第三十二話 風雅の日常
風の協会の施設である風の教会。少々ややこしいが、その風の女神像の前で風雅は祈りをささげていた。他の冒険者や冒険者として働く魔法使いは基本的には四つの属性の協会へ行ったりはしない。しかし、風雅としてはそういうわけにもいかなかった。
そもそも、この世界に風雅を飛ばしてくれたのは風の女神である。風雅は律義にも定期報告として月に一度は風の女神像に祈りをささげて、近況を報告していたのだ。その際に困ったことがあれば相談するつもりではあったが、今のところはラガーを強請ったくらいで他の願いをしたことはないのだが。
「フーガ様、本日もありがとうございます。」
「良いのよ、加護ももらっているわけで顔も出さないのは失礼だわ。」
声をかけてきたのは、サラーサの街の風の協会の長ミカゲ。中年に差し掛かるほどの歳の女性ではあるが、スレンダーな体系もあり、年齢よりは若く見える。
「本当に素晴らしい。風の女神様の加護を持つフーガ様が風の協会に来ていただければ、どれほどの風の魔法使いが救われるか・・・」
「もう、その話はなしっていったでしょー。」
「そうですね。申し訳ございません。本日はこの後はどういたしますか?」
「うーん、今日は暇だし魔法の練習でもする?」
「おぉ、本当ですか!それでは早速いるものたちを呼んでまいります。」
風雅は祈りをささげた後に、いつも風の協会の人々の面倒を見ている。
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最初はそんなつもりもなかった。師匠であるドクターからも注意されていた。
「風の協会に祈りに行くことは止めたりはしない。ただ、一番まともとはいえ、協会に必要以上には関わらないほうが利口だとは思うがね。ま、君に関してはそのあたりは自分で見極められるだろう。手を貸したいなら止めることはない。特に君は自分の知識を広めることが好きなようだし、それ自体は吾輩も賛成だしな。」
「そ、ありがと、信頼してくれて。」
「どうしても困ったら言ってくるが良い。貸し一つとして助けてやるぞ。ただし、しばらくは笑いのネタにするがね。」
「そうならないように気を付けるわー。」
と、こんな感じの注意を受けてはいたのだ。
とはいえ、風雅は風の協会に興味があった。今までのお祈りはサラーサの街が管理する風の神殿にて行っていたので風の協会に来る必要はなかったのだが、魔法使いのために活動している団体があるならそっちを見ておきたかったのだ。
しかし、結果として風雅はがっつりと風の協会の手助けをすることになった。それは初めて協会へと訪れた時の事である。風雅は驚愕した。そのあまりのおんぼろっぷりに。
風の協会はぼろぼろもぼろぼろ。掃除こそ丁寧にされているようで、信仰心がないということはなさそうである。しかし、どこもかしこももうすぐ壊れそうといった感じで酷いものであった。唯一まともだったのは教会だけである。案内してくれた協会員に聞いたところ、
「風の女神様がいらっしゃる教会だけは、どのようなことがあっても守り抜かなくてはいけません。」
とのことであった。その様子にある意味で風雅は安心した。魔法協会は腐っているという話だが、サラーサの街の風の協会は少なくともそういう雰囲気ではなかったからだ。
そして祈りをささげた後、風雅は決心した。少し、手助けしてあげようかなと。まず、手始めにお金を稼げる方法を教えてあげた。
風雅オリジナルの風魔法「浄化の風」。この魔法はドクターからも褒められた風雅の発想力から生まれた魔法である。効果としてはシンプルで、汚れ、雑菌などを吹き飛ばし、軽く傷や疲れを癒すというだけのものだ。
オリジナルとはいうが、実際には「風の生成」の亜種なので、風の魔法使いなら練習さえすれば、ほぼ誰にでもできる。調整魔法で、最初は風に汚れのみを吹き飛ばすイメージを持たせる。これでうまくいくかと思ったが、怪我をしていると血の汚れを吹き飛ばそうとしてしまう難点が発覚した。そこで、もうちょっと調整。水に癒しが乗せられるなら、風でも出来るやろがい!ということで、まず簡単な傷を癒せる風を作り出した。その風のイメージを残したままで汚れを吹き飛ばすイメージをさらに上乗せする。そうして完成したのが、浄化の風というわけだ。
これがことのほか冒険者たちには好評であった。何日もかかる冒険では、なかなか風呂に入ったりすることもできない日がある。水の魔法使いがいても、そこまでするのは面倒だし、男女混成のパーティーではさらに面倒事になる。
