使えるはずである。なにせ、魔力を放出する才能はあるということになるのだから。
ただ、当然そういった無理な習得をすれば、どちらの才能も中途半端にはなってしまう。しかし、シスターや神官として働きたい場合にはそうはいってられない。なぜなら、奇跡が使えなくてはシスターにも神官にもなることは許されないからだ。ミアが親の期待に応えられなかったのはこういった風習によるものである。
「ということで、お姉ちゃんは水の女神様から加護をもらっているから、奇跡は使えない。だから、シスターや神官にはなることができないの。」
「ミアおねーちゃんがシスターになれないなんて、決まりの方がおかしいよ。」
「そうだ、そうだー。」
「そう思ってもらえるのは嬉しいよ。でもね、決まりは決まりなの。決まりはどこかだけ見たらおかしいことも多いよ。だけど、全体を見たら必要なことになっているの。」
「ミア・・・」
カレンもどうしてミアがシスターになれないんだろうと思ったことは少なくない。しかし、例外を認めてしまえば、今後大変なことが起こることはカレンにも理解できる。
「はいはい、みんなミアお姉ちゃんを困らせないの。ミアお姉ちゃんは水の女神様から大切な役割をもらっているのよ、きっと。だから、それを応援してあげましょう。」
カレンが声をかけると、子供たちはなんとか納得したようだ。そして、ミア自身もちょっと納得してた。
そうだ、きっとあの人たちと出会えたことも意味がある。水の女神様のお導きであり、自分にはやることがあるのかもしれない。そんな風に考えていく方が楽しそうだなと思ったミアなのであった。
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昼ごはんも終わり、これからどうしようかな?とミアが考えていたころトラブルは突如としてやってきた。突然、護衛兵が駆け込んできた来たのである。
「申し訳ありませんが、しばらく外出しないようにお願いします。特に子供たちは出さないようにしてください。」
その言葉にミアとカレンは不思議がる。当然ではあるが、ここは聖神の神殿の中。サラーサの街の中でも最も危険とは縁遠いような場所にあるからだ。
「あの、何かあったんですか?」
「はい、どうやら神殿前の広場にてトロールが揉め事を起こしているらしく、念のためにとのことでした。」
トロールと聞いてカレンは暗い顔になったが、ミアはむしろ疑問が大きくなってしまった。
「トロールといっても、入口で検査に引っかからなかったんですよね?」
「はい、そのようです。」
「それでしたら、別に問題はないと思いますが・・・」
「しかし、トロールですからね。何があってもおかしくないかと。」
護衛騎士はトロールだから危険だ、と伝えたかったらしい。しかし、ミアからすると意味がわからない。ミアの家にはゴブリンがいるがトラブルになったことなどないし、神官である両親からは人間以外の種族もみな仲間だと教わって育った。
「ま、いいです。自分で確かめに行きます。」
「え、あの聞いてなかったんですか?危険ですから・・・」
「私も冒険者の端くれですし、中級魔法も使えます。問題ありません。」
護衛騎士は何とか止めようとしたが、ミアはちょっと苛立った様子で出て行ってしまった。カレンはミアが心配ではあったが、それ以上にミアが不機嫌になったことに驚きを隠せないのであった。
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神殿の前は大きな広場になっている。そこでは多くの露店が出ており、いつもにぎわっている人気のスポットなのだが、今は様子が違うようである。
武器を構えた護衛兵数人が身長3メートル以上はある大きな相手に武器を構えている。
「おとなしくしろ!!」
「抵抗するなら、この場での処分もあり得るぞ!」
おとなしくしろと言われている相手のトロールではあるが、ミアにはどう見ても暴れているようには見えなかった。むしろ、戸惑っているように見える。いや、それどころかあの様子は・・・
「ワ、ワシはべつに・・・」