しかし、この浄化の風ならそんなときでも簡単に使ってリフレッシュができたのだ。汗をかいて脂の浮いた顔もさっぱり。服に染み付いた汗ごと身体もさっぱり。移動中に不意に汚れてもすぐさま綺麗、特に洞窟の攻略では非常に喜ばれた。
最初にドクターに見せたときにも言われた。
「これを風の協会に広めれば多少は金銭的に困るのは解消するだろう。これは革新的な魔法といえるものだな。」
掛け値なしのべた褒めで風雅も照れたくらいの高評価であった。
その時の言葉を思い出した風雅は風の協会に本当に浄化の風を教えてあげたのだ。最初はどこの馬の骨かもわからない魔法使いから魔法なんて・・・という雰囲気だった風の協会員ではあったが、女神の証を見せつけ、風の加護持ちであることを確認させると態度がころりと変わった。
すぐに長のミカゲが飛んできて土下座の体制となり、全員で風雅に対して、祈りをささげだした。
「いや、違うのよ。別に拝めてほしいわけじゃないから。あんたたちにお金が稼げる魔法を教えてあげようとしただけよ。」
「と、言いますと、どういうことでしょう?」
そこからやっと話ができるようになり、風雅が浄化の風について説明してやり、使い方のレクチャーをしてあげた。風の協会員たちは大いに喜び、これで協会の修理ができるかもしれないと沸き立ったのであった。
しかし、次の月に風雅が訪問した時には思いもよらない状態になっていた。全然、冒険者に利用してもらえなかったというのだ。
「なんでよ。私がやったら、誰にやってあげてもみんな喜ぶわよ。とんでもない金額ふっかけたとかじゃないでしょうね?」
「い、いえ、そのようなことはありません。フーガ様がお決めになった通り、銅貨三枚という金額です。」
ふむ、その金額設定なら絶対に利用してもらえると思ったが、風雅の読みが外れたらしい。しかし、問題は金額ではなかったのだ。
「それで、あんたたちどういう風に冒険者に声掛けしたの?」
「え、どういう風にって・・・特に声掛けなどはしていませんが。」
「それで利用してもらえるわけがないやろが!」
風雅のダブルチョップがミカゲの頭に突き刺さった。
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そんなことを思い出していると、協会員たちが集まってきた。風雅はまだ数個の中級魔法と多くの初級魔法を覚えたに過ぎない段階ではあるが、長であるミカゲが同じようなものなので、十分に魔法を教えることができた。風雅が先生として優れているのは、加護持ちならではの柔軟な魔法も見せることができるし、ドクター直伝の完全魔法も教えることができるという便利さだ。
協会員は基本的には協会の魔法を覚えるため、ドクターの完全魔法は浸透していない。しかし、完全魔法はまちがいなく優秀なものであるため、それを覚えさせることは大きな意味があるのだ。
「ほら、ちょっと威力を出しすぎよ。もう少し抑えないともったいないわ。」
「でも、俺は威力を求めて修行してきたんです。今更、効率とか言われてもちょっと・・・」
「わかるわ。」
「えっ?」
同意してもらえるとは思わず魔法を教わっていた協会員の男はびっくししていた。
「私も最初は威力だけあれば良いと思っての。威力ってロマンだものね。」
「そ、そうなんですよ。やっぱり魔法使いなら派手なことをしたくって。」
「わかる!すごいわかるわ。でもね、それだけじゃもったいないの。」
「もったいない・・・ですか?」
「そうよー。例えばあなたって魔法無しでビッグチキンって倒せる?」
「それは無理だと思います。風の刃があればなんとかなるでしょうが。」
「そうよね。でも、その風の刃ってそんなに威力必要?」
「いえ、要らないです。」
男もなんとなく風雅の言いたいことを察したようであった。しかし、男には威力へのこだわりがあり、それをやめろと言われるのは癪に感じた。
「そうでしょ。そんなときは完全魔法で良いのよ。あのね、別に威力を求めたいならそれはそれでやればいいの。」
「えっ、そうなんですか?」
「そりゃそうよ。魔法なんて、結局は自分のためのものだもの。ただ、完全魔法が使えるのは便利なの。だから、それだけは覚えておく。あとは、自分の求めるものを追いかければ良いじゃない。むしろあれよ、完全魔法は使えるので後は好きにしますって免罪符みたいなものよ。」
「な、なるほど。そう思えば、納得もできますね。」
「でしょー。難しく考えないで、それだけはやっちゃいましょ。それができたら私も威力を高める練習法を一緒に考えてあげるからさ。」
「わかりました!フーガ様ありがとうございます!」
「その風雅様ってなんとかならない?ま、いいわ。頑張ってねん。」
ここでも風雅のコミュニケーション能力の高さは遺憾なく発揮された。こうして、サラーサの街の風の協会は実質的に風雅に乗っ取られるような形になっていったのである。
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練習も終わり、夕方になったので、風雅は数人の協会員を引き連れて冒険者ギルドへと向かっていた。この子達は一緒に宴会をするために連れてきたわけではない。
「お、あねさんお疲れ様です。今日はギルドで宴会ですか?」
「こんばんはー、そうよーん。みんなもここで集合する予定。」
「そうですか。それじゃあ、今日も盛り上がりますね。あ、四人分頼むぜ。」
そういうと冒険者は銀貨一枚と銅貨を二枚、風の協会員へと支払った。
「はい、いつもありがとうございます!」
そうして、浄化の風を浴びた冒険者たちは風雅と一緒に冒険者ギルドへと入っていった。
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冒険者たちに全く利用してもらえなかったと聞いた風雅はその後即行動した。まず、この魔法の便利さをアピールしないと話にならない。
そこで、風雅は冒険者ギルドの入り口に協会員を連れてきたのだ。事情をギルド長のリーナへと話して、入口で待機させても良いという許可をもらった。
その後、ギルドへと宴会に来た冒険者たちに風雅がお願いして、浄化の風を受けてもらうようにしていった。一度体験さえしてもらえば、絶対に喜んでもらえる自信が風雅にはあったのだ。
飲みに来る冒険者の中にはその後宴会になることを見越して風呂などで身体を綺麗にしてから来るものもいるが、大抵のものは依頼達成の後、そのまま宴会に突入する。そうなると、ギルド内も汚れるし、衛生面でも懸念を感じるときはあった。その問題が一気に解決するのだから、ギルドとしては大助かりである。
もちろん、単純に冒険者たちもさっぱりするので気分が良い。特に女性の冒険者からはめちゃくちゃ喜ばれたのは言うまでもない。浄化の風はすぐに冒険者ギルドの名物となり、風の協会は大きな固定収入を得られる場所を手に入れたのであった。
その後は、日中は街の入り口でも待機させた。風の協会員は自分たちから声をかける勇気がないということだったので、そこも風雅が対策を考えた。浄化の風を使う風の協会員はお揃いの衣装を着させたのだ。これにより、何回もギルドで利用した冒険者たちはそのことを覚え、街の入り口でも利用が増えていった。
こうして、風の協会は風雅にますます頭が上がらなくなり、ここから徐々に乗っ取られたという形になったのである。しかし、当の風の協会員たちとしては、感謝の念しかなく、風雅はさらに味方を増やした形になったのであった。
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それからしばらくして、マジシャン・カルテットの残り三人が揃うまではそう時間はかからなかった。しかし、どうにも様子がおかしいやつが一人いる。
「どしたの?ガリューなんだか様子が変よ?」
「あー、悪い。ちょっと懐かしいやつに会っちまってな。ちょっと困惑してる。」
「それって騎士見習いをやっていたころの方ですか?」
「ああ、俺の事を誰よりも好いてくれていたんだがな。今日、はっきりと絶交を告げられたよ。」
「なによー、元カノー?」
「そんなんじゃねーよ。ただ、一番大切ではあった。」
「風雅さん、こういう話はあまり立ち入ってもなんでしょう。ガリューさん、話したくなったらいつでも話は聞きますが、話したくなかったら話さなくても構いません。」
「あー、そうだな。じゃあ、今日はさすがに勘弁してくれ。」
風雅だけでなくミアやシャイアスも気にはなっているが、一番まじめなシャイアスがやめようとはっきり注意したので、この話はここで終わりになった。
その代わりに、今日、他のメンバーが何をしていたのかということに話は移っていくのであった。