大きな身体が護衛騎士へと向く。その様子に驚いた護衛騎士が剣を振り上げた。
「抵抗するなと言っている!!」
振り下ろされた剣を見て、ミアはとっさに水の壁を作り出した。トロールの前に発生した水の壁は護衛騎士を剣ごと吹き飛ばす。戸惑う護衛騎士たちに向かってミアが叫んだ。
「やめなさい!!怯えているのがわからないのですか!!」
突然の魔法に驚いた護衛騎士たちではあったが、トロールに味方する魔法使いが現れたことで、むしろ一気に警戒を強めてしまった。
「貴様、このトロールの仲間か?」
「違います。この子は最初から抵抗なんて一切してない。何を見て話をしているのです?」
「黙れ!そこの露店の店主からトロールが暴れだしたと通報があったのだ。邪魔立てするなら貴様も同罪とみなすぞ。」
その言葉を聞いたギャラリーからは何人もの男たちが護衛騎士の元へとやってきた。ミアを捕らえるために集まったのか・・・と思いきやそうではなかった。
「おう、関わり合いになりたくないから黙ってみてたが、あねさんに手を出すっていうなら、話は別だ。」
「お前ら、神につかえるとか言っている騎士がいきなり暴力に訴えんのか?冒険者をなめてんじゃねーぞ!!」
集まってきた男たちは冒険者たちだ。トロールが騒ぎを起こしただけなら、わざわざ金にもならないしと関わるのをためらっていたが、ミアが庇うというなら話は別だ。どんな理由があろうともミアが助けようとするなら、冒険者たちだってトロールを助けるのだ。
「な、なんだ貴様らは。」
「俺たちは冒険者だよ。そこのあねさんに世話になっているな。」
「どういうつもりかは知らんが、そこのトロールは捕縛させてもらう。邪魔をするなら護衛騎士の誇りにかけて容赦はせん。さっさとどけ!」
「聞けねぇなあ!!」
護衛騎士たちの注意が冒険者たちに移った隙にミアはトロールの元へと近づいていた。
「こんにちは。もう大丈夫ですからね。」
「あ、あの、ワシはなんにもわるいことなんて・・・」
「わかってます。安心してください。私はあなたの味方です。」
そうミアが声をかけている間に、何人かの冒険者がミアとトロールの元へとやってくる。
「いやー、すぐに助けに来てやれなくて悪かったな。あねさんがいなかったら、見て見ぬふりをするとこころだった。」
「心配することねえぞ。あねさんが味方するって決めたなら、俺たちだって味方するからな。」
その様子にトロールは落ち着いてきたようだった。一安心かなとほっと息をついたのも束の間、護衛騎士たちと向き合っていた冒険者たちの方から、大きな音が鳴り響く。
「武器まで抜いた以上は本当に容赦はできん。覚悟しろ!」
「こっちも伊達に修行会に行ってるわけじゃないんでな。簡単に倒せると思うんじゃねぇ!」
このままでは本当に怪我では済まない事態になってしまう。そう感じたミアは、戦いを止めようとしたが、その前に戦いは強制的に中止させられた。護衛騎士、冒険者の双方が持っていた武器が突然地面へと叩きつけられたのだ。
「みなさん、ミアさんを守ろうとしてくれたのはありがたいのですが、それでは本末転倒です。まずは、きちんと話を聞きませんか。」
「シャイアスさん!」
先ほどのはシャイアスの魔法だったのだ。魔法の使い方がうまくなったシャイアスは地面だけでなく、近くにあるものなら金属も操ることができるようになっており、それでとっさに武器を地面へと叩き落とした。
「双方、まずは状況の確認から始めましょう。その上で、そこのトロールをどうするのかを決める。その方がお互いのためではありませんか?」
「シャイアスがそういうんだったら文句はねえ。」
冒険者たちはすぐに武器を収めた。当然のことではあるが、シャイアスだってマジシャン・カルテットである。冒険者たちからの信頼はとても分厚かった。
先ほどの魔法で武器を落とされた護衛騎士たちは考えていた。どうやら最初の水の魔法使いもかなりの使い手のようだ。普段なら逆らおうともしない冒険者たちもやる気のようだし、援軍の魔法使いも強い力を感じる。お互いに様子を見ていた護衛騎士たちも少し落ち着いたようで、
「わかった。それで良いならそうしよう。」
と交渉へと応じるのであった。




